

懐かしい記事が出て来た!私は自由律俳句をちょっとばかりかじっていたが、川柳をやれば良かったな(笑)。昭和22(1947)年生まれの私は正に団塊の世代の1期生なんだ。
下が小学校4年生の時、ジャグルジムに登ってのクラスの写真。これだけの人数が7組存在したが、1学年下は分校が出来て転向して行った。

下は川柳の教本に載っていたものだが、ほぼ私の人生と重なる。上のみんな、78歳まで生き延びたかな?振り返れば楽しかったことばかり思い出す団塊の世代!(2025年7月2日記す。)

(自分誕生)-すべてはここから始まった
「遺伝子は 4月生まれの 桜好き」
(小学校入学)-かすかな記憶の思い出が
「ひとクラス 五十三人 民主主義」
(給食)ー食べ残すと叱られたっけ
「感謝せよ 脱脂粉乳 かきまわせ」
(少年の日々)-わんぱくだったあの頃
「ポケットに フォースターを吹く ハーモニカ」
(テレビ時代)-日本の復興とともに
「正義とは 月の光を 背に受けて」
(初恋)-カルピスの味だった?
「憧れの 人と合わせる 登下校」
(受験勉強)-徹夜しながらがんばった
「豆単の 赤い表紙も 食べました」
(大学生活)-わが青春はここにあり
「学食で 初めて会った カツカレー」
(アルバイト)-学費稼ぎの社会勉強
「念願の ギターを買って 挫折あり」
(友情)-良き友こそ人生の財産
「友情に 頼らず蜂は 死んで逝く」
(恋愛)-好きと言えた日言えなかった日
「起きぬけに 天気予報で 決める恋」
(失恋)-涙の味は苦かった
「セーターを 編んでくれとは 言ってない」
(学生運動)-正義感に燃えていた
「初めての 彼女の息の 近さかな」
(就職)-将来へ夢ふくらませて
「辛抱だ 親戚中の 大合唱」
(初月給)-働くことの意味を知る
「両親に 買ったケーキは 傾いて」
(結婚)-二人で築く人生の旅立ち
「妻という 鯛の背鰭(せびれ)を 隠れ家に」
(子供の誕生)-幸福をかみしめながら
「百グラム 増えた 減ったの 哺乳瓶」
(マイホーム)-大黒柱の責任感
「畳対 フローリングの せめぎあい」
(サラリーマン生活)-気楽な稼業と言われたが
「次々に ドアが待ってる 帰り道」
(昇進)-会社の中でも競争が
「年下の 上司ができた 日の覚悟」
(転勤)-単身赴任はつらかった
「荷を括(くく)る 迷いにとまる 赤とんぼ」
(子育て)-親なればこその苦労と喜び
「サクラサク 娘はすぐに 父離れ」
(倦怠期)-長い間にはこんな時期もある
「別れたい 別れたい 只今マイクの試験中」
(病気・入院)-人生明るいだけじゃない
「同病が 車座になる クラス会」
(子供の結婚)-うれしさ半分さびしさ半分
「披露宴 娘の息の 軽さかな」
(孫の誕生)-そろそろ老いを自覚する
「携帯の 待ち受け画面 成長記」
(介護)-いずれはわが身と知ればこそ
「父母を 担いで 捨てる金曜日」
(親の死)-人生の哀歓しみじみと
「この父に 波はあったか なかったか」
(定年退職)-まだまだ余力はあるつもり
「職を辞し 時計を酒で 眠らせる」
(人生)-振り返ればあっという間
「神様に 玩具にされて うれしいな」
(60歳からの新しい川柳、時実新子監修、杉山昌善著、実業之日本社より抜粋)
![]() | 60歳からの新しい川柳 中高年の現代川柳入門時実 新子実業之日本社このアイテムの詳細を見る |
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます