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約束の地をめざして

I STILL HAVEN'T FOUND WHAT I'M LOOKING FORー めぐりあう人々と出来事とともに

佐藤優氏zoomセミナー「キリスト教徒はコロナ禍をどう見るか」に参加して

2021-02-07 21:35:07 | ライフスタイル&キリスト教
このブログをやめてしまった訳ではないのですが、なかなか更新できずに三年以上経過してしまいました。読んでくださっていた皆様には大変申し訳なく思っています。

そこで、今日三年以上の空き時間を経て、急きょ更新することにしたのは、以下の記事は自分のFacebookで書いたのですが、これはいずれ流れてしまうSNSのみで残すには少々もったいなく思い、ブログでも残そうと思ったからです。書き下ろしでなく、重ね重ね申し訳ないのですが、それでもブログに残しておきたいと思ったので、以下の内容で更新させていただきます。それでは本編開始です。

本日午後オンライン(zoom)にて、関西セミナーハウス主催の修学院フォーラム「社会」第2回「キリスト教徒はコロナ禍をどう見るか」(講師:佐藤優氏、作家・元外務省主任分析官/写真)に参加しました。鉄は熱いうちに打て、ということで、自分の理解をまとめるためにも、感想を書いておきたいと思います。

「感想」と書きましたのは、佐藤氏の講演内容詳細を理解す流のが困難で、講演内容のレポートは無理だと判断したからです。講演の重要なところのみ通しで理解できたという次第です。ですから「感想」を書きますと、講演と質疑応答により二時間半の内容でしたが、さすが佐藤優氏!幅広い知識で多様な講演内容で、最後の結論を導き、また質疑応答では、今回の講演内容と関係のない、今後のアメリカ政治の行方について、また中国の今後について、また人工知能について、語学習得術についての質問などについても答えられていました。

それでは講演本編について、可能な限りで記しますと(全体を追うのは無理。録音録画も不可。)、前半は、いわば社会問題としてコロナ禍をどう見るか、ということでキリスト教の視点は抜きにしてコロナ禍について語られました。ユヴァル・ノア・ハラリの『パンデミック』や、フランスの人口学者エマニュエル・トッドの『エマニュエル・トッドの思考地図』からの解釈などから話をされ、世界各国によるコロナ対応の違いなどを語られました。理解したかったのですが、途中からノートを取るのをあきらめました。いかに一般的な教養が大切なのか、思い知らされた次第。

その社会的分析が終わって、次にキリスト教のおもに「神義論」(神はなぜこの世界に悪の存在を許すのかという神学的議論)の立場から講義されました。この段においては、カトリックの神学者クラウス・フォン・シュトッシュの『神がいるなら、なぜ悪があるのか』やチェコの神学者ヨセフ・ルクル・フロマートカの『人生の途上にある福音』などから引用しつつ、神義論的立場からこのコロナ禍についての考察がされました。

こちらは少し内容がわかりました。少しですけど。悪とは三種類あって、⑴形而学上的な悪⑵道徳悪⑶自然悪とあり、この中で自然悪が一番議論しづらく、このコロナ禍は道徳悪と自然悪に関係してくると言う(最もコロナ禍自体は道徳悪にも関わると思いますが、新型コロナウイルスの発生自体は自然悪と解して良いでしょう)。

この自然悪自体は、限られた自分の知恵では解明できず、またわれわれの力では克服できない悪があると語られました。この自然悪については、コロナ禍も東日本大震災もしかり、神がどう関わっているのか「わからない」というのが、神学的には正しい答えだと言われました。そして、人間はこの世界の支配者ではなくて、キリスト教的には神からこの世界を委託された管理人であると。その中で、このコロナ禍においてキリスト教徒は、このすべては解明できない中で、神から託されたこの世界の管理人として、少しずつできることをやっていくことが大切だということを語られて、講演本編は終わりました。実に重厚で教養が深い内容でした。

感想の総括としては、この新型コロナウイルス感染症が自然悪であること、それは神が関与しているのかどうか神学的には「わからない」こと。そして、道徳悪(感染予防の未熟さ)の残る中で、私たちのできることを少しずつでもやっていくということ、それだけも理解できたことで個人的には良しとしたいと思います。しかし、この講演を聞いて、さらに神学において深く、また教養において広く学んでおかないと、このような社会的またキリスト教的な議論について行くことは難しいと思いました。

佐藤優氏が凄いのは勿論ですが、自分も東京神学大学という神学部専門の単科大学で学んできたのですが、どうも佐藤氏が学ばれ、また今教鞭を取られている同志社大学神学部では、「教会のための学」がメインの東京神学大学とは違う学びをされている感は否めませんでした。まあ、それはそれで将来の方向性が違うと考えられるので、引け目に感じることでもないとは思いますが。しかし、その多様性という点では羨ましくもありました。

最後に質疑応答の中で佐藤氏が同志社大学神学部のご自分のゼミ生について語られたことを書いて終わりにします。佐藤氏は、同志社大学での教鞭を確か聞き違いでなければ2021年度からはお辞めになるそうですが、その理由は学部時代から教えてきた学生たちがこれで社会に巣立つから、ご自分の体力的な理由からこれを機に教鞭を取ることから退くということでした。その教え子は20数名(22名?)から始まったそうですが、教会教職(牧師)を目指す学生はゼロだったそうです。そして今日まで彼らを指導してきて、ご自分の言われたことを理解して、これは社会で通用するなと思わされた学生は5名のみだそうです。…確かに今日のような講演を理解するだけでも大変なのに、かつそれを行動で表せる学生を育つのは、容易なことではないでしょう。

