醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  349号  白井一道

2017-03-21 11:00:28 | 随筆・小説

 芭蕉の女性観

華女 句郎君、芭蕉には奥さんがいたのかしら。
句郎 いや、いなかったようだよ。
華女 「数ならぬ身とな思ひそ玉祭」という芭蕉の句は芭蕉とかかわりのあった女性を詠んだ句じゃないのかしら。
句郎 そう、かかわりがあった女性の追悼句のようだよ。
華女 でも、奥さんじゃなかったのね。
句郎 「数ならぬ身」と思うことはないよ。私はこうしてお前の極楽往生を墓前で祈っているのだから。
華女 その女性は自分を「数ならぬ身」と思うような状況があったということなのね。
句郎 そうかもしれない。寿貞尼と言われている女性なんだ。芭蕉とどのようなかかわりがあったのか杳としてわからない。
華女 芭蕉の寿貞尼に対する思いは熱そうじゃない。
句郎 芭蕉は自分の身の周りにいた人への篤い思い入れを持っていた人なのじゃないのかな。
華女 そうなのかもしれないわね。きっと持てたかもしれないわ。
句郎 でも芭蕉は寿貞尼に惚れていたのかと、いうとそういうことはなかったんじゃないかと思う。
華女 どうして、そんなことが分かるの。
句郎 芭蕉が生きた時代の男たちは地女には惚れなかった。
華女 地女とは何なの。嫌な言葉ね。女性にとって失礼な言葉じゃない。
句郎 確かにそうだね。元禄時代に生きた男たちにとって恋の対象となる女性は遊女だったようだよ。
華女 その当時の男は遊女が恋の対象だったから、寿貞尼を芭蕉が恋したとは考えられないということなのかしら。
句郎 そうなんだ。子を産み育て、おさんどんに掃除、洗濯、家の仕事をする女性を地女と言うんだ。
華女 江戸時代というのは、とんでもない女性差別の時代だったのね。生活を背負った女性には恋をしないとは、何ということかしら。
句郎 生活の匂いがプンプンする女性に男は女を感じなかったということなんじゃないかと思うけど。
華女 そりゃ男の勝手な理屈ね。生活感のある女性こそ女性としての魅力があると私は思うわ。
句郎 生活感もあり、女の魅力を兼ね備えることが当時は無理だったんじゃないかな。
華女 だから、男は生活臭のない遊女のような者に恋をしたというの。
句郎 日常生活のこまごましたことにとらわれることなく、精神的なところで結びつく歓びのようなものを当時の男たちは遊女に求めていたみたい。
華女 とんでもないことだわ。どうして厳しい生活を背負う女性になぜ精神的な結びつきを求めないの。理解できないわ。
句郎 当時の男たちは単に身体的な快楽をだけ遊女に求めていたわけじゃないということを言ったまでだよ。
華女 じゃ、地女に男は身体的快楽を求めることはなかったとでも言うの。
句郎 そのようだよ。当時にあっては、家の存続が一番大事だったから、子づくりとしての営みはあったけれども、快楽を求める営みは遊女に求めたということなんじゃないかな。
華女 許せない話だわ。女の歴史は哀しみに満ちているのね。