遺伝圏の深層現象学」要約
富樫 橋
S:性衝動遺伝圏
すなわち性的な面での精神的な力動性が強く,人生の歩みのなかで愛情生活にバランスを失いやすい傾向がある.つまり性的人格障害になる遺伝圏である.だが人類愛や博愛的な職業で遺伝負因の社会化に成功する人も多い.
この遺伝圏のうちエロス属(h)の人は,一般に遺伝趨性の力によって,無意識的にタナトス属(s)の人に引き寄せられる.大量の情愛エネルギーを身につけたこのh遺伝圏の人々は,社会的な母親の役割を受け持つ文化的世界-例えばホテルやデパート業,出産育児関係などで遺伝負因の社会化に成功するが,結婚や配偶者選択を誤れば,生来の両性具有(ヘルマアフロディスムス)素質の人間化に失敗し,精神的半陰陽,同性愛などの性的疾患を病むのである.
またタナトス型(s)遺伝圏の遺伝負因をもつ人は,社会的父親の役割を果たす文明的世界,例えば地域開発や建設企業,外科や整形手術,体育スポ-ツ関係などで成功をおさめるけれども,失敗するとサディスト,マゾヒスト,サドマゾヒスト,拝物愛者などの運命を歩む傾向がある.それゆえこのS遺伝圏は,「エロスとタナトス・愛と死の遺伝圏」ともいわれる.
P:感情衝動遺伝圏
ドストエフスキーは,この遺伝圏のうちのエピレプシー(てんかん)型(e)に属していた.感動発作遺伝圏ともいう.癲癇型eの遺伝負因をもつ人は,精神の深部において,原発的(生まれつき)であるゆえに理由のない,他者に対する猜疑と嫉妬,憎悪と憤怒の感情興奮が常時横たわっている.そのため人格の前面では,些細なことで不安になり,良心の苛責を感じたり恐怖を感じるけれども,一方では,これが人並はずれた生命力の根源にもなるのである.ドストエフスキ-は,発作を起こすほどの強い他者殺意の遺伝負因を,無意識的に,「罪と罰」や「神と人間」の問題として,大河小説を書くという仕事で見事に昇華したのである.もし彼が小説を書かなかったらば,実際に殺人を犯していたに違いない(この着想が18歳のソンディを運命分析学に導いた).
一方,ヒステリー型(hy)の遺伝負因者は,僅かな性的刺激でも麻痺や痙攣,失立・失歩などの発作性の障害を起しやすいが,遺伝負因を,宗教的な信仰生活や,聖なる職業につくことで,あるいは俳優的・政治家的な仕事に従事することで衝動を社会化したり,演技や舞踊などで人間化し,社会的成功者になる傾向がある.eは荒々しい感動の障害を引き起こし,hyは繊細な感動の障害を惹起する.旧約聖書における人類初の悪者カインは,嫉妬で弟のアベル(弟)を殺害して有名になったが,わが国では「兄頼朝(殺意と自己顕示),弟義経(善意と空想的不安)の遺伝圏」というと分かりやすい.
Sch:自我衝動遺伝圏
人間は他の動物とは比べものにならないほど高度な自我を発達させてきた.しかしその代償として,人間であることの「理想(p)と現実(k)のギャップ,所有(k)と存在(p)のはざま」の間で引き裂かれるという精神的状態を引き受けることになったのである.犬も猿も,チンパンジーの種の中で最も人間に近い言語的学習機能をもっているといわれるボノボでも,精神的理想と現実との差に悩むようには見えない.人間が他の霊長類と差をつけるために自ら生み出すことのできるのは「あのような存在の状態になりたいなあ,という精神理想の観念」と,「このようなものを所有できればいいなあ,という所有理想の観念」である.