以上、本日の講演と質疑応答の感想レポートでした。最後までお読みくださった方、ありがとうございました。

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脱サラ10年目

2011-05-30 21:40:36 | ライフスタイル&キリスト教
 こんばんは。今日は何を書こうかな、と思っていたら、いま適当にかけていたBGMの自主編集オムニバスMD(MDですよ、MD!)から、ザ・ブームの「♪風になりたい」がかかっていた。そしたらふとこんなタイトルをつけてしまった。(宮沢和史、野外フェスで一度だけ生で聴いたことがあります)

 さて昨日は日曜日。日曜日は僕はあいかわらず、教会でいろいろな活動や奉仕をしており、そこで気持ちを入れている間はいいのだが、上野駅で仲間たちと別れた後に、急にどっと疲れが出る。そして中央線に乗ると間もなく寝ていて、地元の武蔵境駅を通り過ぎてから、おっと!目覚めることがあり、うおーッ状態で武蔵境駅まで引き返すーという人生送っている。それで翌月曜午前は、寮にいると心身が戻るまで何をするともなく時間が過ぎてしまうので、今日は気分転換に朝マックをした。カフェとかの方がもちろんかっこいいのだが、学費と預金通帳をにらめっこして負けないように生きているので、朝マックとなったのです。それで普段はまた神学書とにらめっこをしてるので、今朝は結論が気になってしょうがない村上春樹『1Q84 -BOOK3- 』の続きを読んでいました。あれ、面白いですね。(結末知ってる人言わないでください!)

 で、ふとそれを読んでいると、元々の設定が27年前の話なので、読み止めて昔のこといろいろ思い浮かべてしまうのだ。そうすると、またふと、あれ自分はきょう月曜日に何でこんなところで朝マックしてんだろ、とか思うわけです。。もっともツイッターにも書きましたが、今は入ったばかりの大学院の勉強に追いつくのに日々必死で、「貫徹」ならぬ、「ほぼ徹」を週二回くらいやってる状態で夜なべをしてるので、月曜日に数時間休んでも赦してもらえるだろうと思っておりますが、1969年生まれの男が普通の月曜日朝10時半に、カジュアルな服装で、マックでソーセージエッグバーガーを食べているという。…うーん、1Q84の数少ない登場人物もけっこうやや普通っぽくない生き方をしてるが、僕は見た目は幼く見られることもあるが、でも40代に入り、神学生であり、大学院生であり、まあそういう人生だから。でもあれかな、自分は働いていた年月と、学んでいる年月とどっちが長いんだろうと考えた。数えてみたら、最初の大学入ってからもう24年目。早いものだ。それで公務員を10年やり、バイトとパートだけで生きた1年もあり、あと教会のスタッフを3年…。なるほど、働いていたのが14年間、学生生活(大学&神学校)は今年で人生丸10年目だとわかった。それからこの5月末をもって、公務員を辞してから10年目に入ったことにも気づいた。

 この春大学院に入って、家事、事務処理、寮での作業、アルバイト、学校の委員会の仕事、それが終わったら、やっと勉強と教会で担当していることの準備をする。またその合間に聖書を読み、祈り、少しでも静まる時間を持つ。それから行き詰まるとちょっとツイッターしたりする!という、そんな生活を今送っています。
 来月6月半ばには、学校で大きな行事があって、それに向けてこれから時間を割きながら、また日々の勉強をこなしていく。どんなに窮地に追い込まれても、お金が苦しくなってもこの9年間、なんとか乗り越えられてきた。いろんな人がいろんな形で支えてくださった。怒ってくれた人もいた。それらすべてが益となってここまで来た。神様の愛がいつもそこにあった。

 大学院入学後、かつての恩師S先生が僕に本をたくさん無償で送ってくださったので、少し時間は経過してしまったが、ぜひお礼だけでもお伝えしようと思って、先週金曜日夜、そのS先生自身が聖書からのメッセージとギターによる讃美歌を演奏する集いに出席するため、僕は御茶の水まで出かけて行った。そこでS先生は次のような話を語られた。

「ぼくは若いころ大学終わってから、お金は全然持っていなかったのに、以前お世話になったオーストラリアの宣教師とその宣教師の友人・知人たちが奨学金を工面してくれて、無償でオーストラリアの神学校に留学することができたんです。ぼくはその学校のアジア人初めての留学生となって、彼らの愛を体験することができ、本当に素晴らしい学びの時となったんです。みなさん、ぼくらは誰かに支援され、サポートしてもらって生きているということをぜひ数え上げてみませんか。でももしそれがなかったとしても、神様があなたをどんな時も支えてくれているんですよ…。」

 S先生は、そのような自らの体験を踏まえたメッセージを、その晩語られた。その話を聞いた僕は、自ら今大学院で学んでいることの恵みとこの9年間の奇跡の日々を思い起こして泣いてしまった。 そしてS先生は最後にこの歌をギターで歌ってくれた。その先生自身が作詞をされた、ジャパニーズ・ゴスペルであった。この歌は僕はよく知っているのだが、まるで初めて聴いたかのように感動でまた涙が出てきてしまった。↓
http://www.youtube.com/watch?v=XhVQOVCgPxc

さて、ほぼ徹の日が今週もあるかもしれないけど、多くの方々のサポートと神様に支えられていることを感謝しつつ、また毎日やっていこう。よし、10年目スタート!

