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日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

雪に戯れて (25)

2025年06月29日 17時04分11秒 | Weblog

 2月の末にしては珍しく続いた晴天も、3月に入ると寒気が舞い戻り、雪深い飯豊山麓にある美代子の住む街は、連日、重苦しい鉛色の雲が空を覆い、朝晩の冷え込みも例年並に厳しい。 
 診療所の朝は、春夏秋冬変わることなく毎朝5時、お爺さんが二階の仏間でリズミカルに打ち鳴らす団扇太鼓と鐘の響きにあわせて読経する”南妙法蓮華経”の朗々とした声を、まるで合図にした様に皆が動き出す。
 卒業式を間じかに控えた日曜日の朝。 読経を終えたお爺さんは、キャサリンと美代子を仏間に呼びよせ、何時もの厳しい顔つきで、緊張して正座しているキャサリンと美代子の前に、二通の白い封書を大事そうにだした。

 その一通には、
 自分の晩年において、キャサリンと美代子の二人の人生に夢と希望を叶えさせるべく尽力することが、自分の余生に残された責任と願望であり、日夜、彼女等の幸せを考えて心を砕き過ごしていること。
 更に、何故か孫娘の美代子と親しくなった大助君が自分の孫の様に思えて可愛いくてたまらない。
と、正直な思いを、旧漢字をまじえて丁寧に毛筆の行書でしたためた、大助の母親孝子宛てのものである。

 老医師は、孝子宛ての白い封書に添えて置いた別の封書には、上京の経費を入れておいた。
 彼は、腕組みして二人の顔を見ることもなく視線を落として、ゆっくりとした静かな声で、キャサリンに
 「ワシが言うまでもなく、節子さんにお世話になるのだから、貴女が全ての経費を負担しなさい」
 「ホテルは上京の都度使用している品川のホテルを予約して宿泊すること」 
 「美代子は、入校案内書により学校の説明をよく聞き、大助君の家では礼儀正しく姿勢を正して挨拶し、例え大助君がいても絶対に我侭を言わないこと。判ったね!」
と、古風なお爺さんらしく二人に細々と注意を言い聞かせた。
 キャサリンは緊張した面持でいたが、美代子は普段と変わらぬ表情で黙ってきいていたが、頭の中では早くも大助君の姉珠子さんに対して、どの様に自分の気持ちを話せば、彼との交際を理解して認めてもらえるか。と、そのことばかりが頭をよぎり、その際の言葉を思いめぐらせ、学校施設の見学や入学案内にはあまり関心をもたず思案していた。
 老医師は、二人が緊張していることを察知するや、出発にあたり、これはいかんと思い直し表情を崩して
 
 一通り上京の目的を果たしたら、美代子の生まれた病院やキャサリンが正雄と結婚式をあげた教会、それに当時家族で住んでいた街を歩いて回り、更に浅草寺の観音様をお参りし受験の祈願をしたあと好きな所を適当に遊んできなさい。
 東京の雰囲気を少しでも知ることは美代子のためにもなり、キャサリンも往時を懐かしんで散策することは、日頃の鬱積した心が癒さるよ。学会で飛んで歩く正雄とは違い、この様な機会を利用して外の空気をすうことは家庭の主婦としては精神的に大事なことなんだよ。
 大助君の時間が取れれば、孝子さんの許しをえて一緒に遊んできなさい。
 節子さんは君たちより一足早く帰るらしいわ。
 まぁ 滅多ににない機会なので家のことは気にせず、四・五日気儘に東京を楽しむんだなぁ。 君が留守にすることで、正雄も妻の有難味が身に染みて判り、皆がハッピーだわ。
と、彼女等が予期しないことを言って緊張気味の心をほぐし喜ばせ、更に
 ワシのことは心配せんでいい、賄いの人に面倒見てもらうし、それに、健太郎さんとも時折行き来して、五月蠅い美代子から離れて呑気にさせてもらうわ (アハハッ)
と愉快そうに笑って言葉を添えた。

 上京の朝。 美代子は、着てゆく洋服のことでキャサリンと少しもめたが、結局はキャサリンの言うことを聞き入れて、上下がグレーの中学校の制服にすることにした。
 その頃、節子さんが玄関に現れて、車中で履き替えると言って手提げの紙袋に入れたハイヒールをキャサリンに見せたので、キャサリンも真似てハイヒールを用意したので、美代子も
 「わたしも、ハイヒールにするヮ」
と下駄箱から出して手にすると、キャサリンは冷たく感じる声で
 「貴女は、中学生なのでパンプスにしなさい」
と言って、彼女から靴を取り上げて下駄箱に戻しパンプスを渡すと、美代子は不満そうに
 「中学生だとどうしていけないの。そんな理屈は大人のエゴだゎ」
 「これでも、カッコ イイと褒めてくれる人がいるので、余計な御心配をなさらないで・・」
と言い返していたが、節子さんに言われて渋々ながらパンプスを用意した。
 お爺さんは、玄関先での二人のやり取りを苦々しい顔で一部始終を見ていて、出発前からこの有様では。と、心配でならなかった。

 職員の運転する車で駅に送ってもらい、母やキャサリンが用意してきた靴に履き変えて車中の人になったが、美代子は新潟駅で新幹線に乗り換えると窓外の雪景色を眺めながら、姉の珠子さんや大助君にどの様に話そうかと緊張と楽しさの入り混じった複雑な思いで移りゆく景色を眺めて思い巡らせていた。
 そんな美代子に、キャサリンが小さい声で
 「美代ちゃん、貴女、子宮頸癌の予防接種を何時するの?」
と尋ねたら、彼女は
 「わたし、そんなの必要ないヮ」「副作用もあるらしいし、嫌だゎ」
と澄ました顔で答え
 「ヘンナコト キカナイデョ」
と言って不機嫌に答えたあと顔を背けてしまった。
 親子の会話を聞いていた節子さんが、キャサリンの耳元で囁く様に
 「理恵子も、していないようだゎ。よく言い聞かせておいたのに・・」
と、キャサリンに小声で言うと、キャサリンは
 「この子は、まだ精神的に幼く衛生観念がないのかしら・・」
と困ったような顔をしてうなずいていた。
 二人は美代子の手前それっきりこの話はやめてしまった。

 途中経過した越後湯沢は、報道通り豪雪であったが、関越トンネルを過ぎると、窓外が、雲ひとつ無い青空で、心も景色同様にパァ~ツと明るくなり、赤城山や噴煙がかすかに立ち登る浅間山が見えて、三人の表情も自然と明るくなった。
 キャサリンは節子さんと、城家の人間模様とか街の雰囲気等、理恵子さんの生活振りを交えて会話し、自分を落ち着かせるために熱心に聞いているうちに東京駅に到着した。

 東京駅には、理恵子さんが迎えに来てくれていたが、美代子を見つけると走りよって来て
 「少しの間、お逢いしないうちに、もう、すっかり高校生らしくなったわネ」
と笑顔で迎えてくれたので、美代子も
 「理恵姉さんも、見るたびにず~と綺麗になり羨ましいゎ」
と挨拶代わりに話し、美代子は理恵子の言葉で、それまでの緊張感が少しほぐれて、二人は腕を組んで駅構内を歩んだ。
 理恵子の案内で池上線の久が原駅につき、城家にお邪魔すると、節子さんが予め話しておいたのか、孝子さんと娘さんの珠子さんも愛想よく迎えてくれ、型通りに丁寧に挨拶した後、キャサリンが、美代子が大助君に大変お世話になって以来、生活が前向きで明るくなった旨をありのままに簡潔に話してお礼を丁寧に述べて、お爺さんからの手紙を差し出し、お爺さんも大助君をまるで自分の孫の様に可愛がっていることを話した。
 理恵子は、予め節子さんから上京の理由を知らされていたので、その場を和ませるべく珠子と二人して気配りして、会話の合間に都会での若者の生活振りを説明していた。

 孝子さんは色白な丸いふくよかな顔に笑みをたたえて、キャサリンの話に対し
 「アノ 大助がネ~ェ」「親の欲目かも知れませんが、高校生になるとゆうのに、なんか、子供ぽさが抜けないで・・」
 「果たしてこの先、お宅のお嬢様とお付き合いしてゆけるかしら・・」
と答えながらも、推薦で都立高校に入学することになったと話していた。
 キャサリンは、孝子さんの話しぶりに、自然と人を包み込むような、穏やかで優しい不思議な魅力を感じ、これが、長年都会で看護師長として勤め上げてきた人の、洗練された人間性のなせる業かと感心し、それまで緊張していた神経が一辺にほぐれて、自分もこのようにありたいと、その人柄が羨ましく思え、それからの会話にスムースに入ることが出来た。
 珠子は両親や節子さんの会話を黙って聞きながら丁寧な手付きで茶菓を用意していた。
 彼女は美代子に対し親しげに「アナタにはコーヒーを入れましょうか」と笑みをまじえて話してくれ、美代子はその一言で心配していた危惧が一変に払拭され普段の自分を取り戻した。

 孝子さん達が、雰囲気に和み、それぞれの生活や子供等のことを、時には冗談を交えながら笑って話し合っている隙に、美代子は思いきって珠子さんに
 「大助君は?」
と、彼の姿が見えないことが気になり、遠慮気味に小声で尋ねたら、珠子さんが心よく廊下に招いてガラス戸越に庭を指差すと、彼が芝生に茣蓙を敷いて寝そべって、キャッ キャッと笑い声を上げている女の子と並んで、時々、二人が示し合わせた様に脛を上げ下げしながら足で芝生を叩き本を見て笑っている姿が目に入った。
 
 大助は、美代子さんが訪ねてくる時間を知らされていないとみえて、早春の陽ざしを浴びた芝生にうつ伏せになって、何時も遊びに来ている近所の小学5年生でお茶目なタマコちゃんと、二人して愉快そうにお菓子を食べながら本を読んでいた。

 

 

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雪に戯れて (24)

2025年06月25日 04時12分28秒 | Weblog

 健太郎夫婦は、老医師の外見からは伺い知れぬ、人生や家族問題等の秘めたる苦悩を聞かされて強い衝撃を受け、適切な返事を返せぬまま、健太郎は「ハイハイ」とか、ときには「ウ~ン」と深い溜め息を漏らし、只管、一方的に聞くのみで、節子さんは、目を合わせることもなく、俯いて静かに聞き入っていた。
 健太郎は、節子さんが座をはずした隙に、沈んだ雰囲気の間を埋めるように、これ迄人に対して口にしたことのない、自分達夫婦の若き日の出会いと、結婚にいたるまでの不運な出来事を、年配の老医師に告白する様にポツポツと回顧する様に話していた。 