この思いは,発達の始めの段階から始まり,成熟へ向かうプロセスの中で,互いに闘いながら人間の精神自体と思考を磨くものであると同時に,死に至って始めて止むような人間の喜びと苦悩の原泉でもある.それは一般に,症状として魂を強迫的傾向と分裂的傾向の間で彷徨させるけれども,人格が成熟するにしたがって,2つの傾向が統合されてくるのである.しかし,その調整がうまくゆかず,人生の歩みのなかで体験するいろいろな試練を乗り越えることに失敗すれば,緊張型人格(k)や妄想型人格(p)の人として運命を歩み,その運命シナリオの通りに生きてゆく.
k遺伝圏の人は,所有理想を形成する現実検察の自我が優勢であるから,kのカタトニックな遺伝負因を社会化することによって,例えば先進国の知的学問的財産を所有しようとする企業経営者や学者のような,物質的価値獲得者として現実的成功をおさめることができる.しかし彼らは状況により,一時的に被害妄想や誇大妄想に襲われることがある.反対にp遺伝圏の人は,存在理想を形成する意識化検察の自我が主導するから,pのパラノイアックな遺伝負因を人間化することによって,例えば天才的な発見者・探検家,詩人などの精神的価値の創造者になるのである.精神医学や心理学など,魂や精神の秘境を探検する研究者も,pという偏執性分裂の遺伝圏の人でなければとても仕事をすることができない.これら自我遺伝圏の領域における成功者は,いずれも<強迫的に>か,あるいは<分裂的に>仕事をするのである(この強迫と分裂の精神構造は,男性と女性の本質,神経症と分裂病に深く関わっている.----「運命分析,強迫と分裂」の項を参照----).それゆえこの遺伝圏は,「ハーベン(所有)とザイン(存在)の遺伝圏」というのである.
C:接触衝動遺伝圏
対人関係や対物関係つまり「外部との接触」の面における精神力動性を支配する遺伝圏である.人はやはり誰でもこの遺伝子をもっているから,対人関係接触面でバランスを失いやすい傾向の人はこの遺伝圏に属していることが分かる.これを循環性精神病の遺伝圏とも言う.つまり「そう」と「うつ」の遺伝圏である.この圏のうち鬱型(d)に属する人は,常に新しい価値対象や愛の対象を獲得しようとして探し求め,追求する性向をもった人格として現れる.たとえば代表的なのは,子どもでも成人でも同じように,切手を集める人,コレクターである.集めたものは自分の領域に溜めて貯蔵し,たやすく流出しないように出口を締めあげる.探して獲得したものは人であれ物質であれ,知識であれ金であれ,学問であれ快楽であれ,他者の権利であれ自由であれ,自分の縄張りの中に取り込んだものは完全にコントロール下におき,出入り口をしっかり閉じて留置監禁し,流出の自由を奪おうとするのである.たとえその対象の価値の重要性が薄くなっても,めったなことではだれにも渡そうとしない.だからこのd遺伝圏の人は,探求すべき対象が獲得できず,溜めこむものが発見できないと「うつ」状態になる.しかしこの肛門性格は,その驚くべき吝嗇性(りんしょくせい=けち)の遺伝素質を,しばしば最高に人間社会に役立てる方向で昇華するのである.
お金に関する企業すなわち,貯金したりさせたりする大蔵省や銀行関係,金融関係の事業に従事して成功する人がこの遺伝圏に属してい.また,その最も巧みなやり方で社会化した機構が官庁である.特定の名前が無いアノニムな官僚族の一部の人たちの,d遺伝子が主導する精神構造が,完璧な権力維持装置として「規制」と「資格」という「制度」を作ったのである.司馬遼太郎の遺言によれば,日本では,昭和になってからそれが急激に発達し,戦争に突入する遠因をなしたと嘆いている.その無名の官僚や参謀の心が,恐らく無意識的に作りあげたものは次のようなものである.すなわち「民間の自由競争を,法や暗黙の了解で規制し,縄張りをつくり,よそ者を排除し,知らせずに依らしめて××の資格を作りイエスマンだけに許可を与え,言う事を聞きそうにない人をあらかじめ村八分にしておくという,極めて暴力的な規制装置」を,社会の安全性維持という錦の御旗(みはた)をかかげて創造し,誰にもその正体を見破られないようなやり方で既成事実を作ってしまう.d遺伝子の機能はこのようにして,まるで芸術的というほかない程見事で美しい作品を創造するのである.原始時代から人類が創造し,現代も同じように創造され続ける「美という暴力」の起源は,恐らくこの辺から発生したに違いない.だから権力者,暴力的支配者は高価な美術品を,自らの権力や暴力の象徴として好むのである.最近の市町村役場が,高価であるが醜悪なデザインの「美術作品的庁舎やホール」を建設するのも,権力的な先輩官僚たちの精神構造をお手本にして無意識的に真似しているわけである.同じd遺伝圏に属しているから当然なことではある.