三鷹市大沢、東京神学大学学生寮裏の杉林のそよぐ音を聴きながら。。


けいぞうツイッターはこちら→ http://twitter.com/keizzo

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この国で生きる

2010-04-19 23:15:41 | ライフスタイル&キリスト教
桜も散り、驚くことに雪まで降り春は進んでいる。

今年は2回上野公園に花見に行く機会があり、桜を観るたびに、様々なことに想いを馳せられる。このブログでもそういえば桜を観るたびに毎年その想いを書いてきた。それから、今年は自分の学び舎の隣のICUの桜並木も初めて観たが、息を飲むように見事であった。

この春はとにかく自分の将来について考えねばならないことがあり、何を見失わず、抱き続け、何を捨てねばならないかを、考えさせれてきた。

葛藤しながら考え、自らの限界を覚え、そして祈りを捧げ、そして少しずつ先が見えつつある。そんな中、この四月から大学4年となり、学部最終学年として卒論作成のため、また希望する大学院進学に向けて、今年度は専攻を決めて学んで行かねばならない。前回ブログにも書いたが、そのためにも何を選んだらよいか、思いを巡らし、また実際的に調べ、今できる範囲の学びを進めていた。

そして信頼すべき方々のアドバイズを受けて、やっと自らの専攻に合わせた科目を選び、履修登録を終えた。本ブログを長く読んでくださっている方はわかっていただけると思うのだが、自分の今後専攻する学びは、やはり教会や聖書のメッセージが、どう文化に影響を与えるか、そしてそれらはこの日本に新しい文化やライフスタイル、芸術をどう生み出すことができるか、ということを大きなテーマとして学んでいこうと思うようになった。

先日、気分転換に東京駅近くの丸の内を夜風に打たれながら歩いてみた。そこにこんなちょっとした旗(?)がはためいていた。



左の白い旗には「丸の内から新しい都市文化を」と書かれてある。右側の旗には、文化×グローバル、エコ、アート、歴史・・・など様々な文字が書かれてある。
何か自分のこれから学び、将来めざす歩みにインスピレーションを与えるような旗だったので、思わず写真を撮ってしまった。

まだ大学院まで行けていないのに、今からそのことを語ると鬼が笑うが、自分にとって大学院での学びとは、現在の学びを深めることはもちろん、究極的にはこの国で聖書にインスパイアされた人々が、どうそこで新しいライフスタイルをあらわし、また新しいカルチャー、つまりアート・言論・社会活動・コミュニティーを生み出していけるか、というこの流れについての過去現在の状況を検証し、その功罪を探り、そして未来に向けてどのような可能性がありうるかー、その未来への叩き台として試論を組み立てていければー

ーいいのだけれど、修士課程レベルでそれをまとめていくことは、いささか壮大すぎると思うので、方向はそのままで、それよりさらにテーマを絞って考察する学びでありたいと、今思っている。

現在、藤沢周平原作の「花のあと」という作品が映画化され、上映されている。
藤沢作品はこのところ1~2年に1本くらいのペースで映画化されており、今は正直、学費や教科書代等で経済的に決して楽ではないのだが、藤沢作品だけはどうしても観たいので、安く観られないだろうか、と思案していたら、なんと格安チケットで千円で観ることができた。

「花のあと」。今回もその藤沢作品特有の透明感、引き締まった空気感が、普段の生活、現代の生活ではなかなか味わえない意識に自分が導れていくのが感じられた。正直、北川景子の女優としての演技は、まだ藤沢作品には早い、と思わされたが、彼女の凛とした真っ直ぐな美しさは、今作品の空気感を引き立てていたと思う。

藤沢作品を観て想うは、その主役たちの潔い生き方に強く心惹かれるのと、もう一つそれは、

日本て、いい国だな、いいところなんだな、
自分は日本に生きててよかった

と想わされることだ。

自分はつくづく日本人であり、日本というところの風情が、そしてそこに住む人の心がとても愛しく、想わされるのだ。

この国で自分は今、まるでこの国とかけ離れているように思われることもある神学というものを学んでいるが、しかしそれはこの国が古くから持っている凛とした美しさを大切にしつつ、また失われつつある潔い生き方を取り戻していくために、
そしてそこに今までなかった新しい息づいたいのちが生み出されていくために、さらに新しい文化さえ生み出されるために、学ばせていただいている。

春を迎え、また新たな一年のスタートを切った。そういえば、映画の中でもその桜の花は綺麗だった。この一年もベストを尽くし、新しい確かな足跡を刻んでいきたい。



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18人で日本は変えられる

2009-10-06 07:17:30 | ライフスタイル&キリスト教
      <その後の格闘技界を変えた、1988年 新生UWF たった6人での旗揚げ写真>

ということを書くと、おっ、今日は久々にプロレスの話ですか?という方もいるかもしれませんが、格闘技つながりですが、プロレスの話でもないんですね。それはそうと、みなさんこんにちは。前回より10日すぎの更新となります。
近頃やたら大学や教会関係のことで文章をPCに打ち込む作業や、メールを書いたりしたりで、学業や仕事に忙しく過ごしております。こんな者でも必要とされているみたいで感謝でいっぱいです。

