横濱kabitanの、あれこれ話

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完全聞き書き・要約版(ひょうたん島セミナー編)//第1稿目

2008年08月24日 05時56分26秒 | NHK人形劇
 横浜・放送ライブラリー6Fにて、13:30~15:15(15分延長)。



【開催あいさつ】
伊「前回の人形劇(22日記事参照)では、見ていない子も終わった頃には好き忍になってくれて、嬉しい。
 そこが、≪ひょうたん島≫の魅力。
 内容を、
①誕生までの、道のり
②制作時での、苦労
③人形造形について
④放送時について
と、4パートに分けて話を進めたいと思います」

【01:誕生まで】
武「『チロリン村とクルミの木』が週1本から帯になった時に、シナリオがそのテンポについていけずマンネリ化。その為、≪マンネリするなら、打ち切り≫と上からの声と共に若い自分に後継作の企画が振られた。
 自分は、『クルミの木』の人形がどうも古臭い気していたので、新番組には
≪都会的!笑える!!マンネリしない!!!≫
という三要素を盛り込んで、最初、
『ひょうたん盛衰記』
で出した。そこで、ホラ吹きが出てくる案から≪大人がホラで子供がまとも≫という設定で、マンネリを防ぐ為島を漂流させどうにでもできるようにしてしまった。
 しかし、タイトルが『盛衰記』はどうかという事で、≪どこに行くがわからない≫という事で『ひょっこりびっくりひょうたん』にと、何度も変更し今のタイトルに収まった」

【02:制作裏話】
武「放送開始すると、内容に視聴者と上司は怒る。しかし、もう一つの上司は気にいり押してくれて続けられた。その内、大相撲で大人も≪ついてに≫見るようになると、人気も出てくる」
伊「スタッフを揃える時は?」
武「(作品だけに)まともでない人、という基準で選んでいった。
 声いれの時には、人に
≪まるで、動物園のよう≫
と、言われる有様。
 (博士役の)中山さんの場合、所属先に拒否され家まで押し掛け母親にお願いすると、色好いお返事♪そのまま、中山さんも仲間入り♪♪
 他にも、変っているといえば(人形捜査担当)ひとみ座もスゴかった。
 『クルミの木』の人形は直に手を入れるのでモサッとするので、都会的オシャレな、ひとみ座なら≪モダンでシャープな≫人形を作ってくれると思い、頼みに行ったら思いの他迫力のある所だったので、心の中で
≪無事に帰れるかしら≫
と、思わず思ってしまう位だった。しかし、人形の出来ばえは素晴らしかった」
【02-1:OPができるまで】
武「≪歌詞⇒作曲⇒OP用アニメーション制作≫
と作業行われるが、とにかく時間が無く脚本の井上宅で止まりこみを決めようとしたが、嫌がられ相方の方に転がり込んだが結局出来ず、〆切当日、NHKまで(新橋)着くまで電車のボックス席に陣とって作業開始。
 その時、井上氏が
♪丸い地球に~
と思い付き、後はあっという間、出来たのは目的地一歩手前の事。井上氏が、過激なのと大人しいのと2本作ったのでその中間のをダミーのして、ギリギリの処で本命出して通してしまえという荒技にでた」
【02-2:その時のダミー用音源を聞く】
①シャポン玉ホリデー風
②1960年代初頭アニメ風テンポ早い
(余りに早いので、誰も笑っていなかったのに笑ってしまいまして、すいません)
③教育番組風
④EDの元
⑤OPの元(少々、ジャズっぽい)
【02-3:博士から見た『ひょうたん島』】
中「中学3年が終わる春先に話が来た。
 当時、舞台役者としては
≪TVで、人形劇で、声いれ?!そんな仕事やったら、役者としてだけになるわ≫
と、生意気盛りだったので自分から拒絶したが武井氏が家まで来て、母親も揃って言うので渋々。
 ここで、初めて声の演技の本質を知り、歌も譜面渡された日に歌わされたりと相当変った事も多かった。昔のマイクは、前と後ろしか入らない上収録スタジオには1本しかなく、、喋る人が横から下から入る。遠ざかるという処も、演者がワザワザマイクから離れていくなど、到って、原始的方法だった。その上、≪失敗したら、一からやり直し≫という一発撮りで失敗し内容に必死。

【明日に続くよ♪】←博士風に読んでね♪♪


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