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泊原発廃炉訴訟の第3回口頭弁論 意見陳述

2012-09-03 | やめるべや原発
今日も暑かった。
午後2時から原告として私を含め2名が札幌地裁で意見陳述をした。

最初に福島から自主避難している宍戸さんの意見陳述があった。
原発事故による放射線からの非難、そして原発事故による福島から離れることに起因する知人友人親族との人間関係の崩壊を強く訴える内容だった。
事故による放射線被害だけでなく人間関係が崩壊していく現実を彼女は訴えました。
以下、農業者の立場から、私の陳述内容。

私は余市町で農業を営んでいます。
いち農業者として意見を述べさせていただきます。
25年前に豊かな自然のもとで暮らしたいと考え、会社員生活を辞め、私たちは家族で余市町に移住してきました。
私たちは平飼い養鶏を営み、その鶏糞を利用して有機無農薬で野菜を作っています。
安心安全な食べ物を求めている消費者に生産物を直接届けています。
鶏たちは渓流の水を飲み、畑への潅水ももちろんこの沢水を使い野菜たちは育ちます。
新鮮な空気を吸う。
ミネラル豊かな沢水を飲む。
豊かな大地の上で私たちは生きています。
昨年3月11日までは、この環境の中に住んでいることがしごく当たり前のことでした。
この25年間で子供たちは育ち巣立って行きました。
原発事故のあと、今までがなんと幸運だったのだろうと思っています。
私の住む地域は泊原発からは30キロ圏内です。
福島第一原発の事故が教えてくれました。
原発事故は今まで築いたものがゼロになるのではなくマイナスになることを。
ここで生物として生きることができないかもしれない。
今、泊原発で事故が起これば、ここで生きることはできまい。

私たちの農業は多くの命を守り育てる農業です。
この北海道で獲れたものを餌にして健康な鶏を育て、その鶏が産む卵を食べそして野菜を食べることによって健康な食生活を送る。
その思いは消費者と共有するものです。
原発事故は鶏たちを遺棄し、いっさいの作物も作れないことを意味することがはっきりしました。
食べ物からの内部被曝、なんと悲しいことでしょう。
原発事故は命を守り育てる農業を一瞬にして断ち切るものです。

私たちは目には見えないものも含めてこの自然の中で生かされています。
原発の安全神話は多くの方が指摘しているように崩れました。
原発がある限り、事故を想定し、別の違った目に見えないそして匂いもない放射線の不安の中で生きなければなりません。
この不安は脅威でもあり、農業者がこの地で生きて行こうと云う志を否定する以外の何ものでもありません。
泊原発があるこの後志には多くの農業者がいます。そして私たちを含め多くの新規就農者がいます。
農業を生きる道と決め、夢を持って、汗を流し、土と向かい合う姿を想像してみてください。
人が生きていくために必要な農業には未来があります。
農業そのものが未来です。

泊原発で事故が起きれば、この後志だけではなく、北海道の未来を築く北海道の農業を壊滅させます。
澄んだ空気、豊かな大地、命の水を守っていくのは今を生きる私たちの義務です。
未来を担う若者に対する義務です。
私たちが生きるこの北海道のため、一日も早い泊原発の廃炉を求めます。

さて、裁判官、被告北海道電力の弁護人にはどう聞こえたでしょう。
北海道電力の人は誰も来ていません。

法廷はエアコンが効き過ぎて寒いくらいだった。
裁判所もわかってるじゃん。
電気に余裕があるってさ。

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