 節子さんは、重苦しい雰囲気を少しでも和らげ様と思い、老医師の好物であるお酒とブリの刺身に野沢菜漬けを用意してきて、二人にお酌をしてあげながら
 「先生、あまり思いつめない方がよろしいですヮ」
と静かに言いながら
 「理恵子も、高校生のとき母親を癌で亡くし、私の高校時代の先輩でもあった亡母の秋子さんの遺言で、私達の養女として、曲がりなりにも、なんとか今日まで育てて来ましたが、彼女がそれなりに現実を正しく認識していたことで、相当助けられましたゎ」
と老医師に同情するかの様に家族関係を話したあと、言葉をついで
 「それに、理恵子も小学生のときから、母親に連れられて、この家に遊びに来ていて家の中を知り尽くし、夫にもなついていたこともあり・・」
と、簡潔に説明したあと
 
 「先生もご承知の通り、いまの世の中は、私達の時代と違い、価値観が大きく異なり、それだけに、先生に御満足いただけるお手伝いは自信が有りませんが、夫ともよく相談をして、私達で出来る最良の方策は何かを考えて精一杯努力致しますヮ」
 「唯、わたしの直感で申し上げれば、美代子さんは歳頃の女の子になり自然の成り行きですが、現在、東京の大助君に熱い思いを抱いているようだし、将来はともかく、いまは、その思いを充分に満たしてやることが、彼女にとって、何にもまして大切な精神的な支柱であり、そのことが彼女の生活や勉強の励みにもなると思いますが・・」
と話すと、老医師も同感したようで、初めて笑みを浮かべ、節子さんに対し
 「貴女は、何時見ても歳相応に美しく、若い時の精神的な苦労を微塵も表情に出さず感心しとるわ。老いたりといえども、健さんが実に羨ましいよ」
と言いながら、健さんの顔を見て、いたずらっぽくニヤット笑った。
 節子さんは、老医師の言葉に戸惑って
 「先生、また、お酒の勢いで御冗談をおっしゃって・・。恥ずかしいですヮ」
と答えて少し顔を赤らめた。 

 彼女は、遠慮する老医師を車で診療所に送り届け、玄関に出迎えに出たキャサリンに、何事も無かったかのように、いつもの自然な態度で
 「美代ちゃんは、今日も、変わりなく学校に通っていますか?」
と聞いたところ、キャサリンは
 「はい、表面的には元気にしておりますが、時々、早く東京の学校に行きたいヮ。と、漏らしているところをみると、心此処にあらずといったところでしょうかねえ」 
 「私も、彼女につられて、気持ちだけが先走って落ち着かない毎日ですゎ」
と、苦笑いしながら話していた。
 節子さんは、キャサリンの若き日の悲しい出来事が脳裏をよぎり、彫りの深い美しい顔に秘められた、女の哀愁をしみじみと感じた。

 数日後。 節子さんは、診療所の休憩時間を利用して、老医師に対し
 「あのぅ~、先日のお話の御返事にもなりませんが、美代子さんと大助君が双方の親の承諾の上で友達付き合いをしていることを、周囲の人達に、きちんと説明できる様にしてあげた方が、本人達の自覚を促すためにも宜しいんでないでしょうか」
 「幸い、大助君の母親の孝子さんは、私と同郷で高校や看護師学校の後輩でもあり、理恵子を下宿させるときにも、交際していた織田君との関係もあり色々とお願いしておきましたが、孝子さんも現役の看護師で経験が豊富で人を見る目が肥えており、安心してお任せできると思いますが」
 「先生の御承諾をいただけるなら、入学前に、私が美代子さんを連れて上京して、孝子さんに紹介方々、これまでの事情を詳しく説明して来ても結構ですが」
 「娘の理恵子も、美代子さんのことについては、帰郷するたびに顔をあわせており、二人の関係を知っているので、美代子さんが休日に大助君の家に遊びに行ったときにも、心おきなく話し合えると思いますので」
 「それに、なんと言っても、私達の年代と彼女とでは、生活感覚とか体の発育に伴う貞操観念等の価値観が異なりますが、理恵子は美代ちゃんと年齢も近く話しやすいと思いますので・・」
と話をしたところ、老医師は
 「実は、ワシもキャサリンに一度先方の親御さんに挨拶しておこうと話あっていたところなのですが・・」
と答えて
 「貴女には、御面倒かけますが、是非、その様にお願いしたい」
と言ったあと
 「流石に健太郎御夫妻だ。確かに言われる通りです」
と快く納得して丁寧に頭を下げた。
 節子さんも
 「お見合いではないし、大袈裟に構えることなく、当面、双方が気楽に話し合える環境を作り上げることが、二人のために良いと思いますので・・」
と言って口に手を当てて笑い返したら、老医師も満足そうに声を出して笑った。

 その夜、節子さんは、久し振りに健太郎に愛されて身も心も高揚し、甘えの気分もあり
 「貴方、美代子さんのことも大事ですが、理恵子をどうしますか?」
と聞いたら、健太郎は
 「どうって、どうゆうことだ」
と答えるので、彼女は少し不服そうに
 「貴方は、相変わらず女性の心理に疎いのネ」「あの子は、とっくに大人になっているのョ」
 「わたしの目で見て、あの子はすでに織田君と結ばれていると思うヮ」
 「理恵子の体つきや落ち着いた仕草を見ていても判るでしょう」
 「よく耳にする、出来ちゃった婚なんて、わたし絶対に嫌だゎ。結婚式のことを考えておいて下さいネ」
と言うと、彼は少し心が動揺したのか
 「まさか?。自分にはその様に見えないし、大体、二十歳になるまでは、例え愛し合っていても口ずけ以外は駄目だよ。と、言ってあるし・・」
と言い張るので、彼女は
 「いまは、時代も体の発育や価値観も違うのョ」
 「貴方の娘ですョ。そんな呑気なことを言わないでョ」
 「私の青春を涙で曇らせたくせに・・。あの子には悲しく惨めな思いはさせたくないゎ」
と、彼の身体に縋りつきながらも、続けざまに思いを話した。
 健太郎は
 「そんな古傷に今更触れるなよ」「アヤマッテ イルダロゥ~」
と、段々と細くなる声で言いながら、老医師との昼酒の軽い酔いのためか、やがて、くるっと背を向けて小さな寝息をかいたので、彼女は背中に頬を寄せ「ワタシ シワセダヮ」と呟いて眠りについた。
 

 

 

 

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雪に戯れて (23)

2025年06月22日 04時46分42秒 | Weblog

(10年前)

 今年の冬は、太陽の11周期から黒点の減少・磁場移動の変異といった難解なnewsを耳にするにつけ、北極振動の影響とかで、北欧の大洪水、北米の大寒波、豪州・東南アジアの大洪水や旱魃等、世界的に異常気象であり、日本でも西日本でも降雪をみたり東北の山沿いでは豪雪にみまわれた。
 それに反し、平野部では10数年ぶりに降雪の日が多い。
 新潟市に通う正雄の話では、市内近郊では降積雪で交通渋滞やJRの運休も多発しているとのことだ。

 美代子の住む飯豊山麓に位置する診療所のある街では、例年と変わり無く未だに積雪がおよそ1米位あり、家屋の屋根には除雪で残った雪を残し、道路脇には除雪の雪がうず高く積まれている。 
 それでも、気象庁の予報の通り3月に入ると、たいした降雪もなく、この地域も朝晩の冷気は厳しいものの、三寒四温で珍しく青空がみられる日々が短い間隔をおいて続いている。
 晴れた日には、飯豊山脈の稜線が紺碧な青空にくっきりと浮かびあがり、陽光に照り映える峰々の純白な雪が神々しく眺望できて、毎年見慣れているとはいえ、その美しい景観と真冬にしては温暖な陽気は、おのずから気分を爽快にさせ、例年より早い春の訪れを感じさせてくれる。 
 やがて、彼女の心を映すかの様に、雪解けの棚田を縫うように流れる小川の淵には、フキノトウの黄色い蕾が顔を覗かせ、山合いに流れる街を二分する河の岸辺に生えている猫柳も芽ぶく、躍動感溢れる季節の到来である。

 老医師は、初春の陽気に誘われ一人で杖を相手に、健康保持をかねて、歩きにくい雪道をおぼつかない足取りで、時間に追われることもなくトボトボと歩いて、懇意にしている山上健太郎の家に向かった。
 彼の奥さんである節子さんには、診療所に隔日勤務で手伝って貰っており、老医師はじめ彼の家族は彼女の人格に敬意を払い、健太郎夫婦とは心おきなく話せる間柄でもある。
 老医師は、近頃、めっきりと大人びいてきた孫娘の美代子の生い立ちや教育等について、兼ねてより思案していたことを健太郎夫婦に相談するには、彼女が今春上京して都内のミッションスクールに進学する予定のこの時期が良いと思ったからである。

 健太郎の家につくと、彼は妻の節子さんと二人で庭の花畑の除雪をしていたが、玄関脇には白と黄色の水仙が可愛いらしく咲いていた。 
 老医師は、健太郎夫婦に快く迎えられると、囲炉裏炬燵のある居間に案内され、節子さんが「よく、歩いて来られましたネ」と言いながら、お茶を出してくれたが、老医師は
 「いやぁ~、今年になって初めて外出したが、やはり人間は老いたりといえども、歩くことは健康上大事なことですね」
 「気分もすこぶる爽快だわ」
と笑って返事をしたが、正直、歳を重ねる毎に確実に脚力の衰えを感じ、掘り炬燵の中で少し痛む足を伸ばして一息ついた。
 老医師は、健太郎夫婦と、この冬の降雪状況や世間話をしあったあと、彼等の養女である理恵子さんの成長振りや、正月に訪れた大助達の話題を感じたままに愉快そうに楽しく話したあと、その際の美代子の生活模様を話し出したが、話に熱を帯びるに従い、美代子の生い立ちについて、健太郎夫婦が想像もしなかった事実を語り始めた。
 
