どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

2013北東北大学野球・春

2013-04-30 03:03:03 | インポート
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さて今年もやってきました北東北大学野球春季リーグ戦です。写真は青森大学対岩手大学ですね。
青森大学はなぜか伝統的にスラッガーが好きなのでしょうか、巨漢が目立ちます。写真は4番打者の小本君です。パンフレットから身長177㎝85kgです。5番打者の森君になると身長175㎝117kgです。野球選手の身長・体重は大体の所、身長引く100に揃います。小本君は10%多く、森君は56%多くなっています。多分この数字は間違っています。多分二人とも100キロ大です。私の長年の経験からすればです。
なぜこうなるのかと言えば、パンフレットからすでに戦いが始まっていると言う事です。もちろんパンフレットに入稿するのが大体2月上旬でしょうか。体重測定などを真面目にしたとしても1月下旬に測定する事に成ります。ここからトレーニングで絞り込んだり増量したりイロイロあるので、当然体型は変わっています。
だけど、ちょっとだけ大きく書いたり小さく書いたりする事があります。ここがプロスポーツとの差に成るのでしょう。情報戦は既にはじまっているのです。


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これが森君か。ファーストにいました。本当にデカいです。117キロっていうのも本当なのかもしれません。


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さて今回は第2戦でしたが、第一戦の雫石球場は天候が悪く、とても寒かったそうです。20日の最高気温が8.3度、21日が4度ですから、野球出来る環境ではないですね。やっぱり21日は雨天順延に成りました。
第2戦4月28日の岩手県営球場は最高気温13.6度とひくいのですが、もの凄い強風です。13時で気温13度、風速が秒速7.9メートルで、最大が秒速19.7mでした。ここから計算すると大体体感気温が2.4度です。かなり過酷な観戦状況になりました。
ホームランが風で撃ち落とされて、ファールになったりするほどでした。
オマケに県営球場の自動販売機がほとんどコールドに切り替わっていました。3塁側スタンドの自動販売機にようやくホットを見つけた時には、それこそホットしました。缶コーヒで指先を暖めつつの撮影になりました。


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さて今期の状況ですが、意外と順当な結果になりそうです。2強の富士大・八戸学院大は確定です。ただ今年は富士大以外のチームのピッチャーがあまり良くないように思います。八戸学院大と青森大学のピッチャーが、この名門にしては良くないと言うのが大きいです。盛岡大も八戸学院大と悪い試合ではなかった印象です。
残念ながら、寒さに負けて富士大と青森学院大の試合は見なかったのですが、練習を見る限り問題が少ないように感じました。
今期、青森大がどうなるのか、そこが見所かもしれません。カードとしては富士大対八戸学院大が5月25・6日、八戸東球場で行われます。これが見所になると思います。

北東北大学野球のURLはこちら。
正直な所、今期かなり良い試合が続くと思います。今回も岩大の川村悠真選手がキャチャーのエラーで振り逃げで一塁に出て、次の若山選手がホームランを打って逆転しました。こういったプレーが今期多くなりそうです。
あとヤジ禁止令が出まして、これが身内にヤジを飛ばすんだったら良いだろうと言う事で各大学ともかなり面白いヤジを飛ばしています。岩大のヤジで面白かったのは、「ゴリラ打てよ!打つんだろ」と言ったら誰かが、「バナナだよ、バナナ」と分け解んない事を言いはじめて、「ごほうびあげるよバナナ」になって、実際打ったら「バナ~ナ!ごほうび!」「ごほうびあげちゃう」と言いはじめました。これ本当に面白かったです。そして彼、本当にバナナを貰いました。
見て損な事はないと思うのですが、やっぱりスタンドがちょっと寂しいです。これでもかなり増えた方ですが、マニアックですから仕方がないのかもしれません。でももし息子さんが野球をやっていて大学進学を考えているならば、見ておくのも良いと思いますよ。


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とりあえず桜が咲いたと。ようやく春です。

こうなれば少しでも南の花巻球場なのですが、残念ながら大改修工事中です。グランドの土まで入れ替える予定です。かなり良い球場になるのではないのでしょうか。
なお花巻球場の隣に、花巻東高校があると言うのは偶然の一致ですよね。


5/5追記

岩大が富士大に圧勝している。ありえん。コールドゲームだ。詳細はネットでは解らないが、とりあえずは富士大のピッチャーがどうかしたとしか思えない。
私がどうのこうのと言うのはおかしいので、リンクを再度張る
ただ5月4日の試合が順延となっているので、5月6日にどうなるのかまったくわからない。
カオスな展開になってる。


