昭和・私の記憶

途切れることのない吾想い 吾昭和の記憶を物語る
 

我が國

2012年09月02日 09時49分43秒 | 9 昭和の聖代


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じんむ てんのーは、 わがくに で、
いちばん はじめ の てんし さま で あります
・・・修身教典 巻二 尋常小学校一年生用


 我が國
昔 天照大神は御孫瓊瓊杵尊ににぎのみことをお降しになつて、此の國を治めさせられました。
みことの御曾孫そうそんが神武天皇であらせられます。
天皇以來後子孫がひきつゞいて皇位におつきになりました。
武天皇の御卽位の年から今日まで二千五百八十餘年になります。
此の間、我が國は皇室を中心として、全國が一つの大きな家族のやうになつて榮えて來ました。
御代々の天皇は我等臣民を子のやうにおいつくしみになり、
我等臣民は先以來、天皇を親のやうにしたひ奉つて、忠君愛國の道に盡しました。
世界に國は多うございますが、
我が大日本帝國のやうに、萬世一系の天皇をいたゞき、
皇室と國民が一體になつてゐる國は外にはございません。
我等は
かやうなありがたい國に生れ、
かやうない皇室をいたゞいてゐて、
又かやうな美風をのこした臣民の子孫でございますから、
あつぱれよい日本人となつて我が帝國のために盡さなければなりません。

・・・第三期 (大正七年~) 尋常小學修身書 兒童用 巻五 (五年生用) 第一課
   文部省・昭和三年発行


 天皇陛下
天皇陛下ハ、 宮城ニ オイデニ ナリマス。
宮城ノ 松ノ ミドリハ、 イツ ナガメテモ カハリマセン。
天皇陛下ノ オヲサメニ ナル ワガ 日本ハ、 世界中デ 一番 リッパナ 國 デス。
天皇陛下ヲ イタダイテ ヰル 日本国民ハ、 ホンタウニ シアハセ デス。
私タチノ ソセンハ、 ダイダイノ 天皇ニ チュウギヲ ツクシマシタ。
私タチモ、 ミンナ 天皇陛下ニ チュウギヲ ツクサナケレバ ナリマセン。

 天皇・皇后 両陛下

『大日本は神の國である。
神が、この國をお開きになり、
天照大神が、天皇の御位を、ながくさかえますように、お傳へになつた。
これは、わが國だけにあったことで、ほかの國には、まったくないことである。
だからこそ、わが國のことを、神の國といふのである。』
天照大神の仰せによつて、神のお血すぢをおうけになつた天皇が、日本をお治めになります。
臣民は祖先のこころざしをうけついで、ひたすら、天皇の大みわざをおたすけ申しあげてまゐりました。
かように、國の初めから、
君と臣との分がさだまってゐるといふことが、日本の國の一番尊いところであります。
外國の歴史を見ますと、
一つの國が起るかと思へば、やがてほろび、そのあとに、
また別の國が起るといふやうなことも何度もくり返してゐます。
日本のやうに、
一つの國が、天地のつづくかぎりさかえるといふことは決して見られないのであります。
親房は、このことを、その國史の本に書きました。
親房の本は、六百年前に、人々の心をふるひ立たせたばかりでなく、
今の人々も、力強く教へみちびいてくれるのであります。
親房は、この本の中に、
『 忠義をつくし、命をすてるのは、臣民の道である。』
と いつてゐますが、
これは私たちの忘れてはならないことばであります。

・・・第五期 (昭和十六年~) 初等科修身 巻二(四年生用) 第二十二
  文部省国定教科書、昭和17年(1942年)発行

 我が國民性の長所短所
我が國が世界無比の國體を有し、
三千年の光輝ある歴史を展開し來つて、
今や世界五大國の一に數へられるやうになつたのは、
主として我々國民にそれだけすぐれた素質があつたからである。
君と親とに眞心を捧げ盡くして仕へる忠孝の美風が世界に冠たることは、今更いふまでもない。
忠孝は實に我が國民性の根本をなすもので、之に附随して幾多の良性・美徳が發達した。

