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約束の地をめざして

I STILL HAVEN'T FOUND WHAT I'M LOOKING FORー めぐりあう人々と出来事とともに

2008年ラストブログ! 埼玉西武ライオンズ 渡辺監督 著 「寛容力」を読んで 

2008-12-31 23:41:18 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
2008年の年の瀬、みなさんあわただしくお過ごしでしょうか。
さとうけいぞうもしかりです。よくブログを書いているなと思います。
私の勤務先教会は、もういちおう年末年始休みに入っているのですが、今年もやはり元旦の夜からでないとちゃんと休めない・・・休まないと! ふるさとで温泉につかりたいのですが、うーん、だれか連れてってくれるかなあ。

まあこれが今年の最後のブログになりますが、実は4日程前、12/28(日)に教会の午後の礼拝で説教をさせていただいたんですね。(みならいけいぞう、今年は10回ほど説教させていただきました。)

で、今回は説教の中で、「いかに失敗を恐れず、神に信頼して大胆に生きていくか」ということをテーマに語ったんですが、その中で、なななんと今年のプロ野球日本シリーズ・激闘劇的 埼玉西武ライオンズVS読売ジャイアンツのあるプレーを引用して語らせてもらったんですね。いやー、なんでもありのけいぞう説教なのだ。まだへたくそですが。

それは日本シリーズ最終戦、おそらく伝説になるであろう、8回表1アウト三塁から三番中島のサードゴロで三塁ランナー片岡が、激走してホームインするという、渡辺監督からの必殺のサインプレー。

バットにボールが当たったら、とにかくなんでもいいからランナーをホームに突っ込めという「ギャンブルスタート」というサイン。

よくあんなサイン出しましたね。10月のブログでも書きましたが、そのプレーも含め、この日本シリーズは、あんなに自分にスポーツが、野球が生き方や考え方に影響を与えたことは近年ではなかったですね。

そしてその後で、今日のテーマでもあるライオンズ・渡辺久信監督の書かれた「寛容力」(講談社 2008年11月発行)を読んで、うーん、最近読んだ本でこんなに実生活に助けになった本はなかったです。まああんまり本はたくさん読むほうじゃないんですが、いやまあ、プロ野球の監督が書いた本ですが、これは今の時代のリーダーや、管理職の人が読んだら最適な本ですよ。

ぼくなんかこんなブログで、野球やテレビドラマや、はてまたPerfumeについて書いたりしてますが、でもでも本職としては牧師をめざしているんですが、そういう教会というひとつの組織を将来作り、それがその地域でも、単に宗教的な場所としてではなく、そうじゃなくていろいろな人が出入りできるサークル的な、コミュニティ的な、もっと言うとカフェを飛び越えて居酒屋的な場所として、だからアメリカのゴスペル教会みたいなその日本版(ニューズウィークかよ)みたいなところになるようにしていきたいんですが、

いやー、この本参考になるんですよ。そういう新しい組織づくりをする人にとっては。自分も含めて。これは今年の埼玉西武ライオンズ、いいチームだったわけですよ。いやー、渡辺監督は今までにないタイプのいい監督ですね。

どうやって選手の目線に立つか、どうやって怒られなれていない彼らを怒らずに教育するか、やる気にさせるか、失敗を恐れず思いきりのいいプレーをさせるか、どう選手とコミュニケーションをとるのかー。それらをトータルで表した言葉が「寛容力」という言葉になったのでしょう。まあ、渡辺淳一氏の「鈍感力」をうまく変容させたタイトルではありますけど。

渡辺久信監督は、20代のころ、常勝軍団ライオンズのエースのひとりとして、本当にめちゃくちゃかっこいいピッチャーだった。今も思い出す。しかし彼は、すばらしい成績を残しながら現役の寿命は短かった。球速が急に衰えたのだ。
そして33歳で引退して、その後ひょんなことから台湾球界の指導者となる。そこで、野球観、指導者観が一変した。日本より野球のレベルが数段低い国でどう野球を教えていくかー。しかも自分は外国人として。

その体験から、彼は野球観・指導者観だけでなく、対人関係観、自分の子どもへの教育観まで変わっていったことが書かれてあるー。まあ興味を持った方は読んでみてください。

今 日本で一番野球をよく知っている人であろう野村克也監督が、ライオンズが日本一を決めた瞬間、選手とコーチが渡辺監督のもとを囲んだ光景を見、チームの雰囲気の良さを感じて、「これが本来の野球なんですよね」という最大級の賛辞を送っていた。それすら凄いことだが、それを上回る可能性をもった夢を持ったチームになるよう渡辺監督は今年大きな大きな土台づくりをしたと思う。

最後に、1箇所この本の内容を引用して終ろう。

渡辺監督は先ほどの片岡選手(2007年・2008年パリーグ盗塁王)に、失敗を恐れず思いきり盗塁するようにとを常々言っていたそうだが、今年のある試合で片岡選手はふつうの選手では無理なケースで2塁から3塁への盗塁を決めたときがあった。それで1アウト三塁というこの上ない得点のチャンスを片岡選手は作った。(その後もうひとりランナーが出て、1アウト 一、三塁になった。)

しかし、その直後片岡選手は相手チームのキャッチャーのけん制球に刺されてアウトになってしままった。それはその試合を左右する手痛いミスであった。

ここから先は本文を引用します。

「片岡がベンチに戻ってくるときには、まるで”この世の終わり”のように意気消沈していました。そこで、僕(渡辺監督)は、彼に近づいて声をかけたのです。
『ヤス(片岡)、お前、あの状況を作ったこと自体が凄いじゃないか』
と、あえて碎けた口調です。
『お前がその1アウト三塁という状況を作らなかったら、けん制アウトはないんだから。お前は全然気にすることないよ』

 接戦の中、1アウト 一、三塁のシュチュエーションで走者がけん制死するのは、かなり大きな痛手です。でもあえて、片岡にはその責任を負わせなかった。彼の大きな魅力である、積極性を失ってほしくなかったのです。

 後にマスコミ経由で、あのときにアウトに取られた片岡が、
「(あのミスで)”もう今シーズンの出番はない。オレは終わった”と覚悟しました。でもあの監督のひと言で、本当に気が楽になったんです。」
 という内容のコメントを残していたことを知りました。」

・・・今年の日本一を決めた渡辺監督ー片岡選手による”ギャンブルスタート”は、このお互いの信頼関係が生み出した”芸術作品”だったんでしょうね!

来年も失敗を恐れず、大胆に生きていきたいです。
みなさん、今年もどうもありがとうございました!来年もよろしくお願いします!