5/9追記

岩手大学には悪いが、やはり富士大が強いのは間違いない。だがなぜこんなことが起きたのかと言えば、どうも富士大の多和田投手のある偶然が重なって起きたもののようだ。4回にピッチャーライナーを捕ろうとしてグラブで弾いてキャッチ。なぜかここから悪くなったようだ。次にもまた打たれてなんかグズグズになったらしい。おまけに審判の位置が悪くて守備妨害になちゃったりして、どうも荒んだ試合になってしまったようだ。
5/6日は富士大が勝ったが、最後に出た多和田投手は被安打3とあまりいい感じではなかったようだ。調子を崩しかけた時に、運悪く打たれてしまったと言う事なのだろう。

しかし岩大ごときに打たれたのが、そんなにショックだったのだろうか。だったらそれはそれで不味いことだ。ドラフトにかかる事必然の選手だからだ。

さて岩大だが、なぜかバナナが差し入れで入ってくると不思議がっていました。そりゃそうだよ。青大戦でのあのバナナヤジがあるから、もうだれもが「ごほうびにはバナナ」になっているのですよ。あのバナナヤジは素敵でした。


5/12追記

青森大学と盛岡大学の対戦が一勝一敗となりました。ちょっと青森大学に何があったのか解りませんがあり得ない展開になってきました。青森大学は、まだ富士大と青森学院大の対戦が残っています。まさかと思うのですが、盛岡大と最下位争いする可能性も出てきました。
上位3校も八戸学院大で決まりと言えばそうなのですが、万が一富士大に一敗すれば岩大と1位争いをしなければ成らなくなります。その可能性はない訳ではないのです。今の所八戸学院大のピッチャーが一番良いのですが、打たれているのも確かで、危ない試合もありました。かつての圧倒的な存在感はありません。岩大もなぜか盛岡大学には苦手な所もあり、実力差通りにはならない所があります。
5月26日の試合がどうなるのか、カオスが立ち現れる可能性があります。


6/2追記
さて富士大と八戸学院大が上位タイになり、盛岡大学と青森学院大が下位タイとなりました。ということでタイブレークの試合があるのかとなりますが、今の所インフォメーションにはそういった情報はありません。点数による差で決着をつけると言う考えもありますが、これは今の規定にないはず。今後この規定を盛り込むと言う話しがまたでてくると思いますが、どうなるのでしょうか。
岩大が絡むカオスではありませんが、カオスなのは間違いがありません。


主権回復式典

2013-04-29 02:27:50 | インポート
政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」があった。

正直な所、この式典が取りざたされていた頃から悪い冗談だと思っていた。中国と韓国との問題もある。北朝鮮問題もある。こういった時期には波紋を残すよ可能性があった。しかも61周年と言う何の意味があるのか分からないタイミングだ。
そして天皇、皇后両陛下が出席した。衆参両院議長や最高裁長官、閣僚を含む国会議員や知事ら約390人が参加して、民主党の海江田万里代表、公明党の山口那津男代表は出席した。ちょっと感心したのが日本維新の会、みんなの党が出席しなかった事。ある意味極右政党だが、事を良くわきまえている。社民党、共産党の欠席は当然か。政府主催と言え形式的には国家行事のレベルだ。
今の所中国や韓国の反発は聞こえてこない。中国はサンフランシスコ条約に批准していないし、韓国は建前と裏側をよく読んでから反応するだろう。というか、その前の靖国参拝が大きすぎて反応していないのだろう。「第468回忠武公(李舜臣)誕生記念式典」でもこの話しは出なかったようだ。
というか豊臣秀吉の事をまだいっているのだが、ネジくれてファンダメンタリスムに走っているのでしょうがない。その事を前回書いた。

沖縄の反発は大きかった。これは当然だ。サンフランシスコ条約で沖縄は占領が続く事になり、そして今も基地に占領され続けている。ハア?と言うのはよくわかる。主権?なにそれおいしいの?だったら独立して味わいたいものダネ!と言った具合だ。
なお日本の世襲政治家は沖縄の独立運動をなめている。大体の独立運動は小さな事からはじまって、小さな行き違いがあって、それが拡大してゆくものだ。今回は沖縄の事を考えてもいないし、そこを無視して考えていた。大変はらただしいことだ。こうして沖縄独立にすこしづつ油を注いでゆく日本政府であった。
とはいっても沖縄は日本のアイルランドにはならないと思うが、寄り添う姿勢を見せない限り厳しい状況は続くだろう。そう、上から目線になっている。


