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KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

「戦」

2022年12月17日 | 料理
天気 降ったり止んだり

今年の漢字が「戦」なのだという。「そよぐ」とも読むので、血生ぐさい方にばかり気持がいきたくはないけれど・・今年はそんな風潮だったから仕方ない。人生の終わり近くなって、また、戦争の影を見るなんて思ってもいなかった。防衛費のための増税の話には、何だか自分の国のこと?と現実感が伴わなかった。
でも、独裁国家三国に隣接しているのだ。どの国も日本へ虎視眈々、アメリカと仲が良ければ狙われる。

地球を破滅にいざなう狂気の独裁者。
ミサイル発射実験に大成功してタバコ片手にニヤリと笑む白ブタ。あの映像にはぞっとした。
ゼロコロナ対策の失敗が公けになりそうなので、「軍国主義の日本」へ国民の目を反らそうとしそうなクマさん親分。
この三国に隣接していると思うと、やはり防衛費のことを真面目に考えねば、と思って当然かもしれない。次世代の人への宿題として。

寒い寒い、と言っていても、まだエネルギー源に困っていない日本は、恵まれているのだろう。ウクライナ国民の寒さを思う。
せめて、ウクライナの高齢者と子供たちに使い捨てカイロを寄付したいけれど、どうすれば出来るのだろう?

他国のことより自国のことを考えなくては!  ではあるけれど・・オロオロする自民党の議員さんたちの情けなさはもう、見るも聞くも耐えられぬ。
じゃ、やっぱり自分のことだけ考えよう。昼食の海老チャーハンはまあまあだった。夕飯は何だっけ、スマホに入れたメニュー表で調べなくちゃ。

褪せし暖簾掛けて盛り塩実南天   KUMI
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心臓って面倒

2022年11月10日 | 料理
天気 晴のち曇

写真は、3年前に撮った帰り花のサツキ。この年は帰り花が多かったのだろうか、今年はまだ見ていない。
昨日は、免疫療法の点滴の日で、昼近くから夕刻まで病院。
全国的にコロナ感染者が増え、施設や病院は感染者が出なくても又、面会禁止になるかもしれない。というか、他の施設で、外部との遮断体制に戻った所も多いようだ。ここもそうならないという保証はないので、昨日は通院へ付き添ってくれるあーちゃんに部屋へ寄ってもらい、忙しく真冬のコートなど出してもらった。
ともあれ、手の届くところに真冬の衣類があれば安心だ。情けないことに、目眩はひどいし頚椎の痛みで上を見られないし、モノを高いところから下ろすのも低いところから移動させるのも命がけ。

通院の経過などを書くと際限なくなるので結果だけを。
イレウスの入院による体力低下も、退院して栄養とったら元へ戻ると信じていたのにどんどん悪くなる。何で?? と思ったら、結果は心臓のせいだった。
実は、病院で処方されている循環器科関連の薬、入院中は飲食禁止だったので、飲んでいた薬は点滴で注入していたようだ。さて、本当は退院後の循環器科か呼吸器科で処方される薬、消化器外科の患者だったので退院後の分を処方されなかった。というか、入院中には出せないから、退院のあとで処方してもらうものらしい。でも、まだ飲まない分が何日かあるし・・と退院後は数日間それを飲み、あとは通院の日(昨日)に出してもらえれば・・と楽観していた。退院の日は迎えの家族はまだ病室へ入れず、私一人で退院準備、そんな薬のことまで気が回らなかった。誰の責任でもない、患者の責任。
そんなことで、昨日の血液検査の結果、薬なしの2週間くらいの間に、心不全の状態を知る血液検査のNTナントカの値が僅か3週間の間に跳ね上がっていた。見たこともないような高い数値だ。
どれだけ悪いのかはわからないけれど(怖いから聴かない)、とにかく生きてはいるし、酸素飽和度も正常だし、ただ、すこし動くだけで血圧がびっくりの高さになっていたり、変な数値が出たり・・血流がおかしくなっていたようだ。

で、昨日処方された薬2種類を今朝は飲んで、結構体が楽になった。
昨日の続きの衣類の整理をして、午後にはドラッグストアへ買い物に。目眩も息切れも相変わらずではあるけれど、昨日ほどではない。
薬がないと生きていられなくなっている・・何だか情けないけれど、生きているのだから仕方なく従おう。

小春日を来て病院の自動ドア  KUMI
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楽しみは食べることだけ

2022年07月22日 | 料理
昨日は免疫療法の治療のための通院日。写真は病院の1階ロビーから外を観た風景。写真なんか撮ってるところを見つかると即座に「撮影しないでください!」と職員か守衛が飛んでくるので窓際で瞬撮。人が写っていなければいいのでしょ?

