源氏物語 常夏
姫君は、昼寝し給へる程なり。羅の単衣を着給ひて臥し給へる樣、暑かはしくは見えず、いとらうたげにささやかなり。透き給へる肌つきなど、いと美しげなる手つきして、扇を持給へりけるながら、腕を枕にて、打やられたる御髪の程、いと長くこちたくはあらねど、いとをかしき末つきなり。人々、物の後に寄り臥しつゝ、打休みたれば、 ふともおどろい給はず。扇を鳴らし給へるに、何心もなく見上げ給へるまみ、らうたげにて、つらつき赤めるも、親の御目には美しくのみ見ゆ。
「うたた寝は、諫め聞こゆる物を。などか、いと物儚き樣にては、大殿籠もりける。人々も近く侍はで、あやしや。女は、身を常に心使ひして守りたらむなむよかるべき。心安く打ち捨て樣にもてなしたる、品無き事なり。さりとて、いとさかしく身かためて、不動の陀羅尼誦みて、印作りて居たらむも憎し。現の人にも余り気遠く、物隔てがましきなど、気高きやうとても、人にくゝ、心美しくはあらぬわざなり。太政大臣の、后がねの姫君ならはし給ふなる教へは、万づの事に通はしなだらめて、かどかどしき故も付けじ、たど/"\しくおぼめく事もあらじと、ぬるらかにこそ掟て給ふなれ。げに、さも有る事なれど、人として、心にもするわざにも、立てゝ靡く方は方とあるものなれば、生ひ出で給ふ樣あらむかし。 この君の人となり、 宮仕へに出だし立て給はむ世の景色こそ、いとゆかしけれ」など宣ひて、
姫君 雲居雁
小言 父内大臣(頭中将)
太政大臣 源氏