 老医師が、外見は平穏で不自由のない生活に見えるが、その家族が辿った数奇な人間模様について語るところによれば

 老医師が、軍医将校としてジャワ島で終戦を迎え、俘虜虐待容疑で戦犯として軍事裁判の結果重労働10年の判決を下され、暫く現地の収容所で囚人の外科医として服役していたが、約3年後の再審で、戦時下の食料不足は被我ともにやむを得ないことであったことが認められて無罪となった。
 その後、収容所の所長であったオランダ人の医師の勧めで、当時、世界的に注目を集める様になった腫瘍外科を勉強する様に薦められて、イギリスに渡りロンドン近郊の大学付属病院に勤めることになり、先祖の墓以外に身よりも無い日本には帰国は出来ないと思い、生涯イギリスで過ごす覚悟で、自分の助手として公私ともに尽くしてくれた看護師と、指導医の媒酌で結婚することになった。
 彼女はダイアナと言う名で、2年位はバラの花に囲まれて、人並みな幸せな生活を過ごしたが、運命とは判らぬもので、そのころ、イラク戦争が始まり、ダイアナの妹グレンの娘であるキャサリンが大学を卒業して薬剤師として勤めていたが、恋人が戦闘機乗りとして従軍して、間もなく味方の誤射で戦死してしまい、その時、キャサリンは美代子を身篭って2ヶ月であった。
 当時の慌ただしい中では、入籍はしてなかったのが、今となってはせめてもの救いと思っているが・・。
 そのため、キャサリンは精神的にひどく落ち込んでしまい、彼女を立ち直せるためには、生活環境を変える必要があると親族が相談した結果、気性の強いダイアナが、キャサリンを連れて日本に行くことを決意し、生まれてくる子供は自分が育てると主張して、老医師は彼女等を伴い日本に帰国して東京で大学病院の勤務医として過ごすことになった。
 ところが、美代子が2歳になったとき、ダイアナがマーゲン・クレイブス(胃癌)でこの世を去ってしまった。
 その後、自分とダイアナの間にも一人息子の研修医をしていた正雄がいたが、当然キャサリンとは従兄妹同士であるが、歳頃の男女が同じ屋根の下に長く住んでいれば自然の成り行きで、二人に何時の間にか愛が芽生えて、遺伝を考えて子供は作らないとゆう堅い約束のもとに、二人が結婚したいと言い出し、正雄が美代子を自分達の子供として育てるとゆうこで、老医師も大賛成して、二人の結婚を認め、幸いこれまでは円満に暮らして来た。
 正雄が研修を終えて新潟大学病院に勤めることになったのを機会に、老医師も生まれ故郷で医師として故郷に恩返しすることを決意し、懐かしい飯豊山麓の田舎町で診療所を開設した。
 ところが、美代子も成長し中学3年生を卒業するに歳になり、勿論、彼女もその間の詳しいことは知る由もないが、近頃、本能的に正雄が実父でないと気付き始めたようで、キャサリンと共にこの問題の扱いには苦慮していた。 
 何しろ、自分が彼女の成育について全責任を負って連れて来たのだし、見知らぬ異国である日本で辛苦を共にした亡妻のダイアナの遺言でもあるので・・

と、苦しい胸のうちを飾らずに語り終えると、胸に秘めていた積年の苦悩が晴れたのか普段の気丈な老医師の顔に戻り
 「ところで、君等は、養女の理恵子さんを立派に育てたし、健さんは教育者として豊かな経験を有しているので、この問題の扱いについての心構えと、当面のアドバイスを教えてほしいのだが・・」
 「ワシ等の隠れた家族関係は説明した通り複雑で、ワシの知識の領域を超えており、時代が変わったとわいえ、ワシや若手夫婦では手におえんわ」
と、真剣な顔つきで苦悩を吐露した。
 
 健太郎と節子夫婦は、老医師の話を神妙に聞いていて話が終わると、互いに目を見つめあって老医師の言葉に強く心をうたれた。
 複雑な家庭問題だが、キャサリンと美代子さんのことを考えると同情心も沸き、自分達で出来うる限りお手伝いしてあげたいと、互いに遠慮気味に
 「わたし達の拙い経験で宜しければ・・」
と控えめに答えたところ、老医師は満面に笑みを漂わせて
 「此処まで来ると、最早、君達とは他人とも思えんわなぁ」
と喜んでいた。
 節子さんは、ころあいを見て素早く簡単な手料理を用意すべく台所に去ると、健太郎は自分達の若き日の数奇な出会い<前編”蒼い影”参照>と、親しい人の死を見つめて理恵子を養女に迎えた経緯を巧みに話をして、互いに運命の不思議さを語り合っていたが、何時しか自然と話題が理恵子と美代子のことに移り笑顔をまじえて話を弾ませていた。 


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雪に戯れて (22)

2025年06月18日 03時53分26秒 | Weblog

 大助達が帰京する日の朝。
 外は厳しい冷気に満ちていたが風もなく、雲一つない透き通る様な快晴で、美代子は母親のキャサリンと節子さんと共に、彼を見送るために温泉宿に向かった。 
 途中で、美代子はキャサリンの肩に手を当てて促すように笑顔で 
 「お母さん、ほら、珍しくダイアモンドダストがキラキラと瞬間的に輝いて綺麗だヮ」
 「大ちゃんにもう一晩泊まってもらい、この美しいダイアモンドダストを見せてあげたかったゎ」
と、昨夕彼を宿に帰したことを残念がり、感嘆しているうちに宿に到着すると、寅太達の三人組が上着を脱いで鉢巻姿で顔を紅潮させて、入り口の除雪や健ちゃん達の車を洗車していていた。 
 彼等は、車から降りた彼女を見るや明るい笑顔で元気よく朝の挨拶をしてくれたが、美代子はチョコット頭を下げて笑顔をも見せず無言でキャサリンと節子さんの後について帳場に入った。

 キャサリンが、宿の帳場で管理人のお婆さんに朝の挨拶をしたあと、大助が予約の宿泊が出来ず迷惑をかけたことについて、丁寧にお詫びを述べていたが、そのあと、節子さんも話に加わり、お喋り好きなお婆さんと、お巡りさんが訪ねて来たときの健ちゃん達の慌てた様子等を面白可笑しく話題に、お茶を飲みながら宿の近況をまじえて、世間話に花を咲かせていたところ、健ちゃん達が笑い声を廊下に響かせて玄関に現れた。
 健ちゃんは、帳場の受付口で宿泊代等の精算をしたあと、節子さんとは、以前、東京で娘さんの理恵子さんの紹介で逢って顔見知りのことから、キャサリンも交えて自分達町内の世間話と理恵子さんの様子等を話していた。

 美代子は、母親達が話している隙を見て、大助を宿の入り口脇にある応接室の隅のソファーに誘うと、紙袋に入れた赤茶色の毛糸のネクタイを少しのぞかして見せたあと直ぐに袋に入れて、彼に小声で
 「これ、わたしが手編みしたものょ。まだ、練習中で目が揃っていないが、遊びのときに使ってネ」
 「わたしが、男の子に初めてプレゼントするものョ」「手編みしているときの気持ち、少しでも判ってネェ~」
と言って、紙袋を渡すと襟巻きを膝にかぶせ、その下でソット彼の手を握り締めた。 
 大助は周囲に気配りしながら
 「アリガトウ 気持ちは今でもよく判っているよ」
 「3月には東京のミッションスクールに来るんだろう、そのときには逢えるので楽しみにしているよ。それまで元気でお互いに頑張ろうよ」
と言って、健ちゃん達の目に触れないように気を使い、握り締めた手に力をこめて握り返し、笑顔で答えていた。

 健ちゃん達は、キャサリンから、お土産のお米や北限の地場産であるお茶に山菜の漬物等を、遠慮しながらも恭しく受け取り入り口に出たところ、例の三人組が除雪や洗車の手を休めて並んで元気よく挨拶したので、健ちゃんは
 「オイオイ あんまり飛ばすと、後で息切れするぞ」「中学卒業後は高校に進学かい?」
と聞くと、彼等は真面目くさった顔でそろって口々に 
 「俺らは、勉強は自慢じゃないが同級生から3周遅れだよ。大体、勉強なんて余り好きではないや」
と答えると、駐在所の三男坊の背丈の低い小太りの三太が
 「先生の勧めで、街の介護施設の補助員にきまり、仕事の手伝いをしながらヘルパーの勉強をすることにしたよ」 
 「力仕事や部屋の掃除それに汚れ物のかたずけなら、人に負けないよ」
と、はにかんで喋ると、寅太は
 「これ、俺達が授業をサボッテ山や川で採った山菜の漬物と山葡萄の原酒と鮎の粕漬けだけど、もらってくれないかな」 
 「いまの俺達には、これ位のことしか出来ないが・・・」
 「俺は、授業中散々迷惑をかけた担任の山崎先生が今春退職して、地元で開店する雑貨屋の店員をすることに決めたわ」
 「俺を雇ってくれるなんて、先生の有り難さが、やっと判ったわ。頑張って先生に恩返しするよ」
と、中学卒業後の進路について、こもごも屈託無く説明して笑い、袋に入れたお土産を差し出したので、健ちゃんは、彼等の余りにも変わり様に内心ビックリして、心からこみあげる感動を無理矢理抑えて言葉を捜しながら言語明瞭に自信に満ちた力強い声で
 
 「珍しいものをアリガトウ。 お前達は根性があり、きっと立派な介護士や店員になれるよ、初心を忘れずに頑張れよ。
 勉強の出来る奴だけが世の中で立派になるとは限らず、ビリで卒業して大きな会社の社長になった人も大勢いるよ。
 体力の弱ったお年寄りを助ける仕事は一番大切な仕事だよ。思いやりをもってなぁ・・。
 世の中は人々が様々な仕事を通じて成り立っているんだ。
 俺達の様に八百屋に肉屋と魚屋でも、一生懸命に自分の仕事に励めば、何時かは報われる日が必ず来るものだよ。」

と言って激励して一人一人と握手していた。
 健ちゃんは、そんな話をしながら横目で、大助と美代子の二人をチラット見るや
 「あのなぁ~、お前達もやがてはオンナノコに恋をすることだろうが、少し位気に食わぬことがあっても、オンナノコだけは絶対に泣かせてはだめだよ」
と付け加えてニヤッと笑みを浮かべたら、三太が、寅太を指差して
 「あのなぁ コイツ この前、ラーメン屋でパートのお姉ちゃんの尻をなでたら、ラーメンを配り終えたお姉ちゃんが、いきなりコップの冷や水をコイツの後ろ襟から背中に流し込んでイジメられていたことがあったが、それでもコイツ怒らなかったよ」
と、茶目っけたっぷりに喋ると、寅太が
 「バカヤロ~ お前は何時も余計なことを喋って嫌になっちゃうわ」
といって三太の頬をつねったら三太は大袈裟におどけていた。

 健ちゃんは、寅太と三太の愉快な話をきいて、彼等にも隠れたユーモアがあると改めて彼等を見直し「ウ~ン」と唸って空を見上げて何も答えなかったが、美代子は「イイキミダワ」と小声で漏らした後、ハンカチを口に当ててククッと愉快そうに笑っていた。
 三太のとっぴな場外れの話しに一同が大笑いしたところで お婆さんは彼等の話が終わったと見るや、除雪のお礼代わりのつもりかお世辞気味に、寅太達に
 「おいらが、介護施設でお前達の最初のお客さんになるかもしれんわな」
 「そうなる前に、時々、風呂場の掃除にもきておくれよ」
 「おやつ位用意しておくし、温泉にも入って行きなよ」
と言て、皆がお別れの朝とも思えない和やかな雰囲気に包まれた。
 昭ちゃんと六助が先に車に乗ると、健ちゃんは大助に大声で
 「大助!、彼女との別れは名残惜しいだろうが、はよう乗れや」
と声をかけると、大助は美代子達の方に軽く会釈して乗り込んだ。

