『ザ・レア・1971・トリオ・セッション/オスカー・ピーターソン』(SSJ・XQAM-1634)というCDがリリースされた。
タイトルに偽りなく〈ザ・レア〉である。
最も精緻なオスカー・ピーターソンのディスコグラフィー[JAZZDISCO.org]によると、
20歳(1945)~71歳(1996)までに297盤を残している。
凄い数に驚く一方で、感覚的にはそんなもんじゃあない…と思っていた。
297のうち四割強がリーダー盤でその半分近くがピアノ・トリオである。
筆者の〈ジャズ事始め〉は、ピアノ、ベース、ドラムスのトリオからであった。
ピアノ・トリオ入門といっても、ビル・エバンス、レッド・ガーランド、ケニー・ドリュー、ボビー・ティモンズ、ウイントン・ケリー、キース・ジャレット…だったり、ラムゼイ・ルイスでも、人によって入り口は様々。
ジャズに関して浮気性というか好奇心というか、専用の入り口を持たずアチコチ入ったり出たりの結果、ワンホーン・カルテット、三管編成、ビッグ・バンド、ボーカルのパラダイスにたどりついていった。
初期のピーターソン・トリオはピアノ、ベース、ギターの編成だった。
物の本(その方面の事が書いてある)によると、この編成は1943年暮のナット・キング・コールが発端。
しかし45年秋にはエロール・ガーナー(p)のトリオでベース、ドラムスの作品があり(もっと以前に存在するかもしれない)、50年代にはガーナ・スタイルが主流になっていた。
にもかかわらず、ピーターソンは58年の『マイ・フェア・レディ』を発表するまでナット・コール・フォーマットにこだわっている。
【蛇足の注】
『マイ・フェア・レディ』(バーブ:1958.11.18録音)は、ピーターソンのアメリカ・デビュー盤からの盟友レイ・ブラウン(b)とジーン・ギャミッジ(ds:名盤『ジス・イズ・パット・モラン』のドラマーだが経歴不詳)のピアノ・トリオ。
半年後、パリで録音した『フランク・シナトラの肖像』(バーブ)からレイ・ブラウン、エド・シグペン(ds)の黄金ピアノ・トリオ時代が始まった。
なぜ『A Jazz Portrait Of Frank Sinatra(フランク・シナトラの肖像)』というピーターソン・アルバム中で唯一トリビュートなタイトルにしたのだろう。
妙中俊哉さんは、
[フランク・シナトラは熱心なピーターソンのファンで、50年代から60年代前半、彼がカリフォルニアに来るたび、ビバリーヒルズの自宅に招きデュエットしていた…]ので、シナトラ愛唱曲集が生まれたのだろうと、
『ジャズ批評』誌に寄せられている。
作曲家ソング・ブック・シリーズ9連作:全108曲を、二日間で収録という前代未聞の快挙もあるピーターソン・ブラウン・シグペンの三位一体“ザ・トリオ”は、
〈不変無欠〉のまま『プリーズ・リクエスト/We Get Requests}』(1964)でバーブ時代が終わるけれど、
6年間で22作品は数字以上の長さ、多さを感じる。
*65年まで他レーベルでの録音あり
65年シグペン退団後、
レーベル移籍もあり、後継ドラマー、ベース&ドラムスやベース&ギターの組み換え、バイブまたはギター・カルテット、MPS盤の顔、モントルー・ジャズ・フェス連作、パブロ・ライブ・シリーズなど、ピーターソン・ユニットは〈縦横無尽〉の活動期に入る。
『オスカー・ピーターソン/ザ・レア・1971・トリオ・セッション』
ジャズ・レジェンド・イン・ヨーロッパ Vol.6
1.Stella by Starlight パーソネル
2.Let's Fall in Love オスカー・ピーターソン(p)
3.I Can't Get Started ジョージ・ムラーツ(b)
4.Alice in Wonderland レイ・プライス(ds)
5.I'm All Smiles 録音
6.Cute 1971年3月/ロンドンBBCスタジオ
どこが、どんな レア?かというと、
複数のディスコグラフィーを参照してもこのアルバムは存在しない。
つまり43年も眠ったピーターソンが目を覚ましてくれた訳だ。
アルバム発掘の経緯は、添付のライナー・ノーツを読んでいただきたい。
(隠れレア…このアルバムを制作したSSJレーベルは、ホームページでライナー・ノーツ全文が読める──www.sinatrajapan.com/)
ピーターソン・ディスコグラフィーに、70年には4枚のアルバムがあり、うち2枚は西独で録音されジョージ・ムラーツがJiri Mrazでクレジットされている。
さらに71年7月(日は不明)も同じスタジオの盤があり、まだJiri Mrazである。
しかし71年7月10日フランスで録音した『トリオ・イン・コンサート』では、ジョージ・ムラーツに替わっている。
70年11月から71年10月までアメリカでの録音がないので、『ザ・レア・1971…』はライナー・ノーツで紹介のとおりヨーロッパ滞在中に誕生したレア盤に違いない。
ジョージ・ムラーツは、1944年チェコ共和国ピーセック生まれ。
バークレー音楽院を卒業後ピーターソンに見いだされ初レコーディングしている。
“本名はJiri Mrazであり初期のレコーディングなどにはJiri Mraz の名でクレジットされているが…中略…Jiri 名義はニューヨークでの音楽活動初期時代の貴重な音源といえる”
“英語の発音では表現が違い、母国の発音で読むJiri が音としてジョージにちかいため通称名をGeorge に変更している”(ウイキペディアより)