なぜこの式典がよくわからないタイミングで行われたのかは、とても簡単だ。安倍総理のロシア訪問にあわせたのだ。日本はサンフランシスコ条約に批准した、そして旧ソ連はこれに批准していない。連合国としてどうなのかという意味合いもある。ロシアとの交渉の前提としてサンフランシスコ条約を大々的に取り上げたと思う。
だがこれが成功するとは全く思えない。

すぐ5月3日に、祝日「憲法の日」があるという事も変だ。建前上は主権回復を祝い、国際平和への道を歩みだした日とし、次の憲法の日では平和憲法を尊ぶのなら解る。
ただ安倍総理が改憲論者で、前回の改憲試案も今回の改憲試案もムチャクチャだということだ。はっきり言えば明治憲法の方がまだよろしい。憲法の呈をなしていないからだ。
その上で、憲法の日の前に、主権回復式典を行うと言うのは、サンフランシスコ条約は遵守しますが憲法はそのとき押し付けられたものですから改憲します、そういっているのと同じなのだ。

もしそうだとすれば、彼らは最悪な政治家となる。本来憲法は彼ら政治家・権力者を制限するための法なのだ。憲法と法の違いを解っていない。
大体「五箇条の御誓文」と憲法の違いを解っていない。主権者であり日本最高の権威者たる天皇が国民に約束して違わないとしたのが五箇条の御誓文であって、マニュフェスト厳密版でしかない。議論を尽くして出たものではない。
だからグズグズとくずれていった。それはそれで正しかった。だが憲法は違う。政治家の行動規範なのだ。

人の生活を規定するのは法で良い。それで十分なのだ。それをいちいち規定する第一次安倍内閣の憲法試案は最低だ。国のあり方を規定するのが憲法だが、それを法レベルで考えているのがとても良くない。

なぜこうなるのかと言えば、現在の法整備とその実効が必ずしも憲法に則っているとは思えないからだ。それに慣れきった政治家たちが考えるのは、法レベルの発想でしかないからだ。
憲法にはある哲学が必要だ。それがないと言うのはどうも不味いと思う。


どちらにしても、「憲法の日」がすぐあるのに「主権回復の日」はいらないだろう。61年と言う節目も全く解らないし、毎年やる意味も解らない。「憲法の日」で必要十分、こんな事に国費を使い天皇陛下を煩わせるんだったら、中国の習近平との会談はよっぽどマシだった。さらに島根県の「竹島の日」のほうがささやかすぎてマシ。

その上で、日本の真の主権とは何か、考え直すべきだろう。それは主権者は国民全部と言う事だからだ。政治家のものではない事は、確かなのだ。そして旧主権者と、今の主権者を取り違えている。
彼らの中では、旧主権者が本当の主権者なのかもしれないが、憲法の規定では主権者は国民だ。旧主権者は参政権を持てない、つまり主権に制限がかかっている。現行憲法下で、国民と言う主権者から選出された政治家は、これを遵守しなければならない。

私自身は憲法9条改憲論に賛成するが、憲法96条の改憲には反対します。政治家が議席の数だけで憲法改正するのは、それこそ憲法違反だからです。96条は改憲規定ですから軽いように思えて極めて重いのです。


最後に、このところの安倍政権の動きですがなにかアメリカの虎の尾をあえて踏みに行っています。それに気がついているのでしょうか。正直な所無謀に思えます。


訂正4/30:4月28日を憲法の日と勘違いしておりまして、訂正しました。


勝ち組・負け組

2013-04-27 03:09:40 | インポート
終戦直後にブラジルの日系移民の中で、日本は戦争に負けたと信じるものと、勝ったと信じるものに分かれたと言う話しがある。深刻な対立を生んで、後々影響したと言われている。
確かに情報の遅い時代だったが、それにしても不思議である。確かに日本の短波放送を聞いており、大本営発表のニュースばかり聞いていたがそれが敗戦で途絶して情報不足になったからなのだが、愛国心のなせる技なのだろうか。

そういえば清沢洌の評伝の中で、彼が移民として暮らしている時、日本から柔道家がやって来た。そこでアメリカ人と対戦となるのだが、当然日系社会はわく。しかし結果は柔道家の惨敗だった。その時観戦していた日系人らは、「あれは本当の柔道家ではない」といっていたそうだ。

