醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  342号  白井一道

2017-03-14 11:16:51 | 随筆・小説

 芭蕉の人情句

侘輔 ノミちゃん、芭蕉はなかなか酒と女にはうるさかったって知っている。
呑助 へぇー、芭蕉さんと云えば、清貧に生きた詩人というイメージがあるけれどもね。
侘輔 そうでしょ。芭蕉は私のように上品に酒と女を楽しんだんですよ。ノミちゃんのように酒もだらだら、女にもだらだら、こうじゃなかったんだ。
呑助 冗談じゃない。私ほどけじめのしっかりした人はいないと思いますよ。ワビちゃんなんか、どうなの。いつももう一軒行こうか、言うから私が付き合ってやっているということを忘れてもらっては困りますよ。
侘輔「うちかづく前だれの香をなつかしく」と桂(けい)楫(しふ)が詠んだ句に芭蕉は「たはれて君と酒買にゆく」と付句をしている。
呑助 「うちかづく」とはワビちゃん、どんな意味なんだい。
侘輔 前垂れを被ると、いう意味だよ。飯盛り女は赤い前垂れをしていたんだ。もちろん、その女を所望すれば二階に上がって、楽しめたんだ。だからその赤い前垂れを被ると女の匂いが懐かしいという意味だよ。
呑助 飯盛り女の赤い前垂れを被ると懐かしい匂いがする。俺はしたことないけど、分かるような気がするな。女がほしい男の気持ちが出ているね。
侘輔 女の赤い前垂れを被って遊んでいる男を見て芭蕉は「たはれて君と酒買にゆく」と付けた。
呑助 「たはれて」とは何なの。
侘輔 戯れて君とは女だよ。飯盛り女といちゃつきながら酒買いに行く。もう少し、あなた、お酒飲みたいわ。そうだね。じゃ、行こうか、ふらついた足の男と女が、だめよ、だめよ、そんなことしちゃ嫌、恥ずかしいわ、なんて言われながら、酒屋に向う。
呑助 若かった頃、思い出すな。俺にもそんなことしたような記憶があるな。女が放さないんだよ。しかたなくいつまでもいちゃついていたような気がするな。
侘輔 そうでしょ。どこにけじめがあったって言うの。でれでれしているでしょ。それがノミちゃんじゃないの。
呑助 芭蕉も買った女とそんなことをしたんでしようね。そうでなけりゃ、こんな句をつくれるわけないなぁー、そう思うね。
侘輔 俺もそう思うね。ただ芭蕉が偉かったのは、そんなだらしない、みっともない自分をもう一人の自分がしっかり見ていたということかもしれないよ。
呑助 赤い前垂れの匂いが懐かしいと、言ってるところが、何か、許せるというか、良いじゃないのという気持ちにさせるね。
侘輔 俺もそう思う。飯盛り女と、見下したところが感じられない。女を愛しく思う気持ちがこの句から感じられるでしょ。
呑助 そんなところがこの句のいいところかな。
侘輔 俳諧というのは座の文学だというでしょ。五七五と詠むと次の人が七七と詠む。笑いがある。その七七の句に新しい世界の五七五を付ける。うーん。なるほど、困ったなぁー、どうしよう、できた、できた。その場に笑いが起きる。
呑助 俳諧というのは、けっこう、下世話なものを上品に笑う遊びなんだね。
侘輔 それが遊びさ。