響庵通信:JAZZとサムシング

大きな好奇心と、わずかな観察力から、楽しいジャズを紹介します

As Tlme Goes By

2012-05-22 | 音楽

旅立ちに命を賭ける…映画がある。
1942年製作、米WB『カサブランカ』である。
日本公開は46年で、後に、外国映画ベスト200の第8位にランクされている。
《冒険好きなら、これは必見》
映画『カサブランカ』の予告編キャッチフレーズだ。

ナチスドイツの追及を逃れアメリカへの脱出を図る
3名。
しかし、ドイツ軍発行の通行証は2枚だけ、
3-2=1
残留の「1」は死を意味する…誰?
反ナチ活動家 vs ゲシュタポ、場所は親独政権下の
仏領モロッコ、カサブランカ。
1×1=1
鍵を握る警察署長の…「1」は?

ナイトクラブ経営の米国人リック(ハンフリー・ボガート)、
レジスタンスの大物闘士ラズロ(ポール・ヘンリード)、
その妻イルザ(イングリッド・バーグマン)の三者関係、
弾圧と抵抗と傀儡」の三層構造が緊迫のプリズム。

スペイン語でカサ(casa)は家、ブランカ(blanca)は白。
タイトルどおりカサブランカ(白亜の家)がストーリーの熱さを予告する。
1943年、第16回アカデミー・アワードの作品賞、監督賞、脚色賞を獲得し、
ボガートは主演男優賞、クロード・レイン(警察署長役)も助演男優賞にノミネートされた。

男なら、ボガートみたいに、「君の瞳に乾杯 !」って、一度、言ってみたいよ。

年初(1943年)にルーズベルト米大統領とチャーチル英首相がカサブランカ会談を開いて、第二次世界大戦の戦後処理が話し合われた。
北アフリカ戦線で、米・英軍が独・伊軍をチュニジアで勝利したのはその五か月後であった。

カサブランカ/ヒュー・ローソン・トリオ』というCDがある。

《新し物が好きなら、これは必聴》…ん?
これは、ふた昔前の録音なので果たして新し物でよいのだろうか…
実は、ピアニストのヒュー・ローソンは1970年代に活躍していたけれど、モダンジャズ黄金期に、その名が話題になることは殆どなかったし、たぶん、現在も知る人は少ないだろう。
だから、初物じゃなく旬(しゅん)の物という感じで鑑賞しよう。
ローソンの認知度が希薄だった訳は、’50sにユセフ・ラティーフ(テナーサックス奏者)のグループでプロになってから、晩年には、ジョージ・アダムス(テナーサックス奏者)など、リーダーの個性があまりにも強烈なバンドに参加してきたこと。そして、自身名義のアルバムは、マイナー・レーベルに僅か2枚あるだけだったからだと思う。

バイオグラフィーによると、1935年3月12日生まれで97年3月11日に亡くなっている。
ぴったり62年を全うした稀有の生涯を遂げられた。
私の知るところでは、リッチー・カミューカ(テナーサックス奏者)も同じ天寿…
1930年7月23日生まれ、77年7月22日没。

誕生日と命日が重なる…1897年5月14日生まれ59年5月14日没…
シドニー・ベシェ(ニューオリンズ・ジャズのリード奏者)も忘れられない人である。

カサブランカ/ヒュー・ローソン・トリオ

 

  ■ 曲目  
 1 Ballads For The Beast
 2 My Cherie Amour
 3 As Time Goes By
 4 On A Slow Boat To China 
 5 Basie In Mind
 6 The Man Who Never Sleeps
 7 When You Wish Upon A Star
 8 New Boots For Brooks
 9 Blondie’s Waltz
10 Days Of Wine And Roses  
     ■ パーソネル
   ヒュー・ローソン(p)
   セシル・マクビー(b)
   マーヴィン・スミティ・スミス(ds)
  ■ 録音
   1989年8月3,4日  NYC
  ■ レーベル
   サムシンエルス (東芝EMI) 

ローソンの出身地ミシガン州、デトロイトは、全米で4番目に多くピアニストを輩出している。
トミー・フラナガン、バリー・ハリス、サー・ローランド・ハナ、アリス・コルトレーン、ケニー・コックスが並ぶと、残念ながら分が悪い。
彼はこのCDで、ハンプトン・ホーズやビル・エヴァンスに刺激された切れのいいタッチで、知的に話しかける演奏をプレゼントしてくれる。
選曲も誠実だ。
10曲中に自作曲とスタンダードを、同年代のオリジナルも加え、チャールス・ミンガス(革新ベーシスト)のナンバーもある。
聴かずにはいられない。

♪ As Time Goes By
疲れて帰ってきて、傍でこんな風に話かけられ、ベースとブラシで肩を揉んでもらったら…癒されっぱなし。
ただ、サムシンエルス・レーベルが1990年に発売して、いつから廃盤なのか解らないが中古市場で5ケタ台のプレミア物になっていて、ますますローソンの《知られざる化》が進んだ。
おっと「諦めないで~」
今年(2012年)6月20日に紙ジャケ仕様の復刻盤が待望に応えるはず。(発売前投稿のため詳細は不明)