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「風のガーデン」が終わって

2008-12-20 10:18:03 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
倉本聰脚本、それだけで相当見る人がいるのに、それに加えて出演者である名優・緒方拳の遺作として話題を呼んだドラマ 「風のガーデン」 (フジテレビ木曜 夜10時)が一昨日終了した。

倉本聰・富良野3部作(1 北の国から 2 優しい時間)のラストとしても話題になった、舞台は北海道・富良野作品でもあった。

この作品の視聴率を実は朝日新聞にてチェックしていたが、始まり当初は亡くなられたばかりの緒方拳さんの遺作となった影響か、けっこう視聴率が高かったが、その後新聞に載るトップ20からは外れてしまった。

ぼくは木曜日は仕事がなかなかうまく進まず、帰りが夜遅くなりがちで、いつも10時03分くらいから見ていた。

このドラマは、現在の他のドラマと違って、全11回の放送中で何回か、最後に「次はどうなるのだろうか」という期待やドキドキ感ををまったく残さずに終わるという、商業主義・視聴率主義とはまったく異なるエンディングがあった。なんか「本当に見たい人だけ見てくれたらいい」と言っているかのようだった。

倉本聰の2005年の「優しい時間」、2007年の「拝啓、父上様」の2作が大変好きだった自分としては、途中あまりにもどきどき感が無いので、途中まったく関心がなくなりそうにもなった。うーん、今回は話は死をテーマにしてるから貴重なドラマだが、けっこう期待外れだぜ、みたいな思いになった。

終わってみると、ずっと見ていた人にしかわからないと思うが、最後はあっぱれだった。
台詞ではなくて、その花畑と花がない土の部分で、何を伝えているか視聴者に訴えるという、そしてその意味をわからずに岳くん(神木隆之介)が動き回るという・・・・
もうほとんど映画でしたね。ドラマという枠を超えていました。

あまりにも上質で、かつ大人向け、通向けのドラマ。
中井貴一、緒方拳が起用されたこと以上に、ぼくはヒロインに黒木メイサを起用(拝啓、父上様につづいてのヒロイン役)したことと、テーマ曲を歌う出演者として歌手・平原綾香を起用(優しい時間でのテーマ曲につづく)したことに、このドラマの方向性が表われていたと思う。

平原綾香の歌うテーマ曲(カンパニュラの恋)は、いい曲だが決してビッグヒットにはならない渋い曲であり、黒木メイサはたしかに美人で、また人気もそれなりにあるのだろうが、ずば抜けた注目を集めている女優ではない。そういう曲とヒロインを使ったことに、このドラマの作り手の意図があったのだろう。(その中で、今回黒木メイサの評価がかなり上がったのはまちがいない。)

このように視聴率を意識した作りをせず、しかし質が高く、映画作品に匹敵するほどのドラマとして今日仕上げられ、かつそれを視聴率優先主義が強く感じられるフジテレビが木曜10時というドル箱のドラマ枠で放送したことは、賞賛に値する。また言うまでもないが、「さすが倉本聰!」と思う。

かつて小坂忠という伝説のR&Bシンガーがいたが(1975年伝説のアルバム「HORO」を残し、メジャー音楽界からは姿を消した)、今から数年前、Epic Recordsというメジャーレコード会社が、一般的にはもう本当に音楽通しか知らない彼の新作CDを、商業的な成功はあまり優先せず、「知ってる人、本当に欲しい人は買うだろう。何枚売れるかは別として。それでいいですよ。」みたいに売り出したときのことを、ふと思い出した。

そんな「風のガーデン」、しかし個人的には、すごく好きな作品にはならなかった。
「優しい時間」を見たときは、富良野やそこに出てきた喫茶店「森の時計」に実際に行ってみたくなった。「拝啓、父上様」のときは、舞台となった神楽坂にやはり行ってみたくなった(こっちは行ってきました。近くなんで)。だが「風のガーデン」を見てもそういう思いにはならなかった。

理由は、死や病をテーマに描く作品であったからだろう。
前2作は、いずれもそこに出てきた若者(両方とも主人公は二宮和也)が、一つの職に着き、かつ見習いから一人前をめざすという「将来に向かって生きて行く」という方向性が根底に、さらにそこにほのかな恋愛があったからだろう。
そういうほうが自分はきっと好きなんだな。

ただそうは言ってもこの作品の価値は変わらない。
死や病にしっかり向き合い、そこに家族の再生、人と人との本当の関係を、また幸福とはいったいどこにあるのかー、
という、忙しさと物質主義と都会の中に埋もれていくテーマに光を当て、映画作品ほどの質を持って、放送途中での評価に揺り動かされることなく、完璧なフィナーレを迎えたことー。 見事でしたね。


(BGM : People /by 小坂忠 2001年発表 Epic Records)

※前回ブログの続きを今回書くはずでしたが、今回は急きょ「風のガーデン」感想になりました。前回の続きはまた後日UPします。ごかんべんよろしくお願いします。

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祝・西武ライオンズ14年ぶりの復活劇!

2008-11-10 01:07:35 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
こんばんは、さとうけいぞうです。

今わたしは、非常な感慨に浸っております。おそらく明日11/10の朝、わたくしと同じライオンズファンの小倉智昭さんも「とくダネ!」(onフジテレビ)で同じような想いでコメントするでしょう。

埼玉西武ライオンズ、日本一おめでとうございます!

今日の日本シリーズ第7戦、8回表にライオンズ平尾選手が逆転タイムリーヒットを放ったときが、僕の気持ちは最高潮だった。その後は、むしろ静かに観ていた。かつてのライオンズ黄金時代(80年代後半~90年代前半)を想い返していた。

プロ野球とは不思議なスポーツであり、ジャンルだ。
この日本で、これほど時代と世相に足跡を残すジャンルもあまりない。

今日のライオンズの日本シリーズ制覇は、たしかに記録的には4年ぶりの日本一だが、プロ野球界の歴史的な意味合いでは、真の意味でライオンズ16年ぶりの日本一、また14年ぶりの復活劇であろう。

4年前の日本一は、ライオンズはパ・リーグを制覇できずに、公式戦終了後のプレーオフで日本シリーズ進出権を勝ち取り、それで日本シリーズを制覇したものだった。それはそれでたしかに立派であったし、僕もたいそう喜んだ。
しかしそれはかつてライオンズが最後に完全日本一(パ・リーグ制覇&日本シリーズ制覇)を成し遂げた1992年に舞ったライオンズブルーに比べると、ややしっくりしないものであった。

そしてその後この3年間、ライオンズは優勝できず、低迷した。そして親会社とまたその代表者・球団オーナーであった堤義明氏は、経理上の問題(証券関連の問題)で社会的に罪に問われた。また球団スカウトによる不正行為も発覚した。

