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地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

松本電鉄新村車庫に眠る青ガエルの現状

2017-06-24 00:00:00 | 保存・園内・特殊車両


 最近は例えば静鉄や一畑のように、地方私鉄でも最新鋭技術による新車を用意するようになる御時世だけに、東急青ガエル5000系が地方私鉄に譲渡されて活躍した時代すら、はるか遠い過去のように思われます。熊本でつい最近引退したのも、むしろ今まで現役であったことが奇跡としか言いようのないことなのかも知れません。
 かくして、東急青ガエル5000系は今や、保存車としてのみ楽しむ時代となっています。そんな中、本家本元がデハ5001を輪切りにする悲しい措置をとったのとは裏腹に、長電やアルピコ松本電鉄で本来の車長のまま現存しているのは喜ばしいことでしょう。



 そんな松本電鉄の5000系、先月久しぶりに訪れた際には、当然のように新村で激写しました♪ 既に東急グリーンに戻されている5005+5006は、新村車庫の一番道路側に押し込められ、たまに開催される喫茶&古本イベント「しましま本店」に供用されています (その都合もあって道路側に置かれているのでしょう)。今回訪れた際にはたまたま上記イベントの前日にあたり、車内では関係者がガサゴソと準備中でしたが、それだけに中に入ることも可能で、久しぶりに戦後浪漫な車内の雰囲気を楽しむことが出来ました。もっとも、外観・車内ともに一層老朽化が加速しており、とりわけ外観はデコボコと褪色が相当目立ちつつあります (-_-)。果たして今後、再び塗り直して車庫の広いところに移動してのイベントが開催されるか、それとも永久にこの位置に置かれ続けて朽ち果てるのか、予断を許さない雰囲気も感じられました……。


個人的には、平妻の車端部と連結面の雰囲気が好きです♪


御代田駅で保存される麗しのD51 787

2017-05-16 01:32:00 | 保存・園内・特殊車両


 先日、静岡ホビーショウに合わせて鉄模各社の新製品発表がありましたが、碓氷峠廃止20周年記念に合わせたKATOの大攻勢には目を見張るばかりです。個人的には、碓氷峠関連は長年余り関心がなかったものの (何せ、特急あさま・白山には乗る金がなかった貧乏人だったもので ^^; ……また、大きく脚光を浴びた90年代に非鉄だったことも一因です)、一度徒歩旅で旧道の碓氷峠を越えてしまったからには、街道~鉄道を通じた歴史浪漫にのめり込まざるを得ないわけで、何とも財布には危険な話です。したがって、余り模型いじりをするヒマもない中、なるべく節制しなければなりませんが、元・貧乏18きっぱーとしては、やはり長野115系1000番台改良版は気になります……。付属3連も新規に用意され、スカートを外さなくて良い新カプラーも魅力……。旧タイプを持っているのを一体どうすれば良いのやら……(甥っ子に譲渡か?)。



 それはさておき、中山道を歩いて出会った鉄道車両・バスを順番に載せる連載の続きとして、御代田駅のD51 787をアップしてみましょう。
 中軽井沢=沓掛宿から中山道に踏み出しますと、時折しな鉄115系のMT54サウンドやホイッスルを遠くに聴きながらも、基本的には線路とやや離れたところを進み、追分宿手前の1003m点からは千曲川渡河点の塩名田宿まで長~い下りに入ります。そこで、追分宿の西にある北国街道との分岐点「分去れの碑」からひたすら高原の風景を眺めながら下って行きますと、やがて浅間山を大きく望む御代田駅界隈に差しかかり (浅間山は近いところを歩いていても樹林に邪魔されて見えません。苦笑)、信越線=しな鉄に突き当たると地下道で横断することになります。
 その地下道から見て西寄り (=御代田駅構内の東外れ) に鎮座しているのが、D51 787。戦時型として製造され当初水戸に配置され、戦後しばらくしてから塩尻に転属、その後廃車となるまでひたすら木曽路で旅客・貨物を牽引し続けたとのことで、場所こそ違えど中山道筋には縁がある機関車ということになります。
 そんなD51 787、地元の保存会によって完璧に美しい姿を保っており、本当に惚れ惚れとするばかりです。公開日は限られており、普段は柵の上にデジカメを差し上げて撮るのみですが、それでもこのように素晴らしいシーンを眺めることが出来て満足満足♪ そして、もし今後動態保存SLを追加することになる場合、ひょっとするとこのD51 787にも白羽の矢が立つ可能性も無きにしも非ずなのではないか……と思ったのでした。

