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新古今和歌集の部屋

二つの大江山 羅生門

こんな話がある。
 
 
昔、京に居た男が、妻は丹波の国の者だったので、丹波へ行こうと、妻を馬に乗せ、夫は竹の箙に矢を十本差して背負い、弓を持って後ろに付いて歩いて行くと、大江山の山道で、若い太刀を持った如何にも強そうな男と一緒になって、道連れに老ノ坂峠を越えよとしたんじゃ。
一緒に歩きながら「お主は何処に行くのだ」など世間話をしているうちに、この太刀を持った男が、
「儂が腰に着けている太刀は、陸奥の国に伝わった名刀なんじゃよ。見せてやろうか」と言って、刀を抜いて見せたら、実にすばらしい太刀であった。男は、これを見て、とても欲しくなった。それで、太刀を持った男は、その顔色を見て、
「この太刀と、お望みなら、そこもとの持っている弓と替えてやろうか」と言ったので、夫は、持っている弓はそう大した物ではなかった。この太刀は、実に良い物だったので、太刀が欲しかったのに合せて、大変得をすると思って、躊躇わず交換したんじゃ。
そして暫く行く程に、この若い男が言うには、
「儂が弓だけ持って歩くのも、人が見ても可笑しい。山に居る間だけでも、その箭を二三本貸してくれよ。お主にとってもこの樣にとってお供に行けば、同じ事ではないか?」と言うのじゃった。それを聞いた夫は、確かにと思って、良い名刀を拙い弓と交換したのが嬉しくて、言うがままに、箭を二本抜いて取らせた。それで若い男は、弓を持って、二本の矢を手に持って後ろをついていった。夫の方は、竹の箙に残りの箭だけを負いて、太刀を帯に差して行ったんじゃ。
そうしているうちに、昼食時となったので、薮の中に入ると、若い男は、
「人が近くを通っていて、見られるのは見苦しい。もう少し道から離れた場所で食べてはどうだ」と言ったので、深く入って行った。そして、妻を馬より抱き下ろしている時、若い男は急に弓に箭を番いて、夫の方へ狙いを定めて、
「おいお前、動いたら射殺すぞ!」と言うと、夫は思い掛けない程に、茫然として立ち尽くした。その時に、
「山の奥へさっさと入れ!入れ!」と嚇したので、命が惜しいと思って、妻を連れて七八町ばかり山の奥へ入って行った。そして、
「太刀と刀を投げよ」と命令すれば、皆投げたので、若い男は寄ってねじ伏せて、馬の指縄で木に強く縛り付けたんじゃ。
さて、若い男は、妻に近づき、市女笠を取って良く見ると、二十歳ばかりで、身分は低いものの、綺麗で魅力的で、男は一目で好きになり、更に外の事は考えず無我夢中で、女の衣服を剥いだところ、女は抵抗するべき事も出来ず、言うがままに服を脱いだんじゃ。そうすると男も着物を脱ぎ捨て、女を押し倒して、二人伏したんじゃ。女は何か言う事も出来ず、男の言うがままだったが、縛り付けられて見ている夫はどう思ったのだろうか。
その後、事が終ると若い男は起き上がり、元のように衣服を着て、箙を背負い、太刀を取って帯に差し、弓を持って馬に這い乗って、女に言った。
「愛おしいと思うが、仕方が無い事なので、去る事にする。又、そこの男をば許して殺さない様にしよう。馬は早く逃げる為に貰って行くぞ」と馬を駆けさせて、どちらとも無く消え去ったんじゃ。
その後、女は夫の縄を解いたところ、夫は茫然自失の顔つきでだったので、妻は、
「お前樣が頼りにならないから、こう言う事のなったんでしょう。今日より後も、こう言う不甲斐なさなら、ろくな事になりそうもないはね」と言ったので、夫は、更に何も言う事が無くて、一所に連れて丹波に行ったんじゃ。
 
この若い男は真に立派じゃなあ。女の着物を奪っていかなかった。それに比べこの夫は、大変情け無い。山中で見知らぬ男に弓箭を渡した事、真に愚かじゃな。
この若い男は、ついにどうなったかは聞こえて来なかったと語り伝えたそうじゃ。
 