そして今年2008年、球団名を「埼玉西武ライオンズ」として、新監督・渡辺久信を迎え、再出発のスタートをした。

渡辺久信は、ライオンズ黄金時代のエースのひとり(同時期に、郭・工藤・渡辺・石井という4人のエースがいた、強いわけだ)だった。20代の頃の彼は、女性ファンはもとより、男から見てもあまりにもカッコ良く、約100メートル離れた外野スタンドから見ても、ほれぼれするような速球を投げていた。いい投手だった。30代になってからだったが、ノーヒット・ノーランも達成した。

ライオンズは1992年に完全日本一を果たした後、'93'94年は日本一を逃すものの、パ・リーグ制覇し、その並外れた強さは変わらなかった。

黄金時代最後の年、1994年日本シリーズは長嶋監督率いるジャイアンツとの対戦だった。
結果は4勝2敗でジャイアンツが日本一に。僕が観た日本シリーズの中で、これほど疲れた日本シリーズはなかった。当時の職場(市役所)でもたいそうこのシリーズは話題になった。

まったく次の策が読めない、セオリーをド返しした巨人・長嶋監督の天才的勘に、見事に当時最強チームであった西武ライオンズと そして知将・森監督が敗れたシリーズであった。

そしてこの'94年のシーズンオフに事実上最強チームとしてのライオンズは崩壊する。
森監督勇退、チームリーダー石毛、左のエース工藤が他チームに流出した。その2年前に清原と双璧をなしたスラッガー秋山幸二はすでに他チームにいた。

森監督がシステマティックに構築した最強チームは、システムを超えた長嶋茂雄という不世出・唯一無二の宰相に組織そのものまで破壊された。この年1994年に、あの強く、勝つことで、王座を守り続けることでドラマを生み出していったライオンズ黄金時代は終りを告げた。

しかし、その当時ライオンズのエースであった渡辺久信が、今日ライオンズを真の意味で復活させた。完全優勝の日本一であった。あの当時いたスターたちに代わる新たな若武者軍団を作り上げた。片岡、中島、涌井、平尾、そして岸・・。

そしてその今年最後に下した相手は、長嶋茂雄が後継者に指名した原辰徳率いるジャイアンツだった。

おめでとう、ライオンズ。ありがとう、ライオンズ。

ずっと同じ人気チームが一極集中の世界を作り続けて欲しくない。
ON以降ジャイアンツonlyの野球世界に風穴を空けたのが80年代のライオンズブルーだった。

そのジャイアンツしかりで、黄金時代の間にシステマティックになりすぎたライオンズが崩壊したのは、むしろ当然だったのかもしれない。

復活した、いやリニューアルしたこれからのライオンズは楽しいぞ。もっといいチームになる。打撃コーチのデーブ大久保の存在も大きい。

毎年日本一になり続けられなくてもいいから、今年のような、今日のあの片岡の走塁のような、思いっきりのいいチームであってほしい。そして新しい風を、さわやかな空色の風をこれからも吹かせてほしい。僕らの人生におけるスポーツや文化のすばらしさはそこにあるのだから。

Thank you,LIONS! We are the LIONS! 

そして長年にわたる素晴らしいライバル・読売ジャイアンツにも感謝を捧げたい。
今夜だけは、全スポーツニュースを見て眠ります。おやすみなさい!


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ライオンズが勝ったあーーーっ!!!

2008-11-08 22:08:23 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
うおーっ、ライオンズが勝ったあーーーっ!!!

岸、すっげえピッチャーだ。
ライオンズファン(23年目)なのに、今シーズンちゃんと試合観てなくてごめん!

いやー、明日が楽しみだわ。


うん?けいぞうブログ復活したのか?

とりあえず助走だけど、ふっかーっつ!今年中には本格再始動したいっすね。

それでは、また! 
ゆっくり、ゆ~っくり、また、たま~に更新しますんで。気長にヨロシクお願いします。


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真実を見極めろー福田首相辞任の描くシナリオ

2008-09-08 19:50:05 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
みなさん、お元気ですかー。
週イチ更新したかったのですが、仕事と生活でぐったりで、更新できませんでした。すみません有言不実行で、ごめんなさい。これからも10日に1回位になってしまうかもしれませんが、書き続けていきたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

さて今日もいろいろ書きたいことはあるのですが、今日は福田首相辞任について書いてみたいと思います。
先週月曜日夜9時20分ごろ、近所のお弁当屋さんにお弁当を買いに行こうとしたわたくしをとどめたのは「福田首相が辞任」の臨時ニュースでした。

「えっ」

おかげでしばらくその場から動けなかった。ニュースと会見を見入ったおかげで、弁当屋に行ったのが、閉店まぎわで、またしても弁当屋のおばさんから「またおにいちゃん、ぎりぎりやね」的な微笑みをいただいてしまった。

その後、無事弁当を食べながら、何度か繰り返される福田首相の会見を見、なぜ辞めてしまったのか、読みとろうとした。何度か聞いてやっとわかった。2つのことが語られていた。

「政治的空白を作らず、国民に大きな迷惑をかけないため」

「自民党が与党でありつづけるため」

のための辞任だと理解できた。
(会見の詳細は多くの人が知っていると思うので、割愛します。)

その後多くの見識者が、福田首相辞任について、批判を繰り返した。

立花隆氏は「彼は総理の器ではなかった。」「自民党政権はもう終わりだ。」
中曽根康弘氏は「一国の総理となって政権を率いた人間は、いったん始めた仕事をやりきること、そのために総理となったのだから、投げ出すことはやってはいけないこと」

という意味のことを言っていた。
その他多くの見識者が同様の意見を語っていた。それらについては、碓かにうなづけるものであった。

それはそれとして、まったく違うことを書きたいのだが、福田首相は相当あたまがいい人だとぼくは思うのだ。なぜなら、このような批判を受け続けながら、その後はおそらく彼の描いたシナリオ通りになりそうだからだ。

きのうの朝日新聞朝刊に、辞任会見直前の福田・麻生・町村会談のようすが書かれていた。どうしてこういう水面下の出来事を大手新聞は知ることができるのか、まったく凄い。

かいつまんで記事より抜粋すると(「 」内のコメントは福田首相)、

「私は任期ぎりぎりまで解散するつもりはなかったが、政局によっては、追い込まれて解散になる可能性はある。ならば先手を打って、こちらに余裕がある状態で、勝てる態勢を作るべきだ。民主党が変わらないのであれば、自民党が先に変わって主導権を握るべきなんだよ。」

「太田農林水産相の問題などで、臨時国会は開会当初からゴタゴタする。結局、国民に迷惑をかける。今なら国民にも迷惑かけずに交代できる」首相は臨時国会前の体制一新にこだわった。

