今日もブログネタが・・・・・ 2007年04月14日 | 猫 『ご主人様は、今日もブログネタがないらしい』 『それで僕たちが、ご登場というわけか・・・・』 『そういうこと。出演料ほしいにゃん』 『まったく・・・・手抜きもいい加減にしろって言いたいにゃん』 #猫 « 常識を疑う確かな力? | トップ | セクハラ教授のもぐら叩き »
9 コメント(10/1 コメント投稿終了予定) コメント日が 古い順 | 新しい順 かわいいわぁ (しば) 2007-04-15 01:09:37 いやいや、でも、とってもかわいくてよ。ところで、K.Oさんは、最近の戦争映画について、どう思いますか?私は、ちょっとこわい感じがしています。個人的に「大切な人を守るため」に多くの若者たちが死を選んだ戦争・・・という位置づけの物語が多く、観客の涙を誘います。それが怖いのです。 返信する 戦争映画 (K.O) 2007-04-15 07:08:19 私も最近の戦争映画には非常に危惧を感じています。先日も 『俺たちの大和』 をTVで見ましたが、戦友や愛する人のために命を投げ出し、それができなかった者は後々までも悩み苦しみ、観客の涙を誘う。表面的には、戦争の悲惨さ、悲しさを訴えているように見えますが、実のところは戦争の本質から目を逸らさせるものではないかと。米国の戦争映画はこれとは反対に、まさに好戦的で英雄賞賛のイメージが強いものです。上官の非道な命令に反発しながらも、大きな目的のためにはやむを得ない、ということであらゆる困難を突破し、最後には愛する人の元に帰ってハッピーエンドで終わる。米国では常に戦争は正義として扱われています。題名は忘れましたがチャールズブロンソンが出演していた映画の中で、敵方の本拠地に潜り込み、そこでパーティに参加している人々を一室に閉じ込めガソリンをふりかけるシーンがありました。命令を受けた米国の兵士は、それが何を意味するのか察知して躊躇するのですが、 上官の 『躊躇するな! 我々は戦争しているのだ』 という言葉に押されてガソリンをふりかけます。この映画も、最終的には英雄たちの勇気ある行動で大きな勝利を納めるという、いつものストーリでした。しかし、私は逆にこの戦争賞賛の映画の中に、戦争に対する批判的なものを感じたのです。戦争は悲しくて悲惨なものですが、単に観客の涙を誘うことだけを狙った映画は、悲しみの中にこそ人間の美しさがある、もう一度そのような美しい国に戻りたいものだ、という気持ちを抱かせてしまいます。話が支離滅裂になりましたが、私の戦争映画に対する思いはこのような感じです。 返信する 追加 (K.O) 2007-04-15 12:56:55 戦争とは、 『大切な人を守るために死を選んだ』 ものでは決してなく、 『大切な人から引き裂かされ死を強要される』 ものです。この悲惨な状況を創り出した 『大きな力』 は何か、これを歴史から学び教訓とすることが人間の英知であり進歩だと思います。 返信する かわゆい (momo) 2007-04-15 18:30:29 猫だから、いいかぁ戦争の映画だけじゃなくアニメのほうが・・問題かも?今は、現実とああいう世界の境目がわかってない若者がおおすぎavみて、女性がいつも・・と思っていたり・・映画やアニメをみてそれが現実と思ってしまうそういう、人間が今は特におおいから・・これから、危険ですよね 返信する アニメ (K.O) 2007-04-15 20:03:19 私の主観では、TVで放映されているアニメはそんなに酷いものはないと思っているのですが、私が見ないから知らないだけなのでしょうかね。ただ、格闘もののゲームソフトの残酷さは何とかしないといけないのではないでしょうか。売れればいいというものではないと思います。ああいうゲームで育った子供は必ず心にゆがみが生じるのではないかと思っています。大人でさえ、現実とバーチャルの区別がつかず犯罪に走る者もいるのが現状です。ゲームソフト会社の良識が期待できない今、格闘ゲームの販売は法律で禁止すべきです。 返信する 引き裂かれるということ (しば) 2007-04-16 16:52:46 『大切な人から引き裂かされ死を強要される』 そうなのです。中学校でも、戦争に関する演劇を取り扱うことがあります。でも、怖いのは、戦争の演劇は、それだけで自己移入、自己陶酔しやすく、『悲劇のヒーロー、ヒロイン』を演じることでわかったような気になってしまうことです。それが、生徒のみならず、先生たちにも多い。やはり、教えるほうが、何が正しくて何がいけないのか、『戦争とは世界最大の人権侵略である』と言われる意味を学び続け、見極める目をもつことが稚拙だとつくづく思います。 返信する 自己移入 (K.O) 2007-04-17 00:32:52 映画も演劇も、観客や出演者が物語の人物に自己移入するからこそ成り立っているともいえますね。自分がその役柄の人物に成りきったつもりで、怒ったり笑ったり悲しんだり。名作であればあるほど感情移入が深くなり、感動が残ります。そのこと自体は決して悪いことではなく、むしろ人間的な心を持っているからこそそうなるのですが、一方では覚めた冷静な目も必要だと思います。戦争を批判し反対する人が、『平和ボケ』、『臆病者』、『国際貢献を考えない一国平和主義者』 などと非難され口を封じられる社会にならないよう気をつけたいものです。 返信する 私のまわりは・・ (momo) 2007-04-17 13:26:49 戦争になったら一番初めに殺して欲しいという方が多いです。私もその一人だけど・・戦いたくない 返信する momoさん (K.O) 2007-04-17 19:59:41 私は鍼灸の学校に通いだしてまだ日が浅いのですが、人体の構造や働きを学ぶたびに、その精巧さや神秘さに驚くことが多いです。誰もが持っているこのような精巧な身体や命を、決して壊したくないという気持ちが益々強くなってきました。戦争で殺されたいという気持ちは捨てた方がいいと思います。つらい現実があっても頑張って生きましょう。 返信する 規約違反等の連絡
ところで、K.Oさんは、最近の戦争映画について、どう思いますか?