通院が楽しい、と言ったらおかしいけれど、閉じ込めの身には外へ出られるのは「仮釈放」の気分で身が軽くなる。もっと体調悪くなっているかと思ったら、案外と足も軽々と運ぶ。昨日は友人が付き添ってくれて、会うのは春以来なので話も色々あり、待ち時間にも楽しめた。

いつものように午前が検査で午後に診察と点滴。昨日はそれに加えて膠原病の診察も。ここの検査は呼吸器科や循環器科と同じ検査データで解るので問診だけ。他の科のカルテも共有できるのは何とも便利な電子カルテのシステムで、この病院はそのシステムへの移行が早かった。もう20年以上になるだろうか。なので、カルテを患者が持たされて各科へ移動・・なんて時代が大昔にはあったっけ・・と懐かしく思い出す。

治療は、今月はお休みさせてもらった。副作用でお腹の調子が悪くて体重が減る一方なのでとにかく体重減少を止めたい、と。疼痛などの我慢出来ない副作用はあまりないが、体重の減少には恐怖すら感じるくらいだ。食欲があって食べても食べても体内を通過するだけで栄養にならないような・・病状が悪くなっていないし、次回の治療の前には心臓の検査もあるので、それも参考にして8月に再開を考える、ということになった。
これで胃腸と口内炎が回復して、暫くでも好きな物を食べられればいいのだが・・今日も相変わらずで。
昨日の夕食には、右手中指が大分回復した、と思い右手で箸を使ってみた。包帯したままではぎこちないものの、左手よりは抜群に食べやすい。フォークは左手で常用しているので、右手は箸でご飯、左手はフォークでサラダ・・これ、本人にはとっても便利なのです。でも、みっともないから外ではするな、と夫からキツく禁止されていた。無論、部屋で一人だからしていることで。
などと図に乗って夕飯食べたあと、右手でお茶を飲もうとしたら、うわ、中指がズキズキズキ、っと。湯呑をとり落しそうになった。
食後、なかなか痛みが治まらず、ブログは諦めた。

結果、昨夜は指が痛くて目を覚ますこと何回か。
免疫療法を休んでいる間に、指の治療を・・とも思っていたが、感染者の恐ろしいほどの増加と、夏休みは皮膚科が子供で溢れることと・・考えると、やはり行くのは怖い。今日はまた左箸使いに戻した。腫れはひいていて、見た目はもう治りそうなのに。

写真は昨日の朝食。冬瓜と笹かまぼこの煮物、卵豆腐。


最近は冬瓜の煮物やスープがよく出る。安いのかな? 1個貰うと、夫が嫌いだったので私一人で本当に「冬瓜と格闘」だった。でも好きなので、ここで食べられるのは有難い。
そして、今日の昼食。ぶりの照り焼きと里芋の含め煮だったのでこれも完食。


厨の灯消すや冬瓜床に置き  KUMI
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情けない話

2022年07月01日 | 料理
天気 晴 37℃

猛暑の置き土産のような、日暮れの入道雲。雲の下は埼玉県で、よくゲリラ雨の降る所沢あたりだ。でも今日は、しばらくしたら崩れて消えていた。
いつの間にか7月になっていた。この季節外れの猛暑はあと2日続くらしい。

昨日の午後はおさまっていたお腹が、今日は朝食後からずっと良くないまま。朝、昨日と同じように薬を飲んだがあまり効果なし。でも、お腹は空いたので昼食はいつもと同じように食べた。ただ、さつま芋の煮物の小鉢があって、それを半分食べたらお腹がグググと鳴ったので、あとは残した。
月初めは体重測定する。痩せた。もう、生きているのが不思議、と自分でも思うくらいに毎月体重は減って、腕なぞ肉の存在が解らないくらいになっている(少しは大げさ?)。副作用、と解っていても、お腹の調子が戻ると又薬注入・・普通の状態で食事をする日は本当に少ない。

