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夏目漱石を読むという虚栄 ~第二部と第三部の間 (11/12)「その人」

2024-01-03 23:14:02 | 評論

   夏目漱石を読むという虚栄

    ~第二部と第三部の間

(11/12)「その人」

星新一は、しばしば唐突にソ系語を用いる。わざとやっているのだろう。

『こころ』の冒頭の文に含まれた「その人」について、「唐突にソ系の言葉が出てくると、面食らう」と、私は書いた。〔2112 「その人」と「常に」〕参照。夏目漱石を読むという虚栄 2110 - ヒルネボウ (goo.ne.jp)

面食らわない人を、私は私の読者として想定しないことにする。想定したら、説明することが多すぎて収拾が付かなくなるからだ。

 

To Sherlock Holmes she is always THE woman. I have seldom heard him mention her under any name.

――ARTHUR CONAN DOYLE“.A SCANDAL IN BOHEMIA”

 

『その男、ゾルバ』の原題は“Zorba,the Greek”だが、この邦題はいかがなものか。

『ピーナッツ』の“It was a dark and stormy night.”を、谷川俊太郎は「それは暗い嵐の夜だった」(1965.07.12)と訳したり、「暗い嵐の夜だった」(1965.07.14)と訳したりしている。英和辞典では後者が正しいとされる。だが、私は英和辞典を信用しない。なぜなら、後者の訳では、日本語として不十分だからだ。勿論、前者の訳は妙だ。でも、妙でいいのだ。

ホラーの『IT』を『それ』とは訳せない。『あいつ』が適当だろうが、無理に訳す必要もなかろう。

「そら、二位一体という様なことになる」(『三四郎』七)の「そら」は悪用。〔5253 「露悪家」〕参照。夏目漱石を読むという虚栄 5250 - ヒルネボウ (goo.ne.jp) 共有されていないはずの概念を、あたかも共有されているかのように装っている。

高校の英文法の時間に”It is spring”を「それは春です」と訳してしばらく立たされた。思い出すと、今も怒りがこみ上げる。授業の後、同級生が寄ってきて、「あんなことも知らないなんて、がっかりしたぞ」と憎々しげに言い捨てて去った。まるで私が彼を騙したみたいだ。私には、私なりの言い分というか疑問があったが、誰も聞いてくれそうにないので、黙っていた。

外来語が大量に入ってきた幕末以降の日本語の揺れ、歪み、多義性、曖昧さ、そういうことに鈍感な人を、私は私の読者として想定しない。

外来語の中には、中国語も含まれる。その一例が〈恋愛〉だ。

 

<中国ではロプシャイトの「英華字典」(一八六六-六九)に既に見えるが、日本では明治初年(一八六六)以来、英語loveの訳語として「愛恋」「恋慕」などとともに用いられ、やがて明治二〇年代から「恋愛」が優勢になった。

(『日本国語大辞典』「恋愛」)>

 

明治以降、物語のない、あるいは典拠不明の漢語が大量に生み出されていた。生んだのは文豪たちだろう。漢文の訓読という悪習のせいで、日本のインテリは、日本語とも中国語ともつかない、変な作文をして気取っていた。『平家物語』なんて、ひどいものだ。

 

<*国文学読本諸論(1890)〈芳賀矢一〉五「更に之を平易明暢なる和漢混交文とし」(『日本国語大辞典』「和漢混淆文・和漢混交文」)>

<*「日本人」が懐抱する処の旨義を告白す(1888)〈志賀重昴〉「想ふに採長補短てふは折衷比較的にして、其説ふる処偏に古色を帯び、転た快活果敢ならざる者に似たり」(『日本国語大辞典』「採長補短」)>

 

さらに漢文体というトリック。

 

<『平家物語』二で、平重盛が父清盛の暴挙をいさめて言ったことば「悲しき哉、君の御為に奉公の忠を致さんとすれば、迷盧八万の頂よりも猶高き父の恩、忽ちに忘れんとす。痛ましき哉、不孝の罪を遁れんとすれば、君の御為には已に不忠の逆臣ともなりぬべし。進退是窮まれり。是非いかにも弁え難し」を、頼山陽が『日本外史』を著すとき、「出典」のように漢文で言いかえたもの。

(『成語林 故事ことわざ慣用句』「忠ならんとすれば孝ならず、孝ならんとすれば忠ならず」より)>

 

「言いかえ」じゃないよ。ほぼ捏造。

ちなみに、『清盛』(NHK)でこの文句を呟く重盛は、疲れきって弱っているようだった。「いさめて」いるような強さはない。実際は弱っていたのだろう。

(続)

 


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