 
今昔物語集巻二十九
具妻行丹波国男於大江山被縛語第二十三話
今昔、京に有ける男の、妻は丹波の国の者にて有ければ、男、其の妻を具して丹波の国へ行けるに、妻をば馬に乗せて、夫は竹蚕簿(えびら)箭十許差たるを掻負て、弓打持て、後に立て行ける程に、大江山の辺に、若き男の大刀許を帯(はき)たるが糸強気なる、行き烈ぬ。
然れば、相具して行くに、互に物語などして、「主は何へぞ」など、語ひ行く程に、此の今行烈たる大刀帯たる男の云く、「己が此の帯たる大刀は、陸奥の国より伝へ得たる高名の大刀也。此れ見給へ」とて、抜て見すれば、実に微妙き大刀にて有り。本の男、此れを見て、欲き事限無し。今の男、其の気色を見て、「此の大刀、要に御せば、其の持給へる弓に替へられよ」と云ければ、此の弓持たる男、持たる弓は然までの物にも非ず、彼の大刀は実に吉き大刀にて有ければ、大刀の欲かりけるに合せて、「極たる所得してむず」と思て、左右無く差替てけり。
然て、行く程に、此の今の男の云く、「己が弓の限り持たるに、人目も可咲し。山の間、其の箭二筋借されよ。其の御為も、此く御共に行けば、同事には非ずや」と。本の男、此れを聞くに、「現に」と思ふに合せて、吉き大刀を弊(わろ)き弓に替つるが喜さに、云ままに箭二筋を抜て取せつ。然れば、弓持て、箭二筋を手箭に持て、後りに立て行く。本の男は、竹蚕簿の限を掻負て、大刀引帯てぞ行ける。
而る間、「昼の養せむ」とて、薮の中に入るを、今の男、「人近には見苦し。今少し入てこそ」と云ければ、深く入にけり。然て、女を馬より抱き下しなど為る程に、此の弓持の男、俄に弓に箭番て、本の男に差宛て、強く引て、「己れ動(はたら)かば射殺してむ」と云へば、本の男、更に此れは思懸ざりつる程に、此くすれば、物も思えで只向ひ居たり。其の時に、「山の奥へ罷入れ、入れ」と恐せば、命の惜きままに、妻をも具して、七八町許山の奥へ入ぬ。然て、「大刀・刀投よ」と、制命(いさめおほ)すれば、皆投て居るを、寄て取て打伏せて、馬の指縄を以て木に強く縛り付けてつ。
然て、女の許に寄来て見るに、年廿余許の女の、下衆なれども愛敬付て、糸清気也。男、此れを見るに、心移にければ、更に他の事も思えで、女の衣を解けば、女、辞得べき様無ければ、云ふに随て衣を解つ。男も着物を脱て、女を掻臥せて、二人臥ぬ。女、云ふ甲斐無く男の云ふに随て、本の男縛付けられて見けむに、何許思けむ。
其の後、男、起上て、本の如く物打着て、竹蚕簿掻負て、大刀を取て引き帯て、弓打持て、其の馬に這乗て、女に云く、「糸惜とは思へども、為べき様無き事なれば去ぬる也。亦、其れに男をば免して殺さずなりぬるぞ。馬をば疾く逃なむが為に、乗て行ぬるぞ」と云て、馳散じて行にければ、行にけむ方を知らざりけり。
其の後、女、寄て、男をば解免してければ、男、我れにも非ぬ顔つきして有ければ、女、「汝が心云ふ甲斐無し。今日より後も、此の心にては、更に墓々しき事有らじ」と云ければ、夫、更に云ふ事無くして、其よりなむ、具して丹波に行にける。
今の男の心、糸恥かし。男、女の着物を奪取らざりける。本の男の心、糸墓無し。山中にて人目も知らぬ男に、弓箭を取せけむ事、実に愚也。其の男、遂に聞えで止にけりとなむ、語り伝へたるとや。
芥川龍之介の「藪の中」、黒澤明の「羅生門」のネタとなった話です。
舞台は、山城と丹波の境の峠、大江山となっていますが、大枝山との表記が正しいでしょう。
今も山陰道、国道9号線の峠は薄暗く、歩く者はおらず車だけが行き交っている。私も行ってはいない。
 
藪の中では、若い男は、盗賊の多襄丸(羅生門 三船敏郎)と言う事で、夫婦の妻に一目惚れして、反抗を思い立ったとされる。今昔物語では、そこまで書かれていないが、女の着物を奪わなかったとあるので、今昔物語の作者は、衣服を強奪しようとした強盗と思っていたのだろう。
 
 
あなたは、この話を信じますか?
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