

本日、2度目のUPです。
日付がおかしくなっていましたが、これで追いつきました。
ガメ君にお願いしました。
3月28~29日の写真です。
トルコの、世界遺産、カッパドキア です。
ローマ帝国の迫害から逃れたキリスト教徒が移り住み、地下都市や、岩窟教会を作り上げたと
いわれる、カッパドキア。
しかし、ここはイスラムの国です。遠景にはイスラム教の、モスクと塔が見えます。
4枚目は宿泊した洞窟ホテル、ギョレメ カヤ ホテルです。部屋は思ったより広く快適でしたが
エレベーターが無いため ボーイさんはカバン運びが大変だったと思います。
どうしても、バルーンへ乗る勇気がありませんでした。後悔しています。
添乗員さんの説明です。
明治23年、トルコの軍艦が、和歌山県沖で台風のため遭難し、500名以上の犠牲者を出す
大惨事となった。
この時、数10名が命からがら泳ぎ 灯台下の断がいを登り助けを求めた。台風のため出漁できず、食糧の貯えも少ないなかで住民は衣類、食料品、それに非常用のニワトリまで提供して献身的に、生存者の救助に努め、この結果多くの命が救われた。
更に生存者を、神戸の病院に収容し村の区長から県へ、県から日本政府に働きかけた結果、各新聞は衝撃的なニュースとして伝え 多くの義捐金 弔慰金が寄せられた。
また、遭難者は事故の20日後に、日本海軍の軍艦2隻により、トルコ、オスマン帝国の首都
イスタンブールへ送られた。
この時、2隻には、あの『坂の上の雲』の主役 秋山真之が乗り込んだ。
このことがトルコの小学校の教科書に載っているため トルコは世界一の親日家として知られており、どこへ行っても、先生に引率された小学生が ジャパン、ジャパン?と話しかけ、イエス、イエス
と答えると、即、ハイタッチです。
また、イラクのフセイン政権下 ○時間内に出ていかないと、総攻撃をかける!!と声明を出された時、まだ、イラク国内には200名ほどの日本人が残っており、とても時間内にはなにもできない。
当時の、小泉首相は、トルコ政府に救助を求めた。すると、トルコ政府は、自国民がまだたくさん残っているにもかかわらず 自国民には陸路、避難するよう指示を出し、日本人のために、飛行機を2機チャーターしてくれ、全員無事に脱出できた。
また、添乗歴27年のベテラン添乗員Kさんの話によると 彼女が添乗員になりたての頃、トルコの若者数名と一緒に研修を受けた。
彼等は貧しく、アパートの狭い部屋に、数人が すし詰めで勉強に来ていた。
今、彼らは、トルコでも有数のお金持ちになり、トルコ経済の一翼を担っているとのこと。
コウノトリが、電柱の上に巣をつくり、子育てをしていました。
今日は、少し長くなりすぎました。読んでいただき感謝です。