どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

天気は下り坂

2015-09-24 21:03:28 | 日記

 

台風がどうなるのかと気をもんでいた。それも3日前からだ。それが日本には上陸しないようなので少し安心している。ただ台風の影響というのはあるわけで、今後どうなるのかはわからない。

 

 

中津川に鮭が遡上してきたという。昨日見たのにいなかったような気がするのだが、いるというのはいるのだろう。雫石川では見つけられなかった。共に産卵場を見ていたので、まだそこまでではないのかもしれない。

 

 

ということで泳いできたのだが、イマイチだった。

 

 

フォルクスワーゲンのディーゼル車の制御システム改ざん問題というのは、不思議な話だ。まずドイツ人がそんなことをするのかという話だ。もう少し考えなければいけない。

まず一番最初に、クリーンディーゼルの技術はあったということだ。だが彼らはその走りに我慢ができなかった、そう考えれば割と答えは簡単だ。彼らは騙そうとしてやったつもりはない。ただ制御システムの塩梅を変えればいい話だった。

で、それはそれである意味よくある話だ。高速では燃費がいい車というのはいっぱいある。だがたまに下道で燃費がよくなる車もある。それは基準速度の設定で変わるからだ。そこは日本人だからこそよくわかる話だ。日本の道路事情は以外とレンジが狭い。法律で最高速度が決まっているというのもあるが、道路事情がそれを許さない。だがドイツ人はあのアウトバーンがある。最高速度制限はない。そうなれば思いっきりパワーを入れられることが必要になる。そういった条件を考えたのだろう。

 

 

ただそれでも不思議なのは、フォルクスワーゲンという多国籍企業がエンジン周りのシステムを過激にしたのかということだ。売るためなのだろうか。多分そうだ。だがにしてもわからない。

 

 

アメリカの標的になったとかもしれないが、とにかく変なのだ。

ドイツが促進しているloT、インターネットを使った製品開発から生産までの一貫した流れを作ろうというシステムに疑義を投げつけたのだ。

その中ではいくらでもできるだろう?こんなズルもできるだろう?それがある。

VMの問題だけではなく、loTを推進してきたドイツ政府の問題にもなり、loTを使って製品を作る企業は全て疑義があるというふうにしたい人がいるのだろう。

 

 

工業製品はドンドンブラックボックス化している。その中で起きた事件であるから、少し根が深い。

 

 

ただVMの件では死者はまだ出ていない。そこが救いか。


シルバーウイーク最後に「今日は一日ラジオドラマ三昧」

2015-09-24 00:55:27 | 日記

 

シルバーウイーク最後の日も好天だった。昼過ぎから泳ぎに行くか散歩に行くかと思って、ラジオをかけた。「今日は一日ラジオドラマ三昧」という三昧シリーズのうち多分一番マニアックな特集だった。こんなの誰聞くのかいと思って聞いていたら、あっという間に虜になってしまった。

しかし買い物にも出たい。天気もいいから外にも出たい。ということで、鮭がきているかどうかを中津川に見に行く。

 

 

まあNHKしかないのは仕方がない。だがもっと凄まじいのはNHKですら80年以前のラジオドラマ録音が残っていないものがある。例えば君の名はなどの名作は多少残っているだろうし、芸術祭に出品したものとかは残っているだろう。それ以外はほとんどないようだ。なので民間に残ったカセットテープとかを集めてアーカイブしようとしているようだ。ということは民放はどうなるのかといえば想像できる。

 

 

どうもこれもまた上流から流れてきたコルチカムのようだ。昔アンデスのインディオが西洋人からの圧政から逃れようと、齧って病気になったり死んだりした。

鮭はまだ遡上してきていないようだ。

 

 

まあ一発目の矢作俊彦作「死ぬのは手頃な日」なんて主演が宇崎竜童・蜷川有紀だったり、前田武彦作「ぼくのまわりで楽しい音が」はミッキーカーティス、音楽は服部克久。谷川俊太郎作「10円玉」は伊藤幸子に音楽は湯浅譲二、名作今江祥智作「優しさごっこ」では林光の音楽でなんと本人の弾き語りだ。

返す返すも残念なのはつかこうへい作の「ポッタクリ・ソング」は録音しておくべきだった。何しろ「生涯」の原作だった。そのあとは「カムイ外伝」。最後の方を少し聞けた。

どうしよう、知らない作品しかないのに引き込まれる引き込まれる。つまり名作ばかりなのだ。

 

 

井上ひさし作「グランドマンガミュージカル『ブンとフン』」は名作すぎた。音楽宇野誠一郎、メインは黒柳徹子と朝倉一雄と名優しかいない。いや凄い。その後「それからのブンとフン」と戯曲化され、その後「吉里吉里人」につながる作品らしい。

とにかくこれは凄い。録音し損ねた!