東海の島に據つた日本は、國家を建設する上に頗すこぶる有利であつた。
四周の海が天然の城壁となつて、容易に外敵のうかゞふことを許さないから、
國家の存立を危くし、國民の生活をおびやかすやうな危機は絶無であり、
國内はおほむね平和であつた。
随つて國民は國の誇を傷つけられたことがなく、
又 其の誇を永久に持續しようとする心掛けも出來て、
いざといへば、擧國一致國難に當る氣風を生じた。
萬世一系の皇室を中心として團結した國民は、
かくていよいよ結束を固くし、熱烈な愛國心を養成した。
其の上我が國の美しい風景や温和な氣候は、自ら國民の性質を穏健ならしめ、
自然美を愛好するやさしい性情を育成するのに與あずかつて力があつた。

しかし此の事情は一面に國民の短所をもなしてゐる。
狭い島國に育ち、生活の安易な樂土に平和を樂しんでゐた我が國民は、
とかく引込み思案におちいり易く、奮闘努力の精神に乏しく、
遊惰安逸ゆうだあんいつに流れるかたむきがある。
温和な氣候や美しい風景は、人の心をやさしくし、優美にはするが、
雄大豪壯の氣風を養成するには適しない。
殊に徳川幕府二百餘年の鎖國は、國民をして海外に發展する意氣を消磨せしめ、
いたずらに此の小天地を理想郷と觀じて、世界の大勢を知らぬ國民とならしめた。
其の結果今日も尚國民は眞の社交を解せず、人を信じ人を容れる度量に乏しい。
そこで海外に移住しても外國人から思ひ掛けぬ誤解を受けて排斥はいせきされるやうなことも起つて來る。
すべて日本人の短所として、性質が小さく狭く出來たきらひがある。
其の原因はいろいろあらうが、昔から此の島で荒い浮世を知らずに過ごして來たことが
其の主たるものであらう。
今日我が國が列強の間に立つて世界的の地歩を占めた以上、
かういふ短所はやがて我が國民から消去るであらうが、
出來る限り早く之を一掃することは我々の務めではあるまいか。

支那・印度の文明を入れ、
更に西洋の文明を入れて長足の進歩を成し遂げた日本國民は、
賢明な機敏な國民である。
他國の文明を消化して、
之を巧みに自國のものとすることは、實に我が國民性の一大長所である。
しかし此の反面にもまた短所がうかゞはれないであらうか。
自分で思ふまゝに造り出す創造力は、十分に發揮せられたことがなく、
昔から殆ど模倣のみを事として來た觀がある。
習、性となつては、遂に日本人には獨創力がないであらうと自らも輕んじ、外國人からも侮られる。
しかし模倣はやがて創造の過程でなくてはならぬ。
吾々は何時かは模倣の域を脱して十分に獨創力を發揮し、
世界文明の上に大いに貢献したいものである。

我が國民には潔いこと、あつさりしたことを好む風がある。
櫻の花の一時に咲き一時に散る風情ふぜいを喜ぶのがそれであり、
古の武士が玉とくだける討死を無上の名としたのがそれである。
日本人ほどあつさりした色や味はひを好むものはあるまい。
あつさりしたこと、潔いことを好む我が國民は、其の長所として廉恥れんちを貴び、
潔白を重んずる美徳を發揮している。
しかし其の半面には、物にあき易く、あきらめ易い性情がひそんではゐないか。
堅忍不抜けんにんふばつあくまでも初一念しょいちねんを通すねばりさが缺けてはゐないか。
こゝにもまた我々の反省すべき短所があるやうである。

我が國民の長所・短所を數へたならば、まだ外にもいろいろあらう。
我々は常に其の長所を知つて、之を十分に發揮すると共に、又常に其の短所に注意し、
之を補つて大國民たるにそむかぬりつぱな國民とならねばならぬ。
・・・国語読本 巻十二(六年生用) 第二十七課 


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