もっと、「As Time Goes By」を聴きたい。

● 国境の南・太陽の西/クロード・ウイリアムソン・トリオ
                        クロード・ウイリアムソン(P)、アンディ・シンプキンス(b)
                         アル・ヒース(ds)
                         1992年録音  ヴィーナス・レコード
普段から、上機嫌な演奏をするクロードだけれど、
こんなにロマンチックに撫でられては、堪らない。

● 星に願いを/グレイト・ジャズ・トリオ
         プレイズ・スタンダード・ベスト
                       ハンク・ジョーンズ(P)、マッズ・ヴィンディング(b)
                       ビリー・ハート(ds)
                       1988年録音  アルファ・レコード
        グレイト・ジャズ・トリオは、1975年、ハンク、ロン・カーター(b)、
          トニー・ウイリアムス(ds)のピアノ・トリオとして発足。メンバーは,
          しばしば交代しているが、終始ハンクのリーダーは変わらない。
          70年代後半から80年代にかけて登場したさまざまなネーミングの
     スター・ピアノ・トリオのきっかけになった。
ジャズ界きっての紳士らしくハンクのしみじみした語り口。
4曲目に『カサブランカ/ヒュー・ローソン・トリオ』収録曲
「When You Wish Upon A Star」も入っている。

● アイボリー・ハンターズ
     ビル・エヴァンス~ボブ・ブルックマイヤー
                       ビル・エヴァンス(p)、ボブ・ブルックマイヤー(p)
                       パーシー・ヒース(b)、コニー・ケイ(ds)
                       1959年録音  東芝EMI
       ボブ・ブルックマイヤーは、
        ウエスト・コースト・ジャズで、クラリネット、バルブ・トロンボーンの
       名手 として知られているが、カンサスシティ音楽院でピアノも学んでいる。
       
エヴァンス、ブルックマイヤー連弾の興味倍増盤。
ブルックマイヤーのバッキングでエヴァンスのソロから、セカンド・コーラスはブルックマイヤーというオーダー。
エヴァンスがイルザに、ブルックマイヤーがボガートの会話に聴こえたら、拍手ものだ。

● ”ザ・ラスト・セッション vol.2”/ソニー・スティット
                       ソニー・スティット(as)、ウオルター・デイビス(p)
                       ジョージ・デュビビエ(b)、ジミー・コブ(ds)
                       1982年録音  ミューズ・レコード
 これは、甘く優しい、音のご馳走である。
スティットは日本にとって忘れられないミュージシャンで、
1964年7月初来日以来4度目になる82年、
日本縦断ツアー中の旭川のステージで、病状が悪化し、
急遽、帰国。しかし、三日後、亡くなった。
癌の病を抱えての来日であった。
約1か月前の録音なのだが、内に秘めた覚悟が切ない。

● オールド・フィーリング/ジョージ・アダムス
                 ハンニバル・ピーターソン(tp)、ジョージ・アダムス(ts)
                     ジャン・ポール・ブレリー(g),レイ・ギャロン(p)、
                     サンティ・デブリアー(b)、ルイス・ナッシュ(ds)
                     1991年録音  サムシンエルス・レコード
      ヒュー・ローソンが注目されたのは、サムシンエルス・レーベルが
       ジョージ・アダムスを抜擢したときの2枚のヒット・アルバムに起用されていたからである。
      しかし、ピアノの指定席は、 70年代初期以降、アダムスに勝るとも劣らない
       驚愕テクニックのドン・プーレンだったので、気がつくのが遅かった。
これは、たぶん、アダムス最後のレコーディングじゃないかと思う。
テナーとペットが穏やかな対話から、じょじょに激昂するスリル…
エンディングのアダムス無伴奏ソロ…真骨頂。

♪ As Tlme Goes By 
映画『カサブランカ』あっての「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」であり、
「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」あっての映画『カサブランカ』である。

     忘れちゃいけない/キスはただのキス/溜息は溜息/
     それだけのこと/時の移るまま

     恋人たちがかわす/愛の言葉は/信じてもいい/
     将来は将来のこと/時の移るまま
                                (字幕スーパー)