次が飯沢匡作「ピアノ物語」、音楽三木鶏郎、演出山口淳、出演が榎本健一と古川緑波だ。もう言うことない。



「ピアノ物語」は三木鶏郎企画研究所に保管されていたテープ、それも和紙に鉄粉のこなを塗付したものだ。とても繊細なものをデジタルアーカイブしたのが今回公開された。

技術的にも面白いものがある。モノラルからステレオになり、サラウンドシステムをFMで送れるようにする技術、サラウンドよりさらに立体的に聞こえるようにした、人の頭を模したダミーヘッドによる録音、そしてデジタル化とデジタルサラウンドシステムまで技術的変遷が見えてくるのも面白い。

 

 

宮崎駿原作の「シュナの旅」はデジタル録音方法によるサラウンド放送番組でラジオドラマということもあって、最高に音質が良かった。録音してしまった。

ただね。駿節というのはラジオドラマでは緻密さが少し足りない気がしました。やっぱり「グランドマンガミュージカル『ブンとフン』」が凄すぎた。4次元盗賊というのを書き上げた小説家「フン」の前に、その盗賊「ブン」が現れる。理由は4次元ってそんなもんだろうというこじつけも含め、4次元怪盗は人の感情や記憶まで盗める。まあ時間軸がないですからね。そういったところで人間批判や文明の根底への批判が、なんと子供向けにあっさり出てしまうのです。ひょっこりひょうたん島でもそれはあるのですが、もう直裁。ストレートに凝縮されています。

マジメに「プリンプリン物語」の前に同じことをしたわけで、しかもなんと子供向けというわかりやすい形で文明批判を平気でしてしまうのです。小説家・フンの記憶を4次元怪盗ブンが盗むと、虚栄から権威から全てが失われてしまい、フンの前には新しい美しい世界が開けるのです。そこでブンに恋をしてしまいます。

基本的にブレヒトの「三文オペラ」です。でもラストの滅茶苦茶さが、ブレヒトを超えています。

名作だ。

 

 

ラジオドラマというのはとても不思議なものだ。NHKのような会社では技術継承という意味がある。だから延々と作り続けてゆくし、技術部というマニアックな組織を持っているから、新技術の展開というためにもある。

そして60年代以降テレビと競合になる。まだテレビの普及が進まない時期に過激な作品がいっぱいあったようだ。その前にラジオドラマは全盛期が短い。1945年から1969年まで、ラジオしかなかった時代からテレビに移行する期間だ。娯楽がラジオからテレビに映る危機感があった。テレビで過激な、当時では過激な番組と競合関係になった。そこでラジオは徹底したラジカルな方向に走った。

それが日本のラジオドラマの伝統だ。テレビでできない実験をする。濃縮した世界がある。

テレビの予算ではできない企画などが、ラジオに流れた。より一層過激でアバンギャルドで、それでいて大衆性を担保するという壮大な目標があった。だがそれは難しかった。

ただ生き残る道はあった。それはテレビでの効果音などの様々な処理だった。でも音屋はめげない。音だけでドラマを作ってしまうという欲望はある。そしてわずかな需要はあった。

そしてその狭き門にチャレンジする脚本かもいる。ラジオドラマ出身というのは放送作家の登竜門として、まだ影響はある。

 

 

今日の夕飯は、栗と枝豆のキノコご飯だった。


秋晴れです・朝から栗ご飯

2015-09-23 01:15:10 | 日記

 

パール金属の栗剥きハサミ「栗くり坊主」を買ってみた。ちょうど大ぶりのいい栗がとても安かったのと、やはり包丁で鬼皮をむいてから渋皮を剥くのは面倒だ。特に鬼皮を簡単に剥ければいい。包丁で切るのは少し危険だ。ついでに渋皮も取れるという。だがどうも水に浸しておいて膨らませれば簡単になるようなのだが、炊き込み御飯に使うのだから栗は水っぽくなってほしくない。

それでも渋皮は包丁で簡単に取れるから、鬼皮だけでも簡単で安全になったのは意味がある。

 

 

朝食は栗と干し椎茸と油揚の炊き込み御飯に枝豆を入れたもの。鶏とごぼうと里芋と干し椎茸と油揚の煮物。人参を入れなかったのが悔やまれる。白菜の味噌汁。一汁一菜、それでも私にとってはかなりのご馳走。

