への次郎が行く

カメラと地図を片手に気ままに出かけます。

伝説のフォークの聖地 中津川

2023年10月01日 | 散策

中津川の道の駅きりら坂下でランチをした後、中津川フォークジャンボリーの情報を収集。その結果、会場跡地が椛の湖ソバ畑の近くだと分かり、引き返しました。

 

中津川フォークジャンボリーは、1969年から71年にかけて計3回開かれた日本初の野外音楽イベントです。地元の若者たちによって開催されましたが、回を追うごとに規模が大きくなり、やがて運営を巡るトラブルも発生、第3回をもって打ち切られました。

 

ソバ畑に戻って、ソバ畑とは反対方向にどんどん入って行くと、

への次郎 「この先は行き止まりのようだね

奧さん  「ほら、右奥に建物があるよ。案内所じゃない

 

駐車場の近くにあった地図をちょっと確認し、

 

建物(センターハウス)に行ってみました。

 

建物の中には、当時の写真やグッズが多数、展示されていて、

スタッフによると、フォーク会場は、この裏だそうです。で、

 

展示品を見たあと、建物の裏に行ってみました。

広場があって、その右側は高台で、三段のひな壇のようになっていました。

 

その高台に駆けあがって、上からパチリ。

当時は、こんな感じ(『朝日新聞』より)。熱気が伝わってきますよね。

 

上から会場を見回したあと、広場に下りて、

後でつくったと思われるステージに近寄って、

 

上がってみました。向かいの高台には、木がこんもり。でも当時は、ほら、

木なんか、一本もなかったんですね(『フォークジャンボリー記念館』より)

 

ステージから下りて、広場のさらに奥に行ってみると、

奧さん  「記念碑があるよ!

への次郎 「ほんとだ。間違いなくここだね、開催地は

 

碑の後ろに回ると、

びっしりと刻まれた参加者の名前。しばらく立ち止まって、見ていました。そのあと、

 

記念碑の前に出ると、高台の上にちらっと建物が見えたから、

上がってみると、コテージでした。ここは今、オートキャンプ場になっているんですね。

 

振り向いて、もう一度、フォーク会場を見おろしました。

当時はよく見えただろうに、今では木々が育ち、視線を遮っていました。50年の歳月を実感しました。

 

 

高台の上を駐車場の方向に歩いていたら、下の広場に団塊世代と思われるおじさん一人、カメラをパシャ、パシャ。

やがて高台の上の我々に気づき、

 

おじさん 「当時も来たの?

への次郎 「いや、我々は…

おじさん 「ちょっと、若そうだね

 

と云うと、足早に駐車場に行き、真っ赤なマツダ2に乗って去って行きました。

奧さん  「あの人、当時来たんだよ、きっと

 

への次郎も、そんな感じがしました。