国語屋稼業の戯言

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なれる!大学生 (入門編)

2023-05-28 14:45:50 | 国語

※2018‐09‐05の記事を一部訂正、補記。

昔、書こうとしていた参考書の冒頭部分です。

『なれる!SE』の二次創作みたいなもんですが、読んでいただければ喜びます。

また、『なれる!SE』の方も読んでいただけると嬉しいです。

『萌える』というより『燃える』作品です。

実はここに挙げている解答例は、ある生徒が60分の制限時間内に自力で書いたものを使っています。しかも、毎日毎日、スポーツの練習に明け暮れ、3年連続インターハイ出場経験のある生徒。さらに言うと小論文を書くのは生れてはじめてでした。その割にはよく書けているんでびっくり。ある先生が自分には指導できないと言って私に話が回ってきたわけで。そのときの添削がこの記事の元原稿になっています。
 ちなみにその生徒のお兄さんが東京大学の方で実家にいるときにいろいろな話をしてくるそうで、そこから知的好奇心が育ち、書けたそうな。
 君たちも友人と討論したり、ニュースなどを視聴したり、公民系の資料集を読んだりすることを通して知的好奇心=小論文の基礎が身につくといいね。あと、お節介な家族か(^-^;



以下の記事、ブログとしては長いです。参考書の一部なら短いかと。

 レイヤー1    
   書けたつもりの小論文が全ての始まりであった


パート1 
 Kは喜んでいた。新しいことに挑戦するのは、誰でも嬉しい。それがたとえ受験勉強だとしても。彼は推薦入試に挑戦することにしたのだ。偏差値では厳しかったので。
 しかし、大学に行ける可能性を考えるとそれしかなかった。やるしかない。しかも、たかが小論文だ。字数を埋める苦行さえこなせばなんとかなるはずだ。
 今日ははじめての指導日である。現代は便利なもので静岡県にいながらも、インターネットを利用すれば、遠くの予備校の先生と個別指導を受けられるのだ。
 その第一回である。課題は簡単であった。なにせ、課題文がない。現代文みたいに文章を読むことなく、自由に書けばいいのだから。それが間違いだったとは、誰が言えよう。彼は初心者だったのだから。

課題
高齢者虐待についてどのような施策が必要だと考えるか。800字以内で論じなさい。



 簡単ではないか。彼は、ちょっとネットで「高齢者虐待」を調べて、情報を集めると書き始めた。途中で顔をしかめる情報とも出会ったが、意見を述べているブログや記事を読んで、もっともらしいことなんか簡単に書けると思った。これで大学に合格できるんだから、推薦なんか、ちょろいもんだ。800字というのが、きついが、なんとかなるだろう。
 このとき彼は気付かなかった。競争率3倍の入試というものがあった場合、3人に2人、落ちるという事実に。そして、小論文は難しいという事実に。
 彼が書いて、ネットの予備校に投稿したのが、以下の文章である。彼が自信を持っていたのも、仕方がない。初めてにしては、よく書けていたのだ。
Kの解答例
(段落番号は原文にはない)


①近年、「虐待」という言葉が、メディアの報道でよく取り上げられる。特に児童虐待の事件が多く起こっているが、一方で高齢者への虐待の事件も起こっている。
②そもそも高齢者虐待とは、六十五歳以上の年齢の人に対して、家の中に閉じ込めて社会から切り離し、世話をせず、精神的または身体的に傷つけることである。少子高齢化が進んでいる現代の日本では、このような問題は今後さらに増えていくと考えられる。
③では、なぜこのような問題が起こるのだろうか。それは、核家族化や都市化などで、地域住民の住民どうしのつながりが希薄になっているからである。それによって、違う世代間での交流の機会も減り、高齢者への理解が難しくなる。また、近隣の人とのコミュニケーションが少なくなり、虐待が起こったときの発見が遅れてしまうということもある。
④こういった状況では、虐待されている社会から隔離されている高齢者から行動を起こすことは難しい。だから、高齢者虐待を未然に防ぐことのできる施策が必要であると考える。
⑤その一つとして、地域コミュニティを活発化させ、高齢者の社会参加を促進することが大切であると考える。例えば、高齢者だからこそ持っている豊富な知識や経験を、若い世代に伝える交流のイベントなどを自治体で開催することである。そうすることで、高齢者は現在の豊かな日本を築いてきた敬うべき存在であり、文化の継承者でもあるという理解が生まれてくるだろう。またそこでも住民どうしで情報交換できるようになり、虐待の早期発見や、悩みをきいてもらうことで家族のストレスも軽減できる。
⑥このように、高齢者虐待を防ぐためには、地域の住民の交流の場を設け、家族だけでなく幅広い世代の理解を深め、地域全体でこの問題に取り組むことが必要だと私は考える。



