続・トコモカリス無法地帯

うんざりするほど長文です。

トラウマ排除

2012-11-07 02:37:39 | 好き嫌い趣味
長いこと放置していた積み漫画を崩す作業に入っています。

1年以上かけて続いた女神編が終わった「神のみぞ知るセカイ」19巻で一端区切りが付くのですが、これこのまま終わってもいいんじゃないの?素晴らしい完成度なのでここから続いていくうちに冗長になってグダグダになって転落、とか要らない心配をしてしまいます。ここまでの出来を見る限り、失敗は全くない計算され尽くした構成なので多分大丈夫だと思うけど、こんなにキレイに第1部完をやってしまうと今後のクォリティ維持のプレッシャーが大変なものではないかと余計な気遣いをしてしまいます。そのくらい19巻の締め方は素晴らしかった。読んでいて圧倒されました。私は割と本読みな方なので本を読んで圧倒された経験は今までに数度はあります。でもそれはまだまだ成長途中の若い頃の話。20歳になるまでに読んで圧倒された本が3冊ありますが、逆に言えばそれ以降は無い。無かった。ある程度人生経験も踏んでもう不惑と言われる年代に入った今年になって、こんな衝撃を食らうとは思っていませんでした。泣けるとか感動とかそういう枠ではくくれないインパクト。要するに、と頭でまとめようとしても何かが溢れ何処かが抜けてしまい、言葉に置き換えれない一枚絵。一枚絵と言ってはいけない。ここにくるまで何百というコマを使って描かれた「ちひろ」というヒロインの心情の行き着いて溢れ出した気持ちを描き出した最後の一枚絵。

たぶん、ここで私がどれほど言葉を重ねて書いても、近似値にはなれどあの絵の表現・説明にはならないのでもう止めます。

あのね、みんな翼が生えているのよ。自分以外は。好きな人は人知れず世界を背負って戦ってたのよ。みんなの運命も関わってたのよ。自分以外は。

だから惨めだとかそんな小さい話では無いのよ。彼女は図らずも凡人の身で世界の裏側を覗いてしまって、そこで出来ることをして、実際結構大事な役目を果たしてます。でもだからこそ自分の想いが届かないことがよく理解できるわけで。そして最後の涙はそれだけではない。言葉にはならない。




さて、積み漫画崩しの続きです。

「電波オデッセイ」
永野のりこの芸風は理系オタ男がちょいダサ可愛い女の子に惚れて四苦八苦するのが一貫していて、これもそのカテゴリなのですが、若干毛色が変わっていて主人公の女の子が現実の辛さに頭がブッ飛んでしまうとこから始まります。この作者、この作品とすげこまくんでやりたいことやり尽くして気が済んだらしく、以降あまり作品描いてないようですが、その分これらの作品には念がこもっています。キモくてダサくてヘボくてどろどろの暗黒の思春期をのたうちまわりながら過ごす、うんざりしそうな重いテーマを馬鹿馬鹿しくふざけて描くという珍しいスタイルなので、好きな人は大好きだけど合わない人にはとことん合わない漫画だと思います。元の発行部数が少なかったらしくしばらくレアもの扱いだったのですが、去年復刊されたのを買いました。私、これの元版の1,2巻は持ってたのですが売っぱらっちゃったのですな。なんというか他の永野作品と比べて重いし、話の進みも遅い。なので一度は切った作品。

で、読み返してどうだったかというと、「へっ」と鼻で笑ってしまいました。
多分、世間一般的な視点ならば内容的にはかなり良いのだろうと思うのですが、そう感じるだろう大多数には私は入らない。「みんな以外のうた」とか「永遠の仲間はずれの国」とか、入口からして既に狭いこの作者の作品世界において、さらに除外されてしまいました。要約すれば「貴方に幸せを」な話。この作者はデビュー時点で既に母親だったらしく、子を想う母の気持ちが根っこに込められていて、どんな人も祝福されているのよ、あなたは愛されているのよ、というテーマが読んでいくうちに現れて来ます。パッと見はマッドで怪獣でサイエンスだからそんな重たい漫画に見えないけど。
主人公たちは色々悩み苦しみ傷つくけど、それでも前を向いて進んでいきます。いろんなトラウマあるけれど、内面的に成長していくわけですが、これがそのなんというか個人的にはちゃんちゃらおかしい。
私個人に限って言えば、過去のトラウマは内面的成長ではなく、外部から力づくでぶちのめして克服してしまったので、実は愛されていたとか、廻りも辛かったとか、どうでもいいのです。別に親が愛さなくても、周囲が悩まなくても、子供は餌さえ食えれば勝手に育つからな。いちいち「私のこと好き?」とか「私のこと大事?」とか「私のこと覚えている?」とか気にしてても腹は膨れないぞ。辛い過去とかトラウマとか誰だってあるけど、今の御時世に大事に抱え込むようなものではないので、過去を知る人間とは縁を切り、恥だの未練だのは捨ててもあまり困らない。昔の知り合いなどどうでもいいし、おそらく向こうにとってもこちらなんぞどうでもいい。
過去にいろいろ人に言えない事をやってきた私ですが、それを今どうこうしようとかちっとも考えてないし、そういうのはとっくに関係整理して処分したし、服薬で一度システムダウンしたところから復旧した今現在の私は自分の脳みそにいかに快感を多く与えるかしか興味ありません。とことん分解してしまえば、脳というタンパク質の塊に神経を通じて「楽しい」という信号を送る作業を延々続けているだけなのです。こいつは結構グルメで贅沢だから同じ信号を続けて送っていると飽きて反応しなくなるので、多種多様な手段で手を変え品をかえ楽しませてやらないとダメなのです。そんな作業に追い立てられているのだから、トラウマとか悩みとかめんどくせえわ。自前のパーツがボロボロ壊れていってるのに「自分は愛されているのか?自分は何になりたいのだろうか?」とかのんびり悩んでる暇無いからな。このどんどん弱っていく頭のタンパク質の塊の微弱な電気信号が消えるまでにどれだけ遊べるかという問題で、他人の顔色伺ってる余裕ないわ。自分の部屋に未知の楽しさを埋没させたまま消えたくないじゃない。だからとりあえずは漫画読んで、プラモ組んで、力尽きて寝るのです。

なので、この漫画は主人公達にまったく共感できずに終わりました。お前らの悩みなんてどうでもいいわ。虐められてる?それがどうした。親に愛されない?だからなんだ。成人するまであと数年の我慢だ。虐めてくる奴はやり返せ。そんなわかりやすい攻撃、正当防衛の良い口実じゃないか。殴るという行為は単純なだけに効果は大きい。体格差は武器でカバー出来る。棒の一本あるだけでかなり違うから手始めに一人メッタ打ちにしてみればいい。各個撃破で根気よく全部やれば世界は変わる。未成年の間なら十分通用する。成人してからでもいいけどやるときは徹底的に。徹底的に。世間じゃまずオススメされないけれども、愛してくれない親を恨んで悩むくらいなら、親もボコっちゃっていいのよ。歴史を調べてみると親族同士で殺し合いなんて珍しくないから身内にコイツ殺してぇとか感じるのも割と普通のこと。ウチの親族も仲悪いしな。

他人とどう関わろうが、仕組みの中に収まって暮らしていれば生きていけるから今は良い時代です。多分親の世代では社会が不便すぎて共同作業が避けられなかったと思うので、私のような奴は生きていけなかったのでしょうけど。