さて今日はここ10日くらいの間に、非常にインパクトがあった二つのことをテーマに書いていきます。一つはNHK総合テレビでの番組「歴史秘話ヒストリア~嘉納治五郎 編」(9/30放送)と、もう一つは9/29に、僕が学んでいる東京神学大学で行われた「プロテスタント日本宣教150周年記念フォーラム」から心に残った印象を書きたいと思います。

まず「歴史秘話ヒストリア」ですが、僕はこの番組は実は初めて見たんです。というのは、たまたま遅い時間(午後10時)に晩ごはんを食べていた時に、たまたま見たんですねー。そしたら柔道の創設者・嘉納治五郎(かのう じごろう 1860-1938、万延元年ー昭和13年)の生涯をやっていたんですね。見た方、いますか?僕はエライ驚きましたよ。こんな凄い人だったんですか。

 
(嘉納治五郎 20代の頃)

嘉納治五郎がどんな人だったか、ざっと書いてみることにする。番組で語られたことの記憶を頼りに書くので、間違っているところもあるかもしれませんが。(正確に知りたい方は、再放送があるそうなので、それをぜひ見てみてください。再放送予定はこちらをクリック→http://www.nhk.or.jp/historia/backnumber/index.html

嘉納治五郎は1860年に摂津国(現在の兵庫県)で生まれ育ち、その後上京し、東京開成学校(のちの東京大学)で学んでいた学業優秀のインテリ青年であった。しかし当時は学業よりも「男は強くある」ことが有利なことであって、頭はいいがひ弱な彼は、腕っぷし強いの同級生のいじめにあっていたという。

そこで彼は、なんとか彼らに対抗するために、非力な者で闘えるようになる技術を身につけるために、 「柔術」を習いに行ったが、そこの師匠は治五郎を投げ飛ばすばかりで、いっこうに技を教えない。どうしてですか?と聞けば「教わるのではなく、こうやって投げられて数さえこなせばわかるようになる。」と言われてすっかり困ってしまったそうである。

しかし彼はそれにめげずに、持ち前の頭脳を生かし、自主学習で技の習得を図っていった。人形を使い技の解析をし、それから元力士の知人と体を使いながらも技の解析をした。
そしてついにあるとき、柔術の師匠との稽古のときに、師匠を投げ飛ばした!しかも力技ではなく、体の小さな非力な彼でもできる、相手の出方のタイミングを利用した投げ技であった。

彼は柔術を応用し、ある技は削除し、独自の技や受け身の理論を確立した。そしてそれを単に技術ではなく、精神修養と人間性の確立をめざし、武道としてそれを立ち上げたのだ。これが「柔道」の始まりである。現在世界のスポーツの中で柔道の競技人口は、バスケット、サッカーに続き第三番目だと言われている。

治五郎が凄いのはさらにこれからである。
治五郎はまず上野にある寺を借りて、その本堂で柔道を教え始めたのであるが、教え始めた弟子たちに柔道ばかりでなく勉学も合わせて教えたという。また彼らに生き方も説いた。そして彼ら弟子たちを養うための収入を得るために、治五郎は英語の翻訳業を行うのであった。

やがて彼らを育てるさらなる収入が必要となり、治五郎は学習院大学の教授となる。そこでも彼らに柔道も教え、その後も東京高等師範学校(のちの東京教育大学→現在の筑波大学)の校長となり、柔道家であると同時に教育者としても活躍したのである。

治五郎には、柔道の弟子として、のちに名士や文化人となる多くの弟子がいたという。そして特に僕が感銘を受けたのが、弟子たちが柔道家として生計を立てていけるようにと、彼らが柔道整復師として働き、収入を得られることまで道を整えていったのである!なんとたいした男か!

そして柔道を世界に紹介し、柔道家として教育者としての成果から、やがて昭和16年に行われる予定であった幻の東京オリンピックの招致・開催準備に尽力する中の海外からの帰航中の船の中でその生涯を終えたのだという。

・・・僕は、このような生き方と夢を持った人物をこれまで一人知っていた。彼も嘉納治五郎と同じく格闘家であり、1999年に現役引退をした前田日明(まえだあきら)である。彼の持つ夢すべてが実現したというわけでないが、それでも現代において稀に見る、このような生き方とビジョンを持っていた人物であった。その彼の活躍の中で、画期的かつ社会的にもかなり注目を浴びたのが、冒頭の写真↑の「UWF」という格闘性の高い団体を、たった6人での先行き不透明、採算度替えしでの旗揚げであった。これをきっかけに、その後のK-1設立に影響を与え、そして「総合格闘技」の基礎を確立させた人物であった。(くわしく知りたい方は→旧ブログ記事 http://blog.goo.ne.jp/keizzo-blog/e/935df3c851286f563a54e2e66eefa0d8
しかし今思うと、同じ格闘家として前田日明は、嘉納治五郎を自分自身のモデルにしていたのではないか、とも思わされるのだ。

 
    (前田日明)

