Crónica de los mudos

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サマンタ・シュウェブリン『救出距離』

2018-11-19 | コノスール

(2015-3-27 投稿)

中編小説。サマンタはこれまでは短編しか書いてこなかったので新しい挑戦ということになるが、スタイルはあまり変わっていない。物語は説明しがたいが、これから読む人の興味をそぐことなく、あえて概要を説明すると、舞台はおそらくアルゼンチンと思われる国の、首都から離れた田園地帯。アルゼンチン特有のスペイン語が使用されているが、だからといって地域性が重要な話ではない。

 語り手はアマンダという女性で、そのアマンダに話しかける男性の声がイタリック体で挿入される。この男性はダビという。アマンダはどうやら首都から娘を連れてそこの別荘のような屋敷に暮らしていた。隣家にはカルラという女性が住んでいて、その息子がダビ(アマンダに話しかける声)だった。アマンダはダビに向かってこのカルラとの自動車内での会話から話し出す。

 わかりにくいが、つまり、アマンダは語りの「現在」においてはどこかのERのベッドに寝ていて、その寝ているアマンダにダビが話しかけている。アマンダはダビに向かってカルラとの話の内容を語る。アマンダは重病っぽく、ダビの声は医者っぽい。なので、最初はアマンダは実は死にかけていて、ダビはもうアマンダの話から数十年たったあとの大人なのかとも思ったし、私はちょうどコニー・ウィリスの『航路』を読んだあとだったこともあって、実はアマンダの臨死体験が語られているのか?とも思ったが、必ずしもそうとも言えない。というより、はっきり「こうだ」という結論を出せない仕組み。

 自動車の中でカルラはアマンダに、息子のダビがもはや自分の子どもではなくなった、と話し出す(その話をダビがアマンダから聞いている)。ある日、父親の飼っていた馬を追って川辺に行き、そこで川の水を飲んだダビは病気になる。川では鶏の死体が浮かんでいて、そこで水を飲んだ馬も死んでしまった。カルラはダビを呪術医らしき女性のもとへ連れていくが、そこで一命を取り留めた後、ダビは別人になったと。

 というこの話を聞くアマンダにもニナという娘がいる。

 つまり、アマンダ―ダビ(ERのような場所)、アマンダ―カルラ(自動車のなか)、アマンダとニナの暮らし、だいたいこの三つが絡み合って話は進んでいく。現在時点でのダビがアマンダの話に時々割り込んで「それは大事なことではない」と繰り返す。この言葉が何度も繰り返されることで読者はダビに向かって「じゃあ大事なこととはなんなのだ?」と問いかけたくなるのだが、それへの答を出すべきアマンダがいっこうに結論へたどりつかない。

 結局背景は明らかにされるない。

 いわゆる「宙づり」のまま話が終わる、トドロフの定義する幻想小説の要素を教科書的に満たす小説であるが、英語の書評などを見ると、アルゼンチンで一時社会問題となったモンサント社の除草剤グリホサートがヒントになっている。ただし小説で除草剤の話が出てくるわけではない。子どもの体調が変化し(人格も)、それを親がなんとか救おうとするのだが方法が分からず(それで呪術医に走ったりする)、それぞれの父親は役に立たず(最後に二人が邂逅する場面がある)と、「なにか」がアマンダとカルラの生活圏を蝕んでいることが見てとれるのみだ。

 題は直訳すると「救出距離」。

 アマンダは幼いニナの身の安全が気になってしかたがない。娘に何かあっても自分がすぐに駆けつけることのできる距離をいつも気にかけている。それがアマンダにとっての「救出可能な距離」なのである。結局アマンダは娘を救うことはできないのだろう。彼女の焦燥感と、ダビの正体と、カルラとの関係と、すべてが???のまま最後まで不安定な物語に引きこまれてしまうのだが、読者が心のどこかで求めている合理的な回答は結局得られないまま小説は終わる。

 そういう意味では彼女らしい小説であり、これまでの短編の延長線上にあるといえるかもしれない。子どもがある日変化し始めるというのはウィンダムの『呪われた町』やブラッドベリの各種短編などSFではおなじみのテーマで、私はダビの正体についてもっと邪悪なものを期待していたのだが、その種の期待はやはり裏切られる。

 ま、裏切られても「ちっ」とか思わせないのが、彼女の小説の好きなところですけど。

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 英訳は2017年に。

 訳者はミーガン・マクドウェルさん、この人の仕事と私の仕事もかぶりがち。英訳者を訪ねてアメリカ旅行…というのも、いつか考えるべきかもしれないなあ。もう学会とかには興味なくなってきた。

Samanta Schweblin, Distancia de rescate. 2015, Random House Moindadori, pp.124.(英訳:Fever Dream. Translated by Megan McDowell, 2017, Riverhead Books. )


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