Crónica de los mudos

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近ごろ英訳されているスペイン語小説

2019-04-12 | ニュース

英訳がいわゆる世界文学化の条件になっている現状は否定できない。私がいくらチリのマイナー出版社から出ている本を宣伝したところで、日本でそんなものに興味を示す出版人はいないけれど、いったん英訳された作品は数々のブックフェアや世界的に知られるエージェントを介して急速に広まり、英語以外の言語に翻訳される機会が確実に増える。もちろん英訳されているからといってすべての作品が優れているとは限らないし、大きな版元が大々的にプロデュースしたものの、その後は鳴かず飛ばずという作家もいる。私のような者にとって、英訳とのお付き合いは、好きになった相手の評判をその人物の職場や交友範囲から聞くようなもので、参考にはすれども、やはり直に会って得られる情報に勝るものではない。

と理屈をこねたうえで、ここ2~3年に英訳されている主要なスペイン語小説を調べてみた。いちばん新しいのは私も推しているマリア・ガインサの『視神経』。訳者のトーマス・バンステッドはエドゥアルド・ハルフォン、ユリ・エレーラ、アグスティン・フェルナンデス・マヨらも手がけている。訳者の仕事って、その人物のセンスが会ってもいないのに分かっちゃいますよね。ある意味、こわい。この短編集は本当にいいと思う。東京が舞台の話もあり、日本人向きかも。

サマンタ・シュウェブリン『救出距離』はアルゼンチンでも問題になったモンサントの除草剤グリフォサートによる汚染被害を背景にしたサスペンスで、彼女の代表作とは言い難い位置づけと思うのだが、米国では高評価。ラテンアメリカの地元でダメでも英訳が高評価という事態、実はわりとありまして、これについては近いうちに詳しく語る機会があると思う。題名は意訳で、これも英訳でしばしばあること。いちばん有名なのはバルガス=リョサの『都会と犬ども』が『英雄の時』になった件。

エクアドルのガブリエラ・アレマンが2012年に刊行した『ポソ・ウェルズ』はグアヤキルを舞台にした異形の者が現れる幻想的冒険小説で、上は元のスペイン語版にスペイン人のコミックライターが絵をつけた版。近々紹介する予定です。エクアドル文学、実はけっこう来ていて、エクアドル出身の英語ライター、マウロ・ハビエル・カルデナスの『革命家たちはそれを二度試みる』はきっと日本でもどなたかが進行中なのではないでしょうか。学校を舞台にしたモニカ・オヘーダの『顎』も高評価。地味な国ながら、首都キトではなく港湾都市グアヤキルで文学が盛ん。

英訳でも不当な差別を受け続けているスペイン現代文学からは、アンドレス・バルバの2002年に出た初短編集が、かろうじて。訳者のリサ・ディルマンはエモリー大のスペイン語の先生で、バルバを継続的に翻訳中、ただいま最新作 República luminosa に取り掛かっているのだとか。作家にはできれば同じ訳者がついたほうがいいのは英語でも同じのよう。私はバルバをまったく読めていないのだが、各国での名声からして日本語版があっても当然の作家ではないかと思っている。そういう人(翻訳されて当然なのに日本語で読めない)だらけですけど、現代スペイン文学。

リサ・ディルマンはユリ・エレーラも手がけていました。この小説は彼の代表作で、いわゆるナルコ・コリードを主題にした珍しい文体の作品、実は翻訳困難であろうと思われる。私も好きなことは好きだが、この作家より先に訳すべき人たちがいるような気もしないではない。メキシコの地方における麻薬ビジネスの社会的影響力など、日本から遠いローカル事情もあり、素直な翻訳紹介は難しい作家かもしれないが、ジョージア州なら読者もいるかもね。

スニガ君とは、この春、会えずじまい。彼もある意味でモンダドーリにプロデュースされたところがあるけれど、なかなか筋がいいので今も期待している。この中編『カマンチャカ』のあと短編集と長編小説が一冊ずつ出ていて、8月に行くまで真面目に読んであげないとね。今度チリに行くまでに読んでおかないといけない小説、最近ちょっと多すぎ。いつからこんなことになったのか。

古いところの落ち穂ひろいは女性作家が目立つ。ウルグアイのアルモニーア・ソメルスが1950年に書いた『裸の女』が。訳者のキット・モードはブエノスアイレス在住、こんな渋い趣味の本、よく仕事になりましたね。日本も比較的古い時代の作品で、いわゆる埋もれた名作の発掘翻訳が近ごろは進んできたが、まだまだオジサンの書き手の作品が多い。あと詩人はすべて無視されている。去年、クリスティーナ・ペリロッシがようやく翻訳されて、これは非常に喜ばしいことでした。

真打ちはやはりこれ。

私のなかではこれが今のラテンアメリカ文学。

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