さて、けっこう長い話になってきてしまった。申し訳ない。
その嘉納治五郎のインパクトの翌日、今度は学校にて「プロテスタント日本宣教150周年記念フォーラム」なるものがあった。今年は実は日本にプロテスタントのキリスト教が宣教されてから150周年の記念の年にあたる のだ。
(日本にキリスト教自体が伝えられたのは、ローマ・カトリックによるもので、それはあの有名なフランシスコ・ザビエルによる1549年のキリスト教伝来である。しかしもう一つの宗派であるプロテスタントの宣教師たちによる日本宣教開始は1859年・安政6年であり、それは嘉納治五郎が生まれる1年前のことである。ちなみに明治元年は1868年。)

このフォーラムは、当大学の学長および教授の講演を発題として行われたのだが、その中でも近藤勝彦学長の講演をとても感慨深く聴いた。その講演の中で、明治時代初期のプロテスタント宣教の歴史の話として、札幌バンドについて取り上げられた。札幌バンドとは「Boys be ambisious! 少年よ、大志を抱け!」の言葉で有名な、クラーク博士がキリスト教精神をもとに教えた札幌農学校の生徒たちにより形成されたグループであった。
彼らはキリスト教信仰をもとにお互いを磨き合い、その後日本でのキリスト教宣教、また学界、思想界、教育界にまで影響を残す人物を生みだして行ったのである。彼らの中には、内村鑑三や、のちに五千円札の肖像にもなった新渡戸稲造らがいた。

 
     (内村鑑三)

 
    (新渡戸稲造)

その講演のクライマックスで近藤学長が言われたのが、次の言葉であった。

「札幌バンドだって、我々の大学の卒業人数くらいのもんですよ。今年も18人くらい卒業するんですよ。
18人! 立派なバンドですよ。札幌バンドより多いですよ。 (札幌バンドは各期15~16名)
それで伝道打開するんですね。それが次々に続くんですから。
だからね、日本伝道がどういうふうに進んでいくか、どこで打開されるかと言ったら、東京神学大学で打開する以外にない!」

・・・この言葉は、近い将来日本国内で若き牧師となっていく、学生たちに対して語られた言葉である。だから本ブログを読んでくださっている方で、普段キリスト教とは関わりなく生きている方には直接的な言葉としては伝わらないかとは思う。その点では申し訳ない。
それから、この学長が言うところの「卒業人数」とは、今年度末に卒業する学部生ではなく、大学院修士課程修了生のことと思われる。

だがこの近藤学長の言葉を読んだ時、近年なかなか聞かれない、気概のある言葉として響いてこないであろうか。当の僕にとっては、この言葉は大変インパクトのある言葉であった。
僕は個人的に、明治・大正・昭和初期に、日本の国内外で活躍した著名な日本人キリスト者に対する強い憧れがある。彼らは健全なキリスト教のメッセージを日本人に伝え、かつ、社会的・文化的にも強い影響力を与えていった人々である。内村鑑三しかり、新渡戸稲造しかり、賀川豊彦しかり、新島襄しかり・・・。

そんな彼らと同等、あるいは彼らに優るほどの働きをこの国で、18人でもやっていけるんだ!日本にインパクトを与えることができるんだーひいてはこの国を変えていくことができるんだーという声として、この心に刻み込まれたのである。
嘉納治五郎が、初めは小さな志から始めた柔道が、やがて人の生き方や社会まで世界まで巻き込んで行ったように、前田日明が崖っぷちの中、6人の仲間で始めたことが、その後の格闘技界に大きな影響を与えたように・・・、そして札幌バンドが明治時代の文明開化時の日本社会と日本人に影響を与えたように!

どこに確かなものがあるかわからない、誰が自分のことをわかってくれるのだろうか、どうやったらこの寂しさやむなしさが消え去るのかわからないーそんな思いを持っている多くの日本の人に対して、自分でもきっとやれることがあるんだ、と新たに確認させられたのだ。

東京神学大学とは、戦後の新制大学として設立された学校であるが、そのルーツ、源流は日本最古の神学校、1873年・明治6年に設立されたブラウン塾につながっている。その設立者S・ブラウンとは、今から150年前の1859年、日本でのプロテスタント宣教第1年目に来日した宣教師の一人である。
東京神学大学で学ぶことは、明治時代からつらなる日本最古の神学校で学ぶことであり、日本文化・社会とキリスト教のつながりを学んでいくことである。日本文化とキリスト教を健全にクロスオーバーさせる夢を持つ自分には、ふさわしい場所であると今思わされている。

日本語の「宗教」という言葉の元になっている英語のreligion、ラテン語のreligio、という言葉の本来の意味は、色々な種類の宗教ー仏教とかキリスト教とかーを表わす言葉というものではなく、本来、人が生きている限り心に思う人生への喜びや悲しみ、人生に対する疑問やむなしさを持っている、そんな人間の本質を指す言葉であるという。その視点において、自分がこれまで学んできたこと、これから学んでいくことが、やがて日本の人々の心と社会と文化に本質的な回復と新たな創造を成していくことができるようにと、願うものである。





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爆笑問題×東京藝術大学スペシャルより~アカデミックとは

2009-08-31 16:28:02 | ライフスタイル&キリスト教


みなさん、こんにちは。いつもブログを見てくださってありがとうございます。
東京神学大学生の私は、夏休み第一弾(8/31まで)という名の夏期学習期間が今日で終わり、明日から9/9まで期末試験があります。その試験後から約2週間くらいが本当の休み(夏休み第二弾?)になるようです。今年編入学したばかりなので、まだよくその辺がわかってしませんが、どうもそうらしいです。