「無責任と言われるかもしれないが、いま辞めるのが、最も責任ある辞め方だ。今を失えば、機会を失う。」


・・・以上が記事の抜粋だが、最後の一言がすべてを表していると思う。

「無責任と言われるかもしれないが、いま辞めるのが、最も責任ある辞め方だ。今を失えば、機会を失う。」


彼は自らが批判を浴びまくるのを承知で、自民・公明政権維持と国会・国民生活混乱を避けるために、自ら辞任をした。

たしかに衆参議院の与野党逆転現象の「ねじれ国会」では、衆院通過→参院否決→衆院再可決をやると、衆院通過から60日間という日数がかかる。この点で春先のガソリン暫定税率の件でのガソリン代の乱高下現象のような「混乱」が、またこの9月の臨時国会でも起こるだろう、という読みはもっともだ。

そして現在、民主党は小沢代表が無投票・無風で代表に3選したのに対し、自民党総裁選は大盛り上がりで、世間の注目度はたしかに自民党に集まっている。

このまま大盛り上がりのまま、仮に「麻生太郎」や「小池百合子」「石原伸晃」といった国民受けしやすい人が総裁になったりすれば、怒濤のごとく解散総選挙、そして国民は自民党支持!という雪崩式のブレーンバスター状態になりそうだ。もし麻生さんだったら、ゴルゴ13のような流し目になって、一気にカリスマ化してしまうのだろうか。

うーん、これが福田さんのシナリオか。

こういうシナリオは、少しでも政治のことに関心のある人ならみんなわかると思うのだが、それでもきっとこうなってしまいそうな日本がこわい。

日本人は物事の本質が見極められなくなったのだろうか。

以前、小泉政権だったときにぼくはとても気になっていたことがある。
それは小泉総理のワンフレーズ・ポリティクスと言われたコメントの数々である。(彼の場合、”総理”と言ったほうがピンとくる。)

毎日、できるだけ少ない言葉で、かつ印象深く、記者たちとテレビカメラの前で短いコメントを小泉総理は発していた。あれがいわゆるワンフレーズ・ポリティクスである。

小泉総理はそれによって国民に対し、天才的なある意味のマインドコントロールを行なった。
小泉総理がすべて悪いわけでなない。しかしあのコメントは国民を単純化させた。あの短いコメントと過激な街頭演説で、小泉支持に回る人々と、そんなイメージだけの言葉で我々をコントロールするな、という人々とに分けていった。

すべての首相に功罪はあるが、小泉総理はたしかに宰相として長期政権を担った功績も数多い人である。しかし、目に見えない罪(ざい)として、国民の政治に対する目を単純化させ、イメージ化させた。そして本質を、政策を見極める目を、弱めさせたことを挙げたい。

そうして政治に対して単純思考を、イメージ思考を持つようになった国民を、こんどは麻生太郎氏が先導するのか。アキハバラでマンガ本を片手に絶叫し、それがニュースで流され、国民が狂喜するのか。

狂喜してもいい。彼の政策を支持するのか、支持してもいい。しかし、それは今回国民がみな批判した福田首相の辞任によるシナリオ通りになるということなのだ。福田首相は本当にあたまがいい。

この国が安心して住みやすい、良い国になって行くかどうかは、国民が考え、決めるのだ。総理大臣を投票で選べなくても世論は政局を動かすのだ。

かつては小泉劇場と言われたが、今回の劇場は主役は今自民党総裁選というオーディションで選ばれるところだが、その脚本家は福田康夫だ。日本が良くなるなら、このまま自民党が政権にすわってもぼくはかまわない。しかし、それが本当に良いことなのかどうか、本質を見極め、時を見極める目を失ってはならない。

「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない。」

(村上龍著「希望の国のエクソダス」より。その登場人物・中学生ポンちゃんの言葉)


この国で、自分たちにも、自分ひとりでもできることがあるはずだ!
ストレスの少ない、希望を生み出す国となるためにー。


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10年めの夏の思い出

2008-08-17 23:48:21 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
みなさん、こんにちはー。いやー、夏ですね、夏。

北京オリンピックおもしろいですね、すごいですね!
星野JAPAN、韓国に負けちゃいましたね。守備の乱れが大きかった。

投手交代と守備固めの見極めが必要だったと思います。終盤の三塁は宮本を使ってほしかったな。

さて、先週はやむえず仕事をした金土を除き夏休みをいただいた牧師みならいけいぞうは、8/10夕方にHASYMO出演の夏フェス(次回レポート予定!)に行き、そしてその後しばらくふるさとの長野に戻っておりました。

まあふだんバカ忙しいので、ふるさとではゆっくりしよう、ということで、ほとんど家から出ず、昼間はあまりにも多い私物の整理、夜はオリンピックを見たり、本を読んでおりました。

いろいろ整理をしていると、

大学時代の写真に目が止まる。
当時の手紙を思わず読んでしまう。

うーん、なぜこの娘とつきあわなかったのだろう。
イケたんじゃないだろーか、などと今さらどうにもならないことを考えたりもする。


一時期あまりにも毎号買いまくった「紙のプロレスRADICAL」という、試合結果や試合レポートがほとんどない、あまりにも不思議な同人誌のようなプロレス雑誌を数年ぶりに目を通してしまう(この雑誌「紙プロ」は、今も本屋さんで売ってます。)

ここには当時凄い文の立つ女子高生(武田いづみさん)がよく投稿していて、将来大出世するかと思ったら、今は自身のホームページでその文才をチョチョットあらわしているだけみたいなのだが、今もってやっぱけっこう凄いので、ぼくは勝手に彼女をモノ書き師匠にしています。


そしたら、プロレスつながりで、前田日明が表紙の一般雑誌が出てきた。
ちょうど10年前の今頃売られていた雑誌だ。

「そうか。このころ日明兄さんは引退した時期だったんだな。」

中身を見てみると、前田日明の引退に合わせての取材であった。
インタビューみたいになってる。

ちなみに知らない方のために言うと、前田日明(まえだあきら)は、1999年に引退した格闘家である。もともとはプロレスラーであったが、総合格闘技を競技として実現させ、自らも総合格闘家として活躍した。

(総合格闘技=さまざまな格闘技の要素を取り入れた、寝技も投げ技も打撃技もルール上すべてできる格闘技。その大会には、ざまざまな格闘技の選手が参加できる。代表選手:桜庭和志、吉田秀彦、ミルコ・クロコップなど)

前田日明は、プロレスの試合や技の不自然さ、あってないようなルール、それらに見切りをつけ、概念としてはあったが実現しなかった総合格闘技を、ルール整備し、競技としても興行としても実現させたパイオニアであった。


