ユーラシアの風~2010年・自転車による単独ユーラシア大陸横断記

2010年・自転車による単独ユーラシア大陸横断記

内蒙古人の親切

2010年05月21日 | 中国(1)天津→呼市
相変わらずの向かい風。昼食後に肖と一旦別れ、夕方6時ころ内蒙古自治区の
区都フフホト市に入る。
モンゴル族の多い街角には、中国風の町並みに日本人そっくりの顔があふれる。

走行中、たくさんの人に声をかけられたが、電動自転車に乗ったおじさん
(任さんという)に呼び止められる。
「何か手助けすることはないか?」と聞いてきている。
ものは試しに「120元以内でLAN接続ができるホテルを探している」と答えた。
そこからが大変だった。



彼は国際賓館の清掃部長のようで、「俺について来い」と言い、激走を開始する。
いや、こちらは電動じゃないんだなー…という声も届かず、街路を爆走。
帰宅ラッシュを縫い、なんとかついていく。

15分ほどの走行の後、着いたホテルは見るからに高そうだ。
120元は無茶だな…と思っているうちに中に通され、経理部長との交渉が始まった。
服務員の何人かは日本語を知っていて片言で話しかけてくる。
会っていきなり「さようなら」
意味の分からない「日本だがお!」
そしてお決まりの「ミシミシ」…多分、反日映画の日本人兵士が「飯、飯!」とでも
言ってんだろう。

結局オーナーに電話している。このオーナーは日本語を話す。
「120元じゃウチには泊まれないから、どこか近所のホテルを案内してもらいなさい」
とのこと。言わんこっちゃない。

任さん食い下がり、経理部長も折れたが、オーナーの許可がなきゃ駄目でしょう。
結局、再び宿探しの奔走が始まる。任さんは相変わらず「おれにまかせろ!」


近所のビジネスホテルをあたる。
全国チェーンの知ってるところもあった。ここでいい!と思っているのに、
任さんはフロントと料金交渉をしてモメて帰ってくる。
「ここはダメだ!次行こう!」
次でも、その次でも同じような感じ。
大体フロントと喧嘩して帰ってくる。あぁ、こりゃ自分で探したほうが早いな…
と思うが、ここは中国・面子大国。それじゃ任さんの面子を潰してしまうので、
まかせておく。

もう8時。あたりは暗くなってきた。なぜか高架道路がネオンに彩られている。

4件目では、当地許可証がないと駄目といわれて、任さん怒り心頭。
確かにフフホトが外国人未開放地域とは聞かない。
相変わらずフロントと大激論。スタッフは一様にめんどくさそうな顔をしている。
仮に泊まれても、この雰囲気の中過ごしたくはない…。

結局ここも駄目で、なぜか裏口へ連れて行かれる。
そこを抜けた先のホテルでやっとチェックイン。
フロントのおばさんは外国人料金300元の所を中国人価格138元(約2000円)に
してやるという。
いまどき外国人料金なんて設定してんのかよ。恩着せがましく言うな。

ともあれ、部屋は値段以上に広く快適。中国一般人民の中でも、
底辺に近い環境で過ごしてきた身には過剰だ。
…で、LANは?と聞くとフロントも任さんも皆そろって苦笑い。おい。


まだ終わらない。任さんは食事に行こうという。
まぁ腹は減ってるし、いいか、と思いついて行く。
近所の割と立派なレストランに入る。

色々頼みなさいといわれる。任さんのおごりか?自腹か?
半信半疑で若干セーブしながら注文する。
近くのテーブルの別のおじさんは、日本人と知って「さようなら」と
言いながら握手を求めにくる。
いち、に、さん、し…と、じゅうまで数えた。
こっちもまけずにイー、アール、サン、スー…
ビールをおごってくれた。

任さんと筆談しながら料理を食べる。
そして任さんは全然食べない。少し怪しい。

いよいよ支払い。彼は茶でも飲んでろといい、会計へ。
そして固まっている。やっぱり。予想以上に高くて足りないんだ。

中国では、割り勘はしないので、結局80元(約1200円…
現地の物価感覚からすると1万円近い)くらい払う羽目に。
まぁ、たまには贅沢もいいけど。
でも、ヨーロッパでこうされたらたまらないけど。


長い一日が終わろうとしている。

最後の最後に、彼は日本語でいいから感謝文を書いてくれと要求してくる。
なんのこっちゃ。外国人に親切にしたら報奨制度でもあるんだろうか。
でも、彼も食事中になにやらメッセージをしたためてくれたし、
走り回ってくれたのは確かで、かつ悪気がある風でもないので、
「体に気をつけて、元気でやってね」という無難な文を書いてあげた。

内蒙古人の特質は「好客」「熱情」「誠実」
筆談のとき記した彼の言葉より。



○いくつもの丘を超えてゆく



○沿道には羊!
ほかにも牛やら犬やら猫やら、なんだかよくわからない獣や人間…
当然、柵はなく、突然道路を横断する。怖っ