そこで気になるのはJiri Mrazの読み方──
恥ずかしい限りだが筆者がムラーツを見直し(聞き耳を立てた)のは、
『四季/秋吉敏子』(1990:クラウン)からだ。
秋吉敏子(p)ジョージ・ムラーツ(b)ルイス・ナッシュ(ds)のトリオで、春から冬の名曲名演盤。
ライナーノーツに初めて(前例があるときはご容赦)ジョージ・ムラーツの本名について触れている。
“…ジョージ・ムラーツの本名はイルジ・ムラージュ、チェコの出身である…”
本番のライナー・ノーツでは、
“…チェコ語の発音を出来るだけ近い表記でカタカナにすると、イリ・ムラース…”
[発音ガイドForvo:チェコ語サイト]で、
筆者の耳には、
お二方を合わせたようなイジリ・ムラースに聞こえた。
まあ古典的空耳英語、“掘った芋いじるな”…
(What time is it now ?)…の差だが(*^。^*)
*そんな些細なことで文章を長くするな、と叱責されそう
【蛇足の注】
秋吉敏子にはジャズ・オーケストラによる「組曲:フォー・シーズンズ」を中心にした『フォー・シーズンズ』(1996:BMG)というアルバムがあるので間違え易い。
『四季/秋吉敏子』 『フォー・シーズンズ/秋吉敏子』
【蛇足の注:2】
ムラーツが参加した『エクリプソ/トミー・フラナガン・トリオ』(1977:エンヤ)は、
トミー・フラナガン(p)ジョージ・ムラーツ(b)エルビン・ジョーンズ(ds)が〈裏オーバー・シーズ〉の演奏で…お勧め盤なり。
レイ・プライスは、西独で録音したピーターソン・トリオの2枚しか存在しないレアなドラム奏者のようだ。
2枚のうち最初の『Walking The Line』(MPS:輸入盤)で、
ピーターソン傘寿記念(2005年)のリマスター盤でも、
ジャズ・ジャーナリスト:リチャード・パルマ―は、
“現在ジョージ・ムラーツの名前でよく知られているJiri Mraz&レイ・プライスが…”と解説しているだけ。
個人情報は守られ(?)正体不明。
ついでに添えると、クレジットはJiri“George”Mrazである。
実はこの二人、『ザ・レア・1971…』録音直後、71年4月に6回目のピーターソン・トリオで来日していた。
1988年版来日ジャズメン一覧の資料は、George Mraz(b:Jiriではない)Ray Price(ds)になっているが、正体不明は続いていたらしく、プログラム作成に苦心の跡がある。
B4サイズ26ページの公演プログラム(写真:左)の内容だが、
どこを見ても出演者の記載がない。
大写しのピーターソン写真ばかりの中に、小さく上下に人物が(写真:右)無名のまま掲載されている。
上は紛れもなくムラーツだ。
とすれば下の若く見える人(なにしろ生年月日が不詳)がプライスになる。
6人の著名評論家氏も解説されておられない。
筆者も厚生年金会館大ホール聴衆の一人だったが、
も・う・し・わ・け ないけれど印象に残らなかった。
響庵流分析だが、“ザ・トリオ”の好感音バランスは、
ピアノ5:ベース3.5ドラムス1.5である。
好感音という用語はない…例えば、
ピーターソンの場合は2等辺3角形の鋭角にピーターソンがいて左右の鈍角にブラウン、シグペンが従う演奏が〈最も心地よく聴こえる〉度合いのこと。
そして『ウォーキング・ザ・ライン』あたりになると、ピアノ4:ベース3:ドラムス3…ほぼ正3角形になり、ベース・ソロの比重も増している。
ちょっとプライスのブラシ・プレイが、
バシャバシャし過ぎるのが、いただけないけれど。
『ザ・レア・1971…』は直近の『ウォーキング・ザ・ライン』と同じメンバーながら正3角形は、
正4面体の音彩(ココだけの造語:音色に彩りを増すこと)に変化した。
1曲目「星影のステラ」、4曲目「アリス・イン・ワンダーランド」と5曲目「アイム・オール・スマイル」は、
良妻ブラウン似:賢妻ムラーツ&ブラシ名人シグペンを若くした:長男プライス…久しぶりに聴く“新・ザ・トリオ”ファミリー・サウンドではないか!
レアな音彩が2曲ある。
#2「レッツ・フォール・イン・ラブ」は偶然にも『オスカー・ピーターソン・トリオ・プレイズ』(バーブ:1964録音)の2曲目に収録されている…ミディアム・テンポのバラード。
ブラウンのベース・ソロが純愛の鼓動のようだ。
『ザ・レア・1971…』の恋は、アップテンポの激情型。
ピーターソンの快奏(快走のパロディー)を追いかけるプライスはベース・ソロのあとチェイスで煽る…10指が受けて暴れまわる…こんなにも〈向きになった〉ピーターソンは初めてだ!
ドラムスをフィーチャーしたラスト曲「キュート」は、
正にレア・セッションだろう。
正体不明のプライスが本性を現した。
3分40秒の大爆発ドラム・ソロを、
ピーターソンがどんな顔で見ていたか想像できない。
おわり
【付録】
そのほかの〔ジャズ・レジェンド・イン・ヨーロッパ・シリーズ〕
Vol.1『ソニー・ロリンズ/イン・コペンハーゲン・1968』
Vol.2『デクスター・ゴードン/ゾーズ・ワー・ザ・デイズ』
Vol.3『ハンク・モブレー/ブルー・ボッサ』
Vol.4『セロニアス・モンク/スカンジナビアン・ブルー・1966』
Vol.5『アル・コーン=ズート・シムズ/マイ・ファニー・ヴァレンタイン』
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