いつの頃からか評価したりされたりすることが個人情報に関わると言いだす人が現われた。それかあらぬか落札しておいて評価を謝絶したいと申し出る人もそんなに僅少というほどでもない。
何でこんなことを言うようになったのか。一つ考えられるのは買ってすぐ転売するのを知られたくないということだろうか。これはしかしモノの移動は所有者の自由であり、他人の容喙を許さないことと割り切れば済む話だ。農林水産業でもない限り普通は抱えてる時期の長短は有っても多くは転売だろう。
個人情報の保護とは当該個人の特定を防止するのを指すのである。取引に関わる者同士は知らないで取引するのは困難だが、それ以外の第三者は知り得ないのであるから、評価の交換が個人情報に関わるという理屈はよく分らない。それを押して、評価したりされたりが個人情報と言うのなら、入札しあるいは出品するのだってその人たちの言う個人情報に当たるわけではないのか。個人情報の定義を無闇に膨張させたい人の気持は理解しかねる。
伝わってくるのは、理解しにくいが何か些細なことを気に病んでいるらしいこと、また、消極的閉鎖的な心の姿勢だ。なぜそれほど閉ざしたいのか。
評価を寄越さない人の多いカテゴリーが有るようなのは大分前から感じている。オープンマインドのホビーとクローズドマインドのホビーがあるようだ。これはそのホビーの展示会等に行っても感じる。
クローズドマインドのホビーでは腕組みしてる人が多いね。
落札した場合、発送の知らせを評価の形でして来る出品者には、それが大量出品の業者である場合には事情が分るだけに仕方無いと思うが、週に2~3点くらいしか落札されない個人がそれをやる場合は違和感を禁じ得ない。
また、あまりに雑な梱包の為に一部破損して届くような場合、例えば大きな機械を単にプチプチを1~2回巻いただけで送ってくる出品者(大都市のリサイクル業者にときたま見受けられる)には評価したくない場合もある。
他方、落札された場合、書いてあることを殆ど読まなかったり、代理入札などで連携が拙く、無用のメールが幾度も行き交った場合は、非常に良いの評価をして来られたりすると、こちらも評価を返さねばならないのかとウンザリするのが正直な気持ちだ。
このようにしていろんなケースがあるのだから、評価の交換は実情に応じて、つまりその気になったらやればよいので、最初から十把一絡げにやらないことに決めるというようなのは賛成しかねる。
こうは言っても人それぞれだ。理解出来ない考え方に出遭いたくないので、評価謝絶の人は態態断りを要せず、単に評価を寄越さないで呉れればそれで足りるということに断り書きを変えた。
かくすれば落札者が評価について賛成出来ない考え方をしていても知らずに済む。モノが移動するだけでよく他は一切関係ないという発想はちょいと淋しいが、それが現実なら已むを得ない。
小学生の時から人の考えを変えたいと思わなかったが、それは今も変わらない。
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