人は見たいものしか見ないものだ。見たくない現実が現れた時には、頑なに現実を拒否したりする。


そういった意味では、見たくない現実が赤裸々に現れてしまった場合、勝ち組・負け組なんて存在しないようになるのだが、これまたそういった事はない。日本と韓国と中国だ。

中国は勝った、しかし現実は最悪だった。中共合作も日本に勝った事で新たなステージに上がって、内戦になった。そこから中国共産党の勝利で収まった。ところが現実は荒廃した国土だった。

中華民国の作戦とはいえどんどん内陸部に移動する蒋介石を、バカ正直な日本軍がどこまでもどこまでも追っかける。あんまりの状況に汪兆銘が蒋介石と袂をわかって、南京国民政府を作って日本と交渉するが、これは日本がイケイケだったので失敗。正直な所、日中戦争はカオスすぎて解りにくい所がある。
汪兆銘は日中戦争下での最大の被害者だと思う。もし私が右翼思想に凝り固まっていたとしても、彼にだけは謝るだろう。日本は彼を裏切り、そして彼からすべてを奪った。これは間違いがない。

話しは戻って、それでも中国は「優れた共産主義」の国家であり「時代遅れの資本主義」より豊かになれると信じていた。だから毛沢東の時代は「圧倒的」に勝っていた。しかし毛沢東の夢から覚めてみれば、貧しさだけが残った。
かつて負けた相手が豊かになり、勝った自国が貧しくなっていた。これは許される事ではない。ここからはじまるモロモロが現在の問題に繋がる。

なお朝鮮半島でも北朝鮮が日本を批判する時、貧しくなったのは日本のせいだと言わないのは、まだ「優れた共産主義」の国家であり「時代遅れの資本主義」より優位であり、優れた指導者がいると言うのが前提だからだ。現実に70年代までは「豊たか」だったらしい。実際ミサイルや核爆弾の研究でも解る通り、知識の蓄積がないとこういったものは作れない。確かに現在では広く知れ渡った知識だが、それを使いこなすだけの人材が必要だということだ。


問題は韓国だ。彼らは日本人だった。確かに独立運動はあった。だが経済は日本が牛耳っていた。だから終戦の日には、朝鮮半島の人が泣いたと言われている。しかし翌日には独立とさけんでいたようだ。
そんなに簡単に変われるものなのだろうか。私はかなり疑っているが、そうとでもしなければ漢奸というかそういったもの、朝鮮族の裏切り者として社会から捨てられてしまう、そういった恐怖があったのではないのかと思う。

韓国は日本だった事で、かなり複雑な陰影を持っている。朝鮮動乱時の韓国軍は、旧日本軍の軍人だったと言われている。戦前の朝鮮総督府の官僚の8割が朝鮮族であったと、何か日本の国会議員が言い出して話題になったが、まあ言わない方が良い話題ではあった。
国家を運営するためには、すべてを使う必要があった。おまけに建国=戦争の社会だったから曖昧にした所があるのではないのか。
曖昧と言うのが一番過激になる。原理主義化しやすい。独立運動の流れと李承晩の思想で固定化されたと思う。あとは過激化するだけだ。それが今日なのだが、まだマトモだ。震災の時に「日本沈没」と書いた新聞があったが、「やりすぎ」という論評もあった。


おまけに韓国は朝鮮戦争で、本当に焦土になった。そして北朝鮮と戦争状態にある。勝ったはずなのだが、延々に負け続けている気分だろう。


さて日本だ。
日本には完敗組と、次がある組がいる、と言ったのは山本七平だったか。残念ながら彼の著作は一つも読んでいないのだが、誰もが引用するので何となく覚えている。完敗組が左翼になり、次組が右翼になるのだろうか。ただ次組は相当ネジくれている。経済でアメリカを圧倒すれば良いのではないのか。そしてその上で軍事協力からはじめれば良い。そうして日本が強くなれば良い。そういった考えの人たちがいる。
バブルのときは、エンパイアステートビルを買うとかそういったオバカな買い物は、そういった意識があったのだろう。当時は合理的と言われていたが、当時もビンボーだった私から見たら「騙されている」と言った買い物だった。


