八月になるというのに天候不順だ。週間天気予報がコロコロ変わる。
まあいいやと思ったことに、思索のテーマがある。
明日の天気とかね。
今日はなぜか御所湖にいました。御所湖漕艇場で湖上フェスティバルというカヌー無料試乗体験があったりとなかなか面白そうなのですが、昼休みに学生のレガッタ大会があるということで、行くことにしていたのです。大会がなくなる可能性もあったんですが、カヌーに乗って遊んでくればいいかなと。
しかしだ、寝坊した。バスの時間ギリギリでネットで確認しようがなかった。着いたらウワーです。流木からこっぱなどが流れて漕艇場の付近は封鎖状態です。湖上もいたるところに流木があって、カヌーもボートもかなり危険な状態です。当然湖上フェスティバルは中止です。
ということで、何しにきたんだ状態です。どうも昨日の夕方までに全部かたつけたのだが、昨夜の風でどこからか吹き流されて集まってしまったのだという。
御所湖祭りが行われる予定で、夜には花火が上がるのですが、もう何かめんどくさくなって帰ります。
北朝鮮のICBM発射に対して、アメリカがB1B爆撃機を北朝鮮上空に飛ばした。B52の時が懐かしい。あの時はおちょくっているとしか言いようがない、制空権のなさを北朝鮮に突きつけた上に中国対策も感じたが、B1Bだと本気だとしか言いようがないのだ。
そしてなのだがイギリスが南シナ海に空母2隻を送るという。中国が南シナ海の領有権を主張しているのをけん制する目的なのだが、まあこれはアングロサクソン帝国の一環かとも言えるが、なんでかわからん。前の首相が中国ベッタリだったというのはあるが、今のメイ首相はEU離脱をどうするかだけで手一杯で、おまけに支持率も下がっている。そこになんでこの強硬なプランを考えるのか。しかもその2隻は建造したてで、現在試験運行中う。そしてメインで使う航空機はF35なのだが、生産の遅れが著しい。旧来のシーハリヤーで運用かということになれば、けん制の前にイギリスの心臓空母のスペックを測られてしまう。空母なので護衛艦も必要だから空母2隻って大艦隊になってしまうのだ。いや一隻でも今現在は大艦隊だがね。
まさか香港寄港を狙っているのかね。
何か長いコメントを関係ないところでいただいたが、どう判断すればいいのかわからない。プラトンの時代ではないと思う。
ただ古の理論を新たしく構築したとしても、それが失われたことを確認するしかできないわけだ。
とはいっても全く新しいことをするには過去の材料を使うしかない。それだけだと思う。
まあいいか。
最近の天気予報の読みは難しい。大迷走している台風5号が太平洋高気圧を抑えているようにも見える。明快な梅雨前線は無くなったが、不安定な気象状態は変わらず、気象庁の週間予報も大迷走している。
そういえば台風5号の名前は、ノルーという。のろ鹿という意味のようだ。いつ発生したんだっけと思うくらいの大迷走だが、台風の命名は発生圏の14カ国で順番に名前を決めている。北朝鮮がいるというのも変な感じだが、中国と香港もいるというのが2000年に締結された名残かもしれない。
さてノルーだが、韓国の命名だ。ハンブルクのG20サミット以来の大迷走を台風までもが演じているとすれば、大韓国と言ってあげてもいいかもしれない。北朝鮮は無視してICBMぶっ放すし、アメリカと中国は韓国を無視するし。
天気の読みは当たったのだが、さすがにこのところの涼しさでプールの水温も26度になってしまった。今日は100メートルダッシュを5本一組を20分以内、休憩を20分以上、これを4セット2時間半以内という、まあ理解不能なメニューだろうけど、つまり何が目的なのかよくわからないと思うけど、なぜか私にはこっちの方が結果は出ているわけで、夏の暇な時期のメニューですね。
実はなぜかサクサクと進んでしまいまして、5セット目までできそうだったのですが、水温と気温とで体が冷えてしまったようで、やめました。
その前にダッシュ頑張りすぎました。
疲れた割には結果は出ていないような気がするけど。まあそれも屋外の面白さ。
この前の凄まじい雨から、五日経ちましたがその後も降れば大雨、今日の夜中も4時間で28.5ミリと結構な雨になりました。一日では50.5ミリです。カイツブリの巣の跡はさらに跡形もなくなりました。
最近カイツブリの親鳥を見ません。巣が流されて次の候補地を探しているのでしょうか。雛はずいぶん大人っぽくなりました。
ああそういえばニューズウイークに面白い記事があった。「一生に一度は誰もが精神を病むことが明らかに 健康な方がむしろ「異常」!?」という記事です。
「米デューク大学の研究者などの研究チームがニュージーランドで行った調査によると、参加者の80%以上が、調査期間中に何らかの精神的な病気を発症していたことが分かった。英メトロ紙が伝えた。
調査は、参加者が生まれてから中年期に至るまで、精神面での健康を追跡し記録したもの。参加者のうち、何らかの精神的な問題を抱えた経験があった人が「80%を優に越えた」一方で、まったく問題がなかったことを示した人はわずか17%にとどまったという。」