で、その10年前の取材記事はどんな記事であったか。

実は前田日明は引退試合を2試合行なっている。
1試合めは、通常の総合格闘技ルールで自らの愛弟子と行なった。来賓も多く招き、引退セレモニーも行なった、正式な引退試合であった。

その7ヶ月後に、番外編として2試合めを行なった。

それは通常ルールではなく、相手に合わせた特別ルールで行なった試合であった。
試合後のセレモニーも何もなし。彼の格闘家としての最後の欲求をつらぬいた試合であった。相手は当時オリンピックのレスリングで3大会連続金メダリストのアレクサンダー・カレリン(ロシア)だった。


この記事はその1試合めの直後の取材である。

当時39歳の前田日明が、自らの団体のジムで屈伸をやっている風景がそこに写っている。

彼のトレーニングは科学的ではなく、古き良き根性論的で、トランプを置いておいて、そのトランプをめくって、出た数だけ、腕立てをやったり、スクワットをやったり、というトレーニングであったと聞く。

この取材のさらに約10年前、あるメジャープロレス団体から、試合が危険すぎるという理由(長州力を骨折させた)で、解雇・永久追放され、孤高の道を歩まざるを得なくなった前田日明は、当時は信じられなかった、たった6人での新団体を旗揚げした。

思えば、闘い方、生き方、すべてが時代はずれであった。単なるプロレスラー、格闘家とは思えなかった。その半生を聞くたびに、戦国時代の武将が現代に迷い込んでしまって、行くあてがなく、たまたまプロレス・格闘技の世界に飛び込んでしまったような、そんな人であった。


しかし、その彼がプロレス・格闘技の世界を変えた。
彼のおかげで一時的ではあったが、彼がたった6人で設立したプロレス団体のチケットは有名アーティストのライブ並のステイタスを持った。

そしてその後、彼の立ち上げた総合格闘技団体「リングス」は、その後の格闘技団体や興行に多大な影響を与えた。その代表が「K-1」である。

彼は、リングスをアマチュア競技化し、やがてはオリンピック種目にしたいという願いをもっていた。たしかにリングスルールなら、アマチュアの場合は打撃技さえ、いくつかの制限をもうければ世界的に普及するかもしれないと思えるものだった。


前置きが長くなってしまった。申し訳ない。

その記事の中で彼は、引退後にやっていきたいことを語っていたのだ。

それは、まずスポーツマネジメントの世界を築きあげること。

それは格闘技を一つの団体で運営・経営、選手を所属させ、会社として成り立たせるのではなく、さまざまな選手が闘える交流の場としての大会のマネジメント、その試合を企業にプレゼンテーションしていく、また選手育成のサポート、アマチュアスポーツとしての普及をしていけるような運動体としての法人組織を作っていくことなどだ。

次に、このリングスという競技のネットワークの拡大、特にアメリカと中国への進出である。

そしてもうひとつ、それは「私塾を作りたい」ということ。

それは、今の格闘技は武道ではなく、スポーツになってしまったため、生涯教育としての武道の精神に立ち返り、格闘技術とともに人の在り方を教え、一個の人格を作り上げていくような私塾。 


「人の在り方を教え、何かの役に立つような人間を育てていく。ようするに ”熱い奴” を作りたいんですよ。」


・・・この取材の後、7ヶ月後にオリンピック3連覇、人類最強と言われたロシアの英雄カレリンと彼は闘い、判定で敗れてしまう。ハッピーエンドの予定調和などない、生々しい敗戦で彼はリングを去った。

ぼくは当時リングサイドで観戦したが、試合後なんのセレモニーも挨拶もなかったが、控え室での彼のインタビューが試合場内のオーロラビジョンに映りながら、聴こえていたのが、どこか遠くへ行ってしまった天上人の声のようだったのを今も思い出す。


そんな彼の引退間際の記事を久しぶりに読んだ。たしか別の記事では、趣味の刀剣収集と読書が高じて、引退後、古書店と刀剣商を開きたいという話も読んだ覚えがある。

前田日明のことをよく知らない人はピンと来ないかもしれないが、ぼく個人としてはこんなに古くさい日本人で、こんなに型破りで、こんなに熱い生きざまを、気概を感じる人をほかに知らない。戦国時代なら、きっと歴史に残る武将になっていたことだろう。


・・・前田日明引退後(1999年2月)、2002年に経営難等の理由で総合格闘技団体リングスジャパンは解散した。しかしそんなことは関係ない。リングスが発掘し、活躍していた選手たちはその後の別のリングを席巻し、海外のリングスネットワークはその後も活動している。そしてリングスジャパン解散後、数年はマスコミにめったに姿をあらわさなかった日明兄さんは、その間釣り三昧の日々を送ったと聞く。

今はまた、マスコミにも、格闘技界にも鋭い、(ときおりエロい?)眼光を光らせているが、この記事通りには、その通りにはならなかったとしても、こう言いきって、そしてそれに向けてやっていけそうな人ってめったにいないんだから。

ぼくも牧師みならいとして、すぐれた恩師たちに影響を受け、その方々を尊敬しているけれど、ある面、日明兄さんほど影響を受けた人はいないかもしれないな。
1試合めの引退試合の入場時に、彼の体にさわっておいてよかった、よかった。。

この記事の最後に彼は、こう言っている。

「結局は、俺は頑固な隠居になりたいんですよ。」


・・・10年めの夏の思い出でした。。

(記・引退どころか、これからすべてがスタートする・みならいけいぞう)


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ラストフレンズは なぜ高視聴率だったか?

2008-07-03 01:03:04 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
こんばんは。

日々とまでは行かなくても、週ごとにいろいろなことが起こり過ぎる日々を過ごしておりまするさとうけいぞうです。・・・仕事に、将来へのいろんな準備、またすきを見つけて研鑽を積む(読書や牧師セミナーなどに参加)、日々を過ごしております。

さて、今日は先週終わったフジテレビの高視聴率ドラマ「ラストフレンズ」(出演:長澤まさみ、上野樹里、ほか)についてちょっとペンを取りたい。(全ストーリーの7割くらい見ていたんで。)

なぜ、このドラマは終わりに近づくにつれ、視聴率がどんどん上がっていったのか?

