KANCHAN'S AID STATION 4~感情的マラソン論

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やがて哀しきカンボジア代表

2012年03月31日 | マラソン事件簿
ヨミウリ・オンラインにて「もっと楽しむマラソンの見方」というコラムが連載されている。筆者の芝田裕一氏は読売新聞社の調査研究本部員であり、昨年の東京マラソンではサブスリーで完走している。芝田氏は同コラムにおいて、別大毎日マラソンの直後に、

「猫ひろしは代表になれない、と思う」

と断言していた。

今回の、猫氏の代表選出に

「カンボジアって国には、マラソンするひとがおらんの?」

と思った人も多いのではないかと思う。芝田氏はそこで、現在のカンボジア出身のトップ・ランナー、ヘム・ブンティンについて紹介している。

ヘム・ブンティンはカンボジア北東部の貧困農家の出身。マラソンのベストタイムは2時間25分20秒で、特別枠で北京五輪に出場。2時間33分32秒、73位で完走している。ちなみに、この時最下位の76位が日本代表の佐藤敦之で、72位はびわ湖毎日マラソンに優勝経験のあるホセ・リオスだった。しかし、昨年秋のカンボジア代表選考レースの東南アジア大会を陸上競技協会とのトラブルから欠場した。そのレースで猫氏は5位に入賞するもタイムは2時間37分台だったため、代表選出とはならなかった。

別大での猫氏のタイム、2時間30分26秒は、ブンティンのシーズン・ベストである2時間31分58秒を上回っている。というよりも猫氏が目標としたのがこのタイムだったのだ。猫氏はこれで五輪代表内定を確信したのも、ブンティンのタイムを上回った、と思ったからだろう。

しかし、カンボジア五輪委員会は猫氏に2時間25分台のタイムを期待していたようである。つまり、ブンティンの自己ベスト記録更新も期待していたのであろう。

芝田氏が懸念したのが、日本人猫ひろしが自国のマラソン代表になることを、カンボジアの国民はどう思うのだということである。


「かたや五輪出場のためだけにカンボジアに帰化し、活動の拠点を豊かな国(日本)に置く、母国語を話せないランナー。かたや貧乏な暮らしからはい上がろうと、栄光を目指して努力を続ける自国の若いランナー。両者のタイムに差がないとしたら、どちらに代表になってほしいと思うだろうか。」

しかしながら、カンボジア五輪委員会は猫ひろし氏を自国のマラソン代表に選出した。

その理由も芝田氏は同コラムの最新記事で紹介している。ここでその部分を引用させていただく。


「首都プノンペンで6月17日に国際ハーフマラソン大会が開かれる。今年が2回目で、1990年代に始まったアンコールワット国際ハーフマラソンほど世間に知られていない。

 主催はNOCC(カンボジア五輪委員会)であり、興味深いことに、共催者として、猫さん本人が名前を連ねている。一個人がマラソン大会を共催するとは、どういう意味なのか。猫さんの国籍取得手続きに協力したカンボジアドリーム社によると、それが彼に課せられた『義務』だという。

 カンボジア国籍を取得するには、原則として7年以上の居住歴が必要だ。ずっと日本に住んでいた猫さんが特例で認められたのは、カンボジア代表として、東南アジア大会などでの活躍を期待されたからだろうと想像していた。しかし、政府の書類に明記されていた国籍取得の条件は、国際競技会への出場ではなく、「カンボジア(の事業)に貢献すること」だった。

 マラソンランナーの猫さんにできる貢献は、マラソン大会のPRだ。知名度の高さと話題性を生かし、日本人参加者と日本の協賛企業を増やすことである。

 日本のオリンピック委員会(JOC)は独立した財団だが、NOCCは、政府観光省傘下の組織であり、国際競技会への選手派遣だけでなく、プロレスや音楽コンサートの興業も手がけているらしい。NOCC会長はトン・コン観光相が兼務している。

 政府は、首都プノンペンのスポーツ施設を充実させていく計画を立てており、首都で開くマラソン大会が盛況になることを望んでいる。観光相にしてみれば、反骨心旺盛で言うことを聞かないブンティン選手より、日本へのPRを期待できる猫さんを利用した方が都合がよいとも言える。

 プノンペン国際ハーフの宣伝ポスターには、猫さんのアップ写真が用いられている。この大会に、彼が五輪代表として出るか、ただのお笑いタレントとして出るかでは、PR効果がまったく違う。代表選考に観光相の意向が影響を与えたことは、想像に難くない。」


正直言って、拍子抜けしたような気分になった。なんだ、結局そんなことか。そもそも、カンボジアではマラソンはマイナー・スポーツだ。どこかの国のように、代表選考をめぐってメディアが大騒ぎしたり、落選した選手をヒーロー扱いしたり、陸連が批判されたりすることはないのだろう。それならば、「国益重視」の代表選考も「あり」なのだ。

こうした事情を知ると、猫氏の代表選出についての有森裕子さんのコメント、

「これが本当にいいことなのかと考えると、複雑な気持ちだ」

という言葉の持つ意味がとても重たいものと思えてきた。有森さんはアンコールワット国際ハーフマラソンの運営に協力してきた人である。この大会に優勝歴のあるブンティンを日本の大会に招待するのに一役買ったこともある。もちろん、彼女はこの国の事情は承知しているはずである。カンボジア五輪委員会の決断は、間違っているとは言えない。しかし、ブンティンら若いカンボジア人ランナーたちにとっては、やりきれなさが残るものだ。もちろん、彼らを長年にわたって支援してきた有森さんにとっても。

ブンティンの現在だが、芝田氏によると、日本人が社長を務める企業から支援を受け、ケニアで長期合宿を実施しているという。目標は来月15日開催のパリ・マラソンで、ここで自己ベストを大幅に更新して、2時間18分の五輪参加標準B記録を狙うという。(ちなみに、フランスはカンボジアの旧宗主国である。)

芝田氏は別大の直後に、ブンティンと猫氏とのパリでの直接対決を提案していた。ここで勝った方がカンボジア代表として五輪に出場する、というのが一番「すっきりとした」選考ではないか。

しかしパリの結果を待たずに五輪代表は猫氏に決定してしまった。理由は先述の通り。ブンティン、ならびに彼の支援者たちはこの決定をどんな想いで聞いたのだろうか?

今日、3月31日は、猫氏がその健脚ぶりを世に知らしめるきっかけとなったTBSの「オールスター感謝祭」が放送される。恒例イベントである、TBS本社周辺コースを走るロードレースに、猫氏は「カンボジア代表」として、「凱旋出場」することになっている。これも、プノンペン国際ハーフマラソンの「広報活動」の一環なのであろう。そして、パリマラソンの結果も待たずに、代表が決定してしまった事情も、実によく分かるような気がした。3月31日までに発表しなくてはいけなかったのだろう。

僕が思うことはただ一つである。

「がんばれ、ブンティン。走れ、ブンティン。」


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