「マッキーのつれづれ日記」

進学教室の主宰が、豊富な経験を基に、教育や受験必勝法を伝授。また、時事問題・趣味の山登り・美術鑑賞などについて綴る。

マッキーの随想:桑の木…都心の公園・集合住宅の植栽にも

2009年06月26日 | 時事随想
桑の木と言えば、蚕の餌として使う葉を採るために栽培している木として、養蚕とセットに記憶される木です。

そうした理由から、その人が生まれ育った地域により、馴染みがあるかどうか差異が大きい木です。

かつて、養蚕が盛んであった時代、群馬や福島などに、桑畑が広がっていました。

蚕を、群馬出身の友達が“オカイコサマ”と呼んだのに、私は驚かされました。

御と様をつけて呼ぶほど、その地方の人たちの生計を支えていたのでしょう。



桑の木


そうした時代は過ぎ去り、養蚕が廃れた今日、桑畑は様々に用途変更され活用されているか、または地方の少子高齢化の波にさらされ荒れ地となっている のでしょう。

私は、新潟で育ちましたので、町を少し出ると水田が果てしなく広がっていました。

したがって、桑畑は私の周囲にはなく、新潟では意識して見たことも無く成長しました。

大学時代、列車に乗って上京する際に、群馬辺りを通過するとき、車窓から「あれが桑畑かな?」と言った程度の、桑との付き合いでした。


桑の木には、食べられる実が成ることも知ってはいましたが、実際それを見たことは、子どもの頃にはありませんでした。

その後、山に登り始めるようになって、山間部に入ると、「もしかしたらこれが桑の実では?」と思わせる実を付けた木を見かけることがありました。

…それにしても、桑畑の桑の木とは大分異なり、それがとても大きな木だったりして、確信が持てなく、その実を口にすることもありませんでした。


昨年、私の山菜師匠Y氏と山に登った際、その下山路に大きな桑の木があり、熟した桑の実をいっぱいつけていました。

師匠は、落ちていた黒く熟した実を口に入れ、美味しそうにそれを食べてしまいました。

「オー、やっぱりこれが桑の実だったんだ!」…私にとって一つ問題が解決しましたが、その時はその実を食べることはしませんでした。

なぜなら、その木は、要壁の上に根をはっていて、食べるとしたら、落ちている実だけでしたから!

師匠と山に入ると、彼は木イチゴなど食べられそうな実を、むしゃむしゃ手当たり次第に食べてしまいます。

初めは、洗わない自然の実を食べるのは、不衛生だなと感じていましたが、慣れてしまうと、そうしたことは気にならなくなり、ついに現在では私も師匠に右習えの状態です。


「オッ、これはもしや!」

私のブログを読んでおられる方はご存知のように、時折午前中、住んでいる周辺を散歩します。

その散歩コースの公園に、なんと桑の木が生えているではありませんか。



桑の葉…この様に切れ込みが入ったものと、丸い葉のものがあります


「こんな場所に、桑の木を植栽しているとは。」

よく見ると、まだ色は青いですが、しっかりとたっぷりと実をつけていました。



桑の実


「よし、今年はこの桑の実を使って、ジャムを作ってみよう!」

この時から、胸がワクワクする私の「桑の実ジャム作戦」が始まったのでした。


「何を採っておられるんですか?」





小さなタッパーを手に、桑の実を取っていると、見知らぬ人から聞かれます。…実は、私は聞かれたくないんだけれど……人は、自分のしていることを質問されるのは苦手らしい。

無論丁寧に答えます。…「桑の実を採っているんです。」

「これが、桑の実ですか。それで、これは食べられるんですか……。」

そうした質問をする方は、私よりもだいぶ年を取っておられる方が多く、中高年も桑の実を知らない人が意外に多いことを知りました。

赤く実ってくるごとに、小さなタッパーがいっぱいになれば充分な程度に、小分けに桑の実を採集しました。…なぜなら、鳥よりも虫よりも、そして競争相手よりも先に、その実を収穫する必要があったからです。





採集した実は、きれいに洗い、砂糖漬けして次々と冷蔵庫に保管しました。


いよいよ、桑の実ジャムを作るに充分な量が確保され、ジャム作りの実行です。

材料は、採集した桑の実・砂糖・レモン・ゲル化剤

様々なジャムを作ってきましたので、今回の桑の実のジャムも、さほど苦労することなく、一般的なジャムの作り方で完成しました。






なんか、見栄えが悪いな!

味はグー!しかし虫のジャムみたいだな!



初め作った桑の実ジャム…実は煮くずれないで元の形状のまま


そこで、このジャムをすり鉢に入れて、実をつぶしてみました。

今度は、できあがったジャムは、イチゴジャムそっくりの色と形状になりました。



すり鉢で、実をすりつぶした後のジャム


桑の実のジャムは、考えていたよりも癖が無く、イチゴジャムといって他の人に食べさせれば、そう信じて食べるような出来具合です。

イチゴジャムのように、小さな種がジャムに浮かんでいるのも同じです。

こうして、私の『桑の実ジャム作戦』は成功裏に終わりました。



「あれ、どうしたんだ!」

桑の実ジャム第二弾を考えて、例の桑の木が生えていた場所に行って、驚きました。

まだ、たっぷりと実をつけていた桑の木が剪定され、幹とそこにわずかばかりの小枝が生えているほどに、すっかりその姿を変えていたのでした。



剪定された桑の木


それだけでなく、植え込みの「ヒルガオ」、そして「ヤマイモ」のツルもすっかり取り払われ整然として、しかしそれらの植物にとっては、悲惨な状況になっていました。

ヤマイモのムカゴを、秋には収穫できると目論んでいましたが、これでは無理か?

それとも、これからまたつるを伸ばして、秋にはムカゴを付けるのか?

これは、昨年初めて秋にムカゴがなっていることに気づき収穫した私には、答えは出ません。



桑の実のように、都市化した住宅街にも、かつて人々が楽しんだ自然の恵みが、よく観察すると残っていたり、植栽されていたりします。

そうした自然の恵みを捜してみるのも、日常生活を楽しく送るヒントとなり、また四季折々の自然を楽しむ方法でもあるように思います。




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