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はんなり、万華鏡

京都を中心とした旅行記や文化についてあれこれ。

千社札と花名刺

2011-08-15 19:17:07 | 京都・花街

芸妓さん、舞妓さんから千社札、または花名刺をいただく事があります。
千社札と花名刺の区別って厳密にはよく分からないんですが、シールになっているのが千社札というのかなぁ、と漠然と思っています。実際どう区別して呼ぶのでしょうか。

 

上の画像は今までの頂きものの一部です。頂いてから定期入れに入れておくうちに無くしてしまったことも数知れず・・・・(^^;)もう引退されて貰う事が出来ない物もあります。

シールになっている物。これの場合は千社札というのでしょうか。

これもシールになっています。千社札?花名刺?

これはシールではなく、厚手の紙に文字が刷り込まれています。

この赤地に金の文字の物は、舞妓のお店出しの日から
紋付を着ている間にのみ配る物のようです。

シールタイプになっている物は現代的な方法で印刷されているようで、画像を組み入れたりして作っているような感じの物が多い気がします。
シールではなくて厚手の紙の物は昔ながらの方法で刷られているようです。
今度、機会があったら花名刺と千社札の違いを調べてみようと思います。

本当にどれも素敵。これらを下さった芸妓さん、舞妓さんの美しさと思い出が蘇ってきます。もう無くさないようにしよう・・・・(^^;)

これまでいただいた花名刺(千社札)を、100均で売っている名刺用のファイルに、厚紙を入れ、厚紙と透明のフィルムの間に花名刺(千社札)を入れました。
花名刺だけをポケットに入れると隙間が多いので花名刺が斜めになったり動いて固定できないのですが、厚紙が入っていると隙間が少なくなり花名刺が動きにくくなります。
一枚一枚見やすくなりました。

2011年8月15日に、記事を修正して再アップいたしました。 


花街の奉納舞踊

2011-07-26 23:56:16 | 京都・花街

私が花街の奉納舞踊を初めて観たのは10年以上前になります。
節分に友人たちと京都に行って、八坂神社で宮川町の舞妓による奉納舞踊でした。
宮川町では黒紋付の正装をして踊ります。
その時は奉納舞踊は能舞台でしたが、今は舞殿で行われています。

何年か経って、八坂神社で行われる節分の奉納舞踊、祇園祭の宵宮神賑奉納、花傘巡行の奉納舞踊を観に行く機会がありました。
満員電車のような混雑ぶりで、私のような女性の場合は男性の肘が頭に当たったりして大変でした。
場所の取り合いも厳しいものです・・・

八坂神社の奉納舞踊というのはしばしばあり、節分と花傘巡行の時に行われます。
最近は、春にあるイベント・花灯路の時にも行われているようです。
花灯路は行った事がないしこの数年の話なので詳細については良く知らないのですが、八坂神社ホームページによると、節分は2月2日が先斗町歌舞会・宮川町歌舞会、3日が祇園甲部歌舞会・祇園東歌舞会がそれぞれ舞踊の奉納をします。
奉納舞は芸舞妓となっていますが、実際には立方はほぼ舞妓のみで芸妓さんは地方での参加になるようです。

祇園祭・花傘巡行の奉納舞踊だと、八坂神社ホームページやWikipediaによると、西暦奇数年が先斗町お茶屋組合による歌舞伎踊、祇園東お茶屋組合による小町踊、西暦偶数年が祇園甲部お茶屋組合による雀踊 、宮川町お茶屋組合によるコンチキ音頭となります。
同じように芸舞妓による奉納舞踊でも、節分では「歌舞会」、花傘巡行では「お茶屋組合」になるようですね。
この違いは調べるまで知りませんでした。
今年は西暦奇数年ですので、先斗町と祇園東の当番で、7月24日に行われました。
花街関係者の方のブログを先日たまたま閲覧をしましたら、先斗町は花傘巡行では、舞妓さん達は楽屋裏のお手伝いばかりで、出演するのはほぼ芸妓さんばかり?のように書かれていました。
私はずっと舞妓さんだけだと思っていました。
祇園甲部や宮川町は全員が舞妓なのは顔ぶれと日本髪を結った姿で判っていましたし、祇園東は、以前どこかで舞妓が中心で芸妓が加わっている年もある、というような話を聞いていました。
先斗町で芸妓をされていた方を紹介した日記スタイルのページがあり、そこを読んでみると確かに舞妓時代には花傘巡行に参加したような記載や写真も無く、襟替えをして芸妓になってから参加したというような記載と写真が載っていました。
先斗町と祇園東はあまりなじみが無いのと、どちらの街も花傘巡行では日本髪ではない髪型での姿なので、私には顔ぶれだけでは判らなかったですね~。
奉納舞踊は舞妓さんが出るというイメージが非常に強かったし。
ネットや観光パンフレット、本などで紹介されている奉納舞踊の写真では、舞妓さんの写真以外は見た事が無かったですので(笑)
7月16日の宵宮神賑奉納では祇園甲部だけで、右下の写真にあるように、立方は芸妓さんが混ざっている場合もありますが、舞妓さんのみの場合が多いようです。