安倍総理が「靖国例大祭」にどうのとか、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の168名が参拝したとかで、中国や韓国から顰蹙を勝ったあげくに、アメリカからもそれはどうかと言われている。
国内的には、確かに北朝鮮との直接的な緊張関係もある。中国との尖閣諸島問題や韓国との竹島問題もある。それらがここ2年に勃発して、北朝鮮が最悪になりつつある時に、どうして対立を作り出すのか、アメリカには理解出来ないだろう。

確かにこれは国内問題なのだ。この危機に際して軍神を祭る靖国に参拝し、加護を願うのかもしれない。(私はそう善意に解釈する) 国内向けには良いだろう。だが対外的な視点が全くない。


確かに日本の政治状況はある。しかもネットから新聞の論調まで、イライラしているのは確かだ。だがやってしまったことはどうしようもない。あとは参院選の結果になるが、何となくこれで更に自民党圧勝になるのかと思えば嫌な気がする。


靖国問題の解決策はない。一つあるのは、国家神道の否定だ。実はあり得る。戦前まで日本は宗教国家でないと言う事を説明して来たはずだ。これを使えば靖国は完全に否定される。戦前では、あれは宗教ではない建前はそうだった。世界に向けてはね。

宗教法人の剥奪だ。宗教でなければ良いのだ。靖国と言うのは、戦前から元々そういったものだと言っていたのだから、そういい直せば良い。

ようは建前に戻せば良いのだ。多分靖国神社の宮司もそう考えていたのだろう。だからA級戦犯の合祀なんてムチャをやったのだろう。国家機関に戻りたかっただけなのだ。
戻せば良いのだ。ただし神道ではなくなる。それだけが問題だが、それだけだ。


神道が正しいかどうかは解らない。現在の神道は明治維新以降の新しい宗教である。特に靖国は新しいものだ。だからこそ宗教と言う名から、空気にすれば良い話しだ。

あとあるとすれば、明治維新以降戦死した人をすべて合祀すると言う事だろうか。これが一番マイルドな手段なのだが、靖国はこれも拒否している。
それでいながらキリスト教徒が合祀されている問題を無視している。

ただ靖国のこのA級戦犯合祀問題の我がままさは、宗教法人剥奪が最適だと思う。残念ながらそういった法がない。作っても多分意味がないだろう。


中国は、やっぱり日本はファシズム国家だとアメリカにロビー活動しているだろう。まあそうなるだろう。


私ですか?負け組です。先の大戦で中国に負けたとはっきり解っています。ええ、アメリカにも負けました。完敗です。で、今も負けっぱなしです。え、それで生活は?負け組です。それがどうしたのですか?


岩手大学ののらねこ・番外編

2013-04-25 11:29:51 | インポート
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ようやく石割桜が咲き始めました。


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池にはおたまじゃくしがふ化しています。ウジャウジャです。


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春と言えばのらねこですが、ここのところあまり見かけません。おかげでキジバトものんびりしています。
すると別な猫が現れました。


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クロネコヤマトです。夫婦で登場です。


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中の人などいません。猫です。あくまで猫です。

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二日ほど生息していましたが、どこかへ行ってしまったようです。


PS
天信猫も元気です。またちょっとやせたかな。

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アベクロミクス・神学論争

2013-04-24 17:56:37 | インポート
4月の日銀金融政策決定会合以来ガンガンと円安株高になっている。まあそれを冷たく見ている。これで景気が良くなったとしても、私が景気が良くなったと感じるまでは2年はかかるだろう。復興景気で東北はわいていると、経済指標ではそうなのだが、実感として全くない。

アベクロニクスの第一の矢、通貨供給量の増大なのだが、これはレーガン・サッチャー時代から続いている。当時日経新聞を毎日読んでいたので、この議論は記憶にある。これは経済指標のうち通貨供給量の制御で経済を制御しようというものだ。マネタリスムと言う。当時の議論では景気も良かった事もあり、どちらかと言えば民間の増大したマネーに今までの金融政策が通用しなくなった事が背景にある。その上レーガン・サッチャーは完全自由主義経済の実現を考えていたので、マネタリスムの単純な手法と親和性が高かった。
当然反発はある。というかそんな単純な方法で良いのかと誰もが思った。なので延々に議論は続くが、結果として従来の方法と通貨供給量の動向を需要指標とする、通常型が選択された。

次ぎに来たのがバブル崩壊と景気低迷だ。ここでマネタリスムとケインズの対決になる。ここでは互いに良い議論になったと思うが、単純な手法故に政治家にとっては面白くなかった。そこでケインズ型のバラ巻き政策が行われる。