そんな試験前ですが、これからしばらくブログ更新できそうにないので、今日はの8月の夏休みの総括をしたいと思うのです。と言っても、この夏僕は、図書館での勉強とあとは部屋の片づけくらいしかやっていないので、世間的な目新しいこと(フライデーされた!とか)はないのですが、印象に残った象徴的なことを書きたいと思います。

それはまず8/18(火)の夜にNHKでやっていた「爆笑問題のニッポンの教養東京藝術大学スペシャル”」を、実家で引っ越し後の片づけをしながら見て思ったことなのですが。



以前芸大のわりとすぐ近くに住んでたんですが、芸大を撮った写真がこれくらいしかないもので(上の写真)、こんな微妙なアングルですみません。確かこれは音楽学部の正門ですね。番組内でも確かここを爆笑問題の2人が入って行き、番組が始まりました。

東京芸大と言えば、私的には有名人しか頭の中に出てこない、平山郁夫坂本龍一日比野克彦、そして北野武・・卒業生や教授陣にそうそうたる顔ぶれがいる。。おっと私の父も卒業生だった(美術学部)。。。さて爆笑問題と学長・教授陣そして何百人という学生たちとフリーディスカッションが始まったのですが、その中で似たような話題が爆笑問題の太田と学生とから出てきたのだ。(以下、概略。ディテールまで再現できないので、雰囲気でどうか読み取ってくださーい。)

太田「こんな芸術って言ったって、オレはこんなすぐ社会的にレスポンスが来ない、300年くらい経たないと理解されないような芸術を作るよりも、音楽ならやっぱりすぐヒットチャートに載るような、すぐ多くの人に支持されるような音楽のほうが、やっぱりいいんじゃないか、って思うよな。なあそう思うことないか!

オレだってやっぱり伝統的な落語とか漫才よりも、すぐ目の前にいる人を30秒で笑わせることができることにパワー入れたいもんな。今の若いお笑いのやつとかみんなそうなってきちゃったもんな。それがいいのかどうかっていう話は当然あるけど。ただオレは300年先は関係ないんだよ。目の前にいる人にわかりやすいお笑いをやって、どういっしょに笑うか、それがオレには大切なわけ!

もちろん立川談志師匠が、生で演る、と。そうしたらオレは聴きに行きたいし、みんなに行ってほしい。そして、ああこういう本物の、すげえお笑いがあるんだ、って言うことを知ってほしい。でもそんな談志師匠の落語をじゃあテレビのいい時間帯でやったり、テレビでやるかって言ったら、それは違うんだよ。そういうのってあるんだよな。

なあ、芸大でこういう凄いけど一部の人たちとか、時間がけっこう経ってからじゃないと評価されないこととかやるのはいいことだと思うけど、実際やっててどう?卒業した後とか、就職とか仕事とかちゃんとつながっていくの?どうなんだろ。」

と太田が語った前後に、さかんに学生や教師陣から反応があった。

「すぐ理解されるかどうか、という次元じゃなくて、理解されてもされなくても、確かに良いものを作り続けていくことの大切さ、満足感。」

「いややっぱり就職とか将来は不安。」

「クラシックとポップミュージックは別物。両方好き。」

その中で最もクローズアップされた発言が、オルガン科の女子学生が言ったこの発言だった。
「オルガンやってるんですけど、特にオルガンは目立たないんです。の先将来どうなるのか、正直不安。オルガンだってヒットソングみたいに注目されたい!」

・・・この番組を見て、夏じゅう図書館に行って勉強して色々思った。
僕の専門はキリスト教と教会に関することだが、以前も師匠から色々話を聞いたことがある。聖書は厚い書物(約2000ページ)だ。しかしそこからどう大事なメッセージをわかりやすく伝えるか。しかしまた単にマニュアル化するように、2000ページあるものをわかりやすくだけ伝えれば良いのか。その厚さと歴史が持っている深さも伝えられるようになることが大事だ、と。

僕はその師匠の言葉にうなづけた。言うなればポップさも大事だが、底のある深みのあるものをどう理解しているかということであり、その深み土台としているかどうかの違いは大きい。そういった学びを本来やる場所として大学があり、そのような学びを本当にアカデミックな学び、というのではないだろうか。
ポップであれば、メッセージは伝わりやすいがそれ以上の幅と深さはない。いわば野球のピッチャーで言えば、若い時の球威が速く、好成績を上げるが投球術がないため年齢とともに投手としての価値は下がっていくもの、と言えば少し伝わるであろうか。

東京芸大でしっかりした芸術の学びをし、アカデミックに行うことはどれだけその人の芸術家としての資質と人間形成にどれだけ大きな影響を与えるであろう。その結果伝統的な素晴らしい芸術家になることもあれば、それをベースにしながら圧倒的にアヴァンギャルドなとんでもない芸術家になることもあるだろう。坂本龍一しかり、岡本太郎(旧・東京美術学校時代に在籍)しかり。

東京神学大学だってそうとうアカデミックだと思うし、そのような学び方を神学において行うのが東京神学大学であると思う。一般の文系の大学の数倍の勉強をそのような学び方をするだろう。
東京神学大学を出ても、伝統的なすばらしい牧師になることもあれば、それをベースに全く個性的でアヴァンギャルドな牧師になることもあるだろう。僕は思想は伝統を核にしながら、宣教的・社会的アプローチは全くアヴァンギャルドでやっていきたいきたいな、と思っている。

