醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1517号   白井一道

2020-09-11 16:38:25 | 随筆・小説



   儀式が失われていく社会


 
華女 隣の息子さん、最近学校に行く姿を見なくなったけれど、どうかしたのかしら。
句郎 学校に行く時間になると熱が出るという話をこの間、隣の主人から聞いたよ。
華女 毎朝、登校時間になると熱が出るなんて、少し変じゃない。そんなことってあるのかしら。だってもう中学生でしょ。
句郎 登校時間が過ぎるとケロッと熱は下がり、元気になるらしい。自分の部屋に籠り、ゲームをしているらしいよ。
華女 もう学校に行かなくなって、どのくらいになるのかしら。お母さんも手に負えなくて放っているみたいよ。
句郎 親にとっては心配だよね。聞いちゃ、悪いなと思って聞くこともできないしね。
華女 私、河合隼雄の本を何気なく読んでいたら、不登校の子供の話が出ていたので読んでみたのよ。隣の息子さんと同じような症状の子供さんの話が出ていたわ。これから学校に行かなくちゃいけないと思うと、熱やお腹の痛みなど、いろいろな身体症状が出て来て、その時間が過ぎるとケロッと治ってしまうというようなことが書かれていたわ。
句郎 登校拒否症状が隣の息子さんにはあるということなのかな。
華女 そうなのかもしれないわ。登校拒否する子供は発達の過程に社会性が欠けている。いや子供の発達の過程に社会的問題があるからではないかと私は河合隼雄氏の著書を読んで思ったわ。
句郎 子供の発達の過程に今の社会の在り方が反映し、今の社会の在り方が子供の学校への登校を拒否する症状をうんでいるという事なのかな。
華女 結婚について考えてみると男の人と女の人とが合意して一緒に生活し始めることが実体的な結婚よね。もちろん同棲ということもあるけれども、同棲して結婚ということもあるでしょう。同棲も結婚も実体としては一緒よね。
句郎 でも結婚と同棲は違うように思う。同棲の場合は簡単に別れられるように感じるが、結婚すると別れることが難しいように思う。結婚するより離婚することは困難だという話はよく聞くよね。
華女 同棲と結婚との違いは何が違うのかしら。
句郎 結婚は社会的なものであるが、同棲は私的なものだからじゃないのかな。
華女 結婚は両親族との縁戚関係も生じるということね。同棲の場合は、一緒に住んでいる男女だけの問題だけれども、結婚は両親族との関係が生じるということね。そのことが結婚は社会的なものだということなのね。
句郎 結婚の場合は結婚式という儀式をするでしょ。今でも仏滅の日に結婚する人はいないと言うじゃない。
華女 仏滅の日に結婚式をする人がいないから仏滅の日の結婚式場は安いと言うじゃない。
句郎 結婚式というのは立派な儀式なんだ。この儀式をすると結婚したという実感が生れてくる。
華女 そうなのよね。私も結婚式をして良かったと思っているわ。事情があってやむを得ず結婚式ができなかった人が結婚して25年を経て、結婚式をあげた女性が涙ながらに話しているテレビを見たことがあるわ。
句郎 生活を秩序するものとして儀式は必要なもののようだ。例えば暦にしても五節句というものが昔はあった。一月七日の朝に春の七草(セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ)の七草粥を作り、ようやく芽吹いた春の七草の「気」をいただき、その一年の無病息災を願った。三月三日は桃の節句。誕生した女児を祝福し、健やかな成長を願った。五月五日は端午の節句。誕生した男児を祝福し、健やかな成長を願った。7月7日は七夕の節句。牽牛織女の二星を祭り、若い男女の逢瀬を願った。9月9日は重陽の節句。高きにのほり、老人の不老長生、無病息災を願った。このように子供から老人まで、一人一人の存在を親族全体で受け入れ、言祝ぐ儀式があった。このような儀式が人間を成長させ、その年にあった役割を自覚する儀式があった。この儀式が人間存在を社会化する役割を果たしていた。このような儀式が廃れていく中で人間精神に異常が起きて来た。そのような人間精神の異常現象として、登校拒否、不登校現象というものが起きてきているということなのかな。