リックの店のハウスピアニスト、サム(ドゥリー・ウイルスン)が、イルザのリクエストで
弾き語り「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」を歌った。
(吹き替えの演奏は、スタジオ・ミュージシャンのエリオット・カーペンター)
目立たないけれど、プロットに欠かせない役を、見事に演じている。
ドゥリー・ウイルスンは1920s、歌手、ドラマーとして自分のバンドを持っていて
1930sから50sには俳優として20本の映画に出演している。
『ストーミー・ウエザー』(1943年米20世紀フォックス)も代表作の一つである。
話が、『ストーミー・ウエザー』に逸れるけれど、ここでドゥリーは、
一曲も歌わずに全編を通じ主人公の相棒として演技した。
キャストにリナ・ホーン、ファッツ・ワーラー、キャブ・キャロウエイなど、ジャズ・ファンなら見逃せない映画なのに、オール黒人ミュージカルということだろうか、日本公開は50年以上もたってミニ・シアターで上映されただけで、ビデオソフトも輸入物しかない。
圧巻のパフォーマンスを紹介しよう。
 * 主人公のビル・ロビンソンは、”ボージャングル”と愛称され
   ショービジネスで大成功した、黒人タップ・ダンサーの神様。
   床に砂をまき、擦り音混じりの、踊りははじめて。
   タップはフレッド・アステア、ジーン・ケリーばかりじゃないって。
   (また横道で御免…「ミスター・ボージャングル」を唄った
   ニーナ・シモンのCD『ヒア・カムズ・ザ・サン』(BMGビクター)は
   お薦め。
 * ブルース・シンガー、アイダ・ブラウンのクラブで
       ファッツ・ワーラー(p)が、
   自作の「エイント・ミスビヘブン(浮気はやめた)」を愛嬌たっぷり、
   弾き語り…間奏のドラム・ソロに触発され、お得意のストライド・ピアノを
   披露している。
   トーマス・ライト・ワーラーは、
   体型から”フアッツ”(太っちょ)のニックネームで呼ばれている。
   「エイント・ミスビヘブン」の作詞家アンディ・ラザフと組んで
   「ハニーサックル・ローズ」を、
   ファッツの作詞作曲「ジターバック・ワルツ」のスタンダード・ナンバーを
   書いている。 
 * リナ・ホーンは、はじめソロから、
   主役のロビンソンとデュエットで、「捧ぐるは愛のみ」、
   強風雨のスクリーン・プロセス前で「ストーミー・ウエザー」、
   キャブ・キャロウエイ・オーケストラをバックに「愛する道はただ一つ」など
   情感をためて唄う。
 * 歌手でバンドリーダーのキャブ・キャロウエイは、
      特異唱法で人気を博し、
   彼のビッグバンドには、
   ディジー・ガレスピー(tp)、ベン・ウエブスター(ts)、
   ミルと・ヒントン(b)なども在籍していた。
   「グリーチー・ジョー」では、たった4秒にミュート・トランペットを吹く
   ベニー・カーター(バンドリーダー,アルトサックス奏者)を、
      お見逃しなく。
 * 凝ったタップ・シーンが多いなか、フィナーレでアクロバチックな妙技を
   シンクロナイズで見せたニコラス・ブラザーズの決め技、
   階段から180度開脚で着地…ドキッ。


『時の過ぎゆくままに/クリス・コナー・ウイズ・ハンク・ジョーンズ・トリオ』
というCDがある。
 

 

2曲目に「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」がある。
ヴォーカルは、好みがはっきりしているので、
三つ葉葵の印籠をふりかざすわけにはいかないけれど、
《澄み切った》より、いくらか《とろみがかかった》歌声が好きなので、
クリス・コナーをよく聴いている。
御存知のように、クリス・コナーは、アニタ・オデイ、ジューン・クリスティのあと、
スタン・ケントン・オーケストラに参加して、短い期間だったが、人気を高めた。
ジャズ・ヴーカルとは、何だ》というこだわりには、
小編成バンドとのインタープレイとかアドリブ唱法などで、
ジャズっぽさを前提に分けている。
まあ、ビング・クロスビーとフランク・シナトラ、ドリス・デイとペギー・リーを、
どっちの引き出しに入れるか…ということだけど。

コナーは、歌詞の最後の余韻を大切に唄っている。
間奏のベース・ソロが夜の色を濃くする、全天に煌めく星のピアノ、
ブラッシ・ワークのドラムス…モダンジャズの流星群だ。

もっと…というなら。

『ホエン・アイ・フォール・イン・ラブ/ジョニ・ジェイムズ》(DIW)
『奇妙な果実/ビリー・ホリデイ》(コモドア)
『エラ・フィッツジエラルド・イン・ブタペスト』(パブロ)
『サリナ・ジョーンズ・イン・ハリウッド』(ドリーム21)
『ポイント・オブ・ノー・リターン/フランク・シナトラ』(キャピトル)
『傷心/チェット・ベイカー』(アルファ)

映画『カサブランカ』大団円のシーン…
サスペンス仕立てを、潤いあるメロドラマで締めたのは、
やはり、《カサブランカ》である。
リスボン行き最終便が飛び去って、
3-2=1
1×1=1
残留の「1」と警察署長の思惑「1」の連立方程式(?)
の答えが見えた。
「今度は、きれい友情が芽生えそうだな」
後ろ向きに去る男性二人に
                                The End 

日本に自生するユリ科ユリ属の純白、大輪のオリエンタルハイブリッドと
呼ばれる、
                   ユリの女王《カサブランカ》の花言葉は、

              《雄大な愛》である。