【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【牛を喰らう】

2008年05月05日 | アジア回帰
 牛の様子を見るために山道を歩いていると、「ホーイ!」という呼び声が聞こえる。

 見ると、知人の田んぼに大きな作業小屋が建てられており、その下に数人の男衆が集っているではないか。

 手招きに応じて近づいてみると、青いビニールシートの上に雌牛の頭部がごろりと転がっている。

 脇では、嫁のラーの叔父が蛮刀をふるって、肉や内臓をさばいていた。

 どうやら、作業小屋の普請工事に男衆が協力し、その謝礼に知人が雌牛を一頭屠ったらしい。

         *

 すでに男衆の大半は焼酎で酔っ払っており、解体作業のかたわらではラップ(血まぶし叩き)や鍋料理が作られている。

 焼酎の献杯は丁寧に断り、鍋料理を少しだけいただくことにした。

「とても辛いから、気をつけて!」

 ラーの警告を受けて、ほんの少しだけスープをすすってみる。

 意外に、辛くない。

 続いて、骨付き肉をかじってみると牛肉のうま味が口中に満ちて、なかなかいけるではないか。

「アロイディー(とてもうまい)!」と言いながら、右手の親指を突き立ててみせると、みんなが満面の笑顔だ。

 その途端、唐辛子の辛みが舌を激しく襲い、思わず「ペッ(辛い)!」と叫んでしまった。

 今度は、みんなが大爆笑である。

 牛飼いの親爺さんが、済まなそうな顔で言う。

「カレン族の連中は、ものすごく辛い料理でないと食べられないんだ。悪いねえ・・・」

 そこでラーが、解体中の肉の中からバラ肉を選び出し、私だけのためにあぶり焼きにしてくれることになった。

 竹を裂いて串をつくり、バラ肉を開いて串刺しにする。

 そして、鍋料理でできた熾き火の上にかざして、じっくりとあぶり始めた。

 しばらくすると、熾き火の上に脂がしたたり落ち始める。

 男衆たちは、辛い辛い鍋料理やラップをおかずにバナナの葉に包んだ米をワシワシと平らげていく。

 その間も焼酎の献杯は続き、カレン語のうるさいほど賑やかなおしゃべりは途絶えることがない。

 その中心にいるのは、もちろん、男勝りのラーである。

        *

「クンター、ごめんなさい。あいにく、塩がないの」

「マイペンライ(問題ないよ)。あぶりたてだから、塩なんかなくても大丈夫だよ」

 こんがりときつね色に焼き上がったバラ肉にかじりつくと、香ばしい牛肉のうま味が再び口中に広がる。

 なぜか、ほんのりと塩味がきいて(血のせいだろうか)、思わず目尻がさがる。

「ラー、うまいぞ。お前さんも喰ってみろよ」

 生まれてこの方、牛肉は一度も食べたことがないとしり込みするラーに無理矢理食べさせると、初めは恐々だった彼女も「うん、いけるね」と言い出し、とうとう半分近くを平らげてしまった。

          *

 満腹になって、改めてシートの上に転がった雌牛の頭部を眺めてみると、彼女は少し微笑んだような表情で優しく目を閉じている。

 短い生涯だったとはいえ、こんなに「うまい、うまい」と人間に喜んでもらえて、彼女も幸せに違いない・・・と無理矢理思うことにした。

「ごちそうさま。迷わず成仏してくれよ」

 そう呟きながらワイ(合掌礼)をすると、牛の頭部がこくんとうなづいたような気がした。

 合掌。

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1 コメント

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旨かったでしょう。 (somsai)
2008-05-06 12:03:18
思わず「一番旨い食い方をして、このこの~」と呟いてしまいました。

作業小屋宴会の情景がスクリ-ンに映し出される様に伝わって来ます、牛君も成仏された事でしょう。

私の家もあまり牛肉を食べずもっぱら豚専門です、たまたまクワ-イ(水牛)肉が手に入った時ステ-キにしますが、あの歯ごたえのある固まりを食べると顎が鍛えられます。

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