讃洲源大夫俄發心往生事
讃岐國に何れの郡とか源大夫といふ者ありけり。左樣の
者のならひと云ながら佛法の名をだにしらず。いき物を
ころし人をほろぼすより外の事なければ近も遠も、をぢを
それたる事限りなし。或時狩して歸ける路に人の佛供
養する家の前をすぐとて聴聞の者の集れるを見て、な
にわざをすれば人はをほかるぞと問ふ。郎等の云く佛供養
と云事し侍なりと云ふ。いでや、けうがり。未見ぬ事ぞと
て馬より下て、かりしやうぞくのまゝながら中を分入、にはも
せに、こゝらゐたる人是なさけなしとみるに、むねづぶれて、ひらが
りをり。こゝらの人のかたをこえて導師の法とく、かたはらに
近く居て、この心を問ふ。僧をそろしながら説法をとゞめ
て阿弥陀の御ちかひたのも敷事極樂のたのしき此世
の苦無常の有樣なんどを、こまかに説ききかす。此男云やう
いと/\いみじき事にこそ。さらば我法師になりて其佛の
をはしまさん方へ參らんと思に道をしらず心をいたして
よび奉らんと思に、いらへ給ひなんやと云ふ。誠にふかく心を
おこし給はゞ必いらへ給ふべしと答ふ。さらば我を只今法
師になせと云ふ。あれうのまゝにて、ともかくもいひやらず。其
時郎等よりきて、けふは物さはがしく侍り。かへり給てその
用意して出家し給はゞ、よろしからんと云ふに、はらだちて
をのれが斗にては我思立たる事をば、いがでさまたげんと
するぞとて眼をいからかして太刀を引まはせば恐をのゝ
きて立のきぬ。大方今日の願主より始て、ありとある
人色をうしなへり。近く居より只今かしらそれ。そらではあ
しかりなんと、しきりにせむれば遁べき方なくて、わなゝく/\
法師になしつ。衣けさ乞てうち着て、是より西さまに
むきて聲の有限り南無阿弥陀佛と申て行。是を
聞人涙をながして哀む。かくしつゝ日を經てはるかに行々
てすえに山寺ありけり。そこなる僧あやしみて事の心
を問ふ。しか/"\とありのまゝに云へば貴とみ哀む事かぎり
なし。さても物ほしくをはすらんとて干飯をいさゝか引つ
つみてとらせければ、つゆ物くはん心なし。たゞ佛のいらえ
給はんまでは山林海川なりとも命のたえんを限りにて
行かんと思心のみ深て其外には何事もをぼへずとて、なを
西をさしてよばひ行。彼寺にひとりの僧あり跡を尋つゝゆ
きて見れば、遙の西の海きはにさし出たる山のはなる、いわの
上に居たり。語りて云こゝにて阿弥陀佛のいらへ給へば
待奉るなりと云て聲を擧てよび奉る。誠に海の西に、か
すかに御聲きこゑけり。きゝ給にや。今ははや歸り給ね。さ
て七日ばかり過て又をはして我なりたらんすがたさま
を見給へと云ければ、なく/\歸にけり。其後云しがごと
く日比へて、その寺の僧あまた、いざなひて、行て問へるに
もとの處に露もかはらず、たな心を合つゝ西にむかひて
ねぶりたるが如くにて居たり。舌のさきより青きはちす
の花なん一ふさをひ出たりける。をの/\佛の如くをがみて
此花をとりて國のかみにとらせたりけるを、もてのぼり
て宇治殿にぞ奉ける。功つめる事なけれども一筋に憑
奉る心ふかければ往生する事またかくのごとし。