新古今和歌集の部屋

平家物語おける和歌的表現と作者の推定 灌頂巻 その1

(ウェッブリブログ 2013年07月29日)

1 はじめに
 平家物語のうち灌頂の巻は、建礼門院が出家して大原に住み、入滅するまでの間の話題を盛り込んだものを独立させ、秘伝として室町時代の覚一によって応安四年(1371年)三月十五日に残されたものである。特に後白河法皇の行幸の部分で、平家の回想として総集編的役割を担っている。

 平家物語は、多くの作者、多くの文献の集成であることが知られ、異本も山田孝雄氏による分析によると78種類もあるということになるが、山田博士は、第一に灌頂の巻の有無からその分類を始めた。異本といっても一つの平家物語から分岐したものではなく、それぞれがそれぞれの平家物語を形成すると言って良い。

 灌頂巻をよく見ると、対句に代表される漢詩的表現と漢詩。そして引き歌や枕詞を使用した和歌的表現と和歌。そして出家した建礼門院の姿を伝える仏教的表現の三種類の表現がある。多様な作者による集成ということが、ここでも分かる。

 合戦中の文面の中に不似合いな和歌的な表現を挿入しているところもある。
 たとえば、宇治川の合戦のまさに宇治川を渡って決戦の前では、
比は正月廿日余りの事なれば、比良の高根、志賀の山、昔ながらの雪消えて、雪しるに水は増りけり。両岸さかしくして白波おびただし。瀬まくら頻りにたぎりて(長門本)

また、壇ノ浦の合戦では、
 海上には赤旗赤標切り捨てかなぐり捨てたりければ、龍田川の紅葉葉を嵐の吹き散らしたるに異ならず。汀に寄する白波は薄紅にぞ成りにける。主もなき空しき舟は潮に引かれ風に任せて何方を指すともなく揺られ行くこそ悲しけれ(嵯峨系本)
とある。

 これらの特徴を、各異本ごとに分析することにより、作者の一人を考察したい。

なお、テキストは、(…以下の略語)
覚一系高野本 新日本古典文学大系 …高野本
一方系・八坂両系百二十句本 日本古典文学集成 …百二十句本
延慶本 校訂延慶本平家物語 …延慶本
真字系熱田本 平家物語 巻第12 …熱田本
真字系平松本 平松家旧蔵本平家物語 …平松本
長門本 長門本平家物語 4 …長門本
源平盛衰記 新定源平盛衰記 第6巻 盛衰本
嵯峨本系 下村時房刊本 日本古典文学摘集(ネット) …嵯峨本
八坂系城方本 国民文庫(ネット) …城方本
校訂中院本平家物語 下 今井/正之助、千明/守∥編 …中院本
を使用した。

2 今様
今様は、七五調で平安中期に民間歌謡から始まり、後白河院はとても今様が好きだったため、梁塵秘抄を編纂したと言われており、また後鳥羽院も今様のエピソードが沢山残っている。

 その梁塵秘抄口伝集には、用明天皇の時代の難波に住む土師の連という者が謡ったのが最初と記されている。
梁塵秘抄もかなりの部分が欠落しているが、残っている部分には、釈教歌や神祇歌もある。謡にして庶民にも覚えやすくして、布教したものと推察される。

そもそも平家物語の冒頭
祇園精舎の 鐘の声
諸行無常の 響きあり
沙羅双樹の 花の色
盛者必衰の 理をあらわす
も七五調の今様と言って良い。

灌頂巻では、以下のとおり今様と思しき個所がある。

覚一本
花は色々 にほへども
あるじとたのむ 人もなく
月はよなよな さしいれど
ながめてあかす ぬしもなし

遠山にかかる 白雲は ※1
散にし花の かたみなり
青葉に見ゆる 梢には
春の名残ぞ おしまるる

杉の葺目も まばらにて
時雨も霜も をく露も
もる月影に あらそひて
たまるべしとも 見えざりけり

庭の千種(の) 露おもく ※2
籬にたおれ かかりつつ
そとものを田も 水こえて
鴫たつひまも 見えわかず

(上は)
玉の簾の 内までも
風しづかなる 家もなく
(下は)
柴の枢の もとまでも
塵おさまれる 宿もなし

枕をならべし いもせ(に)も ※2
雲ゐのよそにぞ なりはつる
やしなひたてし おや子(に)も ※2
ゆきがたしらず 別けり

しのぶおもひは つきせねども
歎ながら(さて)こそ すご(され→し)けれ ※2
(…)
いまをかぎりの かなしさに
こゑもおしまず なきさけぶ


長門本
傾る台の みぎりには
石ずゑ計りぞ 残りたる

或はかたぶき やぶれつつ
雨風たまる べくもなし
人跡まれ成 草村には
白露のみぞ おき増る

※1 覚一本では、遠山を「えんざん」と読ませているが、百二十句本、元和九年本では「とほやま」と読んでいる。和歌となると「とほやま」であろう。
※2 ( )内は、リズム上追加した。

花は色々については、
右大臣報恩願文 菅原文時
金谷醉花之地     金谷花に酔うし地
花毎春匂而主不歸  花は春毎に匂うて主帰らず
南樓嘲月之人     南楼に月を嘲つし人
月與秋期而身何去  月は秋と期して身は何ちかに去んじ
を使用しているとある(新大系)。しかし、漢詩と原文を見比べると、漢詩を使用しているというには、平家の文と離れすぎている。

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