まもなく、指導の開始時間である。Kはわくわくして待った。褒められると信じていたのだ。

パート2 この人は超能力者か、探偵か。いや、予備校講師だ。



PCにキャラクターが出てくる。熊と狸の間のようなキャラクターだ。下に「たぬもん」と書かれている。
「Kくんだね。イラストで失礼。自分の素顔が嫌いなもんでね」
なかなか、すごい自己紹介をする人だなと思い、「いえ、はじめまして」と答える。
「さてと、読ませてもらったよ。初めて書いたにしては、なかなかじゃないか」
きたよ。きた。褒めてもらおうじゃないか。
「けど、君は割りといい加減だし、人の意見に流されるタイプだな。自我がないと言ってもいい。責任を持って行動したことはないんじゃないかな。無難を重視し、冒険はしない。AO・推薦入試で小論文を利用したのも、消去法って、とこかな。自分に特性があっての挑戦ではなさそうだ。もっと、自分の頭で徹底的に考えてほしいな。そのあたりをこの授業では重視していこう」
え? なんで、わかるの? 俺のPCの履歴でも見たのか。検索結果のつぎはぎとばれた?
「なぜ、わかったのかって、顔をしているね。小論文はあくまでも入試科目だよ。大学生になるにふさわしい知性や適性が測れるから、実施されているんだ。今の君は大学やその年の倍率によるけど、合格は難しい。まだまだレベル1のプレイヤーだな」
「あの、今回の文章でそこまでわかるのは、なぜですか」
「たとえば、高齢者虐待の定義が妙に詳しい。実際に書ける生徒もいるけど、例外かな。だとすると何かで調べてから書いた可能性が高い。あと、実は文章に一貫性がない。自分の考え方を徹底的に深めていくタイプでないな」
「すいません。調べて書きました」
「お。素直でいいな。では、小論文と論文ってどうちがうと思う?」
「え? どちらも論理的な文章だから論文ですよね」
「そう、だから問題は【小】の字にある」
「【小】? 字数ですか。字数が論文より少ないから」
「それもあるが、重要なのは、手持ちの情報だけで勝負することなんだ」
「手持ちの情報」
「だから、手持ちの情報を普段から整理する癖をつけておくといい。小さいノートに1ページに1項目のメモを取る。これをしておくと手持ちの情報が増えやすくなる」


「一貫性がないというのは、どういうことですか」
「そうだなぁ。各段落から見ていこうか。僕はあまり、表現などの校正を重視しない。むろん、正確な日本語は大事だけど、小論文の場合は二番目以降の問題で、実際は表現力より思考力を期待している大学が多い。もっとも表現力と思考力が非常に離れているわけでもないいんだけどね。さてと」
先生はこちらのPCの画面にさきほどの文章を出した。


① 近年、「虐待」という言葉が、メディアの報道でよく取り上げられる。特に児童虐待の事件が多く起こっているが、一方で高齢者への虐待の事件も起こっている。


「この出だしでなぜ児童虐待を出したの?」
「えと、ニュースではこっちの方が記憶に残っていたので」
「他には?」
「特にありません」あー、俺ってこの言葉よく使うよなと彼は自覚していた。
「これが思考力不足の証拠だよ。この出だしなら、せめて児童虐待と高齢者虐待の根は同じだという展開であってほしいよ。最終的に君は地域コミュニティの活性化で解決しようとしているんだろ。単なる話の枕でキーワード以外の言葉を『特に』などと強調すべきではないな。地域コミュニティの活性化でどちらも防げそうだしね。君の主張とからめられるはずだ」
「あ。はい」そういうことか。単にかっこいいと思ったから出だしにしたかっただけなのに。
「さらに言えば、後ろに責任を持った表現でもないよ。児童虐待という「特に」と強調した言葉が、このあととは無関係になっているし」
「たしかに。けど、それをどうやれば食い止めることができますか」
「メモは取っている?」
「いいえ」
「メモをすることだよ。書き始める前に、書くべき内容と構成を決めておかないとね。構成を決めて結論をしっかりとさせておけば、児童虐待という意味のないことばに「特に」を使わないですんだはずだ。」
「メモ? そんな時間があったら、書く時間がなくなりませんか」
「うん、気持ちはわかる。確かにメモを取るヒマなんかないと考えるよね。けど、現代文でも英語でもいいけど、時間がないから本文を読まないなんて解答法って、おかしいだろ。解答の前の作業が重要なんだ」
「解答の前の作業ですか」全然、今まで意識してこなかったことだ。
「僕の授業では解答前の作業を重視していく。いつかは、上達して省略できるかもしれないけど、初心者には正しいフォームが重要だからね。テニスでも試合より前の段階では、ラケットの握り方からするだろう、初心者に『新しいお友達のラケット君だ。さぁ、握手して。そうこれがイースタングリップだよぉ』とか言うじゃん。その後、素振りして、走りこんで。あれみたいなもんで、基本とは、試合の前の作業なんだよ」
「テニスをされていたんですか」
「二か月ね」
「え」二か月しかテニスをしていない人が試合前の話なんてするんだ。
「ほら、俺さ、見ての通り体重が100キロを超えているだろ。動けなくてさ。すぐ辞めた」
「あの」
「ん?」
「このPCの画面では、先生の体重はわかりません」
「お。おう、すまん」