私は、ちょっとこわい感じがしています。
個人的に「大切な人を守るため」に多くの若者たちが死を選んだ戦争・・・という位置づけの物語が多く、観客の涙を誘います。
それが怖いのです。
先日も 『俺たちの大和』 をTVで見ましたが、戦友や愛する人のために命を投げ出し、それができなかった者は後々までも悩み苦しみ、観客の涙を誘う。
表面的には、戦争の悲惨さ、悲しさを訴えているように見えますが、実のところは戦争の本質から目を逸らさせるものではないかと。
米国の戦争映画はこれとは反対に、まさに好戦的で英雄賞賛のイメージが強いものです。
上官の非道な命令に反発しながらも、大きな目的のためにはやむを得ない、ということであらゆる困難を突破し、最後には愛する人の元に帰ってハッピーエンドで終わる。
米国では常に戦争は正義として扱われています。
題名は忘れましたがチャールズブロンソンが出演していた映画の中で、敵方の本拠地に潜り込み、そこでパーティに参加している人々を一室に閉じ込めガソリンをふりかけるシーンがありました。
命令を受けた米国の兵士は、それが何を意味するのか察知して躊躇するのですが、 上官の 『躊躇するな! 我々は戦争しているのだ』 という言葉に押されてガソリンをふりかけます。
この映画も、最終的には英雄たちの勇気ある行動で大きな勝利を納めるという、いつものストーリでした。
しかし、私は逆にこの戦争賞賛の映画の中に、戦争に対する批判的なものを感じたのです。
戦争は悲しくて悲惨なものですが、単に観客の涙を誘うことだけを狙った映画は、悲しみの中にこそ人間の美しさがある、もう一度そのような美しい国に戻りたいものだ、という気持ちを抱かせてしまいます。
話が支離滅裂になりましたが、私の戦争映画に対する思いはこのような感じです。
この悲惨な状況を創り出した 『大きな力』 は何か、これを歴史から学び教訓とすることが人間の英知であり進歩だと思います。
戦争の映画だけじゃなく
アニメのほうが・・問題かも?
今は、現実とああいう世界の境目がわかってない若者がおおすぎ
avみて、女性がいつも・・と思っていたり・・
映画やアニメをみてそれが現実と思ってしまう
そういう、人間が今は特におおいから・・
これから、危険ですよね
ただ、格闘もののゲームソフトの残酷さは何とかしないといけないのではないでしょうか。
売れればいいというものではないと思います。
ああいうゲームで育った子供は必ず心にゆがみが生じるのではないかと思っています。
大人でさえ、現実とバーチャルの区別がつかず犯罪に走る者もいるのが現状です。
ゲームソフト会社の良識が期待できない今、格闘ゲームの販売は法律で禁止すべきです。
そうなのです。
中学校でも、戦争に関する演劇を取り扱うことがあります。
でも、怖いのは、戦争の演劇は、それだけで自己移入、自己陶酔しやすく、『悲劇のヒーロー、ヒロイン』を演じることでわかったような気になってしまうことです。それが、生徒のみならず、先生たちにも多い。
やはり、教えるほうが、何が正しくて何がいけないのか、『戦争とは世界最大の人権侵略である』と言われる意味を学び続け、見極める目をもつことが稚拙だとつくづく思います。
自分がその役柄の人物に成りきったつもりで、怒ったり笑ったり悲しんだり。
名作であればあるほど感情移入が深くなり、感動が残ります。
そのこと自体は決して悪いことではなく、むしろ人間的な心を持っているからこそそうなるのですが、一方では覚めた冷静な目も必要だと思います。
戦争を批判し反対する人が、『平和ボケ』、『臆病者』、『国際貢献を考えない一国平和主義者』 などと非難され口を封じられる社会にならないよう気をつけたいものです。
私もその一人だけど・・
戦いたくない
誰もが持っているこのような精巧な身体や命を、決して壊したくないという気持ちが益々強くなってきました。
戦争で殺されたいという気持ちは捨てた方がいいと思います。
つらい現実があっても頑張って生きましょう。