結果はご存知だろう。ただここで一番の違いは、量だった。レーガン・サッチャー時代は誘導するという意味があったが、民間資本が更に増大してマネタリスムの手法でも量がないと意味が無くなって来たのだ。とはいえ財政問題があるのでケインズ型も限界がある。互いに限界がある事を知りつつの議論になっていたと思う。

これが表面化したのが、やはりリーマンショックだ。どんな技法も限界があると言う事を示したものだ。更に民間資本が国家を上回った。制御不能になりつつある。単純に見ても財務相・中央銀行総裁会議、つまりG8がG20に増えた。主要プレイヤーが増えたのだ。もはや意見がまとまる事はなく、実行力が無くなっている。いやG8ではもはや制御不可能になっていた、だからメンバーを増やしたのだ。そう考えた方が良いだろう。そうでもしなければ行けなかった。

日本では最後の手段がマネタリスムだった。正確に言えばもう既にこの手法は織り込んであった。前日銀白川総裁も実際にやっている。ただ規模が違うだけだ。
今のアメリカの金融政策はその点でも凄いのだが、市場に空気を作って一気に蹴倒すと言う技を使っている。アメリカのFRBのバーナンキ議長がやっている手法だ。言葉や論文を使って次の政策を市場に読ませてゆく。その後市場予測かそれ以上の規模で金融緩和を行っている。
なお日本も昔為替相場で口先介入と言う手法を使っていたが、市場規模に対してあんまりにも力が無く、その後の為替介入も規模が小さく、市場から笑い者にされていた。

さてアベクロミクスのこの第一の矢だが、賛成派と反対派の間にはたった一つだけの違いがある。出口政策の問題なのだ。通貨供給量の増大は一気に出来るが回収にタイムラグが生じる可能性がある。この制御はとっても難しい。市場が先を読んだり、政策側が先を見誤ったりする。以前日銀が0金利政策を見直す失敗をしたのが典型的な失敗だ。
在来型の手法はマイルドな利き方をする。その上出口政策も本当は難しくない。

さてアベクロミクスがなぜ神学論争なのか。答えは簡単で、政府を信じるかどうかと言う論争だ。


現在の経済政策は、マネタリスムだろうが在来型だろうがケインズだろうが、規模が重大だ。民間資本がアメリカのGNPを軽く上回る時代だ。経済政策の掛け金がとても大きくなっている。
この中で政府が掛け金をどこまでベット出来るかどうか、ここがこの賭場を掴めるかどうかになっている。

出口政策が出来るかどうか。巨額を積むのだからこの不安はとても大きい。なので議論より神学論争になる。

これがはっきりした事件があった。それが4月の日銀金融政策決定会合だった。黒田総裁と副総裁2名はアベクロミクス推進派だ。だから票が割れる事はないと思われていたが、全員一致だった。他の3人は前日銀白川総裁下の委員だった。今までの反対は何だったのか?エコノミストとしての見識はどうなのかと批判されている。

ジワジワと来ているのだが、今ダイヤモンドオンライン・日経ビジネス・現代オンライン等でも白川総裁を評価し直す向きが出ている。更には池田信夫氏を「ブレていない」と評価したりする。
なお池田信夫氏だがネットではとっても嫌われている人物だ。特に反原発派からは嫌われている。だが経済学者としての見識は一貫している。

結果明快になったのは、政府を信用するかどうかだ。神学論争と言うのはそうゆうことだ。実際決着がつく論争ではない。純粋な学問世界の話しだからだ。前提が変わったら話しは永遠に平行線になる。ただ現実的にはミックスで政策が行われているだけに過ぎない。どこに比重を置くのか、それは為政者の仕事だ。


誰がこの政策をやるのか。それはずっと前から議論が続いていた。そう思えば話しは簡単だ。今回はじめて責任を取ると言った総裁がでた。そして首相がいるということだ。だが日銀は不信感を持たれてしまった。


さて答えを出すのは、自分の金や自分が責任を持って集めた金で運営する、現場だ。


アベノミクスは財政出動と規制緩和が後に続く。最近では財政赤字とGNPの比率問題で、90%以上になった国は経済成長が停滞すると言う論文が否定されつつある。このインパクトのあった論文がたった2年で否定されているのも気になるが、財政出動には限界がある。規制緩和には、日本には哲学がない。

出口政策が出来るかどうか。不信感しかない。
そもそも国家が解体されつつあるように感じるのは、私だけではないだろう。テロはその隙間で起きる。