そう考えると、敬愛する坂本龍一(9/1夜、NHK爆笑問題のニッポンの教養に出演予定)や日比野克彦といった芸大大学院修了生や、芸大出身ではないが、本ブログイチ押しの論客・佐藤優(同志社大学大学院卒)など、アカデミックに学びながらそれを深いベースにしながらポップフィールドで活躍できている人たちはなんと凄いことか!また自身は完全なポップフィールドの背景しかないのに、その映画作品が世界的に評価され、逆に東京藝術大学が同大学院に教授としてアカデミックフィールドに迎え入れる結果となった北野武はなんとなんと凄いことか!天才と言われ、弟子に宮崎県知事を持つだけのことはある。(太田光もたいしたもんだけど。日芸中退っていうのが、また彼らしい。)

僕はあまりにも本を読んでいなかったのか、かつて20歳くらいの頃の大学時代も勉強をしなかったのか、この夏、休み明けの課題提出のために何冊か教会史に関わる文献(2世紀から21世紀のものまで)を読んだが、そういう書物を読む訓練を今までしてこなかったせいか、読むのにまず苦しんだ。しかしこのような今までにない学びをしていることを図書館で感謝しながら、その中で大きな出会いをした。(女性じゃないですよ)

その相手は2世紀のキリスト教弁証家・ユスティノスという人物であった。
彼はその当時のギリシア・ローマ文化と当時まだ世界宗教ではなかったキリスト教を相容れないものではなく、深い部分で同じものを求めている思想と文化に根づいているということを、当時の人がわかる角度で文書であらわした人(=弁証家)であった。
まったく一見まったくキリスト教と関係のないソクラテスでさえも、キリスト教の思想とかぶる人物としてクロスオーバーさせてしまうラディカルな人物であった。それは当時の人々・文化には斬新なメッセージだった。

僕はやがてこの日本の中で新しい文化発信をしていきたいと願っている。もちろん近い将来牧師になることをめざしているが、その中の将来的な活動の一つとして、今までの日本にはなかった視点で文芸や様々な文化芸術活動を通して、新しい文化を形成していきたいという願いがある。極端に言うと、宮崎駿がその作品を通して人々に感動を与えるとともに、新しい人生観を与え、新しい世界観を与えたように。しかも日本が持つ文化を否定せずに。

全く同じではないと思うが、視点において生き方において2世紀のユスティノスに共感と尊敬を覚えた。今から1850年前の人物と僕自身が出会い、シンクロした。自らの能力の無さのゆえに勉強はなかなか進まず苦しんだが、この夏一番の出来事は、この古代の尊敬すべき人物を通して自分の将来にまた確信が持てるようになってきたことであった。

・・アカデミックに学ぶことが、やがてポップフィールド(より多くの人にわかりやすく伝わる世界)で生きることにつながるといいなあ、と思っています。まずは試験がんばります。



(この夏よく聴いたアルバム↑「蟻と宇宙/Migiwa」 
ゴダイゴのタケカワユキヒデが制作に関わったジャパニーズゴスペルのCD。ラストのビューティフルネームのカバーなど、very good です。)


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17年ぶりに大学生にー。

2009-03-21 14:15:08 | ライフスタイル&キリスト教
3月に入っても目一杯の生活で、なかなかすんなり更新できず少々歯がゆいですが、久々の更新です。

少し前になるが、3月上旬、御徒町(おかちまち)の韓国料理店に僕と同じクリスチャンの友人2人と共に出かけた。たいして料理も頼まなかったのに、ちょっとした座敷に3時間半もいさせてくれた、なんといい店か。この3人は、一人は出版社の編集者、一人は小児科医、そして僕は牧師研修生と、三者三様の背景の者たちが集まった。ただ共通していたのは、キリスト者として世の中に対して持っている視点が似ていたのだ。

この「世の中に対する視点」とは、もし物事をいわゆる「聖」(キリスト教的な匂いがする宗教的なもの、とここでは捉えたい)と「俗」(そのようなイメージのない物質や空間、とここでは捉えたい)で分けるとしたら、「俗についての視点」である。
僕の家系は、祖父が昭和4年にキリスト教の信仰を持ち、僕を含め孫たちは祖父から数えて3代目のクリスチャンとなる。その中で、その信仰ゆえに祖父や父から善いものをたくさん受け継いだが、いわゆる「俗についての視点」は、悲しいかな、ゆがんだものを受け継いだ感がある。その象徴は「聖なるもの」に属さない娯楽・芸術・文化には思いを寄せるべきではない、といううがった見方を受け継いでしまったのだ。

ロックは悪だ、罪だ。映画やマンガ、小説にも注意せよ、バレエや囲碁にも取り憑かれないように・・・それらから遠ざかるように時には教育され、時には兄弟同士でもそう影響しあった。家系的にそういうものがあった。僕はその代表選手である。また我が家の家系のみならず、傾向的に(世界的にはともかく)特に日本のマイノリティーであるキリスト者たちは、「聖なるもの以外の領域」へ貢献することが非常に遅れてしまっている。この国では、一部の先見の明のあるキリスト者たちはその方面にも碓かに貢献した(古くは旧五千円札の新渡戸稲造や、近年では作家の三浦綾子ら)。しかし多くの場合、この国における「俗なる領域」の中での影響力はマイノリティーになってしまった。

