goo blog サービス終了のお知らせ 

新古今和歌集の部屋

長明発心集 第三 讃洲源大夫俄に発心往生の事

 

讃洲源大夫俄發心往生事

讃岐國に何れの郡とか源大夫といふ者ありけり。左樣の

者のならひと云ながら佛法の名をだにしらず。いき物を

ころし人をほろぼすより外の事なければ近も遠も、をぢを

それたる事限りなし。或時狩して歸ける路に人の佛供

養する家の前をすぐとて聴聞の者の集れるを見て、な

にわざをすれば人はをほかるぞと問ふ。郎等の云く佛供養

と云事し侍なりと云ふ。いでや、けうがり。未見ぬ事ぞと

て馬より下て、かりしやうぞくのまゝながら中を分入、にはも

せに、こゝらゐたる人是なさけなしとみるに、むねづぶれて、ひらが

りをり。こゝらの人のかたをこえて導師の法とく、かたはらに

近く居て、この心を問ふ。僧をそろしながら説法をとゞめ

て阿弥陀の御ちかひたのも敷事極樂のたのしき此世

の苦無常の有樣なんどを、こまかに説ききかす。此男云やう

いと/\いみじき事にこそ。さらば我法師になりて其佛の

をはしまさん方へ參らんと思に道をしらず心をいたして

よび奉らんと思に、いらへ給ひなんやと云ふ。誠にふかく心を

おこし給はゞ必いらへ給ふべしと答ふ。さらば我を只今法

師になせと云ふ。あれうのまゝにて、ともかくもいひやらず。其

時郎等よりきて、けふは物さはがしく侍り。かへり給てその

用意して出家し給はゞ、よろしからんと云ふに、はらだちて

をのれが斗にては我思立たる事をば、いがでさまたげんと

するぞとて眼をいからかして太刀を引まはせば恐をのゝ

きて立のきぬ。大方今日の願主より始て、ありとある

人色をうしなへり。近く居より只今かしらそれ。そらではあ

しかりなんと、しきりにせむれば遁べき方なくて、わなゝく/\

法師になしつ。衣けさ乞てうち着て、是より西さまに

むきて聲の有限り南無阿弥陀佛と申て行。是を

聞人涙をながして哀む。かくしつゝ日を經てはるかに行々

てすえに山寺ありけり。そこなる僧あやしみて事の心

を問ふ。しか/"\とありのまゝに云へば貴とみ哀む事かぎり

なし。さても物ほしくをはすらんとて干飯をいさゝか引つ

つみてとらせければ、つゆ物くはん心なし。たゞ佛のいらえ

給はんまでは山林海川なりとも命のたえんを限りにて

行かんと思心のみ深て其外には何事もをぼへずとて、なを

西をさしてよばひ行。彼寺にひとりの僧あり跡を尋つゝゆ

きて見れば、遙の西の海きはにさし出たる山のはなる、いわの

上に居たり。語りて云こゝにて阿弥陀佛のいらへ給へば

待奉るなりと云て聲を擧てよび奉る。誠に海の西に、か

すかに御聲きこゑけり。きゝ給にや。今ははや歸り給ね。さ

て七日ばかり過て又をはして我なりたらんすがたさま

を見給へと云ければ、なく/\歸にけり。其後云しがごと

く日比へて、その寺の僧あまた、いざなひて、行て問へるに

もとの處に露もかはらず、たな心を合つゝ西にむかひて

ねぶりたるが如くにて居たり。舌のさきより青きはちす

の花なん一ふさをひ出たりける。をの/\佛の如くをがみて

此花をとりて國のかみにとらせたりけるを、もてのぼり

て宇治殿にぞ奉ける。功つめる事なけれども一筋に憑

奉る心ふかければ往生する事またかくのごとし。

 

※讃洲源大夫俄發心往生事は、今昔物語集巻第十九 十四、宝物集などにも見られる。
 
※何れの郡 今昔物語などには多度郡とある。
 
※宇治殿 藤原頼通
 
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「発心集」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事