これはドラマのエンディングの核心部分が出てくる、いわゆる「ネタバレ」ブログになります。ストーリーを知りたくない人はここで読むのをやめましょう~。


・・・長澤まさみ演じる「美知留(みちる)」の元カレ「宗佑(そうすけ)」は、つきあっている時代から、みちるにドメスティック・バイオレンス(DV)を繰り返していた。

宗佑は、早くに親に捨てられ、親戚中をたらい回しにされた過去を持つ。
その愛情の欠如が、彼をみちるへのDVに走らせたのか。

最後に、彼はもう別れたはずのみちるを騙して自分の部屋に来させて、そして強引にみちるの体を奪った。

強姦されたみちるだが、それでも彼をゆるした。
しかし、みちると共同生活している友人たちにもう危害を加えないように、と宗佑に頼むのであった。私はあなたの願いを聞いてあげるから、と。

みちるには彼よりも友人たちが大切であったのだ。

そして彼の前にはない笑顔で友人たちと写っている写真を彼が見たとき、彼はみちるから本当の意味で愛されてはいないことを悟った。

そして彼は自ら命を絶った。


彼は愛してほしかったのだ。誰かに。

彼は親の愛情を知らず、ゆがんだ形でしか愛を確認できなかった。
それがみちるへの暴行、DVという形で出たのだ。

人はどうしたら、心満たされるのか。

それはパチンコなのか、性欲を満たすことなのか、買い物しまくることなのか、たえず誰かに依存することなのか。

人から愛をもらいつづけることなのか。

その宗佑の自殺という結果のアンサーとして、ラストフレンズでは最後、みちると友人たちの共同生活場「シェアハウス」で5人が再会するようすを描いている。

最後は5人の友人たちと一人の赤ちゃんが夫婦やシングルマザー、恋人になりきれない男女という形で、いつまでつづくかわからないが、この幸福を味わって生きよう、また別れるかもしれない、でも再会するかもしれない・・・でも彼らは出会って、ともに生きている喜びを味わっていこう、というメッセージをあらわして終わった作品であった・・・。


人間にとって幸福とは何だろうか。

村上龍は、人生における成功者とは

「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼できる小さな共同体を持っている人」

という仮説を立てた。(村上龍著「人生における成功者の定義と条件」より)


ぼくは幸福というのは、人生の目標であると思う。そしてそれは根底に誰かと愛の関係があること(恋愛や結婚関係にこだわらず)だと思う。なぜなら、どんなにやりたいことやいい仕事を達成したとしても、もし孤独であったら、やはりむなしさは残るだろうから。

その点でラストフレンズのシェアハウスは、いつまでつづくかわからなくても、それが人生の中の短い期間であったとしても、とても幸福な時間であるといえるだろう。

シェアハウスではないが、ぼくもかつて2度、友人たちがたえずまわりにいる環境で生活したことがある。(大学時代の下宿屋さんと神学生時代のアパート)

2つともとてもいい思い出だ。たしかに幸せだった。
幸せというのは、それが終わってから気づくものなのかな。


いつまで続くか別として、やはり幸福とは「関係である」と思う。
関係とは、それが同性であれ、異性であれ、家族であれ、他人であれ、

愛し合い、助け合い、励まし合い、同じ思いを共有して生きているかどうかということー

そこに人生の幸福がある。

ラストフレンズはそれを描いていたー。

キャストの演技力もさることながら、このドラマは人間の人生に対する深い意識に影響を与えたのだと思う。それがさざ波のような視聴率アップにつながったのではないだろうか。


ただテレビドラマは、3ヶ月ですべてが終わる。ハッピーエンドがやっぱり多い。
でも人生の最終回はなかなか来ない。ちゃんと生きたら7、80年はかかる。ハッピーエンドしたかと思っても、そしてまた人生はつづく。

だから人間は変わらない幸福を、たしかな関係を求めて、生きているのだと思う。
人はさみしさを抱えているからね。愛がなくちゃね。

Love never fails. 

愛は決して滅びない。


(BGM: Waik On / by U2 ほか)

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秋葉原 無差別殺傷事件を思って

2008-06-12 00:07:49 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
こんばんは。

このような大事な内容の記事を書くには、正直今週は時間がなく、責任をもって意見することができない。

しかし、個人的に感じたことをわずかでも書いておきたい。
文章も、順番もめちゃめちゃかもしれないが、おゆるしいただきたい。

今回の事件で亡くなられた武藤舞さんは芸大生だと言う。ぼくは毎日 芸大の正門前を自転車で通っている。

彼女は北区在住であったとのこと。事件現場は秋葉原。これらはぜんぶぼくが電車よりも自転車で行き来している範囲だ。

今夜ニュースで映っていた葬儀場のお寺は、上野の寛永寺だろうか。違っていたら大変失礼だが。

何が言いたいか。自己主張したいのではない。すべて自分の行動範囲内で起こった、しかも、今日の夕方 事件現場に行ってみたが、こんな普通にみんな歩いている交差点でそんな事件が起こったことが信じられない。

人ごとでないんだ。

世界中のすべての問題は大事だが、こんな普通の生活圏で、こんな悲惨な恐ろしい出来事が起こったことが信じられないのだ。

今日も秋葉原では、あの加藤容疑者が警官に取り押さえれた現場に行ってみると、そのすぐそば、その先ほんの20数メートルほどのところには、メイドさんが営業スマイルでニコニコして立っていた。

それぞれの生活があるから当然だが、別世界の挟間に立っている気がした。

しかし寒気がする。現場周辺には警官が多い。また何か起こるんじゃないか、という不穏な空気が漂っている。
1995年春頃の、オウム真理教の一連の事件のころの都心の厳戒態勢を思い起こさせた。

献花台には、誠実な人々からの花束が今日も捧げられていた。その周りには何社ものテレビカメラマンたちが立っている。

・・・亡くなられた7名の方々、また傷を負われた方々のことを思うと、かわいそうでならない。


何が叫ばれているのか!

昨年末の佐世保のスポーツジムでの銃乱射事件。

今年3月の土浦の事件。

先日の江東区のマンションでの隣室女性暴行バラバラ殺人事件。

そしてこの秋葉原。

何が起こっているのか。彼らの心に。

何が起こっているのか。この21世紀の日本に。

こんなバカなやり方でしか、自分のやるせなさを解消することができない、どこに解決があるのか。次にまたこんなことを起こさせないために、何がぼくらにできるのか。

それを見極めて、人々の心が変えられて行くこと、この国に人間らしさを取り戻させること、人の心を取り戻させること・・・

そのために自分にできることをやっていきたい。


亡くなられた7名の方々とそのご遺族の方々に、どうか慰めが与えられますように。
そしてこの国と、この世界の人々に本当の愛の心が与えられますように、祈るばかりです。

                                    けいぞう

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米大統領選はどうなるか?ージョージ・W・ブッシュ 負の遺産

2008-02-15 02:39:48 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
お久しぶりです。インディーブログライターけいぞうです。(本業牧師見習い&フリースクールの宣伝マン)

