明美を見送った後、もはや誰も居なくなった桟橋を背に、私もその場を離れ泉屋へ戻った。道すがら、「やっぱり一緒に帰るべきだったかなぁ…」と、ぽつりひとり言。そしてまた、「まあ、いいサ、まだ時間はたっぷりと残ってる。帰り道は一つサ。ちょっとばかり遠回りをするだけサ…」と、ぽつり。さて泉屋に戻ると、北海道から来ていた女の娘二人に島を案内せよ、と言うオヤジさんの言葉が私を待ち構え . . . 本文を読む
とうとう明美にとって八重山最後の朝はその眩しき太陽のもとに巡り来てしまった。今夜の船で明美は那覇に、そして九州・日田へ…。この明美の旅の終りが、明美に、そして私にもたらすものは何であろうか?午前九時三十分の竹富丸で泉屋へ荷物を取りに戻った。泉屋は静かなもので、客の数が少ないのだと云う事が時間からしてもすぐに判った。オバチャンに言って、明美は荷物を取りまとめた。用意が終ると竹富島最後の . . . 本文を読む
船上は和やかな雰囲気に包まれていて来た時とは異い、乗船客の数も僅かながら多かった。リーフを抜け出るのに多少手間取っていた様であった。潮の干満の影響だろうか?東へ回り込む船の右手に西表。名残りは何処から来るものか?気が付くと船上、中央通路の右側のベンチで合唱をしている人達がいた。中年過ぎの太り気味のオジサマが中心に唄を歌っている。まるでみんなに教えているかの様に。或る者は歌詞カードを見ながら&hel . . . 本文を読む
西表三泊四日の旅行も今日の船待ち時間迄。明美のみならず、この私にも生まれて初めての事が多々訪れた。二人が何を見詰めていたのかなどと云う疑問は、それこそ愚問にも似たものだ。朝食後、二人は互いにカメラを持って、民宿から一番近いのに未だ足を踏み入れていない宇那利崎の浜に降りてみた。この西表での最後の想い出となる日、これ迄の一週間のうちで最も明るい笑顔を見せていた。瞬く間に時は過ぎてしまった様だ。民宿に戻 . . . 本文を読む
民宿に戻ると隣りの部屋の新婚さんは既に立ち去った後だった。私達が昼食をとっている間にオバチャンはお出掛け。竹富町婦人会の集まり(バレーボール大会)らしい。何たる事か!私達二人を置いて誰も居なくなってしまった。こんな事は沖縄の離島だからこその事。他所では絶対に起こり得ない筈だと思う。最も大切な、原初的な人間関係が、この時代にここには存在している。日常の事として。なんて素晴らしいのだろう!食べ終った食 . . . 本文を読む
朝食後のひととき、先ずはムーンビーチ(月ヶ浜)に行ってみる事にした。一度バスの通る道に出て坂を下り、小さな石の橋を渡ってすぐに右の林の中へ続く道を歩いていると、天然記念物の山鳩(?)を見た。この西表という島はさすが山が多く、「ジャングル」という言葉に代表される様な、言わば「男の島」と呼ばれるだけに、海岸線から逆に林を抜けると、それは山に来たという感じのする島である。もう見なれてきたこの熱帯雨林の林 . . . 本文を読む
案内された部屋は玄関正面の廊下の右側で二部屋あるうちの奥の方だった。台所のテーブルで一服しながらオバチャンの話しを聞いて、星の砂が拾えると云う星砂の浜へ早速行ってみることにした。左右にパイン畑が広がるのを見ながら、長閑な光景の中に爽やかな汗を拭いつつ歩いた。初めはそんな気持ちでいられた。ところが途中、左に曲がるべく道を見失い、『うなりの塔』の方迄ずっと歩いてしまった。「どうも様子がおかしいね」「行 . . . 本文を読む
