レバノンの正教徒移民の子としてオタワで生まれた。1990年にアメリカ市民権を得ている。ニール・セダカやデル・シャノンと共に、ポップスの草創期を代表するシンガーソングライターであり、その草分け的存在でもある。1957年に自分の弟のベビーシッターへの片思いを綴った自作曲「ダイアナ」でデビューする。この曲はいきなり、Billboard Hot 100の1位にランクインした。
日本語による歌唱
「ダイアナ」は、いわゆる「ロカビリー(rockabilly)」のブームが起こっていた日本でもヒットし、日本語詞を盛り込んだカバー・バージョンが、いろいろ制作された。
左から平尾昌晃(79歳没)、山下敬二郎(71歳没)、ミッキー・カーチス(79歳)
渡舟人の日本語詞で山下敬二郎が歌った「ダイアナ」は山下の代表曲とされる。「ダイアナ」は、山下敬二郎の1958年4月のデビュー・シングル「バルコニーに坐って」のB面曲であったが、平尾昌章(のち昌晃)は音羽たかし名義の日本語詞でシングル「ダイアナ」を出し、B面に「バルコニーにすわって」を収録した。~wiki
ふと、こんな曲を思いだした。メロディーを知ったのはもちろん、日本語版だが、現役時代にスナックバーで歌ったら受けたね(笑)。ポール・アンカの原曲もその後ラジオでよく聴いたんだと思う。
ポール・アンカ自身が76歳とは意外と若いんだ。動画の下を見ると50~60年後でもその1曲で凄い人気なんだ。メロデイは小父さんの体のどこかに沁み込んでいる。
PAUL ANKA の DIANA の歌詞と日本語訳~YAHOO!知恵袋
paul anka viña 2010 - pt 1
金曜日に戻りました。
聞きましたが全く知らない曲です(笑)。
日本人の方たちは知りませんが、、、^0^
へぇー― 1990年にアメリカ市民権ヲ取られたんですか
今、プロフェッショナル 仕事の流儀「宇多田ヒカル スペシャル」という番組
↓
https://www4.nhk.or.jp/professional/x/2018-07-16/21/17082/1669493/
に見入っていたら、たぶんロンドンのスタジオで英会話ばかりの男の世界でディレクター?みたいな人が彼女に「オツカレサマデシタ!」と流暢に言ってました(笑)
旅行で痩せましたか、太りましたか?(笑)
>聞きましたが全く知らない曲です(笑)。
これ、とっても有名な曲ですよ。
高校の頃、ビートルズやそれ以前のアメリカンポップスが流行っていましたが、
たぶん、私の小学校~中学校時代のアメリカンポップスはすべて日本な平易な歌詞をつけて日本の歌手が歌っていました。
お~っ!
下のビデオを流しっぱなしにしていたら、つづけて
君はわが運命 You Are My Destiny(1958年)と
マイ・ホーム・タウン My Home Town(1960年)を
歌っていました。
どちらも日本でよく唄われていましたね。
>日本人の方たちは知りませんが、、、^0^
平尾昌晃さんが作った曲では、五木ひろしの「よこはま・たそがれ」、小柳ルミ子の「わたしの城下町」、「瀬戸の花嫁」などなどたくさんヒットを飛ばしてますよ。
歌手としては、生徒の一人である畑中葉子とデュオを組み、「カナダからの手紙」なんてのも流行りました。
>へぇー― 1990年にアメリカ市民権ヲ取られたんですか
私も彼のこと初めていろいろ知りました。
顔だけは以前から知っていましたけど・・・。