最近は本業のほうが、めちゃくちゃ次はこれやらなきゃこれやらなきゃ状態で、本音は金と時間さえあれば、おー今日はバレンタインデーだったんだな、それはともかく(ともかくでいいのか?)、昨日今日(2/13・2/14)どっちか東京ドームに乗り込んでTHE POLICEの再結成公演に行って生Every Breath You Take(見つめていたい)をぜ~ったい聴かなきゃいかんところなんだけど、いかんせん一番安い席が碓か8500円とかで、「たけえじゃねーかよ!」

でも今夜は売れ残ってるとか、けさ小倉智明がテレビで言ってたけど、うえーん、うえーん、経費削減見習い男けいぞうはけっきょく東京ドームには今回は行けませんでした。

で、金もあまりないが、時間も最近ないので、今夜は速攻更新と行きたいと思いマス。


今夜はちょっと前から書こう書こうと思っていたことなのですが、今話題の米大統領選挙の予備選に関連した話デス。

なんか共和党はマケイン氏で決まって、民主党のほうはヒラリーさんがちょっとやばくて若きカリスマ、オバマ氏が急上昇らしい。

今日はややシリアス路線で行きたいのだが、なんかこう興味本位にぼくらはこの米大統領候補者選びのレースを見てることが多いと思うけど、これは実はかなり大事なことですよね。

というのは、東西冷戦後、世界で唯一大国となったアメリカ合衆国のリーダーを決めると言うのは、


「世界で一番大事なリーダーを決めることだ」


というのは、言い過ぎではないと思う。


この7年のジョージ・W・ブッシュのリーダーシップはひどいものであった。
それは泥沼化しつつあるイラク戦争をはじめとして、負の遺産を撒き散らしてきた。

ブッシュ大統領で有名なのが、プロテスタントのクリスチャンであることだ。福音派と呼ばれるグループに属するクリスチャンだ。

彼の場合は原理主義というべきなのだろうか。私、けいぞうもクリスチャン(プロテスタント)だが、この辺の細かい説明がなかなかできない。知識不足で申し訳ない。

ただ正直大きな意味で、ブッシュ大統領とけいぞうは同じクリスチャンでしかも碓か同じ福音派というグループに属するクリスチャンなのだ。


しかし同じクリスチャンとしてブッシュ大統領のしてきたことは、理解できず、いつも首をひねらされてきた。やはり純粋な信仰の持ち主というよりも、どこか政治家として自分のメンツをいつも考えながら行動してきた感がある。

ジョージ・W・ブッシュ、しかし彼は個人的に神に熱心な信仰を持って来たと聞く。ホワイトハウスでブレーンたち(ライス女史らとだと思うが)と聖書を共に学んでそして執務にあたったと聞く。

いったい彼の持っていた信仰とはなんだったのか。唯一の超大国のリーダーとしてその信仰は有益であったのか?

どんなに神に熱心であっても、実生活や人々に役立たない信仰とは意味があるのか?


佐藤優(さとうまさる)という著述家がいる。作家と言ったほうがいいかもしれない。今彼の本は本屋のけっこう売れ筋コーナーや新刊コーナーにあふれている。

彼の紆余曲折の経歴を書きたいが、時間がないので略!とにかく今は作家として数々の賞を受賞している、碓かにたいした文章力・内容をもった作家である。(かつて鈴木宗男の片腕だった外務事務官と言ったらよくわかるだろうか)

この人、同志社大学神学部および同大学大学院神学研究科修了なので、おそらくクリスチャンなのであろう、と思ったら、著書「私のマルクス」(2007年12月 文藝春秋刊)の中でクリスチャンであると公表しているのをぼくは初めて読んだ。

そしたらそこで彼がこう書いていた。彼が大学時代心酔したプロテスタントの神学者ヨセフ・ルクル・フロマートカ(1889~1969 チェコ)という人物についてのことだ。


「フロマートカは、政治に深く関与した神学者であり、常に誤解されていた。しかし、フロマートカは、イエス・キリストを信じる者は、他の宗教や思想を信じる誰よりもこの世界を現実的にといらえることができると考えた。そして、神学者にとっての活動の場は、教会や大学の研究室ではなく、この世であると強調した。「フィールドはこの世界である。」というのがフロマートカの座右の銘だった。」


ぼくはこの文章にたいそう注目し、牧師みならいとしては共感しながら読んだ。
そのとおりだよ。フィールドはこの世界か、いいこと言ってるじゃないか。教会の仕事は大事だけど、それだけじゃなかなか世間一般にいい影響は与えられないんだよ、そう思った。

しかしブッシュ大統領はどうか!彼のすべてを否定するわけではないが、彼はキリスト教信仰を持ち、積極的に、いや世界で一番世の中と関わろうとしたが、はたして良い影響を与えただろうか!

もしこの7年間が「不都合な真実」のアル・ゴア氏が大統領にあの時なっていたら、アメリカは、そして世界はこの7年どうであっただろうか。彼はクリスチャンではないと思うが、彼のこの7年のほうがよっぽどいさぎよく、また世界中に良い影響を与えてきたではないか。
(くわしくは映画「不都合な真実」をレンタルして見てみてください)


もう長く書く必要はないでしょう。もちろんブッシュがぜんぶぜんぶ悪いわけでも、ゴアがぜんぶぜんぶ良いわけでもない。何が言いたいのか、それは、こんな世界のはしっこにいるイチ牧師みならい・クリスチャンが言うのははばかられるが、いかに政治的理由があったにせよ、ブッシュ大統領のこの7年は同じクリスチャンとして理解できないことが続いた7年間だった、ということを言いたいのだ。


アメリカ大統領は世界的影響も大きいし、日本への影響も大きいんだからね。しっかりした人がやってくれないと。ぼくがまだティーンエイジャーのころのアメリカにはまさに夢と感動がつまってたんだから。音楽のヒットチャートと夢を与えるハリウッドムービーにほんとに感動したんだから。それは政治と関係ないじゃん、という考え方もあるだろうけど、ぼくは関係あると思うよ。


おー、もうこんな時間だぜ。まだほかにもやんなきゃいけないことあるんですよ・・。

よーし、まだ書きたいけど、今日はやめて、こんどはこの日本編行こうか!

とにかくマケインでもオバマでもヒラリーでもいいから、良識ある人に米大統領はやってもらいたい。

それからなんかその選挙運動の民主党のヒラリーのバックに(オバマもそうかな?)やたらU2がかかっているように聞こえましたよ。U2また来日しないかな。。。


やっぱ政治ネタはちょっとカタイから、次回はなんかこう感動するネタを!


人生は感動だ!


どういうオチだよ。とにかくおやすみなさい。
(フィールドはこの世界だ!っていうそんな牧師兼○○めざして、けいぞうはこれからも日夜ガンバッテまいります。うん? ○○ってなーに?)



