Crónica de los mudos

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ギジョ『図説ピノチェト伝』

2019-04-14 | グラフィックノベル

 アウグスト・ピノチェトの死(2006年)から二年後に刊行されていた伝説的なコミックの新版、去年ランダムハウスから出て、チリの書店では比較的目立つ場所に置いてある。新聞や雑誌などによくある風刺一コマ漫画の寄せ集め、今のスペインではマックスという大物風刺漫画家がエルパイスでドナルド・トランプをねたに同じことを試みているので、いつか紹介したい。ページにつき一コマという構成だが、全体としてひとつの物語を形成している。それは1973年から2006年まで、すなわちクーデターから彼の死まで。

 ピノチェトという人は1973年までは冴えない軍人だが、その後は独裁者として知られるようになり、民政移管後は裁かれぬ犯罪者としてチリ軍政時代の記憶をめぐる議論に中心にい続けた。チリの真実和解委員会は、少し大雑把に言えば、軍政時代に行なわれた犯罪について加害者の処罰には踏み込まず、国民的統合を優先するという道を選択している。処罰されない加害者の中心にいたのがピノチェトである。

上はクーデター前の状況。サングラスをかけた背の低い軍人がピノチェト。最初は後ろにいるが、アンクルトムと資本家からクーデターをすすめられるあいだに割り込んできて、ちゃっかり主役の座を奪ってしまう。軍部のなかには慎重派もいたが、クーデターの前後でことごとく粛清されている。もっとも有名なカルロス・プラッツ夫妻爆殺事件は本書でも触れられている。

これは軍政時代に行方不明となった人々(3千数百人の犠牲者が特定されている)のリストをピノチェトがごしごし消していく姿を描いたもの。他にも、クーデター直後に国立スタジアムに集められた大勢の若者が殺害された事件、ビカリーアというカトリックの互助組織が反体制派の聖域となったこと、国際社会デビューしたピノチェトが各国元首から無視され「友だちの作り方」を読む場面などが描かれるが、むしろ重点は民政移管、いわゆるNOの年以降、彼が犯した罪を裁かれぬままロンドンで隠居生活に入るあたりにあり、今のチリ人にとってはそれこそが未解決の問題となっていることに気付かされる。

 グラフィックノベルはやはり伝記に向いているようだ。数あるトピックをコンパクトに概観できるし、しかも余計な細部を排除しているので、いくつかの重要な問題の本質を把握しやすい。チリの軍事政権時代が、チリと世界の文脈の中でいったいどういう歴史的意味をもっていたのか、今日持ち得るのかを知るうえで貴重な仕事となっている。風刺漫画特有の?もあるのだが、ご親切なことに、巻末に作者自身が「難解なコマ」の解説をしてくださっていて、ハポン人の私にもすべて理解することができました。

 ハポンで『裸の王様シンゾー君』とかいう風刺コミックが現れるのはいつになるでしょうね。メディアの現状を見ていると一世紀ほど先になりそうな気もしますけど。

Guillo, Pinochet ilustrado. Reservoir Books, 2018, pp.203.

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