また,代表的な美の職業である画家は,いろいろな色の,材料の段階では,べたべた粘り着いて,普通の人ならすぐ洗い落としたくなる「きたない」絵の具やペンキを,平気で集めて塗ることができる.しかも次から次へとあくなき美の探求を続けるのである.「画家や彫刻家」の深層心理的本質は,粘着材料を,絵画や彫刻作品という「美」に変えてしまうところにある.彼らは結果として「美」を探求し,汚物を美術に変換して留置するd遺伝子の魔術師である.魔術であるからには,画家として成功するためには,何らかの「種と仕掛け」があるのでないかと思われる.それは見えない美の創造者=官僚の精神構造が作り出す仕掛けとよく似たものに違いない.画商も質店も価値あるものを集めて売って成功する.集まらないと憂鬱になりメランコリーになる.だがそうなる人は,積極的に自分から活動しようとしない,無気力なマゾヒスト遺伝圏にも同時に所属しているからである.
躁型遺伝圏(m)に属する人は,肛門性格とは全く対照的な口唇性格だから,自国語や外国語の語学教師,言葉で魅惑して要らないものまで買わせてしまう販売セールス業,有価証券販売業,飲食レストラン産業などでm遺伝子の欲求を社会に役立てて成功するのである.「口唇愛」というのは,誕生してすぐに作動するところの,「母乳を唇で探し求めて吸いつき,口で乳首にしがみついて依存する」という体験から出発する.この体験が充分でないと,乳幼児期精神外傷(トラウマ)がつくられ,精神分析が担当すべき心の病気の原因になる.それは,ベトナム後遺症のアメリカでは,「戻ってきたフロイトの心的外傷論」,つまり「PTSD(ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダー)」と名前を変えて,多重人格にまでおよぶ症候群をつくるといわれたのであった.だが,どんなにラベルを張り替えても,本質は変化していないのである.勿論,幼児は成長するに従って,「自分の生命を維持することを認め,受け容れてくれる母親という依存対象を確保する」段階から,「物理的に母親から離反することよって「母親という根源的依存対象(ウルオプイェクト)を確保する」という,成熟した接触段階に移行する.
この,生命への執着を原発的な目標とする「うつ遺伝子m」の遺伝負因者は,小説家のような言葉で構成される芸術の成功者などによくみられるが,彼らは躁と鬱の状態を繰り返しながら,つまりd遺伝圏とm遺伝圏の間を循環しながら,文学史に残るような仕事を成し遂げる人も存在する.だからdとmが拮抗するC遺伝圏を循環性遺伝圏ともいうのである.アルコールや薬物中毒に溺れやすい人もこの遺伝圏に属する.だから,C遺伝圏は「探求と粘着留置のアナル遺伝圏と,執着-離反のオーラルの遺伝圏」,あるいは「欝と躁,口唇愛と肛門愛の遺伝圏」ともいうのである.(文責:富樫橋)
富樫 橋
S:性衝動遺伝圏
すなわち性的な面での精神的な力動性が強く,人生の歩みのなかで愛情生活にバランスを失いやすい傾向がある.つまり性的人格障害になる遺伝圏である.だが人類愛や博愛的な職業で遺伝負因の社会化に成功する人も多い.
この遺伝圏のうちエロス属(h)の人は,一般に遺伝趨性の力によって,無意識的にタナトス属(s)の人に引き寄せられる.大量の情愛エネルギーを身につけたこのh遺伝圏の人々は,社会的な母親の役割を受け持つ文化的世界-例えばホテルやデパート業,出産育児関係などで遺伝負因の社会化に成功するが,結婚や配偶者選択を誤れば,生来の両性具有(ヘルマアフロディスムス)素質の人間化に失敗し,精神的半陰陽,同性愛などの性的疾患を病むのである.