「さてと、最初のメモのとり方をここでまとめてみようか」
「最初のですか」
「うん、レベルや目的によってメモの取り方は変わるんだ。例えばさっき話した小さいノートには普通の事実だけを書いたり、気にいった文章の部分を書くだけでいいんだが、小論文を書くぞというときのメモの形式はいろいろとあるけど、まずはPREPだ」
「PREP?」
「うん、最近では中学生でも習うらしいんだけど、まだまだ浸透していないかな。論理的な文章の基本とされているものだ。これを使うと文章が書けるなら、文章のメモもこれでいいはずだろ」
 先生は画面に以下のものを映し出した。


PREP
P……point(主張)
R……reason(理由)
E……example(具体例=証拠)
P……point(主張の言い換え。提案でもいい)


「これらの頭文字でPREPなんだ。別にPERPでもいいぞ」
「Pが二回あるんですね」
「うん、これを癖にしておくと結論がぶれないんだ」
「なるほど」
「起承転結を俺は否定する気はないんだけど、これで文章を書くと起承転転転転という具合にどこかへ去っていく生徒が意外と多いんでね」
「転がってしまうんですか」
「誰が真ん丸で転がるんだ」
「言ってないし!」
「さて、まだ第一段落だけど、PREPの練習だ。ここまでをまとめてごらん。自分なりでいいよ」
「あ。はい」とにかく、出だしの「児童虐待」という言葉の使用が僕は恥ずかしかった。

P・・・結論を意識することは重要だ。
R・・・冒頭と結論が一致しなかった。
E・・・今回の小論文でかっこいいからと結論に関係のない「児童虐待」という言葉を出してしまった。
P・・・結論を意識して文章を書こう

「お、いいな。惜しいんだけど、接続詞を意識してみると、もっとよくなるぞ。あと、ちょっともれた情報を足しておこうか」

P・・・結論を意識して小論文を書くことが重要だ
R・・・なぜなら、冒頭と結論が無関係になることがあるからだ。
E・・・たとえば、かっこいいからという感覚で結論と無関係な語を使用することがあった。
P・・・だから、結論を意識するためにメモをとってから書くべきだ

「今後、メモについては、多くの練習をしていくから、そのつもりでいてください。かなりきついけど、3倍以上の試験や難関大学の試験のためだから、ついてきてくださいね」
「短期間で小論文が書けるようになるためにがんばります」
「え、短期間だっけ?」
「入試まで二週間しかないんです」
「お、おう。なんとかしよう」
 本当か、本当になんとかなるのか。

    
パート3 今まで考えていなかったこと


「さてと、私が一番気になったのは、今回の小論文の何段落だと思う?」
「第1段落ではないんですか」
「それも気になった。けど、一番気になったのは第5段落なんだ」
「けど、地域コミュニティを活発化させ、高齢者の社会参加を促進することが大切だといろんな人が言っていますよ」
「色々な人が言っているというのは自分の意見ではないね」
「はい、そうでした」うーん、小論文の「意見」の重さがわかってきたぞ。自分の甘さがわかってきたというべきか。
「いろんな人が言っているがゆえに、正しさを検証しなくなってしまうんだ。気をつけよう」
「はい」けど、内容が間違っているとは思えないんだが。
「第3段落はまあ、いいかな。ただ、合格者は全員、似たようなことを書くから、これで満足しないように。第4段落は第3段落と一つにしてもいいかなと思うけど、セーフとしよう」
 くるぞ、第5段落だ。どこがだめなんだ。