横川近辺車両めぐり (8) あぷとくん

2017-05-07 01:00:00 | 保存・園内・特殊車両


 割と良い天候に恵まれた今年の黄金週間も今日でおしまい。各地の鉄道関連の博物館や園地もさぞかし大いに賑わったことでしょう。碓氷峠鉄道文化むらも、鉄道車両の形式写真を撮ることはほとんど不可能なほど家族連れで大入り満員となったのでしょうか。
 そんな中、EF63と並んで、園内を一周する2フィートゲージ (610mm) の線路を行くSL「グリーンブリーズ」とDL「あぷとくん」は、何だかんだで営業用線路ですので訪問客の線路用地立ち入りは不可能となっており、北側の歩行者専用道路からキレイに編成写真を撮影することが可能です。



 というわけで、昨年11月下旬に中山道の旧道碓氷峠を歩いて越えた際には、駆け足で鉄道文化むらを見物し終えた朝の9時半過ぎ、紫煙をたなびかせてゴロゴロとやって来た「あぷとくん」を最後に激写したのち、峠越えへと踏み出しました。とにかく走行速度が遅いため、ゲート寄りの位置で連写したのち猛ダッシュして、改めて碓氷峠側から園内保存車両をバックに激写出来るというのが何とも痛快です (笑)。
 それにしてもこの「あぷとくん」と客車、ふだんは鉄道趣味的に全く注目されることはないようです。しかし実際には、2フィートゲージ車両として非常にしっかりと造られており、客車も乗ってみますと結構楽しいことから、実は結構マニアックな存在であると思うのは私だけでしょうか? 他にも、もっと狭いゲージの修善寺虹の郷ロムニー鉄道などなど、意外とマニアックな園内鉄道は探せば沢山あるはず……。

横川近辺車両めぐり (7) EF63 24

2017-05-06 00:15:00 | 保存・園内・特殊車両


 先日、JREの豪華列車「四季島」が運行を開始し、上野駅13番線には空港のラウンジを思わせる豪華なレセプションコーナーまで用意されたとか。往年の長旅の出発点として名を馳せた13番線が、今や手の届かない世界となってしまったようで何やら寂しいですね。
 しかし、そんな豪華列車がどう頑張っても、寸断された碓氷峠を越えて軽井沢に達することは出来ません。本来、こういう列車が通過して客を楽しませるためにも、安易に並行在来線を廃止したりせずに、単線でも良いので温存すべきではなかったか、と思います。



 そして、温存された隘路を観光路線としてもっと活用するためにも、たとえば大井川鐵道が最近試みているような「1ボックスに一人確約の、汽車旅を楽しむための列車」を走らせ、2名以上のグループ客には別のボックスシート車を提供するということにすれば、それこそまさに多くの列車旅ファンが待ち望んでいることではないかと愚考します。そのためにJRWと同じく旧型客車風の車両が新造され、EF63も再生産……ということになれば、少なくともヲタは大感激ではないでしょうか?!
 そんな今日この頃、中山道のうち長野県内を歩く旅をしてきたのですが、そういえば昨年の秋に碓氷峠を越えたついでに撮影したEF63の画像が未アップであったことに気付きました (滝汗)。これからしばらく、中山道にからんだ列車・バスの画像を連載してみることにしましょう。