 美代子は、何時もの癖でキャサリンの後ろに回り、母親の背に泣き顔を隠して手の掌だけを振って、車が見えなくなるまで見送っていたが、目に溢れた涙をハンカチでしきりに拭いていた。
 節子さんは、その姿を見て
 「美代ちゃん、気持ちはよく判るが、貴女も、これから上京して勉強する身なのに、そんなメソメソしたことではダメョ」
と、肩を軽く叩いて勇気ずけると、キャサリンが節子さんに
 「ホントウニネェ~ この子は家にいるときは、お爺さんやわたしに対して威張っているのに、この様なときになると、何時も涙ぐんでしまうので、この先が心配になるヮ」
と言うと、節子さんは
 「この歳頃の女の子は、思いつめると皆そうなのョ」「理恵子のときもそうだったヮ」
と言って
 「美代ちゃん、大助君の家には理恵子も下宿していることだし、大丈夫よネ」
と肩を叩くと、美代子は無言でうなずいていた。

  美代子達が家に帰ると、お爺さんはションボリとして炬燵で新聞を読んでいたが、キャサリンから見送りの状況を聞くと
 「美代子は泣かなかったか?。ワシも大助がいなくなったら、何だか寂しくなったよ」
 「あの子には、妙に人をひきつける何かがあるな」
と言っていたが、キャサリンがお茶を入れてやると一口美味しそうに飲んだあと、改った顔になって
 「正雄にも相談するが、美代子が春から東京の学校に行くとなると、このまま、大助君の親御さんに挨拶をしない訳にもゆかず、近じか美代子を連れて上京し、母親として挨拶して来なさい」
 「大助君の母親とも、親しい節子さんに同道してもらい色々と助言してもらう方がよいとおもうよ」
と言うので、キャサリンも
 「わたしも、是非、ご挨拶に伺いたいと思います。城さんのご都合もありますでしょうし、節子さんに聞いていただきますヮ」
と返事をした。

 キャサリンは、家事を済ませたあと、美代子をリビングに呼んで、お爺さんの思いを教えたところ、それまで自室に閉じこもり沈んだ気持ちでいたのか、青白い顔をした彼女は、母親の話を聞いて急に精気が甦った様に瞳を輝かせて
 「ネェ~ 母さん、私もそうしたいゎ。お願いョ」「何時行くの?ウレシイワ~。お爺さんにお礼を言っておいてネ」
と、キャサリンの肩に手をかけて小刻みに跳ねてはしゃぎ素直に喜びを現して答えていた。
 彼女としては、この際、大助君から時々聞いている姉の珠子さんに、自分の心のうちを正直に話して、大助君との関係を理解してもらいたいと思った。



 

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雪に戯れて (21)

2025年06月14日 04時25分14秒 | Weblog

 美代子は、お爺さんの話を渡りに船と、戸惑う大助を連れて二階に行くと、自室の隣の座敷に用意されていた布団を丸めて運び出して、自分の部屋のベットの脇に敷き、彼に
 「ハイッ 朋子さんが、洗濯しておいてくれた君の下着ョ。 着替えテェ~」
と差し出したので、大助は
 「少しの間、隣の部屋に行っていてくれないか」「女性の前で着替えるのは嫌だなぁ~」
と、きまり悪そうに呟くと、彼女は顔をくもらっせて
 「そんなことを言はないでぇ~」「わたし、外の方を見ているから、早くしなさいョ」
と言って窓の方を向いたので、彼は素早く着替え終わると、チラット盗み見していた彼女はニコッと笑いながら
 「大ちゃん、運動しているためか、腿と腰の筋肉が発達していて頼もしいヮ」
と言ったので、彼は
 「コラッ! 約束違反だぞ」「淑女らしく約束をまもれよ」
と照れ隠しを言うと、彼女は小さい声で悪戯っぽく
 「アラッ イイジャナイノ ナマデミルト トッテモ ミリョクテキダワ」
と口答えし、続いて間髪を入れずに
 「わたしの、ベットで休むのョ」
と言って、躊躇している彼を無理矢理、自分のベットに押しやり
 「わたしは、下に敷いたお布団で休むワ」
と呟いて,サッサと布団の上に座り込んでしまったので、彼は仕方なく美代子が普段使用しているベットに横たわり毛布をかぶるや、顔にかかる襟布に鼻を当てると臭いをかぎわけるように
 「美代ちゃんの臭いがプンプンするわ」
 「でも、なんと言うのか、これが直接嗅ぐ女性の臭いかぁ、いい臭いだナァ~」
と独り言を呟いて、思いだしたように
 「また、夕べみたいに潜り込んでこないでくれよ」「特別に話すこともないし、寝不足だわ」
と言いながらも横になると、彼女は
 「わたしの、臭いを脳に焼き付けておいてネ」
と言ったので、彼は
 「チエッ 僕、美代ちゃんの、犬みたいだな。愛玩用のペットでないぜ」
と文句を言いつつ、毛布をかぶってしまった。    

 美代子は、大助が夕べのお喋りで睡眠不足から、間もなく軽い鼾をかいてスヤスヤト眠ると、自分も引き込まれるように眠くなったが、我慢して布団の上に足を横崩しにして座り、彼にプレゼントしようと、暇をみては編みかけていた毛糸のネクタイを編み始めたが、ドアーをノックする音で部屋から顔を出すと、母親のキャサリンが話しかけようとしたので、人指し指を口に当てでシーッと合図して廊下に出ると、キャサリンが
 「いま、宿に行って、大助君が今日も家で休んで貰うことを、皆さんにお願いしてきたが・・」
 「お爺さんが、夕方、大助君のお友達を招待すると急に言い出し、食材の用意もしてなくどうするかテンテコマイだヮ」
と愚痴るので、彼女は
 「お母さん、心配することないわ」
と言うや、階下に降りて行った。
 
 キャサリンは、その後姿を見て、きちんと洋服を着ていたので安心したが、彼女はリビングで、お爺さんに
 「お母さんが、お爺さんの言いつけで、朝から飛んで歩き帰宅すると、今度はお友達を御招待するとの指図で、神経が大分お疲れのようだヮ」
と、少し文句がましく言うと、お爺さんは
 「春に、お前が東京に行ったとき、彼等にお世話になるから、そのためだっ!」
と厳しい顔をして半ば怒ったように
 「ワシが 準備をするからと言っておけ」
と言うなり、受話器を取って、馴染みの居酒屋のマスターに料理を注文していた。   

 キャサリンは、自分の至らないことで申し訳ない気持ちで切なくなり、思いあまって慣れ親しんでいる看護師の節子さんに相談したら、節子さんは
 「その様なことで心配していたら身が持たないゎ」
 「男女に拘わらず、人はお歳を召すと自然に我が強くなるものよ」
 「先生は、先生なりに考えてやっておられることなので、お好きなようにさせておけば良いのよ」
と、孫を愛する老人の心理を感単に説明し、優しく肩を叩いて慰めた。    
 お爺さんは、顔を出したキャサリンに
 「あのなぁ~、若い連中は、温かい御飯と味噌汁に味噌漬で腹一杯になれば満足するもんだ。なにをオタオタ心配しているんだ」
と、自分の若い時に重ねて、こともなげに話しをした。
 美代子は、そんなお爺さんの話を聞いて、いくらなんでもと思ったが、お爺さんのお陰で、今日も一日、大助君と一緒にいられると思うと憎めなかった。  

 夕方、丘陵を思うぞんぶん滑り捲くった健ちゃん達が、スキー場から戻って宿で休憩したあと診療所に顔を出すと、お爺さんは愛想よく彼等を招きいれて、賄いの小母さんに広い風呂場に案内する様に指示した。
 彼等は広くて窓外の竹林の眺めがいい浴場に入ると、六助が健ちゃんと昭二に
 「温泉も素晴らしいが、田舎の金持ちも贅沢な風呂場で凄いもんだなぁ」
と感心して身体を暖めていたら、大助が顔を覗かせて
 「お爺さんがまっているので・・」
と呼びにきたので、六助が
 「お前、とんでもない家の彼女と付き合っているんだなぁ」「何時頃、どんな理由で知り合ったのだ」
と、聞きながら風呂から上がったが、大助は問いかけに答えることもなく彼等を座敷に案内すると、健ちゃんが先になり恐るおそる座敷にはいった。

 皆が料理が並べられた大きなテーブルを囲んで座り、健ちゃんが一通り挨拶すると、お爺さんは早速お酒を薦めながら、美代子から聞いて全てを承知していたが、そこは老練なお爺さんは彼等の手前知らない振りをして 
 「町でも乱暴者で名高いあの三人の連中、今朝、早くから汗を流して、診療所前の雪掻きをしておったが、あなた方がどの様な教育をしたかは知らんが効果的面だわ」
と感心して話をしたあと、お酒を呑みながら、健ちゃんから自衛隊の訓練の話を聞いたり、自分の軍歴や俘虜になってイギリスに行ったことなどエピソードをまじえて愉快そうに話していた。
 老医師は、健ちゃん達の話に引き込まれていた、美代子とキャサリンに
 「ホレッ ボヤットしてないでお酌をしてあげなさい」
と指図し、キャサリンと美代子が、一人一人に丁寧に挨拶をしながらお酌をしたが、そのうちに、お爺さんは
 「この春、孫娘が上京する予定ですが、なにしろ世間知らずな田舎者ですので、遠慮なく指導して下さい」
と、両手をテーブルについて軽く頭を下げて丁寧にお願いすると、健ちゃんが
 「先生。そんなに御心配なさらないで下さい」 「大丈夫ですよ。大助が付いていれば・・」
 「勿論、僕等で役に立つことがあったならば、喜んでお手伝いさせて頂きますが」
と、わざと大助の名前を出して答え、それが、お爺さんの意図する的を射たのか顔をほころばせて喜んでいた。 

 美代子は、皆の手前、最初は畏まって遠慮気味にしていたが、雰囲気に慣れるに従い、彼女が何をしでかすかと、キャサリンがハラハラと心配して見守るのをよそに、大助の隣に何時の間にか座ったのか、慣れ親しんだ態度で笑顔を絶やさずに楽しそうに上京後のこと等を話かけていた。 
 そんな二人を見て、健ちゃんも、大助の膝を叩いて
 「俺には少しばかり気になることもあるが・・」「お前は幸せな奴だ、羨ましくなるよ」
と、遠慮気味の彼を元気ずけていた。
 昭二と六助は、予期もしない歓待に戸惑っていたが、適度に酔いが廻ると饒舌になり、六助が
 「学校が休みの日は、俺達町内の青年会に是非参加してくださいよ」
 「なにしろ、町内大会の野球では連戦連敗で、運動神経抜群の貴女に入ってもらえれば心強いですわ」
 「大助君の姉の珠子さんや、僕の家に下宿しているフイリッピン人の看護師に、小中学生の女性も参加して賑やかですよ」
と 、お世辞ながらも率直に町内の若者達の様子を話して、お爺さんと美代子の不安を巧みに払拭して安心させていた。