久しぶりに手間だけはかけた。

 

 

遅ればせなのだが、ラグビーワールドカップで日本が南アフリカに勝ったのに驚いた。いやぁ~ついにそんな時代が来たんですね。え、外国人が多い?確かに。だが日本国籍を半分が持っている。森元首相が便宜を図ったんじゃネ~の、と言われそうだがそれはないだろう。とはいえ日本代表のFW17人中7人が外国生まれというのはまあしたがないか。BKに成ると14人中3人と減る。松下幸太郎はどう見ても外人だろうって?彼はハーフです。南アフリカ生まれですが育ちは日本です。

ただFWで体格差と言われても少し違う。日本人でもオソロシイ体格のはいるのだ。ただ昔っから日本人は体格よりも、戦術や戦略志向が薄いのではないのか言われてきた。だからどんなに練習してもラグビーは強くならないのではないのかと言われていた。

いやもう少しレベルは低いかもしれない。例えば強烈に強いFWだったら、理屈の上ではラインアウトからトライを狙える可能性がある。それを役割分担で欲を抑えていた。それが作戦だと言ってしまえばそうだが、甘えがあるのではないのかと言われていた。

日本ラグビーが外国人を入れるのはかなり抵抗があったと思う。最初は大東文化大だったかと思う。そのチームプレーに徹底するが絶対チャンスは逃さないというプレースタイルから、少しずつ日本が学んでいった。そして体格差ではなく思想的に変えないと強くなれないと、ラグビー協会が気がつくまでは時間がかかった。

だからヘッドコーチが外国人、日本国籍だが、になるまで時間がかかった。

松尾様は今何をしているのだろう。日本人なんだけど日本人離れしていたから追い出されたあの方は。まあおかげで清宮様が同じ轍を踏まないで済んではいます。

 

 

ちょうどいいところに佐川急便のトラックが止まっていた。さてどう始末しようか。

「ふるさとの佐川です」

もう少しなんかないかと思うが、今はこれだけ。

 

 

連続殺人事件のペルー人の件だが、何が何だかよく分からない。どうも日系人なのかとは思うが、彼が犯人だとすればその日本に来た理由も気になる。そして財布と携帯を置いて逃げたというのも気になる。なぜかといえば、パスポートがどこにあったのかだ。警察からの聴取だったら、財布と携帯とパスポートを一旦置いたはずだ。それではタバコを飲みたいと言った時に、パスポートを警察は所持させるだろうか。

実はパスポートを持っていなかったというのが自然な考えだ。誰かに取り上げられていたと考えるべきだ。そこで何かがあって、怖い人から逃げ出したが何もない。警察でも何があるのかがわからない。絶対安心できなかった。だから逃げ出した。とにかく金が欲しくてとにかく人を殺してしまった。何が何でもペルーに帰りたかった。恐ろしく思いつめていた可能性がある。

 

 

窮鼠猫を噛む。そういった事例は日本人では少ない。ただ変な数字がある。ニューズウイークの記事だ。「殺人より自殺に走る「内向型」日本人は政府に都合がいい」では、人口10万あたりの殺人率と自殺率合計で、自殺率を割ったものだ。この数字は大きければ大きいほど、困難に直面した人が自殺するかどうかが見える。韓国は自殺率が高いが、殺人率もそこそこなので日本が最下位のようだ。

日本人は困難に直面すれば自殺するナイーブな特性を持っているかもしれない。うつ病率の世界比較を観れればもっと面白いかもしれない。

ただここから見えてくるのは、なぜか中南米の殺人率の高さだ。途上国にしては豊と言われていても麻薬取り引きとか汚職とかトンデモナイ状況はわかる。だから殺人が多いのはわかる。

だがそれは本国での話だ。なぜ日本で彼は追い込まれて、大捕物で頭蓋骨骨折ということになるまで暴れたのだろうか。

そして日系人の受け入れを日本はやってきた。だからブラジル人やペルー人のコミュニティもあるはずだ。そこにすがることもできなかったと仮定すると、彼には頼るものが全くなかったのだ。

麻薬取引にかかわっていたと考えている。だからペルー人社会も彼のことはいないものとしていたのだろう。

追い詰められて追い詰められて、全てを失った男が帰りたい一心で、人を殺しつづけた。

日本にいる南米人でここまで凶悪な犯罪を犯したのは、ないと思う。だから何か裏がある。それは政府ではない。

 

 

この風景も最近定番になってきた。

その前に、日本と韓国の自殺率はおかしいね。

 

 