バスが停車したのは浦内川に架かる浦内橋の袂。その橋の袂を左に、この先何が有るのかと思わせる様な道を僅かに下って行くと、間に合せに造った様な茅葺きの小屋が一軒建っていた。台風でも来たならば真っ先に吹っ飛びそうなお粗末なもので(でも、一見お粗末そうに見える事が、この自然に同化していると云う…大切な事なのだ)、そこが船の待合所であった。中にはオジイさんとオバアさんが数人居て料金係りの様な事 . . . 本文を読む
未だ起きやらぬ思い瞼を擦りながら身体をもたげ、寝起きの一服をと煙草に手が無意識に伸びた時、私の頭の中には未だ耳にした事の無い様な爽やかなメロディーが流れていた。直感と云うのは一つの暗示であると思っている。暗示はやがて詞になり詞は旋律を求める。つまり或る直感は歌を作らせ、それが現実の中では歴史を物語る伝説となってゆくのだ。幾分なりとも空模様が気になる様な朝、今日は西表二日目。吊る時と同じで畳み方の判 . . . 本文を読む
船乗りの一人が何やら話し掛けてくる。出身地・波照間の言葉を混じえて喋っているけれど、聞いている二人には別にこれと言って苦にもならず、色々な海に関した物珍しい話しに心を奪われていた。西表での民宿などについて良さそうな処はないかと尋いたところ、「さわ風」という彼の懇意にしている一軒の民宿を紹介してくれた。約二時間の航海の後、何か…が待ち受け、始まると予感して止まない西表は第一日目の大原に . . . 本文を読む
幸せそうな夢の世界からお伽噺しの様な現の世界に目覚めたばかりの明美の顔は、無邪気な幼子のそれに似てとても可愛らしい。「お早う。お目覚め?フフフ…気持ち良さそうに寝ていたね」「ウンン…今何時頃?」「三時ちょっと過ぎ。十五分頃になったら、そろそろでようか」「そうね。もうここにだいぶ居るしね」「見て見て。海の色がさっきと全然違っている」「わぁ…本当ネ、ステキ。ど . . . 本文を読む
*フィービー・アルバトロスとは、アルバトロスと云う喫茶店で聴いたフィービー・スノウという歌手の名を勝手に組み合わせたもの。何かが待っている…こう思うのは、もはや予感と呼ぶには程遠いものにさえ感じられる。もしもそれ以上のものが在り得るのだとすれば、未だ見ぬ自然界に在っての、全く予期せぬ心的動向だろう…。昔々、高校一年も終ろうとする二月の初め、或る友達の家で書き上げた「メリ . . . 本文を読む
午後二時二十分を少し回った頃、私達がその桟橋に着いた時には未だ竹富丸は付いていなかった。桟橋の裾に在る小さな小屋の中で一服しながら、僅か6〜7km向いの石垣島からやって来る船影を捜している光景は、それこそ潮風と南海の詩といったところだろう。グラスボートに誘った先生を恨めしく思ったりもした。それは、そこにはきっと明美の相棒(友達)の心の中のものと共通する『何か』が在り得たに違いない。青空を見上げては . . . 本文を読む
優しく暖かい朝陽に抱かれながら自然に、ごく自然に目が覚めた。それはまるで何百万年もの長い長い眠りから来たるべき時を待って目覚める、神話の中に登場する聖なる神の様に、ああ、何とも表現できない一日が今ここに始まろうとしている。おもむろに、横たえた身体から伸びる手は灰皿を近付け、煙草とマッチを掴んでいた。ゆっくりと立ち上がる煙りを眺める心の内には仄々としたものを感じていた。「お早う。よく眠れた?」既に明 . . . 本文を読む
六時三十分を少し回った頃だっただろうか、私達は外に出て夜の市内見物を洒落こもうと云う事で、外に出た。市場通りを抜けたり、そろそろ賑わい始めている美崎町を歩き、去年の暮れに初めて目にした、まだ新しいブルーシールの店に入りアイスクリームを食べた。これは明美からの提案でもあり要求でもあった。二人共バニラとチョコの二色のものを注文した。いや、三色だったかな?そんな事はともかくどうでもいい事だった。ここでの . . . 本文を読む