 美代子は、珠子さんと聞いて少し緊張感が心をよぎったが、外国の人も仲間に入っていると聞き楽しそうだし、上京後の生活を頭に描いて、是非参加したい気持ちにかられた。
 美代子が、珠子と聞いて緊張したのは、彼女とは昨年の夏、大助と初めて河で遊んだとき、顔だけは見合せたが言葉を交すこともなかったが、大助と親しくなるにつけて、彼女が彼の家庭を母親に代わって家事を任されていることを知り、姉弟でも彼にとっては厳しい姉であると、彼と逢うたびに聞かされていたので、自分達の交際を認めてくれるかしらと思ったからである。
 或る時、美代子は看護師の節子さんに珠子さんのことを聞いたことがあったが、節子さんは
 「普通にお友達として交際していれば、自然と仲良くしてもらえるわょ」「娘の理恵子も下宿当初は緊張していたゎ」
と笑って答えてくれたので、彼女はその言葉を聞いて上京したあとの生活の未来が開けた気持ちになった。 

 暫く御馳走になり、健ちゃん達は大助を連れて、家族に見送られて帰るべく玄関に出ると、美代子は何時もの様に、大助と別れるとなると、それまでの陽気さが途端に消えうせて、キャサリンが前に出るように促しても拒んで母親の背中に顔を隠し手首だけ出して振っていた。 
 お爺さんは、そんな彼女の様子を見て苦々しく
 「普段、威張りよっているくせに、また、そんなメソメソした顔をして・・」
と言って、見送りに出た看護師の朋子さんに顎をしゃくって見せ苦笑していたが、朋子さんは自分にも恋人がおり彼女の寂しさが痛いほど判り切なくなった。
 大助も、そんな美代子の姿に胸を締め付けられるようになったが、皆が、大助達二人の間柄を勝手に 想像して囃し立てていたので、健ちゃん達の会話に気分を紛らわせていた。
 日の暮れた山里は冷気が漂い風も強く、彼等も彼女の感傷的な様子を気にすることもなく宿への帰路を急いだ。

 

  

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雪に戯れて (20)

2025年06月11日 04時31分08秒 | Weblog

 大助は、美代子が朝食を知らせてくれたが、これまでに彼女の家で食事をしたことは無く、堅苦しい雰囲気の中での食事も嫌で、ベットで寝転がり思案していたら、再度、彼女が迎えに来たので
 「僕、宿に帰ってからにするよ」「だいいち、僕は入院患者で、お客ではないし・・」
と告げたら、彼女は 
 「ナニ イッテイルノヨ 朝から、難しい理屈を言って困らせないでョ」
 「君は、この家と、わたしにとっては、将来がかかった、大切なお客様なのョ」 
 「お爺さんも、君とお食事をするのを楽しみにして、待っていてくれているのに・・」
と誘ったが、彼は動こうとせず頑なに嫌がって、彼女をてこずらせていたいたら、看護師の朋子さんが顔を出して、爽やかな笑顔で
 「お爺様が早く呼んで来なさい言っているゎ」
 「貴方のカルテは作っていなし、患者さんではないので、病室にお食事を用意する訳には行かないのょ」
 「美代ちゃんが、無理矢理、入院患者さんに仕立てたので、美代ちゃんの恋しいお客さんなのょ。遠慮することないゎ」
と優しく諭す様に話し、意味ありげにフフッと笑ったら、彼は
 「エッ!入院患者で゛ナイッテ!」
と、ビックリしてベットから起き上がり、朋子さんに
 「僕が、美代ちゃんの恋人だなんて勝手に決められても困ちゃうな、普通の友達と思っているんだけどなァ~」
 「看護師さん!。僕達、どの辺から恋人と言うの?。友達との違いがわかんないや?」
と言いながら、渋々納得して美代子の顔を見て腰を上げたが、朋子さんは
 「私にもよく判らないゎ。微妙な問題だわネ」
と、ニコッと笑って答えていた。
 
 美代子は、朋子さんの的をついた説得力に感心し、彼女の手助けが余程嬉しかったので「朋子さん、ありがとう」と言って頭を下げて笑みを返し、大助の先になりリビングに向かった。
 朋子さんは、廊下を歩きながら、彼に対して割烹着姿の彼女の後ろ姿にチョコット人さし指をさして彼にウインクしてみせ、いたずらぽく微笑んだあと
 「お爺さんは、貴方を、まるで御自分の可愛いお孫さんが里帰りした様に喜んでおり、今朝も、着物からお惣菜まで細かく気を使い、彼女は彼女で久し振りに恋人に逢えたと、すこぶる御機嫌で、端で見ていると、朝から家中で大騒ぎしていて滑稽ですゎ」
 「あの頑固なお爺さんにしては珍しいことで、貴方もお二人の間に挟まれて大変だわネ」
と、同情を交えてユーモラスに朝の模様を話してくれた。

 リビングに入り、大助が恥ずかしげに挨拶をすると、お爺さんは笑顔で大助を迎い入れて
 「ヤァ~ おはよう~、傷は痛むかね」「君は、運動しているためか筋肉が発達しているので、その程度の裂傷は直ぐなおるよ」
と言いながら朝茶を出してくれ
 「このお茶は、日本の北限で出来たお茶で、甘味が少しあるんだよ」
 「お母さんへのお土産にと、別に用意しておいたよ」
と言ったあと、続けて、食卓に並べられたお惣菜について、箸で一つ一つ指しながら
 「この魚は、ヤマメと言って、川の一番上流に棲息する魚で、甘露煮してあるから、骨まで食べられるよ」
 「味噌漬は、山牛蒡で、秋に裏山で採って2年位漬けたもので、鉄分が豊富で、猛勉強中の君には是非食べてもらいたいな」
 「ご飯は、農薬や農機具を使わない、昔ながらの天日干しの、棚田での手造りの米だよ」
 「田舎では、春から秋にかけて、色々な山菜が沢山採れるし、渓流ではヤマメやイワナが釣れ、街場では味わえない自然の楽しみが沢山残っており、春の連休には必ず来なさいよ」
 「教科書やTV等で学んだ ”知識” も大事だが、昔の人々が自然の中で生活して、子孫に残した生活の ”知恵” を学ぶことも大切なんだよ」
 「長い人生の中では、この様な知恵は、何時かは、きっと生活に役立つときがあるんだよ」
と、細々と説明していたら、美代子が大助を一人占めしている、お爺さんに業を煮やして、お爺さんの袖を引張って
 「お爺さん、もういい加減にやめてよ。大ちゃんが、お食事できないしょう」「わたしも、箸がとれないヮ」
と、たまりかねて話を遮ると、お爺さんは
 「アッ 御免ゴメン」「さぁ~ 沢山食べて下さいよ」
と解説を止めて食事を始めたが、美代子は、お爺さんのお茶碗が空になっているのに知らぬ顔をして、大助が「ヤッパリ コノゴハンハ オイイシイョ」と言うと、彼女は「ソオォ ワタシガタイタノ」と言ってニコット笑い、彼が差し出すお茶碗を、白い指をした手で受けて、慣れぬ手付きでお代わりのご飯をよそうと、この仕草を見ていたお爺さんが
 「フン 一人前に割烹着をつけてるが、その手付きは危なっかしくて見ておれんわ」
 「そんな、お茶碗に押しつける様な御飯のよそい方では、御飯の美味しさが・・」
とブツブツ言っていたが、彼女は平気な顔をして御飯をよそい大助に渡すと、お爺さんは 
 「ホレッ 練習ダッ もっとフックラとなる様によそいなさい」
と言いつつお茶碗を差し出すと、彼女は渋々ながらマイペースで山盛りにしてお爺さんに渡したあと、彼が美味しそうに食べていたヤマメの甘露煮と野菜サラダの空のお皿を、お爺さんの目を盗むように、自分のお皿とソット移し変えてていた。 
 お爺さんは、御飯をほおばりながら、二人の様子を薄目でチラット見ていたが満足そうな表情をしているように、彼女には見えた。

 食事を終えた後お茶を飲みながら、大助が遠慮気味に
 「僕、何時ころ、友達が迎えに来てもらえるんだろう」
と、ボソット呟いたら、お爺さんは
 「きょうわ、一日安静にしていたほが傷のためにも良いので、今、キャサリンが宿に行き、お友達にお願いしているので、二階の座敷に布団を用意しておいたので、夕方まで休んで行きなさい」
 「昨夜は、傷の痛みと、美代子のつまらぬ雑音で、満足に眠れなかったでしょう」
 「夕方には、皆さんを、食事に招待しようと思っているが・・」「君を助けてくれた、お礼もかねてな」
と、当然のような顔をして答えたので、美代子は
 「お爺さん、私達の守護神みたいだわ・・。ヤッパリ名医だゎ」
 「わたしの、ptsdもこれで完全になおるわ」「ウレシイ~」
と、途端に気色満面な笑顔で、老医師にお世辞を垂れて
 「大ちゃん、さぁ~早くお部屋に行きましょう」
と言って立ちあがったら、お爺さんは、いまいましげに
 「美代子ッ!後片ずけをしなさい」「それに、安静なのだから、お前は自分の部屋に行くんだゾ!」
と言うと、彼女は
 「あとでするヮ」「大ちゃん一人では、退屈でしょうし、青春の貴重な時間が勿体無いので、傍で面倒を見てあげるの」
 「お爺さん、心臓と血圧に悪いので、ご心配なさらないで」
と言い残して、さっさと、戸惑う大助を連れて二階の座敷に彼を連れて行ってしまった。

 

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雪に戯れて (19)

2025年06月08日 03時20分01秒 | Weblog

 健ちゃん達は、大助を診療所に預けて宿に帰ると、早速、三人が手分けして知恵を絞り備え付けの大きい鍋に、持参の野菜や隣の商店から仕入れた豆腐やイトコンに、診療所から貰った解凍した熊の肉を入れて、チャンコ風な鍋の準備をし、炭火が赤々とともる広間の囲炉裏の吊り手にかけると、炊飯器にスイッチを入れて夕食の準備を終えると、浴衣に着替えて揃って温泉浴場にむかった
 真っ先に入った六助は、熱すぎる湯を浴場に用意されていた消防用のホースを利用して小川から流れる豊富な水で湯加減したあと、熱い源泉の落ち口に、蜜柑を入れてきた網袋に入れたワンカップの酒瓶を吊るし、缶ビールを窓外の雪の上に出して、大きい岩石に囲われた豪華な浴場で温泉気分を満喫しながら入った。