しかしこのように語った世界的神学者がいる。
「クリスチャンは本来、ラディカルな存在である。ラディカルに生きる存在である。」(ジェームズ・フーストン博士。2007年、日光にて。)

ラディカル (radical) とは、いろいろ訳せる言葉で、日本語にしづらい言葉だ。「過激な」「急進的な」「根本的な」「徹底的な」などと訳される。実は、今回いっしょに会食をした私たち3人は話していて、ぐっと思わされたのだが、非常にラディカルな者、ラディカルな仲間たちであることを意識させられたのだ。聖と俗の境目が限りなく無い、この世界の中で、どれだけ自分たちと自分たちの生きる方向が「根本的」で、「徹底的」で、「急進的」で、「過激」であれるか、その意識がお互い顔を合わせて語ったときに、どれだけお互いそれが強いのか、意識させられたのだ。

「キリスト者は本来ラディカルである」とは、昔はそう思わなかったが今僕はつくづくそう思う。これは師匠牧師の受け売りだが、ヨーロッパでは総合大学(University)は、神学部・法学部・医学部の3学部がないとUniversityにならないそうである。(ちなみに日本では、この3学部のうち「神学部」の代わりに「工学部」を入れたそうだ。いかにも日本らしい。)そしてこの3学部とも、神によって創られたこの世界をどう正しく治めていくか、という視点で、そのための神学、そのための法学、そのための医学として学ぶのが、Universityー総合大学のもともとの姿勢なのだと言う。

これは「神によって創られた世界をどう治めるか」(参考:旧約聖書・創世記1:26~28)という視点が、人生や物事の根幹であり、進むべきところであるならば、その視点で生きているキリスト者はまさにこの世界でラディカルな存在ー根本的で、徹底的で、いい意味で急進的な存在であるはずだ。
だからこそキリスト者である僕は、「聖」と「俗」をーきよいものときよくないものとをー思い込みで分けるのではなく、「聖」と「俗」の壁をラディカルに(過激に!)叩き壊し、本来すべて神の手の中にあるこの世界、しかも神が人間にゆだねたこの世界で、思いきりラディカルに(急進的に!)生きていきたいと思う。このブログは、その生き方の序章としてとにかく始めてみたものだ。(旧ブログから数えて17ヶ月経過した。旧ブログはかなり実験的な内容であったが。)

この生き方を何年もかけて、いや10年~20年かかるかもしれないが、より視点と感性を研ぎすませて、ブログ以外にもその生き方を拡充していきたい。メッセージと人々とのコミュニケーションと文化創造(アート、カルチャー)を通してー。

そのために自らの幅と深さを養うため、僕はこの春・4月から、17年ぶりに大学に通って学ぶこととなった。それは神学専門の単科大学である。昨年秋に3年次への編入試験を受けて、合格させていただいたので、来月からはアラフォー39歳にして大学3年生となる。あの90年初頭のバブル時代に22歳で総合大学を卒業したときには、10数年後に再び大学に行くとは誰が考えたであろうか。

その大学の名前は「東京神学大学」(所在地・東京都三鷹市)。
略して「東大」ならぬ「東神大」。両隣に大学があって、いずれもキリスト教系の大学(国際基督教大学とルーテル学院大学)という不思議な、けっこういい味出してる環境である。できれば4年生で卒業した後、続けて同じ東神大の大学院でもう2年(修士課程)学びたいと願っている。

師匠いわく

「君、ゆめゆめ知識を吸収しようなんて思うなよ。まちがっても。
君が学んでくるのは、「学ぶ」というのはどういうことなのか、
アカデミックな見地から学んで、考えられる人となるように。
学問の基である神学をしっかり学び治めることは、すべての学問や物事に対する考え方、取り組み方に影響を与えるから。しっかりやってこい!」

と言ってくださった。
また師匠は、牧師になるためだけならそこまで学ばなくてもいい、と言っていた。しかし、君のようにラディカルなヴィジョンを持っていて、かつ君のするような説教をして行くタイプの牧師をめざして行くなら、神学大学で学ぶ意味は非常に大きい、と言ってくれた。

僕の生涯の夢は、この2つ。

地域に根づき、そして社会に良い影響を与えることができる教会を建て上げること。 そして、
日本にはまだ少ない、聖書の価値観にインスパイアされた文化・芸術活動(おもに文芸)を行っていくこと。

この2つを中心として、神様に託されたこの大切な世界を治めて(良い方向へと導いて)行きたい。

今月末で今の教会での仕事は退職し、来月からは2年間もしくは4年間、神学とそれに付随する科目や論文をみっちりやることになる。
幸い、授業時間以外は管理教育がなされていない自由な校風なので、そこでラディカルな思考様式を築きながら、相変わらず「東京」という俗なる自由の風に吹かれながら、ラディカルに生きる学生生活でありたい。

(追記
このブログを読んでくださっている僕の友人・知人のみなさまで、今初めて僕のこの進学の件をお知りになった方もおられるかと思います。なかなかご連絡できなくてすみませんでした。このたび上記のような決断をし、進学するに至りました。今後ともどうかよろしくお願いいたします。)


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