嗚呼、国鉄崩壊30周年……取るに足らない雑感

2017-04-01 00:00:00 | 保存・園内・特殊車両


 本日、国鉄が分割民営化によって崩壊しJRとなって以来30年の節目を迎えました。先日復刻再販された1987年4月の時刻表を眺めるにつけ、その後の30年間の歴史は、確かに本州三社や九州の株式上場に象徴されるように経営改善と多角化の歴史であり、また労使関係が徹底的に変わってストライキが激減しサービスが向上した歴史でもあり、それらはそれらで評価すべきでしょう。
 しかし一方で、北海道や四国の苦境、分割民営化の必然的な結果としての長距離列車の消滅に近い惨状を見るにつけ、暗澹たる気分になります。鉄道が国民統合の基幹であった時代は終わり、鉄道という装置に託した旅情も時代の彼方遠くに去ったな……と。そして、周遊券が消え、青春18きっぷの使い勝手も悪くなってしまった今日、若い人が鉄道への思い入れを育んでくれる可能性も減ってしまいました。嗚呼、将来に向けた鉄道文化の凋落を如何にせん。
 勿論、一見するとJRもメディアも、鉄道新時代をアピールすることに必死です。その最たるものは、三社で相次いで登場した超豪華列車の類いや、有名デザイナーを起用して余剰車を活用し続々と登場したクルーズトレインの類いでしょうか。



 そして巷の多くの人々も、表向きはそのような華やかな世界を歓迎しているようではあります。とはいえ思うに、実際には国民のほとんどにとって手が届かないツアー商品であるばかりか、いざ大枚はたいて乗りたいと思っても到底抽選が当たらず乗れないような列車は、鉄道への愛を広く育てるような列車と言えるのでしょうか? また、デザイナーの個性が強く出すぎるデザインは所詮自己満足と呼ぶべきものであって、ユニバーサルであることが望ましい工業デザインとしては疑問符だらけでしょう。そのデザインが好きなら良いですが、好きではない人を最初から排除するようなデザインは、公共交通機関のデザインとは言えないでしょう。
 というわけで、より多くの鉄道ファンや一般の人々が鉄道に求めているのは、ちょっと贅沢で非日常的な気分に浸れる列車旅の旅情や、夜行バスよりもいっそう安全で広々と快適な長距離輸送サービスを、思い立ったら何時でも気軽に(さすがに年末年始や大型連休は早めに予約せざるを得ないですが)享受できるような環境であるはず。そして、如何に高速鉄道が出来ようとも、鉄道がそれなりに機能している国では、どこでもそれが提供されているはずだと思うのですが……どうしてこうなった? それは結局、表向きは民営化による経営の自由度拡大やサービスの多様な展開と言いながら(国鉄民営化の国民世論合意を求める与党の文案にはこういう内容があったような?)、実際には分割民営化によって蛸壺をたくさん作ってしまったということに尽きるでしょう。
 もし本当に市場経済・自由主義国の鉄道であるというのならば、例えば既存のJR各社の枠を超えて長距離旅客サービスを提供する会社の参入を、欧州のそれと似たような感じで認めても良さそうなものですし、あるいはその役目をJRFが担って欲しいものですが、そのような動きは寡聞にして聞きません。では、「夜行列車や長距離列車はコストがかかるから走らせたくない」などという逃げ口上は本当なのか? 個人的には聞きたくないものですな……貨物列車やあの豪華列車は夜中に走ることが出来るわけですから。バブル崩壊の爪痕が長引いたという事情はあれど、何だかんだでサービスの更新を怠ったままいたずらに国鉄型車両を使い潰し、ついに乗客減と老朽廃車の極みに至った結果が、サンライズという希望の星と僅かなムーンライトを残して夜行列車が消えてしまったという荒涼たる光景であり、一時激安ツアーバス会社が乱立して杜撰な管理で死者を出したという惨状であるとしか言いようがありません。
 というわけで、国鉄崩壊・JR化30年の功罪が脳裏に渦巻く中、一介の無名ヘタレヲタの儚い願望としては、やはりこういう車両の現代版が昼夜全国を駆け回って存在感を示し続けて欲しいのですが、所詮スケールダウンしつつあるこの国では見果てぬ夢、海外で味わえということでしょうか。乱筆乱文失礼しました。m(_ _)m