ヒマジンの独白録(美術、読書、写真、ときには錯覚)

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『暗い旅』と『心変わり』ーその1

2019年03月02日 09時03分07秒 | 読書

倉橋由美子『暗い旅』を読んでみました。わたくしが読んだのは河出文庫版です。
倉橋由美子という作家はは私には懐かしい名前です。学生生活を送っていたころ、『スミヤキストQの冒険』という小説を読んだことがありました。当時の印象では奇妙な小説を書く女流作家と思っていました。
わが国では女性作家としては珍しいタイプだと思っていたのです。『暗い旅』は作者が明治大学の院生の時に発表した作品だという事でした。発表年は1961年です。この小説は失踪した恋人を求めて、東京から鎌倉、京都へと旅をする物語です。
この作品が発表された時、倉橋氏のこの作品が外国の作家の模倣と指摘されたことがありました。倉橋が模倣したと指摘された小説はミシェル・ビュトールという作家の『心変わり』(La Modification)です。『心変わり』が発表されたのは1957年です。

『暗い旅』と『心変わり』にはいくつかの共通点があります。
その一つは物語の構成が映画で言えばロード・ムービーになっている事です。登場人物がどこかからどこかららへ移動する道すがらで起きたり気が付いた事柄について詳細に記述されてゆきます。
『暗い旅』は東京、鎌倉、京都へと列車で旅をする道すがらでの出来事や思い出が叙述されてゆきます。

一方、『心変わり』はパリからローマへ旅するロード・ムービーです。恋人のいるローマに列車で旅をする物語になっています。

さらに両作品の共通点を挙げてみましょう。

『暗い旅』の物語の主人公は作者により「あなた」に設定されています。
『あなたがかれということばでその意味と重みをたえずかんじてきた存在、あなたの婚約者、あなたの愛であるかれを、あなたは探さなければならない・・・・』(河出版P9)この物語の主人公は作者により「あなた」と呼ばれる若い女性です。
次に『心変わり』の書き出しを見てみましょう。
『きみは真鍮の溝の上に左足を置き、右肩で扉を横にすこし押してみるがうまく開かない』という叙述で物語は始まってゆきます。
これらの小説を読む読者はこれらの小説の登場人物の語りが二人称で行われている事に興味を惹かれます。

一般に小説の語りは一人称か三人称で記述されることが多いのですが、これらの二つの作品では二人称で行われています。我が国の近代小説には伝統的に「私小説」と呼ばれるジャンルがあります。「私」の身の回りに起きた出来事を「私という一人称」が語り手として叙述してゆく小説が「一人称小説」である「私小説」です。いっぽう、物語の進行を客観的に叙述してゆく時の語り手は三人称の時が多いのです。
登場人物の語り手が特定の個人であったり彼や彼女であったりします。この形式の小説は「三人称小説」と呼ばれています。

これらの二つの作品を読み進んでゆくにつれ、読者は自分が不思議な感覚に陥ってゆくことに気が付きます。
『暗い旅』と『心変わり』の物語の中で「あなた」や「きみ」が物語を紡いでゆきます。
小説の作者は「あなた」や「きみ」と言う二人称に物語を語らせます。
この「あなた」には時には「読者であるあなた」も含まれている事に読者は気が付いていきます。これは不思議な感覚です。
物語りを読み進むうち、読者がいつのまにかその物語りの中に引き込まれて、物語りの登場者の一人であるかのような気分になることがあるのです。
幼児期に親から物語りを読み聞かせてもらい、いつのまにかその子供がお話しの登場人物と同化してしまうことが知られていますが、大人でもそのような体験を受けることが、これらの二人称小説は与えてくれるのです。
二人称小説の「作話の構造」がそうさせるのかの検討は後ほどという事にして、今回はこれでお終いにします。




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