そういえばインドで道路に空いた穴にヨパラッタ人が落ちて、翌朝そのまま道路工事で埋めてしまった事件があった。日本でもたまに酔っ払いが道路で寝ていて車にひかれることがあるが、埋めるとは。

そして州政府の368人の求人に、230万人の募集があったという。電子工学と通信工学の学位を持っている人まで募集したようだ。なお仕事はお茶汲みと警備という。

 

 

クソったれだなぁ。


シルバーウイークです

2015-09-22 01:15:54 | 日記

 

秋の日に土曜含めて5連休というとんでもない偶然が起きています。人によっては木・金と休んで9連休という方もいらっしゃるかもしれません。とはいえ私は、ほとんど関係ありません。

なにやら観光客が増えているような気はしますが、まあ気にしない。

 

 

今日は泳ぎにゆぴあすに行きました。流水プールはいっぱいの人でした。とはいっても歩けなくはないほどです。

ゆぴあすのいいところは、遊泳プールで長々とコースを独占する人の少ないこと。で、気がつくと私のコースには誰もいなくなる。やっぱり坊主頭の長身はおっかないのでしょうか。すると身長178センチ体重推定110キロと身長160センチ体重推定65キロのコンビがやってきました。どうも市内の方ではなさそうです。里帰りしたついでなのでしょうか。二人とも顔が強かった。

 

 

そろそろ米の収穫期です。今年の米はかなり期待ができますね。確実に豊作ですが、みんな肥料をケチっているので食味向上が期待できます。その上収穫直前のこの好天。来週まで続きそうです。最低気温がやや高めにきそうですが、身の硬い米に仕上がると期待しています。

 

 

道路の法面の補強と緑化に使われる、イヌハギの花が咲いていました。遠目では全然咲いていないように見えるのですが、アップではなかなかの風情です。

 

 

帰りはホーマックに寄って、栗剥きのはさみを買って帰ります。結構便利。そして東緑ヶ丘の無人販売所で枝豆を買って帰ります。

そして喫茶「響」によります。今現在、マンデリンとガテマラがニュークロップに切り替わりました。マンデリンは酸を残しながら柔らかな甘みと深いコクを持ち合わせたフルボディです。デミタスでも泥のように重くならない峻烈さがあります。ガテマラは、フルボディのガテマラ。華やかで峻烈な香りにフルボディ。後味の爽やかさがガテマラらしいのですが、ボン・キュ・ボンの美人さんです。しかも謎めいています。身につけている装身具も美しくキラキラしているのですが、それ以上に彼女の体に目がいってしまいます。豊穣という言葉は彼女のためにあるようです。

ということで謎ブレンドをオーダーします。新しいガテマラと今のケニアの4対6のブレンドです。するとナイスバディの美人さんが盛装して現れた感じでしょうか。しかし謎はさらに深まります。今までつけていた装身具は全て重そうな宝石に変化して、その美しさより重さの方に目がいってしまいます。その彼女が通り過ぎるとき、お前なんて相手じゃねェとボソっというのがたまりません。

マンデリンはですね、なんとも言いようがないのですよ。リッチでストロングでシャープ、それでいて柔らかさとかすかにわずかに土臭を残した味わいは、マンデリンといえばマンデリン。なんだろう。ジャカルタの上流階級の美人のお嬢様。それでいてインドネシアから出たことのない箱入り娘でもいえばいいのでしょうか。めちゃくちゃ強気です。

女性に例えたからついでに、マンデリンのアチェ州に近いエリアから収穫されたスーパーシャープなマンデリンというのもテストロットのを飲ませていただいたのですが、あれは留学して帰ってこないお嬢様でしょうか。そんな気がします。

ニュークロップのマンデリンは、デミタスでいただくとその恐ろしさがよくわかります。ガテマラもそうですが、世の中にこういったコーヒーがあったのかと驚きます。

 

 

岩手西根の酒蔵、鷲の尾のイチオシ銘柄「北窓三友」は、「ぎんおとめ」と「ぎんぎんが」岩手県の酒造好適種のお米でそれぞれに醸した樽からブレンドしている。その原酒をよいちで出していた。製品版「北窓三友」とそれを持ってを響の熱田さんに行くと、さすがですね。ブレンドを始めました。探求者です。結論は出ました。でもそれは内緒。多分正しい。

「醸造酒は難しい、コーヒの方が楽だ」と恐ろしいことを言ってしまいます。いえコーヒーもとても難しいものなのですが。 

そういえば聖書には、「神を試みることなかれ」と書いてあったような気がする。地雷を踏んだ可能性はある。

 

 

