軽井沢高校 校長日記 『つれづれ軽井沢だより~乞う「ちょうどええ」』

学校の様子を校長の視点から伝えたいと思い、校長日記を書くことにしました。授業日毎日更新を目指します。ご愛読ください。

 6月16日(水) KaruiZawa 053

2010-06-16 23:04:14 | 日記

 6月4日(金)の日記に、「軽井沢」は「かるいざわ」と発音するのか、それとも「かるいさわ」か、と書きました。

 軽井沢高校の歴史を見ると、昭和23年に「高等女学校」から新制「高等学校」になっています。
 翌昭和24年には町立から県立に移管し、現在の場所に校地を移転しました。
 『軽井沢高等学校 四十年の歩み』によると、当時の施設は不十分極まりなく、それでも、生徒・教職員・保護者・地域住民が一丸となって、毎日グランドやテニスコートなどの整地を行いました。
 当時も「自分たちの学校は自分たちで築く」という熱意や意気込みに溢れていて、私が4月以来「みんなでいい学校を創りましょう」と、ことあるごとにお願いしているのも、まさにこういうことなのです。
 現存する浅間焼石の正門も手作りだそうですが、当時の写真を見ると、何もない原っぱに、正門だけが立っています。
 同誌によると、門標(校名プレート)のデザインをしたのは図画担当の秋永教諭、とあります。
 両サイドにある門標のうち、左側のローマ字表記のものが写真です。
 木陰で暗い上に、年季が入っていて見づらいのですが、"KARUIZAWA UPPER SECONDARY SCHOOL"と書かれています。
 "SECONDARY SCHOOL"とは中等教育の学校のこと、"UPPER SECONDARY SCHOOL"は後期中等教育学校、つまり高等学校のことで、今は"(SENIOR) HIGH SCHOOL"の方が一般的でしょうか。

 長々と難しい話をしたのは、この時点で、学校名のローマ字表記が"KARUIZAWA"と濁っていたということを伝えたかったのです。
 地元の人たちは、「軽井沢」をずっと「かるいさわ」と、濁らずに発音してきたと思います。
 生まれ故郷の御代田でもそうでしたし、軽井沢の人に聞いても間違いありません。
 現在でも、昔から地元に住んでいる人は、多くが濁らずに発音すると思います。
 その一方で、町名や駅名の正式なローマ字表記は"Karuizawa"と濁りますし、本校もローマ字では濁って表記しています。
 これは、明治時代に軽井沢を別荘地として世界に紹介した、カナダ人宣教師のA.C.ショウ以来、 "KaruiSawa"と澄んで発音するのが欧米人は苦手なため、次第に濁った表記と発音になった、というのが通説のようです。

 今日は職員会議。
 「新しい学校創り」に向けて熱心な議論が行われました。
 まとまった所から徐々に公表していきたいと思います。

 その後、小諸西支部PTA。
 芦原中学校の区域ですので、自分の地元でもあります。
 19:00から1時間50分程の会でしたが、職員会議の後、どうしても外せない用事が学校であって、1時間遅れて参加しました。
 どこでもお母さんは元気です。
 いいこと、いいこと。