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新古今和歌集の部屋

長明発心集 第三 或る禪師補陀落山に詣ずる事

或禪師詣補陀落山事 賀東上人事

近く讃岐の三位と云人いまそかりけり。彼めのとの男に

て年ごろ往生をねがふ入道ありけり。心に思けるやう

此身の有樣万の事心に不叶。若あしき病なんどう

けて終り思ふやうならずは本意とげん事極てかた

し。病なくて死なんばかりこそ臨終正念ならめと思て

身燈せんと思ふ。さてもたえぬべきヵとて、くわと云物

を二つあかくなるまでやきて左右のわきにさしはさみ

て、しばしばかりあるに、やけごがるゝ樣目も當らず。と斗

ありて、ことにもあらざりけりと云て其かまへどもしける

程に又思ふやう。身燈はやすくしつべし。されど此生を改

て極樂へまうでんせんもなく、又凡夫なれば若をはりに

至て、いかゞ猶疑ふ心も有。補陀落山こそ此世間の内

にて此身ながらも詣でぬべき所なれ。しからばかれへ詣

てんと思なり。又即つくろゐやめて、とさの國に知處あり

ければ行て新き小舩一つまうけて朝夕これにのりて、か

ちとるわざを習ふ。その後梶とりをかたらひ北風のたゆ

みなく吹つよりぬらん時は、つげよと契りて其風を待得

て彼小舩に帆をかけて、たゞ一人乗て南をさして、のりに

けり。めこありけれど、か程に思立たる事なれば留るにかい

なし。空く行かくれぬる方を見やりてなん、なき悲けり。

是を時の人心ざしの至りあさからず必ずまいりぬらんとぞ

をしはかりける。一條院の御時とか賀東ひじりと云け

る人此定にして弟子獨相具してまいる由語傳たる

跡を思ひけるにや。

 

※讃岐の三位 藤原兼子、藤原季行、藤原俊盛の三説がある。
※身燈 法華経薬王菩薩本事品にある自分の身を燃やして仏には捧げる
※補陀落山 観音菩薩の住む山。日本では、紀伊の南にあると信じられ、熊野から渡航を試みる者が多かった。
※賀東ひじり 阿波から来た僧で、弟子を伴って土佐足摺岬から虚船に乗って渡海した。
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