  

奉納舞踊ですが、参加する舞妓は基本的に舞妓さんとして店出しした順番と聞きます。
ただ、それは祇園甲部や宮川町のように舞妓が多い花街の場合で、先斗町や祇園東は舞妓の人数が祇園甲部などよりは少ないので、数年連続出る場合もあったようです。
最近は先斗町も祇園東も人数が多くなってきましたし、祇園甲部も店出しの順番ではなく選抜制だった年もありましたので、今まで聞いていた話はあてにならなくなってきたように思います。
これといってどこかに書いている決まりでもないですし・・・・
宵宮神賑奉納に関しては、店出しした順番でないのは確かです。
こちらは、ほぼ毎回特定の置屋に所属する舞妓さんばかりのようなのですね。
顔ぶれをみると。
内部の人にしかわからない事情もありますし。

先日、今年の花傘巡行は先斗町と祇園東の舞妓さんの当番ですよ~、なんて知ったかぶりで答えていましたが、裏づけをきちんと取ってから発言するようにしないといけませんねぇ・・・(苦笑)
ああ、恥ずかし。

 

京都の芸舞妓さんの奉納舞踊は、北野天満宮や平安神宮でもありますし、京都内外の寺院での節分の時に行われることもあるようです。
そちらも機会があれば行ってみたいです。


節分・お化け

2010-02-07 23:40:49 | 京都・花街

京都の花街では、節分の時に行われる行事があります。
お化けといって、芸妓さんは歌舞伎などを題材にした仮装をしてお座敷を回り、舞妓さんはいつもとは違う髷を結います。
姿を変えて鬼に見つからないようにする、という意味があるようです。

この時期の芸妓さん達はとても忙しく、分刻みにお座敷からお座敷へと移動し、お茶屋さんだけではなく、花街の外にある料亭などにも出張されます。
私の友人は以前、節分の日にとある有名料亭で食事をしていたそうですが、別のお客様がお化けの仮装をした芸妓さんを呼んでいたそうで、お店の方からこれからお化けが来るので見ませんか?と声を掛けられ、お廊下から見物することが出来たそうです。羨ましいです(^^)
通常は、井上流の京舞しか舞わない祇園甲部の芸妓さんは、この日だけは京舞ではない、仮装に合わせた踊りを踊ったりするそうです。
私も節分の時に何度か京都に行ったことがありますが、芸妓さん扮する忠臣蔵ご一行や水戸黄門、桃太郎ご一行を見掛けたことがあります。
深夜の路地から、仮装をした芸妓さん達がぞろぞろと出てこられてびっくりしたものです。

花街によるようですが、舞妓さん達は仮装はしないで髪型を変え、黒い襟を掛けた町娘風の着物を着るのが多いです。
通常の割れしのぶ・おふく髷ではなく、お染・おしどり(雄または雌)・お俊・菊かさね・結綿・勝山などなど。
全ての舞妓さんが髪型を変えるということではなく、舞妓さんが所属する置屋さん、舞妓に出る時に見習いをした見習い茶屋の違いによっては、小さい舞妓さんのうちはダメで大きい舞妓さんにならないと、節分で変わり髷を結えないこともあるようで、同期の舞妓さんでも変わり髷を結える舞妓さんと結えない舞妓さんがいます。
殆どは二年目になると結える場合が多いようです。
基本的に、初めての時はお染という割れしのぶに橋という付け毛を掛けた髷を結い、次の年にはおしどりや結綿など、結える髷のバリエーションも増えていくようです。
勝山髷は夏の祇園祭の頃に結う髪型として知られていますが、節分の時にも結う場合があり、元々時代劇のお姫様のような豪華な髪型なのですが、両サイドから付け毛を垂らして、もっとお姫様のようにするのが流行っているようです。
そうなると勝山というよりは吹輪というお姫様の髪型という方が正しいのかな?
ある舞妓さんは、他の置屋の先輩や他の花街の舞妓さんが節分に勝山を結って両サイドから付け毛をつけようというのを聞き、自分もしてみたくて何ヶ月も前から髪結いさんに予約を入れていたそうですが、見習い茶屋のお母さんから「舞妓さんらしくないから」と許されず、結局違う髪形にしたそうです(^^;)
下げ髪と言って、嶋原の太夫さんが引退する時に結う特別な髪型を結って、黒紋付を着ていた舞妓さんもいて、とても豪華ないでたちで素敵でした。

ネットで知った情報によれば、今年はマイケル・ジャクソンの仮装をされた芸妓さんがいたとかいないとか。
ムーンウォークとかされたのかしら~?
是非見てみたいものです(^^)

