週一の 母のヒアルロン酸注射の日です。
ベッドへ横になり ズボンをまくりスネを出して 先生を待ちます。
「あらっ! 〇〇さん マニキュアしちゅうね おしゃれじゃねぇ」
腹の上に置いた母の手を見て 看護師さんが言いました。

ん? と見るとなるほど 母の爪にマニキュアが塗られており
ラメ入りの爪もあります。
「だれがやってくれつろぉね 覚えちゃあせんが」
聞いても ベッドの母は忘れております。
注射が終わり 施設へ帰って聞いてみると このフロアは1昨年
たった1人いたおじいちゃんが亡くなり 現在おばあちゃんばかり
9人となったため 若い職員の提案で お化粧会が始まりました。
おばあちゃんにお化粧をし マニキュアを塗って 髪もきれいに
整えてもらい その日はおばあちゃんでなく 女性になります。
「あたしゃあ そんなもんは せん!」
かたくなに断っていた100歳が近いおばあちゃんも お化粧を
して鏡に映る自分の顔を 1日中笑顔でながめると聞きました。
夜 お風呂の時間にお化粧を落としてもらい マニキュアも取る人
が多いと聞きましたが母は 娘に見せる と取らなかったそうです。
それなのに娘を見ても 自慢のマニキュアを忘れておりました。

昭和2年生まれの母は お化粧やおしゃれがしたい娘時代に戦争があったため
生きていくことに精一杯で 嫁いでからは野良仕事で 着飾ることや顔へ塗ること
も無縁と思える人生を送ってきました。
今やっとお化粧ができ 施設の職員の厚情で 今まで塗った
こともなかった マニキュアまでしてもらいました。
母ちゃん とっても似合おうちゅうよ また来週くるきね
娘の言葉に母はにっこり笑い マニキュアの手を振りました。