KANCHAN'S AID STATION 4~感情的マラソン論

マラソンを愛する皆様、こんにちは。
2022年は積極的に更新していく心算です。

「2時間30分26秒」の価値~五輪マラソンカンボジア代表に思うこと

2012年03月27日 | マラソン事件簿
僕が初めてマラソンに完走した時のタイムは3時間18分40秒だった。

「すごい。」

と思ってくださる方もいらっしゃるかもしれない。当時、僕の地元の愛媛マラソンはゴール制限時間が3時間36分だったので、それをクリア出来るまではフルマラソンに出場しなかったのだ。以後、僕は常に「サブスリー」ということを意識して、トレーニングを続けてきた。この言葉も最近は広く知られるようになったが、「フルマラソンを3時間以内でゴールすること」を意味する。

ランニング情報誌「ランナーズ」が毎年発行している「フルマラソン1歳刻みランキング記録集」の2010年度版によると、2010年4月から2011年3月までの間に、陸連公認マラソン大会を完走した日本人、ならびに日本在住の外国人の数は179215人だという。(海外の公認マラソン大会は完走者より自己申告のあった記録のみ)。その中で、サブスリーでゴールしたのは5044人。この中には3時間ジャストでゴールした人もいるだろうが、実質、サブスリーランナーの数は、全マラソン完走者の内で3%にも満たない数である。サブスリーが「市民ランナーの勲章」と言われる所以である。

話は少し横道に逸れるが、「市民ランナー」という言葉の定義も実に曖昧である。僕の私見では、高校、大学と陸上競技部に所属して競技を続けて、大学時代には箱根駅伝にも出場し、卒業後もブランク無く競技を継続しているランナーを「市民ランナー」と呼ぶのは違和感がある。「実業団ランナー」というのは、所属しているクラブチームが実業団陸上競技連合に登録しているランナー、というだけのことであり、職員のランニングクラブを実業団連合に登録している地方自治体は、東京都庁など珍しくない。埼玉県庁はたまたま登録していないだけである。

ともあれ、フルマラソンで3時間以内でのゴールを目指すというのは。ただごとではない。マラソン・トレーニングのバイブルと言われている「ゆっくり走れば速くなる」という本の中でも、

「マラソンで3時間を切るという目標を立てたとき、それは単に健康のために走るという世界から一歩抜け出したことになります。」

という記述があるくらいである。僕もサブスリーが達成可能な目標と思えた時期には、とにかく走った。走る距離をひたすら伸ばそうとした。

「マラソンを完走するには、週に最低80kmは走ること。」

と言う「教え」がいつのまにか身に付いていた。たぶん、フランク・ショーターかアルベルト・サラザールの言葉だったと思う。「80km=50マイル」であるからだ。

現時点で、僕の自己ベストは3時間0分28秒。結局サブスリーには届かなかった。いや、ここは過去形で書くべきではない!まだ「届いていない」のだ。

冒頭に書いたように、僕のマラソン記録を「すごい」と思ってくださる方もいらっしゃるかもしれないが、逆に、「大したことない」と思う人もいると思う。いや、実際にある知人からは面と向かって、

「女(のトップ)に30分以上も引き離されるんか。」

と言われたことがあるのだ。「サブスリー」の価値は、走らない人にどれだけ分かってもらえるのだろうか?

フルマラソンに芸能人がチャレンジする、というのは最近に始まったことではない。僕が走り始めた頃、ランナーとして人気が高かったのは、フォーク・シンガーの高石ともや氏に、タレントの上岡龍太郎氏に間寛平氏だった。いずれも関西出身、ないしは関西を拠点に活動していた人である。僕が驚いたのは上岡氏が某大会に、まったくの「一般参加」で出場していたことである。彼に偶然出会い、話しかけると、自己ベストを出せたと微笑んでいた。上岡氏や間氏の影響からか、関西の芸人にはマラソンにチャレンジする人が多い。上岡氏自身が海外の大会のスポンサーになり、多くの芸能人を誘って出場させていたこともあった。あの前宮崎県知事も、上岡氏の誘いでマラソンを始めたのである。

2007年の東京マラソン開始以来、芸能人のマラソン挑戦はさらに多くなり、その中の1人である猫ひろし氏は、'08年の東京マラソンを3時間48分57秒で初完走以来、着実に記録を伸ばしていき、昨年の東京では2時間37分49秒まで記録を伸ばした。ここまでは素直にすごいなと僕も思っていた。その後、彼はカンボジアの国籍を取得し、同国の代表として五輪のマラソン代表を目指すと表明した。そして、今年の別大毎日マラソンで2時間30分26秒、50位でゴール。このほど、正式にカンボジア代表としての五輪出場が決定したと発表された。

