舞踊家 木室陽一 きむろよういち おどるおどる

木室陽一の舞踊活動が、次第に明らかに。創作・舞台・即興。彼は何処に居て何処に向かうのか。現在、愛媛・中島にて島暮らし中!

さて、8月6日

2014-08-06 12:33:43 | 舞踊の営み
実は毎日考えている事。

69年前の核兵器使用は、
軍事産業を大きな糧とするチカラによる、壮大な人体実験だったのだな。

と、仮定すると、

物事のつじつまが合ってくるのです。

(´・_・`)

でなければ、
広島から長崎が、こんなに短期間の間に続くわけはないし、

原爆投下から5年間もの現地での医療データが、軍事機密として未だに明らかにならないわけはないし、

いまの放射性物質に対するリスク管理が、
原爆投下から5年たってから始められたLSSの調査によるデータに頼らざるを得ない、なんて事にならなくて済んだはずだし、

そんなせいで、いま東京あたりで「まだらに」たまっている放射性物質のリスクを、誰も詳しく評価出来ない。なんて事は起こらないはずだし、

いまだに、データを取り続けられて、
管理の手の内に依存させられている気分になってしまいます。


そんな風に、
「誰かのもの」に頼る暮らしを強いられている。

そんな実験の、いまだ真っ只中。

そう仮定すると、
原子力発電所の事故がワケワカラズ継続中な事に「やっぱりな」と思うし、
それが、69年前の今日にはすでに始まっていたんだな。

と腑に落ちてしまいます。
僕ら、まだ戦後の実験モルモットの続きなんやて。やべぇね。



誰かの作るモノに「依存」しなくても、
誰かと作ったものを、分かち合えばいい。
たとえば、目の前の土を耕せば、誰でも、簡単に、野菜を作るコトが出来るのだし。

分かち合うためには、何でもかんでも「共有」でもダメで、
自分の「しん」となる部分は、譲らずしっかり持ってなきゃ、相手に渡せない。

人工物との依存よりも、
土とか海とか山と向かいあって、
そこから得られる幸と知恵とで、けっこうやって行けるもんだろなぁ。

と、考える毎日。



特に、今日は、
この中島にも69年前、
広島からの「燃えかす」が降ってきたのだそうです。

部屋の窓から、外を眺めながら、
身近に感じます。
しんみり。

さて、今日もよい午後をお過ごし下さいね~♪



コメント
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