 健ちゃんが、ワンカップや缶ビールを見て
 「六助、お前は相変わらず機転がきくなぁ」「自衛隊で相当仕込まれたなぁ~」
と感心すると、彼は
 「海上は万事要領よく仕事をしないと先輩から気合を入れられるからなぁ~」
と得意満面に返事をしていたが、六助は
 「健ちゃん、今日の訓練は一寸厳しすぎたんでないか?」
 「あの連中も肝を冷やしていたなぁ~」
 「俺も、健ちゃんにつられて調子に乗ってしまったが・・・」
と言うと、健ちゃんは
 「あの位は軽い方だよ」「大助を庇ってやろうとは特に思わなかったが、あの連中には薬になったんじゃないか」
と平然と答えていたが、昭ちゃんは
 「俺も、一時はどうなるのかと心配していたよ。力が違いすぎるわ」
と言うと、健ちゃんは
 「昭ちゃん、大学の文学部で女子大生をナンパすることを、4年間研究して卒業してきたのとは訳が違うんだよ」
と答えたあと
 「それにしても、昭ちゃん、俺がアレコレ考えて最高の作戦で指導しても、珠子さんを陥落させられないのは、敵も難攻不落か、或いは昭ちゃんが意気地なしなのか、最近、俺もジレッタクなって来たよ」
と、昭二と珠子の恋が実らないことを笑い飛ばしていた。 昭ちゃんは
 「珠子さんに対する作戦も、今日みたいにスカッと決まれば言うことないんだがなぁ~」
と皮肉ぽく笑って答えていた。

 温泉で汗をかいて気分よく部屋に戻り、囲炉裏を囲み、程よく燗された酒を飲みながら昭ちゃんが要領よく熱い熊汁を丼に盛り、皆が舌ずつみをうちながら機嫌よく雑談を交わしながら食事を始めたが、皆が珍しい食事に夢中になっているのに、六助が感慨深げに
 「それにしても今日は朝からハプニングの連続だったなぁ。
  なんと言っても、朝、いきなり外人さんの娘が訪ねて来て、大助と親しげにしていたのにはビックリしてしまったよ。
  まるで映画のスクリーンから飛び出してきたのかと錯覚してしまったわ。
  あの銀色が混じった長い金髪、それに透き通る様な青い目は印象的だったなぁ~。
  あの目で見つめられたら、おそらく誰でもイチコロで参ってしまうよなぁ」
と独演会のように話の口火を切ったのが導火線となり、三人はこもごもそのときの感想を話あったが、健ちゃんだけは、なぜかそんな話題には余り積極的に興味をしめさなかった。

 そんなところに宿のお婆さんが慌てて部屋に顔を出し
 「いま、街の駐在さんが訪ねて来て、あんた達に合わせてくれ。と、険しい顔をして言っているが、何か悪いことでもしでかしたのかね?」
と、心配そうに告げたので、昭ちゃんは
 「やっぱりか!。俺も、健ちゃんはやりすぎだと思ったが、暴行罪で逮捕されるのかなぁ」
と青ざめて言い、六助は丼を置くと
 「まぁ~仕方ないさ」「元々は喧嘩の仲裁だし、たいしたことはないさ」
と落ち着いていたが、健ちゃんは
 「心配するな!。事情を話せば判ってもらえるよ」「それで駄目なら、潔くお縄を頂くよ」
と腹を決めて丼を持ったとき、心が動揺していたのか熱い汁を胡坐の足に零して
 「アツ アチチッ! お巡りさんの相手どころで無いわ」
 「足首を火傷したみたいだわ。六ちゃん、タオルを水で絞って持ってきてくれ」
と叫んで、お婆さんを二度ビックリさせた。

 
 健ちゃんは、足首を冷やしながら
 「お婆さん、心配することはないよ。部屋に通して下さい」
と返事して、不安げな昭ちゃんにお構いなしに、なおも熊汁と酒を忙しそうに口に運んでいると、小柄で太って口髭を蓄えた、一見して人柄の良さそうな、制服姿のお巡りさんが、遠慮気味に現れて正座をして挨拶すると、歳上の健ちゃんに向かい、おもむろに
 「いやぁ~、楽しいお食事中にお邪魔して恐縮ですが、今日は大変ご苦労様でした」
 「スキー場でご迷惑をかけた連中は、街でも問題の少年達で、ワシも何度か補導したが一向になおらず、教師達もお手上げの状態で見てみぬ振りでいるので、益々、増長しており、ワシも困っていたところなんです」
 「まぁ~、田舎にありがちな世間知らずと言う者ですが、今日とゆう今日は、あなた達の厳しい教えに懲りたようで、揃って駐在所に謝りに来ましたが、今度こそは、ワシの見るところ本物らしいですわ」
 「三人の中で、一番背の低いヤツは、ワシの三男ですが、よく問いただしたら相手の人にケガをさせたとのことで、懇意にしている診療所の老医師に聞いたら、被害届の提出は、あなた達に聞いてくれとの事で、お邪魔に上がった次第ですが、如何が致しましょうか」
と、訪問の趣旨を丁寧に説明したので、昭二と六助は、意外な展開に唖然として聞きいっていたが、健ちゃんは、酒と熊汁の油で舌の回転が効いているのか
 「旦那さん、お騒がせして済みませんでした」
 「この様な問題は都会でも多く、全ての原因は、親も教師も権利ばかり主張して肝心の義務をないがしろにしている教育の欠陥が齎した結果で、政治家や社会そして家庭で、人の絆が希薄化している社会的現象と思いますわ」
 「あの子達も、その意味では一種の社会的な被害者で、勿論、本人達の自覚の欠如もありますが、環境さえ整えてやれば、充分に立ち直れると思いますが、被害届等私の責任で連れの被害者に出させませんわ」
 「旦那さんの胸にしまっておいてください」 
 「それが、この街にとっての平和であり、治安を預かる貴官の最高の任務ですわ」
と、自衛隊口調で、彼の持論を滑らかに展開して、日頃、昭ちゃんのために、満足に大助の姉の珠子さんを上手く口説けない、口下手な健ちゃんにしては、上手に答えていたので、二人は感心しながらも危惧していたことが一転して明るい雰囲気になり、再度、熊汁に神経を集中した。

 健ちゃんは、安堵したのか気分よく駐在さんに熊汁を勧めたが、勤務中とのことで遠慮して帰って行ったが、宿のお婆さんは、ヤレヤレといった顔つきで再び部屋に来ると
 「お前さん達は立派な青年だと褒めて帰っていったよ」
 「このお酒はお礼だと言って置いて行ったが」
と酒瓶を差し出しすと、六助が冗談交じりに「ほれ、これ迷惑料だよ」と言って熊汁を出したら、お婆さんは美味しそうに一緒になって食べていた。
 お婆さんは、鍋に白菜や葱と豆腐を継ぎ足しながら、六助の質問に対し
 「アァ~ 朝、訪ねて来たオバコ(娘さん)かネ~」
 「あの子は村の診療所の娘さんで中学生だが、村だけでなく周りの町でも評判のオバコ(娘)で、綺麗だけでなく水泳もカッパの様に得意で県の大会にも出るくらいに上手なんだよ」
 「母親も美人で遺伝なんでしょうネ」「顔立ちも細面で目元や薄い唇がよく似ており・・」
 「なんでもイギリス人とかで、旦那(御主人)も大学病院の医者どんで、老医師の子供さんで、ホレッ 俗によく言うハーフなんですよ」
 「お爺さんが歳をとり、生まれ故郷であるこの村に、若旦那と3年位前からこの村に移ってきましたが、こんな田舎でよく辛抱しておられるなぁ~と村人達皆が感心しておりますわ」
 「孫さんも、学校を終えれば、いずれは都会にお嫁さんに行ってしまうのでしょうが、そうなると、凄く可愛がっていたお爺さんや、この村の人達も花のない寂しい村になってしまうでしょうねぇ~」
 「うまいあんばいに、お婿さんでも迎えてくれれば結構なんですけれども、そんな都合の良い具合には、世の中ゆきませんですものぇ~」
と、お婆さんは村人達の願望を込めて答えていた。

 
 健ちゃん達は、食事後、床を並べて寝たが、彼は
 「大助の奴、どんな縁か知らんが、俺に内緒で意外な娘と付き合っているんだなぁ~」
 「まぁ~中学生だし、多くの人と友達になるのは結構だが、俺は心配なことがあり頭が痛いわ」
とブツブツ言っていたら、隣に寝ている六助が
 「そう言えば、スキー場で大助が怪我したとき、その傍らで、あの泣きじゃくっていた姿は尋常ではないな」
と健ちゃんの話に同調し、昭ちゃんに
 「先輩は、どのように思うか」
 「ひょうっとして大助の出方に因っては、お前、珠子さんと一緒になった場合、先輩とあの娘さんが義兄弟にならんともかぎらないし・・」
 「英会話は大丈夫か?」
と話かけると、健ちゃんは二人に対し少し怒ったような声で
 「バカヤロウ~! 呑気なことを言っているな」
 「俺は、例え、大助が゛あの外人の娘さんと恋愛したら黙ってはいないわ」
 「確かに歳のわりに背丈も高くスタイルも抜群で、俺等の周りではチョット見かけない美人だが、綺麗だと言うだけで、仮にも、将来、二人が一緒になっても幸せにはならんわ」
と、酒の勢いもあり強い調子で言うと布団をかぶってしまった。
 昭二と六助は、健ちゃんが何でそんなにムキになって怒るのか意味がわからず、顔を見合わせて、その後は話し合うこともなかった。

 

 

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雪に戯れて (18)

2025年06月04日 07時08分49秒 | Weblog

 二人は、思いおもいに、各自がおかれている現実と未知の夢を話しあったあと、眠ろうとしたが共に眠つかれず、大助は「フ~ン 僕は草食系か」と言いながら、美代子の首下から腕を抜き、痛む足を庇ってうつ伏せになり、仰向けになっている美代子の顔に頬を寄せて軽くキスをした。
 美代子は、静かにして目を閉じていたが、大助が顔を離すと薄目を開けて彼を見つめ、自分の期待に応えてくれないことに不満なのか、毛布の襟布に顔を隠して皮肉混じりに小声で
 「そうよ、草食系もいいとこょ」
 「アノネ~、同級生の中にはsexをしていると噂されている子もいるゎ」
 「大ちゃんは、手を触れようともせず、大器晩成型なのかもね」
 「女のわたしから、この様な話をすることは凄く恥ずかしく勇気がいることなのょ」
と、つまらなそうに呟やいた。

 大助は、美代子の呟きに反応して、再びキスをしたあと本能的に彼女の襟に右手を差し込むと、彼女も躊躇うことなく自分で着ていたタオルケットの寝巻きの襟を少し緩めたので、彼は興味と好奇心が入り混じった複雑な気持ちで、下着の上からそっと乳房を触って
 「アレッ! 案外、小さいんだ~」
 「まるで、搗き立ての大福餅の様に、フックラしていて柔らかく感触がいいもんだなぁ~」
と、初めて触れた体験を、感動を交えて直感的に話したところ、彼女は、まだ、最初の話の尾を引きずっているのか
 「チョット マッテ!、誰と比較して言っているのよ?」
と聞いたので、彼は
 「ほら、雑誌のグラビヤの写真で見る外国人の女性は、みんな胸がボイーンで谷間が大きく魅力的じゃないか」
と返事をしたところ、彼女は襟元を締めて
 「バカネ~、中にはそおゆう女性もいるが、あれは極一部の人で、商業的に写しているのよ」「映画女優のイングリット・バーグマンとかキム・ノバックなんて、女性から見ても美しく素晴らしい女優さんと思うが、胸がスリムだゎ」
 「大ちゃんって、想像していた以上にうぶなのネ」
 「デモ・・・。 わたし、その一言を聞いて、わたしだけに触れたと思うと、スゴク ウレシイヮ」
 「わたし、何時も、お風呂から上がったとき、鏡で全身を見ているが、背丈に比例して全身が順調に育っていると思っているゎ。胸も普通の人と同じ位と思っているんだけどなぁ~」
と、少し落胆したように呟いた。
 
