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(新)漕ぐ、歩く、走る、我がボート人生徒然草

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学生時代の漕艇部活動を、停年退職後に再度始めた、その日々の記録

日記考

2021-03-22 21:38:31 | 日記
 
 「時は今あめが下なる五月かな」の読解にケリつけたのは日記であった。光秀謀反の動機は、最近の大河ドラマ人気が火をつけた面もあるが、以前より多くが関心持つ歴史的なテーマである。その動機について、上記句は謀反決行直前に読まれたこともあり、動機と関連は大いにありとして、様々な解釈がなされてきた。土岐一族の光秀が、天下取りの野望を当句に込めているとか、諸説があった。光秀の蜂起の動機については、8年前に上梓された明智憲三郎『本能寺の変 431年目の真実』が、実証的な研究でもあり、ほぼ解明されたと見てよいが、上記句の解釈についても明智氏は実証的に切り込んでる。それは当時の日記の活用である。光秀達が当句を愛宕山で読んだのは、1582年(天正10年)6月24日であるが、信長抹殺はその7日後である。明智氏はこの6月24日前後を記した日記を丹念に収集し検討した。当時の公家衆は多くが日記を書いており、日記には通例その日の天気を記入する。そうした日記の1つの山科言経『言経卿記』は、公家の山科言経が記したが、記された6月24日の天気を現代語訳すれば“晴れたり曇ったり、のち雨”となるという。すなわち、この日は雨だったのである。この言経は京都居住だから、この京都から西北15キロの愛宕山は、“京都市内が雨降りなら、そこより西の愛宕山は当然に雨降りである”となる。24日は雨だったのである。すなわち「あめが下なる五月かな」は、素直に雨降りの眼前の光景を読んだのである。「時は今」は、何とかして土岐一族を再興したという気持ちを表すとの解釈はよいとして、その続きを、“天下取りを命じてる”とかに読むのは、歴史の曲解というか、蜂起を光秀野望説に我田引水したい秀吉特有の歴史の捏造に加担することなのである。一次資料としての日記の活用の威力は、なかなかである。
 最近こうした歴史の一次資料について、同期の二日市兄とやりとりがあったので、紹介する。二日市兄は昨2020年3月に、日本地名研究所『地名と風土』に論文<富山のくすり、その歩みー「反魂丹売り」から医薬品産業までー>を発表した。その中で、全国行商の売薬商人が旅先での金銭取引を細かく記帳した《懸場帳》に言及してる。現在、膨大な懸場帳が保管されてるそうだが、取引の詳細を記録したそうした懸場帳は、戦前から戦後20年くらいの我が国地場資本主義形成の過程を記した、正に一次資料であると、小生は推察してる。このことに関して、二日市兄とメールで以下のやりとりしたので、紹介する。

<労作送付につき感謝・感激です。富山の薬業発展経過が、創業期より現代まで俯瞰的につかめる、大論文です。それにしても薬業が富山県に与えた影響は、予想はしていたが、甚大なことを再認識しました。富山に咲いた薬業の輝きは、時代が今後IT化や薬業政策などでどう変化しようと、消え去ることはないでしょう。それにしても初期の藩政時代に、奈良や京都・江戸等各地に興隆してた製薬・売薬業が、後発の富山にだけ反魂丹等の地場産業として、定着・発展した原動力は何であったか。やはり、富山の風土と富山人の気質等と関連あったのでしょうか。あと、懸場帳(薬懸帳)とその類似物は、膨大な量が江戸期より現代まで保存と思いますが、富山の奈辺に保存と察しますが、懸場帳は情報の塊でありかつ情報の宝庫であり、調査すれば相当な収穫があるとも察しました。  最近の経済史研究の到達でも、そのような事例が、我が国でなく地中海方面ですが、ありました。アグナー・グライフという研究者ですが、中世地中海方面のマグリフ地方(北アフリカ)に欧州と取引する商人(マグリフ商人)のグループがいました。彼らは、欧州という遠隔地と羊毛や特産物・貴重品を取り引きしたわけですが、その際に相手側と交わした何千点とう証文が、現在のイスラエル・テルアビブの倉庫に保管されているわけです。グライフは何年もかけてその証文(文書)を徹底的に調査し、ある事実に気づきました。マグリフ商人は、遠隔地相手と取引の対策として、現地の代理人(エージェント)を雇っていたことが分ったのです。その代理人を信用して、貴重な商品や金品を任したわけですから、一種のギャンブルであったわけです。当然悪い代理人もいるわけですから、持ち逃げ・誤魔化し等々も予想された。グライフはこうした経緯を、向こうが裏切ったばあいはどう対応するか、裁判はあてにできるか等を、現代のゲーム理論用いて解析したわけです。この辺の詳しい経過は省略しますが、グライフの研究成果から、現代の経済史研究の有力な一流れである”歴史比較制度分析”という発想が形成されたわけです。というわけで、懸場帳(薬懸帳)はなかなか興味ありますね>
 
 日記は、小生は何十年と『博文館大型当用日記』を愛用してるが、実に気に入ってる。その日の天気は勿論、ジョギングで富士山が見えるポイントあるが、富士が見えた日とか、アマゾンでの物品応接のやりとりを記入したり、手紙や荷物の受発信など備忘録代わりにも代用してる。この日記がないのは考えられない
ことであり、継続することの恩恵を痛感の日々である。ウオーキング・ジョギング・トレーニングと日記、これが日々の車の両輪としてる次第です。
 
コメント
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