午後早く、施設の訪問医の診察。その時は治まっていたのに・・おやつに出されたブドウのゼリーを食べたら、あ~あ、というくらいゴロゴロ状態になってしまった。不思議なことに、腹痛はあまり感じない。

お腹の調子については、詳細を書く訳にもいかないので読む人の想像に任せるほかはない。トイレで体力を使い果たして目眩も酷くなるし・・情けないことに食堂へ行ってまでゴロゴロが続きそうなので、夕食は部屋へ運んでもらった。看護師が必要を認めれば無料で運んでくれる。めんどくさいから部屋で食べたい、という贅沢には、確か一食500円を払う。無論、看護師に相談した。絶食するよりも食べた方が良い、と言われた。食欲はあるのです、味噌汁とご飯、鯖の幽庵焼きと大根のゆかり和えは食べた。


大好きな、結構美味しいきんぴら牛蒡はやめておいた。昼食のさつま芋を思い出したのだ。

情けないこと。でも、昨日でなくて良かった。
もう、点滴から2週間は経過していて、そろそろ普通のお腹に戻れる頃なのに・・
次回は4週1回が、検査のために1週遅れの5週目になる。少しは太れるチャンスがあるかしらん?それとも、検査結果によってはドクターストップがかかるかも。治療を続けるのも止めるのも自分で決めるのは辛いのでドクター任せ、しかないかも?
 
否応もなく七月となりにけり  KUMI
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「やや不良」の心臓

2022年06月16日 | 料理
天気 曇がち

写真は、広いところに行っていないので、10年以上前に行った梅雨晴れの国営昭和記念公園。なんか、懐かしい写真・・というくらい行っていない。
このヤナギランは? 公園の池かもしれないし・・記憶にございません。


一昨日に引き続いての異常な梅雨寒の昨日、4週1回の免疫療法の点滴の日。ついでの検査で、いつもはレントゲンと血液だけなのだが、昨日は心臓もエコー検査で精査した。
その結果は・・少しずつ弱っていく、と循環器のドクターに言われていて、悪くなっているのは当たり前。でも、主治医は呼吸器科の肺の専門医なので、来週、循環器科のドクターにも検査結果を見てもらうことになった。多分、想定内だろうと思うけれど?
私が見ても全然わからない検査結果のパソコン画面、その見出しに「やや不良」と書いてあった。検査技師が書いたのかしらん? やや不良、は以前から解っている。主治医の言うには「点滴で悪くなったという感じはしません」と。そりゃ、肺の方の治療で心臓悪くなった、とは言いたくない・・でも、副作用には心臓機能の弱る場合の説明もされている。抗がん剤は、人により心臓にくることがある。

今、朝日の朝刊の生活面の連載記事で「抗がん剤の副作用で心不全になった」40代の女性の話が載っている。詳細は省略するが、私も乳がんの術後の2回目の抗がん剤で「もしかしたら心臓に影響のあるかもしれない薬なので・・」ということで、1回目だけ、入院で経過観察したことがあった。その前に3週一度で6回受けた抗がん剤は、ひどい副作用で悩まされたのに、その2回目のものは、ほぼ副作用はなかった。(特殊ながん細胞だったので、二つの薬を使う破目に。普通は1回で済む)

結局、その時は何でもなかったのに、8年後に心室が壊れてペースメーカー植え込みの障害者になってしまった。乳がんは10年経過しないと完治、とはならない。なので心臓手術直後に乳腺外科へ定例通院したとき、主治医に抗がん剤と心臓の関係性を確かめると「関係ない」と断言された。でも、循環器の手術担当したドクターは「抗がん剤と放射線治療で弱っていたのかも」と言っていた。
どっちなの? 
今の治療は抗がん剤ではないけれど、私が以前に受けた抗がん剤と似ている治療法、と主治医は言う。

どちらにしてもこの年齢まで生かしてもらったのだから文句は言えない。15年前、抗がん剤治療を終えたときは、寿命はあとせいぜい10年、と覚悟していた。まさか80歳まで生きられる、とも思わなかったのだし。

明易(あけやす)や始発電車の音を待ち   KUMI
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