 大助は、「家でTVで洋画の恋愛ものをを見ていると姉に怒られるので、そんな女優さんなんて知らん。わ」
と答え、話題を変えようと思い、仰向けになって掛け布を顎まで上げて思案した挙句、初めてこの地を家族と訪れた時のことを回想して、独り言のように 
 「そう言えば、以前、節子小母さんが母や姉に<美代子さんは何時もウナジを綺麗にしていて清潔感があり、手の爪も色艶が自然で健康美そのものだゎ>。と、褒めていたなぁ~。<それなのに、何事にも積極的で思いやりのある子なのょ>と、話ていたことがあったなぁ~」
と記憶を辿りながら呟き、最初の出会いの頃のことを思い出して話したら、耳を澄まして聞いていた美代子は
 「節子小母さんは、仕事中は中々厳しいと看護師達が言っているが、診療所では皆が尊敬しており、母のキャサリンや、わたしには一番頼りになる人だゎ」
と嬉しそうに答えたので、大助はホットして
 「そうなのかぁ~」「そういえば、以前、慌てて風呂場の戸を開けて、偶然、珠子姉ちゃんの胸をチラット見たときも、思っていたよりも小さかった。わ」
と、小さい声で一人ごとの様に返事した。

 大助は、彼女の機嫌が直ったところで
 「僕、大器ではないことは確かだが、 こんなにしていると、草食系といっても男であることに変わりなく、やっぱり本能が疼くので、アッチのベットに行けよ」
 「僕だって、歳相応にsexに凄く興味はあるが、ただ、相手に責任が持てないので、自制しているんだよ」
と言ったところ、彼女は
 「そうなの・・・」「でも、少しの間でも抱いてもらい、トッテモ ウレシカッタヮ」
 「明日の朝、お爺さんも両親も、今夜、わたし達が永遠の契りを結んだと思っているゎ」 
 「わたし、その様に思われても平気だゎ」 
 「ダイチャン、ネ~ 女性の乳房に手を当てれば、sexをしたのと同じなのょ」 
 「ワタシ 家族が公認のダイチャンの恋人になったのょ」「それだけで心のモヤモヤがス~ット晴れたゎ」
と言って素直に自分のベットに移つろうとした。 
 大助は、彼女の返事に考えこむ様に 
 「明日の朝、一寸気まずいが、でも、自分の行動に自信を持っていれば、君の家族がどの様に思うと、気にしないことにする。ワ」
と答えたあと、彼女との交際について、姉からことある度に注意されていたことを思い出し
 「第一、お互いに長男長女だし、どう考えても僕達の将来にはハードルが高すぎるわ」
と溜め息混じりに呟いたところ、 美代子は、またもや不満そうに振り向きながら
 「ハードルがどうしたと言うのよ」「また、難しいことを言ってワタシの心を乱すつもりなの」
 「わたしが、大ちゃんのところにお嫁に行けば、それで済むことことじゃない」
 「城 美代子か!。田崎美代子より名前の響きがず~うと素敵だゎ」
 「何時の日かは必ずその様になると思って、病室の掛札にも書いておいたゎ」
と言いながら脇に並べられたベットに移つろうとしたとき、大助に尻を軽く叩かれると振り返ってニコット笑っていた。

 大助は、腕枕をして天井を見ながら
 「もっとも、社会科の授業で、婚姻は両性の合意に基ずく。と、習ったが・・」
と独り言の様に呟いた。
 美代子は興奮が冷め遣らないのか、大助の独り言に、小声で 
 「大ちゃん、もっと話をしてもいい」
と聞いたので、彼は元気のない声で
 「傷もズキンズキンと痛むし、それに頭の中がおかしくなってしまったよ。面倒な話しはゴメンだよ」
と返事をしたところ、彼女は自分のベットに座ってボソボソとした声で
 「疲れているのに我儘言ってゴメンナサイネ」
と謝りながらも、不安とえたいの知れない恐怖心に怯えているのか、聞き取れないような小声で
 「折角の機会だし、少しでも早いうちに話しておいた方がいいかもと思って・・。わたしの心に ササッテイルトゲ を聞いて欲しいの。この際、どうしても大ちゃんに聞いて貰いたいのよ」
 「アノネ~、驚いて、わたしを軽蔑し、サヨウナラ なんて決して言わないでょ」
と言いながら益々自信なそうに声を小さくして、大助の心を探るかの様に
 「わたし、パパは本当の父親ではない様な気がしてならないの。別に、はっきりした根拠はないんだけれども。この間、母さんにちょっと、それらしき話をしたところ、母さんは、その様なことを生涯口に出しては駄目よ。と、怖い顔をして叱られてしまったゎ。それ以来、尚、一層、そう思われてならないの」
と言ったあと、大助の顔を覗き見て
 「若し、そうだったならば、わたしって、将来、大ちゃんと一緒になれないのかしら?」
 「その様なことを考えると、凄く寂しく不安でならないヮ」「わたしの悩みわかってくれる?」
と、深刻そうな沈んだ声で聞いてきたので、彼は少し間をおいて
 「急に何を言い出すんだい。そんな難しいことを、今、急に言われても返事の仕様がないわ」
 「けれども、君と僕とは、この広い世界の中で、偶然の縁で去年の夏に河で巡り会い、お互いに妙に強く心が曳かれて交際しているので、例え、どうであろうとも、僕、個人的にはその様なことは、僕達にとって余り意味が無いと思うけれどなぁ~」
と言ったあと、続けて
 「僕もそうだが、死別や両親の離婚で、片親の子から見れば、美代ちゃんは全てにおいて恵まれており羨ましいよ」
と答えると、彼女は彼の屈託のない返事に安堵したのか、静かな声で
 「アァ~ わかってくれてよかったゎ。霧が晴れた様に胸の中がスッキリしたゎ。アリガトウ」 
 「疲れと痛みで眠いのに、こんな時間に難しいことを言ってゴメンナサイ」
 「今の話、珠子姉さんには絶対に内緒にしておいてょ」
 「また、我侭といわれるかも知れないが、いまの、あたしにとっては最大の悩みだったのョ」
 「大ちゃんだけには、わたしの苦しみを判ってもらいたかったの」
 「お陰さまで、わが青春の第一の難関をクリアーできたゎ」
と話すと、二人は身も心も疲れきって自然と眠りに入った。

 翌朝、大助は、頬を指先で突っかれて目を覚ますと、白衣姿の節子小母さんがベット脇で、爽やかな笑顔で
 「大ちゃん、おはよう。先生が大学病院に行く前に治療をしてくださいますよ」
と告げたあと、美代子の父正雄が優しく
 「とんだ災難だったねぇ、傷はまだ痛むかね」「これから治療させてもらいますが、心配しなくてもいいんだよ」
と言って、傷の手当てをはじめたが、その間
 「夕べは、美代子が我侭を言って五月蝿くなかったかね」
と言って気をそらして
 「ハイ チョット チクットスルガ ゴメンネェ~」
と言いながら手際よく、先生の話に気を取られているうちに苦痛を感ぜず抜糸が終わり
 「傷口は塞がったが、今日一日は無理をしないでね。肉離れする虞があるので」
と言うと、後の処置を節子さんに任せて部屋を出ていった。
 大助は、節子小母さんに
 「断りなく勝手に来てしまい、済みませんでした。その上このザマで・・」
と挨拶すると、節子さんは
 「いいのよ。美代ちゃんとは、色々お話できて楽しかったでしょう」「ゆっくりと、遊んでゆきなさいネ」
 「昨晩、お母さんには、スキーで転倒して足に少し傷を負ったが心配はいりませんょ。と、連絡しておいたので・・」
と言って、朝の打ち合わせのため部屋を出て行った。

 美代子が寝ていたベットは、掛け布がきちんと畳まれて敷布も綺麗に伸ばされており、何時、美代子が起床したのか判らなかったが、治療が終わると入れ替わりに、長い髪を肩までたらし、緑色のカーデガンを着て黒いロングスカートとストックキングを履いた彼女が、白い割烹着をつけて部屋に顔を出した。
 大助は、彼女の大人ぽい姿にあっけにとられていたら、機嫌良さそうにニコット笑いながら
 「今朝は、痛くなかったでしょう」「わたし、パパによく話しておいたので」
 「朝ご飯の用意が出来たので、リビングに来てネ。お爺さんもお茶を飲んで君を待っているゎ」
と言って、彼の先になり部屋を出て行ったが、先になって廊下を歩くその後姿に、チョッピリ大人びいた艶やかさと、青春を謳歌する清純な雰囲気を漂わせていた。

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雪に戯れて (17)

2025年06月01日 02時35分59秒 | Weblog

 美代子は、入院室にベットを二つ接して並べ枕元には氷嚢を提げて準備を終えると、彼女の行動に戸惑う大助に有無を言はせず無理矢理診察室から連れて来て寝かせ、朋子さんから渡された老医師が処方した安定剤と痛み止めの薬を飲ませた。 
 彼女はそのあと大急ぎで浴室に行き汗を流すと急いで風呂から上がり、留守中のキャサリンの部屋に行き香水を無断で借用して首から胸に鏡を見ることもなく無茶苦茶に噴霧して入院室に戻ると、大助が目を閉じて静かにしている様子を見とどけると少しばかり安堵して、彼の横に用意したベットに入り、二人して額に氷嚢を当てて寝込んでしまった。
 部屋の入り口には、彼女の文字で『入室厳禁』と白いボール紙に赤色のサインペンで大きく書き、その横に小文字で『患者名 城 大助 (病名 裂傷・打撲)重症』と書き、その左に『同 美代子 (病名 ptsd)重症』と記して提げておいた。

 夕方、新年の挨拶から帰ってきた、正雄とキャサリンが、お爺様に帰宅を告げると、老医師は二人に
 「大助君と美代子が入院しているわ。大助君がスキー場で不良共にスキーで大腿部を殴られて裂傷したので治療しておいた」
と、読んでいた新聞を横に置いて澄ました顔で話すと、二人はビックリして事情を聞き、明朝の治療を頼まれて居間に戻った。
 落ち着いている正雄に、動揺したキャサリンが
 「貴方、様子を見て来てぇ。さっぱり様子が判らないわ」
とせがむので、正雄が忍び足で入院室に行くと『入室厳禁』の提げ札が目にとまり、クスッと笑って静かにドアーを少し開けて覗くと、二人は各ベットに行儀よく並んで静かに寝ていたので、部屋に戻ってそのままをキャサリンに話し、ついでに”城 美代子”と書いてあったが、悪戯にしては少し度が過ぎているわな。と、言って笑っていた。
 キャサリンは夫の話を聞いて「幾らなんでも、中学生にもなって・・」と呟いていた。
 