(BGM: シルク・ディグリーズ/by ボズ・スキャッグス 1976年発表)

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大晦日、桜庭 vs 船木 そして田村、それから けいぞう。

2008-01-07 21:19:05 | 旧ブログ/ニュース・TV番組・スポーツ
2008年 (遅まきながら)新年あけましておめでとうございます。

元気ですかーッ! 

とすっかり年末にも見なくなった猪木あいさつで始まりました 2008けいぞうインディペンデント・ペレストロイカ。昨年秋より、この世の中に独自の改革(インディーな改革?)をもたらさんと言う気概をもって始めたこのブログ。更新時だいたい閲覧人数60名(クリック数は100を超える)という読者のみなさまの応援のもと新年を迎えることができました。どうもありがとうございます。

なにぶんしろうとブログゆえ、そしてブログ対応には比較的困難を覚えるマック(リンクや写真のアップがなかなかできない場合があり。だからけいぞうブログは写真が少ない。)での更新という関ヶ原の戦いを経ての年越し、そして「けいぞうさん、文章が長過ぎるけど~」という貴重なご指摘もあり(→長くていつもすいません)、

なんとか2008年は、さらに弱小なブログにならないように、ガンバッテいきますので、
今年もよろしくお願いします!


さて新年の始まりさいしょのトピックは、ぼくも1/2~1/5まで長野県の軽井沢&故郷の○田市におり、そのこぼれ話でも書こうかと思い迷いましたが、
うーんまずは大みそか効果でK-1プレミアムDynamite!(TBSにてオンエア)から語りたいと思います。

まあ大みそかの格闘技大会はいつのころから恒例行事になりましたね。昔からプロレス・格闘技を観ていた者からすれば考えられません。(けいぞうは1976年の伝説のアントニオ猪木vsモハメド・アリ戦をテレビで観ている)

ダイナマイトでは注目カードは、とにかく「桜庭和志 vs 船木誠勝」であったはず。
そりゃあ世間的には「ヒョードル vs チェ・ホンマン」だったかもしれないが、そんなのホンマンには悪いけど、あのルールではヒョードルにかないっこない。


「桜庭和志 vs 船木誠勝」

この二人のカードが日本の大みそかのテレビでオンエアされる時代が来るとは、すごい時代になったもんです。しかしその意味を理解している者は長いファンだけだろう。

この二人というのは、桜庭は格闘技をメジャースポーツに押し上げた立役者のひとりであり、船木はプロレスから格闘技を分離させた、つまり総合格闘技を建て上げた立役者のひとりである。

プロレスと格闘技の違いをここで論じることはやめるが、かんたんに言うとプロレスは勝ち負け、真剣勝負よりも、いかに刺激的に観客を楽しませるかに力点が置かれたモノである。

桜庭と船木、どちらも間違いなく伝説のレスラーであり、格闘家である。船木は今回7年ぶりに現役復帰したが、桜庭の最近のニックネームは「生ける伝説」だ。

この二人の戦いは初対決であり、ドリームマッチであったのは間違いない。しかし実はこの二人の中になんら因縁はない。いわゆるプロレスや格闘技にありがちな「因縁の戦い」とか、「リベンジマッチ」という性質はなんらなかったのだ。

もちろん船木が復帰した大きな理由に同い年の桜庭の活躍があったのはたしかだろうが、強いて言えばそれだけだ。つまりどっちが負けても痛手はあまり負わない戦いだったのだ。

結果はやっぱり船木の7年間のブランクは大きく、桜庭の腕がらみで船木がタップ・アウトし、桜庭が勝った。

やはり終わっても、深い感慨はぼくの中になかった。野球で言えば、日本のプロ野球でのオールスターゲームのようだった。夢の顔合わせだったが、ドラマはなかったのだ。

しかしこういう戦いが実現したということには、感慨深さがある。しかもまだ彼らがメイン・イベントで頑張っているということに共鳴するものがある。二人は同じ1969年生まれの38歳だ。

このダイナマイトではもうひとり1969年生まれのプロレス界・総合格闘技界では伝説の男が出ていた。それは田村潔司だ。


「田村潔司 vs 所英男」

世間的には圧倒的にバイトしながら6畳一間で生活し格闘技を続けて来た所英男の方が有名だろう。しかし「日本格闘技界 孤高の天才」と言われる田村潔司のわかりづらさ(なかなかオファーを受けない)、孤高の生き方、に理解できずにもその天才的なテクニック、試合運び、試合に出てくるまでのドラマ作りにこの15年間惹かれてきたファンは多いだろう。ぼくがその一人だ。

結果は、世間の期待を裏切り?田村が所英男をストレート・アーム・バー(ですよね?)でタップアウトで下した。

しかしこのダイナマイトはTBSの実況のつまらなかったこと!

この田村の決め技すら、この実況アナウンサーはたぶんわからなかったのだ。だからぼくも技の決まり方を観て、たしかこの技はストレート・アーム・バーだったな、と思って、ですよね?と書いたのだ。桜庭 vs 船木戦でも実況アナは決め技を言わなかったかと思う。

格闘技の大会だけではないが、プロデュース力は大切だ。つまり演出力だ。その要素の一つに実況がある。新日本プロレスの黄金期は古舘伊知郎と共にあったのであり、全日本プロレスが、G.馬場存命時に深夜であっても人気を博し続けたのは、福澤朗と共にあったのである。その点では今後TBSは努力が必要だ。

とにかくこのダイナマイトは、大みそかにテレビであるのが信じられない玄人好みの大会だったと思う。


・・・なんか冗談もなく、「けいぞうさんマニアックですね~」とか言われそうな記事になってしまったが、すみません、この大会のキーワード、いやこの3人のキーワードは1969年生まれ!ということを言いたいのだ。そう何を隠そう、本邦初公開、けいぞうさとうも1969年生まれだ。

1969年といえばイギリスではビートルズとレッド.ツェッペリンが同じ時代に活躍していた奇跡的な年、まるで千代の富士から貴乃花へ、貴乃花から朝青龍へ時代の変化が起こるように・・・(もう少し別の例えないのかよ~)

とにかく1969年生まれ、sixtiesの生き残りがまだがんばらにゃいけません。今年もまだまだ若く、さらに若い方々にも負けず、時代を切り裂くような光を放っていこうじゃないかー!!

イチローみたいに「50歳になって、普通にヒットを打って、平然と盗塁してニヤっと笑うみたいな。そういうふうになりたいですね。」・・・そんなふうに言ってみたい。


くう~、イチロー。さすが違うぜ。


2008年、みなさんにとってもビッグな年になりますように。

今年もヨロシク!


(BGM: WONDER LINE / by YUKI 2007年12月発表)


(今年もなんとか平均週1更新(アバウトですけど)で書いて行きたいと思います。これからも応援よろしくお願いします。
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