で、気になる17%の人だが「例外的な富裕層というわけでもなく、身体的に著しく健康だというわけでもなく、また知能が飛びぬけて高いというわけでもなかった」「家系の中で精神疾患を経験した人がほとんどいなかったこと。〜中略〜「ネガティブな感情をほとんど見せない」、「同僚や仲間と付き合うのがうまい」、「自己統制に長けている」ということだという。」
結局精神疾患というのは社会に対して適応を失うまで行けば病気となるが、診断がつくほどの症状を見せているが結果として軽症だったというのが大多数を占めているということだ。逆に17%の精神的に健康な人を調べた方が有益な情報が得られそうだという結果だ。
実はこの結果にさほど驚いていない。人の認知には恐ろしくバラつきがあり、それが何らかの苦痛があって生まれたように感じるからだ。その苦しみが精神疾患に近いところまで追い込まれたら、認知にも及ぶだろう。
変わった鳥がいるなと思っていたらバンがやってきた。そう、バンの雛なのだ。
親に甘えていたら、何かすぐに遊びに行ってしまった。
同じニューズウイークに「ジャーマンシェパード2頭に一頭が安楽死 見た目重視の交配の犠牲に」という記事が衝撃的だった。ドッックショーで成績を出すために後ろ足が短くなるように改良育種されてきたという。結果歩けない犬ができてしまった。
「オンラインジャーナル「Canine Genetics and Epidemiology(イヌの遺伝と疫学)」に研究を発表したダン・オニール博士らのチームは、イギリス全域の動物病院430カ所からデータを集めた。その結果、ジャーマンシェパードは、異常な傾斜のある背中や攻撃性、そして関節炎やガンといった病気に苦しむ割合が、他の犬種よりも多かった。生まれてきたジャーマンシェパードの2頭に1頭が歩けないので安楽死させられる。」
犬に関してはかつてのブルドックが同じような悲劇にあっている。闘犬としての強さを強調するために、大きな顎とガニまたの足を追求した結果、顎が目立つように中型に品種改良されてしまった。遺伝的に心臓疾患と股関節の異常を持つようになった。非常に短命な犬種として知られている。そこで元の闘犬としてのイメージに戻したのがボクサーなのだが、さらに遺伝子プールが小さくなったのか話はあまり聞かない。
ジャーマンシェパードも元は軍用犬だ。そのイメージから上半身が大きいのが好まれた結果、後ろ足が短くなるように品種改良されてしまったのだろうか。ありがたいことにジャーマンシェパードは今でも軍用犬であり警察犬でもあり麻薬犬や災害救助犬でもある。そういった「実用ニーズ」での育種もあるのではないのかと思う。
犬に関しては、この類の話は多すぎる。
歩けない犬は見栄にも役に立たないと思うのだがね。
この梅雨はいつ終わるのかな。全くわからないのだが、お盆前には上がって欲しい。稲の開花期になるからだ。
今日は都南のプールに泳ぎにゆく。暇だなと言われると思うが、何かしていないと一つのことしか考えられなくなるので、体を動かした方がまだマシなのだ。
二十三日の大雨の残骸が残る北上川。地球温暖化と異常気象ほど人を不安にさせるものはない。
世の中不安で満ち溢れている。ところが問題なのは何が不安にさせるのか決定的な要因が見つからないということだ。それが不安を生んでゆくという悪循環にあるのかもしれない。
例えばだ、小学校での写真撮影は許可制になっている。この最初の原因は宮崎事件である。ロリコン殺人事件で、カメラマンを装ったというのが大きかった。だがそれ以上に大きかったのはマスコミの取り上げ方だった。ここでカメラマンを装うロリコンがいるという図式が出て、許可制になったのはある意味正しかったのだが、この時の最大の問題は、子供の肖像権という概念だった。肖像権を子供は認識できない。だから親が管理するという形になる。学校生活では学校が管理するということになっている。
ここでは親バカが子供の写真に価値があるということに気がついて制限をかけたフシもある。だが写真に撮られる=ロリコンの毒牙にかかる、という不安はあった。そして不安に駆られる親たちは学校教育に全てを押し付けたフシがある。そしてロリコン報道は元校長の逮捕で、そもそもの話になってしまっている。
そして、安全管理のために子供に携帯を与えるようになると、かなり変なことになった。子供たちがそれを利用し始めるのだ。SNSから写真投稿から問題だらけになった。
いや外部の問題じゃないでしょう。許認可制は当たり前だと思う。以前がおかしかったのだ。だが今ある不安はもっと違うことだ。
外部の人間と接触することでのケミストリーをほんの少しでも恐れているのだ。
不安というのは取り除けない。一旦かかると病のように付きまとう。
先が見えないという不安はとても大きい。だがそれ以上に二つ社会になっているという状況が生み出す不安、それが大きい。二つ社会とは貧富の差の増大、ここには地元とよそ者という二つが存在している。よそ者の貧しいのはより一層貧しくなる可能性がある。
次が大企業の蔓延だ。便利だが分断化を固定することになってはいないか。
そしてなのだがネットなのだよ。世界が平等になった瞬間から始まる。
不平等があらわになったからだ。