⑤その一つとして、地域コミュニティを活発化させ、高齢者の社会参加を促進することが大切であると考える。例えば、高齢者だからこそ持っている豊富な知識や経験を、若い世代に伝える交流のイベントなどを自治体で開催することである。そうすることで、高齢者は現在の豊かな日本を築いてきた敬うべき存在であり、文化の継承者でもあるという理解が生まれてくるだろう。またそこでも住民どうしで情報交換できるようになり、虐待の早期発見や、悩みをきてもらうことで家族のストレスも軽減できる。


「対策を考えているのはとてもいい」
あれ、褒めているぞ。
「問題は弱者が見えていない。宇宙開発研究開発機構ではないぞ」
「それはJAXAだって、あー、初対面の人にこんなツッコミするなんて」
「ふ。すまんな。ここの部分で問題なのは【豊富な知識や経験】を持っている高齢者のことを中心にしていることだよ」
「でも、敬老の日でよく言われませんか」
「よく言われることを疑問に持つことが重要だって。おそらく、君が受ける大学でもそうだけど、<問題発見解決力>を求めている大学は多い。特に問題発見力はよく言われていることを鵜呑みにしている人間には持てないものだ」
「高校生にそれを求めるのは酷ですね」
「君は高校生ではない」
「え?」考えたこともなかった。
「大学生の卵なんだ」
「それと高校生って違うんですか」
「問題発見力を持っていない高校生を困ると思う機会は正直少ないだろ」
「まぁ、教師の言うことに問題を発見していると教師は困りますもんね」
「アクティブラーニングなどの導入などで単純に言えない面もあるが、高校生は、意識しなくてもいいかもしれないが、大学生は問題発見力がないと教授らが困るんだ。論点のないレポートを平気で出すからね。そうすると刺激を受けない」
「刺激ですか」大学の先生の気持ちなんか考えたこともなかった。
「大学の先生は刺激を求めている。しかも、知的な刺激だ」
「知的」
「この文章で言えば、高齢者と非高齢者の間には時代の断絶がある可能性を考えていない。高度成長を経験した、いつかは好景気が来ると思っている世代と好景気を実感として感じにくい世代の間をつなげる『豊富な知識や経験』はあるんだろうか。例は出せる?」
「んー」
「それでもなお、現代に通じる『経験や知識』を持った高齢者は、特別な高齢者かもしれないだろ。ここで君に持って欲しいのが、普通の人や『弱者』に対する目線なんだ。この問題を出す大学は、被虐待者である弱者のことを考えられる人間を求めているんじゃないかな」
「ニートの人にきつくてもいいから目の前の仕事に就けという高齢者と、仕事は自己実現だとする若者との会話が微妙に合っていなかったのをテレビで見たことがあります」まさか、彼は後に目の前にあったSEという地獄のようにきつい仕事に就職して、わりと充実した自己実現をすることになるとは、そのときは思っていなかった。
「戦後と現代は違うからね。世代を越えた考え方は難しいよ。で、だ。僕たちは全員、可能性として弱者だと僕は考えている」
「全員ですか」
「そう、いつ事故あったり病気になったりして、体が不自由になるか、わからない。高齢者になるときに元気とはかぎらないし、長生きしていたら、どこか体に問題が出てくると考えるのが普通じゃないかな。特におれみたいなデブは」
「先生の姿は見えません」
「ネットって便利だな」
「でも、ここで何を書くべきなんでしょうか。先生の話を聞いていると地域コミュニティを活発化させ、高齢者の社会参加を促進すること自体は否定していないように聞こえるんですが」
「まあ、みんなが言っていることに間違いは少ないからなぁ」
うわぁ、さっきと言っていることが違うよ、この人。
「だがな、そのまま使うんじゃないんだ。説明するんだ」
「説明するってどういうことですか?」
「同じ情報の表現を変えたり、情報を付加したり、例を出したりすることだな」
「それは字数稼ぎですか」
「違うよ。正確にしていく作業だよ。先生より、小論文の先生、小論文の太った先生、たぬもんと自称している小論文の太った先生と言うふうに、情報を付加すると詳しく正確になるだろ」
「正確ですか」
「そう、さらに言えば具体的に書いていくんだ。たとえば、ここでは何を書くかというと、公園などを活用する(一つのコミュニティの基準として公園を共有できる範囲はどう。あるいはコンビニとか。)介護保険の対象者の様子を見るシステムを作る。虐待をする当事者である家族の精神的な支援として死を送り出した人と死を送り出す人とのネットワークを作るなどが、今、ちゃちゃっとあがったんだけど、それくらいのネタがあれば、きちんとした段落や文章を書けるんではないかな」
Kの初日は満足できる良い出だしであった。
 


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