カンボジアで、アンコールワット国際マラソンという大会を開催し、地雷で足を失った人たちへの義足を送るなどのチャリティー活動を行なっている有森裕子さんは、今回の彼の代表入りを

「これが本当にいいことなのか複雑だ。」

とコメントした。僕も似たような気持ちだ。ちなみに、猫氏によると、アンコールワット国際マラソンに出場した際に、同国の陸連関係者と話をして、同国代表を目指すと決めたとのことである。

走ることが「正業」ではない、「アマチュア」という意味での「市民ランナー」の記録としては、2時間30分26秒、というのは実に立派な記録である。この記録、年代別の記録ランキングで照合すると、2010年度の34歳男子のマラソン記録の中では17位に相当する。この年代1位の記録は2時間10分24秒。高校駅伝に初めて出場したダニエル・ジェンガのタイムだ。上位16人はほとんど、実業団ランナー、もしくはそのOBである。

しかし、この記録では、国内のローカルな大会でもないと優勝はできない。

ところで、先述の走る芸能人たちについてだが、僕は西日本の住人なので、関西のお笑い芸人たちには子供の頃から馴染んでいた。間寛平氏は、病で芸能界引退を余儀なくされた木村進氏とのコンビで吉本新喜劇で笑わせてくれた人だ。上岡氏は、「横山パンチ」時代はかすかに記憶に残っているが、それよりも「ラブ・アタック!」や「花の新婚カンピュータ作戦」などの軽妙な司会や「探偵!ナイトスクープ」の初代探偵局長が印象的で、早過ぎる引退が本当に惜しい。高石氏といえば、日本のフォーク・ソングの生みの親の1人で、「受験生ブルース」や「死んだ男の残したものは」といった名曲を残し、凄腕のプレイヤーを集めたバンド、ナターシャ・セブンとのステージは僕も学生時代に見て、本当に感動した。その他にも、関西の走るタレントとして知る人ぞ知る存在なのは、100kmマラソンを何度も完走している太平サブロー氏。先頃亡くなった元・相方の太平シロー氏との物真似漫才を進化させて、亡くなった横山やすしになりきり、西川きよしと組んで全盛期のやすきよ漫才を再現してみせる姿には鬼気迫るものがあった。横山やっさんの体型を維持するためのトレーニングとして、ランニングを続けているのかと思えた。高石氏もランニングやマラソンにまつわる曲をいくつも残している。最近では、シンガーソングライターで、詩人としての評価も高い友部正人氏が、50歳過ぎてからジョギングを始めて、60才過ぎてニューヨークシティ・マラソンを3時間14分で走っている。

そういった人たちと比べると、猫氏の「本業」は・・・。彼のファンの方には申し訳ないが、僕は彼の「一発芸」を面白いと思ったことがないのである。だいたい、彼の名前を初めて知ったのも、彼がテレビ局の周囲を走るマラソン大会でいきなり優勝した時で、いったい何者だと思ったくらいなのだ。厳しい事を言えば、走る芸能人たちの多くは、ランニングはあくまでも「余芸」で、そこから得たものを自分の本業にフィードバックさせている。猫氏の「本業」はそれほど確固たるものなのであろうか?もはやマラソンが「本業」となっているのか?それは「本末転倒」というものではないか。

陸上競技経験の無いランナーが2時間30分台でゴールする、というのは確かに素晴しい。その記録がどれだけのトレーニングを積み上げないと達成できないものであるかを知る人たちにとっては。しかし、その記録の価値が分からない人(その方が多数派だと思う。)に最も分かりやすい形でその価値を理解させる最も手っ取り早い手段は、「マラソン発展途上国の代表となる」ことだと彼(もしくは彼の取り巻き)は気づいたのではないか?

今回、国籍を変更してまで五輪に出場しようと彼が決意した本当の理由は、正直よく分からない。テレビで記者会見を見たが、まだ語りつくしていないように思えた。何かと噂される、彼が所属している宗教団体が関与しているのかどうか、裏の事情を憶測する声はある。もしかしたら、何もカンボジアでなくても良かったのかもしれない。東ティモールでも、ブータンでも。

公務員ランナーやフリーター・ランナーの激走(2人とも、世界陸上に出場歴のある、日本代表経験者であることをお忘れなく。)が無ければ、マラソン日本代表はもっと、カンボジア代表の陰に隠れていただろう。テレビ局も彼の密着取材を試みるだろう。

ロンドンのゴールラインを越えた後、彼は予告通り、僕にはどこが面白いのかよく分からないギャグを披露するだろう。そして、その後、彼はどのような道を歩む、いや走り出すのだろうか?

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ロンドン五輪マラソン代表決... | トップ | やがて哀しきカンボジア代表 »

コメントを投稿

マラソン事件簿」カテゴリの最新記事