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真珠湾攻撃の基地、択捉島単冠湾が戦後初公開

2007年09月07日 09時33分04秒 | 時事放談: 海外編
ソ連(ロシア)によって国際法を完全に無視されて不法占拠されたままの北方四島。一日も早い返還は日本の願いです。その中で、択捉島単冠湾が戦後初めて公開されました。

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択捉島単冠湾を戦後初公開=連合艦隊出撃地-ビザなし渡航団に (時事通信) - goo ニュース

2007年9月7日(金)02:47

 旧日本海軍連合艦隊のハワイ・真珠湾攻撃で出撃拠点となった北方領土・択捉島の太平洋岸にある単冠(ひとかっぷ)湾が今月1日、北方4島交流訪問事業(ビザなし渡航)の代表団に公開された。ロシアが日本側代表団に単冠湾の視察を公式に認めたのは、1945年の旧ソ連による北方領土占拠以来初めて。

 単冠湾の西側にある天寧(てんねい=ロシア名ブレベスニク)には、ロシア軍駐屯地や司令部、軍飛行場があり、冷戦期の1970年代末には一個師団、約1万人が駐留。現在は推定2000人規模まで縮小されたとみられ、軍事機密の減少が公開の背景にあるもようだ。 

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この調子だと、中国同様、ソ連も日本統治時代の旧施設をそのまま利用しているのかと思ったら、やはりそうでした。

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択捉島に残る奉安殿=今はロシア軍城下町-北方領土 (時事通信) - goo ニュース

2007年9月5日(水)14:19

 戦前戦中、天皇皇后の写真(御真影)を保管するため日本各地の学校に設けられた「奉安殿」が、北方領土の択捉島・天寧(ロシア名=ブレベスニク)に今も残っている。今月1、2の両日、同島を訪れた北方4島交流訪問事業(ビザなし渡航)で確認された。

 奉安殿は国民学校を中心にかつて全国に設置され、軍国色が強まる中、児童らは登下校のたびに敬礼した。大部分は戦後間もなく撤去されたが、大事な御真影を守ろうと耐震構造を試みるなど建築に多様な工夫が施されており、天寧の奉安殿も日本建築史を探る手掛かりとなる可能性がある。

 天寧には旧日本軍が造った飛行場があり、現在もロシア軍が使用。米ソ冷戦期には師団司令部が置かれ、軍関係者や家族が住む「軍城下町」のため、日本人の市内立ち入りは難しい。 

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自国の利益のためなら何でもするソ連(ロシア)。このことを忘れてはならないのです。

ああ、単冠湾、一度見てみたいのですが、かなうのでしょうか。

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