横濱kabitanの、あれこれ話

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ヨコハマラウンド1≪0と1の間にあるアート≫

2017年01月17日 15時51分30秒 | ヨコハマトリエンナーレ横浜トリエンナーレ

 4月に芸術家・作品情報発表予定!公開対話シリーズ「ヨコハマラウンド」は1月からスタート。

:横浜トリエンナーレは、3年に1度行われる現代芸術の国際展です。6回目となるヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」は、世界の≪接続性≫と≪孤立≫の状況について様々な角度から考えます。
 今、世界は、従来の枠組みを超えてネットワークが拡大する一方で、扮装や難民・移民の問題・英国のEU離脱などで大きく揺れています。また、情報が氾濫し高度に複雑化した環境の中でSNSなどの急速な発達による島宇宙化が進み、さらには大国や中央集権の論理に抗うかのような様々な小規模共同体の働きが活発化しています。ヨコトリでは、こうした相反する概念や側面が複雑に絡み合う世界のあり様について思索を巡らせます。そのため展覧会に加えて、開幕に先立つ1月から閉幕までの間、幅広い分野の専門家を招いた今回対話シリーズ≪ヨコハマラウンド≫を実施し、単に現代美術の展覧会にとどまることなく、≪対話や議論≫≪思考≫≪共有や共生≫の機会となることを目指します。
 先行きの見えない複雑な時代に、人間の勇気と想像力と創造力がどのような可能性を拓くことができるのか、みなさまとともに考え、新たな視点を開港の地・横浜から配信します。

■ラウンド1>>>「0と1の間にあるアート」
:養老孟司×布施英利
◎基調講演:養老氏
 現在のデジタルは複製、コンピュータこそ完全な複製の世界:芸術はただ一つのものー同じ/違うというのは感覚で見ると違うが一言で同じにしてしまう。
 人だけ、創造力で<≠>を理解できるー数式をできるのは、≠を等価・価値として交換・認識できるから。 
 国際化は複製、都市の芸術はその消毒。
 無意識に同じー進化の果てはデジタル化、そうやって文化を造っていったー人となって戻る、<個性>求められると困るー論理的世界ー理屈っぼい自分が美術は興味なかったが、理屈に合わないからー0と1は、脳が興奮するかしないかである。
 手続き・議論はデジタルー人間はどう生きる?今が、問題になっているー科学は感覚(リアル)で、実施体験。
■対話
布「<芸術は複製ではない>-複製は好きな大きさができるが、ある欧米画家は<(絵は)ある大きさが風格ある>と、考えている。 
 あるマグリッド展で、パイプの絵に<これはパイプでない>とあった」
養「英語で、<The>と<a>は感覚と頭のイメージというー言葉は、皆、同じ前提になっているからー内容でケンカに」
布「ヨコトリの星座ー30年前に養さんが視覚と聴覚文明で、星座≠文字⇒物語」
養「星座は固定して、図形できるー古代からやられているのは、特殊能力でそれが文字になった」
布「養さんの、´我々’はクロマニオン人まで含まれてー洞窟で、天井の絵は星座かと思ってきたーそれは文字ー言葉として読みとっていたのでは?」
養「聴視一緒だった昔は漫画的ーマイコンが昔ながらの感覚」
布「子供の成長ー自分の子が2才から描き始めたが、言葉が先で絵が後」
養「道具がないから言葉に、今はスマホとは簡易。写真とって絵にするが、なぞって描くとうまくできるが、まともに描くと問題ー写真は見落しばかり」
布「脳と体の解ぼうー知性ー理性」
養「量るのは体ー匠になると、mmの誤差が指先でわかるー普段使いしても違いがわかるー日本の繊細な感覚、近代から失っている」
布「画家は、考えでやっている」
養「日本の絵は感覚」



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