干し椎茸を大処分しなければいけない。なので戻した汁で鳥の焚き物を作る。余った材料で栗ご飯を作った。栗剥きハサミが活躍したのは言うまでもない。だが渋皮は包丁で切った。

久しぶりに餌以外のものを食べた気がした。


スーパーマンはそう滅多にいない

2015-09-20 21:34:24 | 日記

 

ブラック企業という言葉がある。人を働かせすぎている会社を指す名称だが、パワハラ・セクハラが加わればなおのことブラックである。

ただケースによって違う場合もある。単に労働時間や厳しい雇用規則だけならアマゾンはブラックだ。IT系にはブラックとしか言いようのない企業が多い。グーグルでは福利厚生の充実で知られているが、逆説的に会社から出るなというのが本当のところだ。アップルも新社屋になればそうなるだろう。移動時間から全て会社に捧げよと言っている。見方を変えればそうなる。

ただ彼らは給料がいい。そしてグーグルやアップルにいたという経歴がつくわけだ。アマゾンの下っ端だって、ある程度出世すれば評価が出る。

日本にもそういったブラック企業があるらしい。とんでもないブラック企業らしいが、そこに3年いれば引く手数多になる。あるレストランだが、厨房を楽させないオーナーがいる。正確に言えばとても自由な職場なのだが、仕入れをオーナーが握っている。彼が仕入れたもので料理をさせる。新鮮で安いのを買い付けてくるといえば言葉はいいが、形が不揃いで味も揃っていない。それで料理しろという。それでいて味にはうるさいし、盛り付けにもうるさい。だから仕込み時間を含めると、普通の厨房よりかなりの長時間労働を強いられる。世間相場よりやや薄給でもある。それでもそこを出ると、確実に今よりいい仕事が待ち構えている。

そういった企業が少ないのかもしれない。

 

 

日本人は生産効率が低いから長時間労働になってしまうという考えはある。その生産効率の悪さは、人間関係の構築が煩雑だからという点に尽きる。企業が大きくなればなるほどそれは煩雑になる。東芝の事件のようにわけのわからないことも起きる。

なぜ煩雑なのかといえば、個人というのは多様だからだ。そして儒教的な上下関係もあり、役職による上下関係もある。

だからそれを逃れようとした企業はいっぱいいた。多分一番有名なのは、松下電器だ。松下幸之助は積極的に自書を発行した。そしてそれに添った出版社も設立した。経営の神様とも呼ばれたほどだから、他社の人にもよく読まれただろう。だがあの「水道哲学」を社内に広めるためには、他人からの賞賛が必要だったのだろう。一つの方向にまとめ上げるためには、様々な努力が必要なのだろう。

だがそれではスマートでないという経営者は、シンプルな言葉で纏め上げようとしてきた。それではブラックと名指された企業は、ここに集中している。ワタミもゼンショーもそうだ。ユニクロも初期は簡単な言葉でまとめていた。

人をまとめ上げるためには、言葉が必要だ。

ただ言葉は暴走するときもあり、単純であるが故の危険性がある。

 

 

それではブラックバイトという言葉がある。最近なのだが、ブラックバイトユニオンという組織ができた。ここにある事例が凄まじいい。

1日12時間労働で4カ月連続というのは、多分まだぬるい方だ。桁外れなのは販売ノルマではない。確かにキャンペーンチケットを10万以上買わされていたのはおかしい。給料遅配もある。その上でやめようとすれば脅迫している。アルバイトのグレーゾーンにしてもおかしい。

そもそもアルバイトなので無能だったら即刻クビにできる。なのにそれをせずにここまで過激になったのか。

ここには二つの理由が有る。訓練すれば人はなんとかなるのだ。人手不足の業界では常識だ。だから厳しいこともする。もう一つの理由は、アルバイトは仲間でないと考えている場合だ。

モーニングに「ギャングース」という漫画が載っているのだが、そこの欄外に振り込め詐欺のようなお金を地元の有力者のヤンキーにわたしてフランチャイズの店を開かせてるという手法が載っていた。

裏の金を使うということで、法的には問題があるが、道義的には悪くないと思う。だが裏の手法をどうして表に使うのか。仲間でないのに使うからこんなことが起きるのだ。

 

 

コンビニがクリスマスケーキの予約販売を始めた頃からだと思うが、バイトの学生からノルマという言葉を聞いてきた。呑んだ学生もいた。だが中にはバケモノがいた。ノルマ超過で売りまくった挙句に、ノルマ達成の報奨金から全てを使ってクリスマスパーティー一次会を開いて遊んでいた奴がいた。

だが多分、これが日本のエリート養成法なのかもしれない。