※見習い茶屋というのは、正式に舞妓さんになる一ヶ月前から見習いとしてお座敷での振る舞いを学ぶ、格式のあるお茶屋さんをいいます。
所属する置屋さんが見習い茶屋も兼ねている場合もあります。
違う置屋や違う姉妹筋であっても、見習い茶屋が同じの場合は、また姉妹という事になるそうです。
舞妓さんにとって、置屋のおかあさん、姉芸妓以外に、見習い茶屋のおかあさんはとても存在が大きいのだそうです。

 
節分の変わり髷・お染

※画像はすべて私が舞妓変身した時のものです。

節分の変わり髷に関しては下記の記事でも紹介しております。
舞妓さんの髪型・お染(節分の変わり髷)http://blog.goo.ne.jp/haginon/e/fa003457b940dc6e58997323039e85c7
おしどり(雌)http://blog.goo.ne.jp/haginon/e/c774c30ad29883a3221d4167addedc43
お俊http://blog.goo.ne.jp/haginon/e/9c89810f9edb34f110844743c5155b83


 


2009-10-05 22:13:05 | 京都・花街
10月の京都花街では、温習会をはじめとする舞や踊りのおさらい会があります。
祇園甲部の温習会は、以前は毎年のように行っていましたが、今年は諸事情で行けません。
上七軒の寿会や宮川町のみずゑ会も一度は行ってみたいですが、なかなかタイミングがあいません。

さてこの時期になると、祇園甲部の一部の舞妓さんには不思議なことがおこります。
祇園甲部の全ての舞妓さんがそうではないのですが、春に出たばかりの舞妓さんが、この時期だけ、小さい舞妓さんの象徴である割れしのぶ髷ではなく、大きい舞妓さんの象徴であるおふく髷を結ったり、襟替えも近い大きい舞妓さんが小さい舞妓さんの象徴である割れしのぶ髷を結ったり・・・
舞妓さん達は三組に分かれて舞台に出るので、大きい舞妓さん中心のメンバーの中に小さい舞妓さんが加わった場合は、大きい舞妓さんに合わせて全員おふく髷に肩に柄のない黒紋付、舞のイメージに合わせて、大きい舞妓さんばかりでも割れしのぶ髷に肩に柄のある若向きの黒紋付、という姿になったりします。

ですので、この時期にはまだ下唇のみのお紅、ぶらの付いた花簪の出たてさんが、大きい舞妓さんの髷でお座敷に出たりするなんてことがあり、もう何年も前ですが、半年前に出たばかりの舞妓さんが髷がもう替わってる???なんて知人間で話題に出たことのありましたが、そういう話で納得しました。
数年前、温習会の時期にお会いした舞妓さんは、その2ヵ月後には襟替えが決まっていたのに温習会の関係で割れしのぶ髷でした。
普段の髪飾りは、一輪の花簪に花櫛というスタイルだった彼女は、髷が小さい舞妓さんの割れしのぶということで、花櫛ではなく細勝山にして、花簪も小さい舞妓さんでも使えるタイプの物を挿していました。貴重な拵えの時にお会いできたと思います。

他の花街の会では、色々なキャリアの舞妓さんが一緒に出演されると思いますが、髷はどうなのでしょうね。
いつか、寿会やみずゑ会を観に行く機会があったら確認したいと思います。

祇園をどり

2009-08-31 22:15:57 | 京都・花街
毎年11月に開催される祇園をどり。今年は52回目になるそうです。
八坂神社の近くにある、祇園会館が会場となります。
ここは普段映画館で、昔は上の階にマハラジャがあったと思います。
京都新聞によれば、本日8月31日は、祇園をどりの衣装合わせだったそうです。
記事によれは、10月に何人か新しく舞妓さんがお店出しするそうです。
まだ15歳だそうです。中学校を卒業してから半年間修行して、11月の祇園をどりで初舞台となるのでしょう。

祇園をどりのポスターなどを見て前々から思っていたのですが、祇園をどりは11月に開催なのに、花簪はなぜ10月の菊なのでしょうか。
毎回黄色の一輪の菊で統一しているようです。
お茶席では最近は黒紋付の正装の舞妓さんと、色紋付?の舞妓さんとのコンビですが、花簪はどうだったかな?
昔の花簪のルールが、今と若干違うらしい話は聞いた事があるのですが、11月で菊はやっぱり遅い気がしますし・・・
とはいえ、祇園をどりは11月1日~10日開催ですから、紅葉には若干早いですけどね。
ちなみに、4月1日~30日開催される祇園甲部の都をどりですと、お茶席で控えをする舞妓さんの花簪が、4月後半になると5月の花簪である藤になります。
お座敷では4月後半でも4月の花簪である桜ですが、お茶席だと藤になるのは謎です。
桜は散って、4月後半には藤が咲き始めるから?と思った事もありますが、でもお座敷では1ヶ月間桜ですし・・・
お茶席でお点前をする芸妓さんも、4月後半だと藤の小さい花簪を挿してます。

祇園をどりはタイミングが合わなくて、まだ一度も観に行ったことがありません。
まぁ、そのうちに。