 キャサリンは、美代子の性格から、入院は直ぐに彼女の仕組んだ仕業と判り、お爺さんと正雄に晩酌と夕飯を用意してあげると、正雄は
 「お爺さん、友達から金粉入りのお酒を頂いたので呑みましょう」
と言って二人で機嫌よく世間話をして呑み始めたが、美代子達のことは少しも話さなかったので、キャサリンは不思議でならなかった。
 キャサリンは、二人が年頃なのを気にして、夫の正雄に
 「貴方、美代子に自分の部屋に行って休む様に話してくださいませんか」
と頼むと、老医師は老眼鏡をはずして小声だが険しい表情で語気鋭く
 「よせよせ!そんなことを美代子に言ってみろ、噛みつれるぞ」「自分の子供だ。信じることだよ」
と止めさせた。
 正雄もお爺さんに攣られて、平然と
 「キャサリン、心配することはないよ」「彼等もちゃんと分別ある行動をするよ」
と、今迄に聞いたことも無い、夫の様変わりした、物分りの良い返事に呆れてしまったが、それでも心配でならなかった。

 お爺さんと正雄が夕食を終わって暫くしてから、各自が自室に戻ると、お爺さんが、再び、慌ててキッチンに顔を出しあと片付けに残っていたキャサリンに対し
 「キャサリン大変だわ!ワシの部屋が大乱雑になっており片ずけておくれ」
と言って来たので、行ってみると成る程、美代子が慌てて掻き廻した衣類が散乱しており、キャサリンは、お爺さんに謝りながら丁寧に片ずけたが、衣類の散乱状況から察して、美代子の錯乱状態が相当にひどかったと思った。
 
 キャサリンは、居間に戻り落ち着いたあと、大助君の衣類にアイロンを当てて整理し、破けたズボンをミシンで繕い、それでも二人のことを、あれこれ心配していたところ、台所に明かりが灯り、ガサゴソと音がするので、台所にそっと行ってみると、美代子が好物のパイナップルやサンドウイッチに牛乳等を用意していたので、小声で遠慮気味に
 「母さんが、用意してあげるヮ」
と声をかけて、ガウンを纏ってしゃがんでいる彼女をシゲシゲト見ていると、佇んで凝視している母親に気ずき、美代子は
 「イヤダァ~ 母さん、そんな疑わしい目で、わたしを見ないでョ」
 「母さんの心配する様なことなんて、わたし達、していないヮ」
と不機嫌な顔で言ったので、キャサリンの方が慌てて
 「ゴメンナサイ 母さんも、あなた達の理性ある行動を信じているヮ」
と静かに言って、美代子に代わり夜食を準備して部屋に運んでいった。
 

 美代子と大助の二人は、大助のベットの上で簡易テーブルを挟んで座っていたが、大助は足が痛むのか片方を投げ出して伸ばして胡坐をかき腕組みしていたが、、美代子も胡坐をかいて、テーブルの上に片肘をついて顎を乗せ座り、下から覗くように彼の横顔見つめ睨めて、何も喋らずに向き合っていた。
 キャサリンが、雰囲気を察して恐るおそる
 「大助君、折角のお休みなのに大変だったわネ」「美代子が一緒にいたのが悪かったのかしら・・」
と、優しく声をかけると、美代子は
 「そんなことないわ。母さん、悪いけど、お話は明日にして、今夜は二人だけにしておいて」
 「母さんも、お爺さんやパパからお聞きになったと思うけど、今のわたし達凄いショックを受けて普通の状態ではないの」
 「御覧になればお判りでしょう」
と素っ気無い返事をしたので、キャサリンも、内心、随分威張ってるわ、と思ったが、二人の凍りついた様な態度から察して、美代子に対し、自分の部屋に戻りなさいとはとても言へる雰囲気でなく、テーブルに温めた牛乳とパンに野菜サラダ等を並べると、何も言わずにそくさくと部屋を出てしまった。

 大助は、軽い食事を終えると、美代子の案内で近くにある洗面所で洗顔したあとベットに戻るや、美代子がすかさず
 「大ちゃん、そっちに移ってもいい」「なんだか体が冷えて眠れないゎ」
と言いながら、大助が「駄目だよ~」とゆうが早く、さっさと彼のベットに足から入り込み
 「ウワ~ 大ちゃんの足、暖かいわネ」
と言って、彼の足首に自分の足先を重ね、彼が「仕様がないなぁ~」と文句を言いつつも、ずれた毛布の端を押さえるべく、彼女を抱き寄せ「髪の毛がいい香りがするわ~」と言いながら毛布を掛けなをしたが、その時、偶然にも彼女の尻に手が触れてしまい、慌てて手をひっこめたが、呟くように「冷たい体だなぁ」と言うと、彼女は
 「そうよ、ショックで血液が一挙に頭に上ってしまったからョ」
と小声で答えた。
 大助が、彼らしく
 「お互いに、手は下に触れっこなしだよ」
と言うと、彼女は
 「フフッ 毛布を直す振りして サッキ サワッタジャナイ」
と呟いたあとクスッと笑ったが、彼が言い訳がましく
 「いやぁ~、治療は痛かったなぁ~」
と思わず溜め息混じりに漏らすし
 「アレハ 一瞬、喧嘩を忘れさせるほど利いたわ」
と言うと、彼女は
 「お爺さんの ヤブ医者メッ!。 お爺さんは軍医上がりで荒っぽいので患者の間でも有名ョ」
 「朋子さんに、麻酔なんかしない方が早く治るなんていっていたゎ」「痛いはずよ」
 「明日の朝、仇をとってあげるヮ」
と言ったあと、真面目な顔をして
 「わたしは、大ちゃんにスキー場で応急手当をしようとしたとき、『余計なことするな』と怒鳴られたときは、目が眩み心臓が止まるかと思うほどショックを受けたヮ」
 「あの一言は、スゴ~ク ショック ダッタヮ」
と言って、彼の胸に顔を当て両手でシャツを握ぎりしめた。
 彼は落ち着いた声で
 「あれは、不良達から嫉妬されない為に言ったのさ。気にするなよ」
と、興奮していた自分を隠すために苦しい弁解をして、彼女を安心させると、彼女は小さい声で
 「ホントウニ ソウダッタノ。アァ ヨカッタ」
 「ワタシ モウ ダイチャン トハ スベテガ オッワツッテ シマッタノカ ト チノケガ ヒイテシマッタヮ」
と囁いたあと、安心したのか
 「でも、あの健ちゃんってゆう人、凄く厳しいのネ」「きっと、肉食系だわ」
と言ったあと、彼の胸を指先でチョットつっつき
 「この人は、草食系なのかしら?」「異性にまったく興味がないみたいだわネ」
 「ワタシが、清水の舞台から飛び降りるような覚悟で、思いきってベットに潜り込んだとゆうのに・・」 
 「あの寅達不良連中は、クラスで少しでもHな話しに触れると、想像逞しく、蜂の巣を突っいたように騒々しくなるほど猛烈な関心を表すのに・・」 
 「ワタシなんか、そんなときは何時も恰好の標的にされ、教室から逃げ出してしまうゎ」
 「先生は案山子の様に呆然として手がつけられないくらいだゎ」
と言って、またもや悪戯っぽくクスッと笑って、しきりに彼の胸を指先で突っついていた。

 大助は黙って聞いていたが、痛む足の位置を変えて仰向けになり、毛布を口元まで手繰り寄せて
 「それは、僕だって凄く興味を持っているさ」
 「だけど、珠子姉ちゃんから何時も、オンナノコを泣かせるようなことを絶対にしてはいけない。と、耳にタコができるほど言われており、今もチラット姉の怒った顔が眼に浮かんだよ」
 「自分の気持ちを精一杯抑えているのに、挑発しないでくれよ」
 「若しもだよ、今、僕が野獣の様に本能に任せて美代ちゃんをいじめたら、それこそ、僕達は本当にグットバイになってしまうかも知れないよ」
 「なんたって、僕達は中学生で親に養われている身なんだから、お互いに責任なんて持てる訳がないしさ」
と、小声でブツブツと思いつくままに自分の考えを話したところ、彼女は
 「大ちゃんの言っていることは判るが、娘心が全然判ってないのネ」
 「上手に理屈をつけて、結局は逃げている様にしか思えないゎ」
 「けれども、珠子姉さんはそんなに怖い人なの?」「この先、わたし、どうすればいいのかしら・・」
と気、落ちしたように返事をしたので、彼は
 「姉ちゃんは、お金持ちの娘さんと貧しい僕とでは、友達でいられるうちはよいが、そのうちに恋愛に発展し、そのあと悲劇的な別れにならなければ・・。と、忠告してくれているんだよ」
 「君も、余り我儘言うなよ」「将来、僕より素晴らしい友達や恋人がキット現れると思うよ」
と、美代子を慮って、内心とは反対のことを口にしたら、彼女は肘を立てて起き上がり、ブルーの瞳を光らせ、少し怒った様な震えた声で
 「大ちゃんは、わたしが嫌いなの?」
 「わたしは、これでも君とのお付き合いを大事にしようと懸命に努力しているのに・・」
 「わたし、どんなことがあっても決して君から離れないからね」
と一気に話すと、彼の胸の上に顔を伏せて涙ぐんでしまった。 

 大助は、その言葉の威圧感に反して、泣き崩れる彼女が可愛そうになり
 「また、僕の考えを勝手に誤解して、興奮している。今日の君は確かに精神的に重症だわ」
と言ったあと、彼らしく大袈裟な表現で
 「君の青い瞳や長い髪の毛、それになんと言っても日本人離れした抜群のスレンダーな容姿は、僕が頭に描いていた理想の女性像とピッタリで、僕には勿体無いくらいの女性で、ダイスキダヨ」
 「これは僕の偽らざる気持ちだよ」
 「だけれど、裕福な家庭で大事に育てられたために、我儘が過ぎる点を除けばだよ・・」
 「アッ! それに薄い唇は一見冷たい感じがするが、僕は逆に理知的に見えて好きだなぁ」
 「僕達の将来のことは、家庭環境を考えても確かなことは判んないが、兎に角、お互いに前向きに考え、今、とゆう時を大切にして頑張ろうや」
と諭す様に言うと、彼女も気持ちが落ち着いたのか
 「ソウダワネ ワカッタワ」 「明日の朝、マリア様にわたし達を永遠に御加護くださるようにお祈りしますゎ」
と素直に答え、疲れもあり添い寝して静かな眠りについた。 

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