食いしん坊ケアマネ の おたすけ長屋!

困ったら、悲しかったら、ツラかったら、
「長屋付き合い」を始めようよ!
現代版人情長屋に寄っといで!

おたすけ長屋の素

2009-07-16 | 入居者、家族
私のホームには、いわゆる資産があるご入居者が多いようです。
しかし、どんなにお金や資産があっても、配偶者も子供もいない方は、常にとても強い不安を抱いている…と痛感しています。




あるご入居者は、医療保険や介護保険の保険料など、いわゆる「役所関係の手続き」がうまく出来ているかを、それこそ「夜も眠れないほど」強烈に不安に感じています。
その方は、新聞もTVニュースもとても細かくご覧になり、最近の関係官庁の不祥事や制度の改変もとても良くご存知の方です。
その分、お役所の頼りなさや、制度の複雑さがとても気になり、
「自分は果たしてちゃんと手続きをしているのだろうか?不備があって年金や介護サービスが受けられなくならないだろうか?」
と、とても心配をされるのです。そして、
「子供がいないと、頼るものが誰もいないんです。どんどん世の中が複雑になるし、こんなことなら、いっそ早く死んでしまいたいわ」
と笑顔でおっしゃいます。でも、そのお気持ちは真剣です。
昨年の春から始まった75歳以上の方を対象にした医療保険の保険料の支払いが、
「年金の天引きか口座からの引き落としか」
で二転三転したことも、社会保障制度全体への不信と不安を高めたのは間違いありません。

そこまで性格が細かくなくても、またかなりの認知症がある方も、
「子供がいない=頼るものがいない」
という孤独と不安を意識下に強烈に抱いておられるのだなアと感じる場面に、しばしば出くわします




子供なんてそんなに老後の頼りにならないよ…と、子供のある方は言うでしょう。
しかし、高齢者にとって子供がいないことは、単に「頼りに出来る者がいない」という心理をもたらすだけではありません。
率直に言って、「死への恐怖」を格段に高める傾向が見られるのです。
つまり、「生き物としての死」の前に「社会的な死」に苦しむ…という弧絶した自己イメージに囚われやすいのです。

これは、私にとっては他人事ではありません。

私は子供だけでなく、資産もないのですから。




私が、身近な「持たざる者」同士が支えあう「おたすけ長屋」を夢想し始めたのは、今のホームで「お金はあるが身寄りはない」入居者の、切実な孤独感を目の当たりにしたことが大きいのです。

おそらく、戦前の庶民は、現在の資産家より死を恐れていなかったのではないでしょうか。
その理由は、人間関係の豊かさと、「人の死」が今よりずっと日常的で、過剰にそれを忌避してなかったためではないか…と思っています。


人の触れ合いを豊かにすること。
「死ぬ」ことも「生きる」ことの一部であるという認識を共有出来る共同体であること。


その二つが、「おたすけ長屋」を建て前するカギではないか…と考えています。




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