またタナトス型(s)遺伝圏の遺伝負因をもつ人は,社会的父親の役割を果たす文明的世界,例えば地域開発や建設企業,外科や整形手術,体育スポ-ツ関係などで成功をおさめるけれども,失敗するとサディスト,マゾヒスト,サドマゾヒスト,拝物愛者などの運命を歩む傾向がある.それゆえこのS遺伝圏は,「エロスとタナトス・愛と死の遺伝圏」ともいわれる.
P:感情衝動遺伝圏
ドストエフスキーは,この遺伝圏のうちのエピレプシー(てんかん)型(e)に属していた.感動発作遺伝圏ともいう.癲癇型eの遺伝負因をもつ人は,精神の深部において,原発的(生まれつき)であるゆえに理由のない,他者に対する猜疑と嫉妬,憎悪と憤怒の感情興奮が常時横たわっている.そのため人格の前面では,些細なことで不安になり,良心の苛責を感じたり恐怖を感じるけれども,一方では,これが人並はずれた生命力の根源にもなるのである.ドストエフスキ-は,発作を起こすほどの強い他者殺意の遺伝負因を,無意識的に,「罪と罰」や「神と人間」の問題として,大河小説を書くという仕事で見事に昇華したのである.もし彼が小説を書かなかったらば,実際に殺人を犯していたに違いない(この着想が18歳のソンディを運命分析学に導いた).
一方,ヒステリー型(hy)の遺伝負因者は,僅かな性的刺激でも麻痺や痙攣,失立・失歩などの発作性の障害を起しやすいが,遺伝負因を,宗教的な信仰生活や,聖なる職業につくことで,あるいは俳優的・政治家的な仕事に従事することで衝動を社会化したり,演技や舞踊などで人間化し,社会的成功者になる傾向がある.eは荒々しい感動の障害を引き起こし,hyは繊細な感動の障害を惹起する.旧約聖書における人類初の悪者カインは,嫉妬で弟のアベル(弟)を殺害して有名になったが,わが国では「兄頼朝(殺意と自己顕示),弟義経(善意と空想的不安)の遺伝圏」というと分かりやすい.
Sch:自我衝動遺伝圏
人間は他の動物とは比べものにならないほど高度な自我を発達させてきた.しかしその代償として,人間であることの「理想(p)と現実(k)のギャップ,所有(k)と存在(p)のはざま」の間で引き裂かれるという精神的状態を引き受けることになったのである.犬も猿も,チンパンジーの種の中で最も人間に近い言語的学習機能をもっているといわれるボノボでも,精神的理想と現実との差に悩むようには見えない.人間が他の霊長類と差をつけるために自ら生み出すことのできるのは「あのような存在の状態になりたいなあ,という精神理想の観念」と,「このようなものを所有できればいいなあ,という所有理想の観念」である.
この思いは,発達の始めの段階から始まり,成熟へ向かうプロセスの中で,互いに闘いながら人間の精神自体と思考を磨くものであると同時に,死に至って始めて止むような人間の喜びと苦悩の原泉でもある.それは一般に,症状として魂を強迫的傾向と分裂的傾向の間で彷徨させるけれども,人格が成熟するにしたがって,2つの傾向が統合されてくるのである.しかし,その調整がうまくゆかず,人生の歩みのなかで体験するいろいろな試練を乗り越えることに失敗すれば,緊張型人格(k)や妄想型人格(p)の人として運命を歩み,その運命シナリオの通りに生きてゆく.
k遺伝圏の人は,所有理想を形成する現実検察の自我が優勢であるから,kのカタトニックな遺伝負因を社会化することによって,例えば先進国の知的学問的財産を所有しようとする企業経営者や学者のような,物質的価値獲得者として現実的成功をおさめることができる.しかし彼らは状況により,一時的に被害妄想や誇大妄想に襲われることがある.反対にp遺伝圏の人は,存在理想を形成する意識化検察の自我が主導するから,pのパラノイアックな遺伝負因を人間化することによって,例えば天才的な発見者・探検家,詩人などの精神的価値の創造者になるのである.精神医学や心理学など,魂や精神の秘境を探検する研究者も,pという偏執性分裂の遺伝圏の人でなければとても仕事をすることができない.これら自我遺伝圏の領域における成功者は,いずれも<強迫的に>か,あるいは<分裂的に>仕事をするのである(この強迫と分裂の精神構造は,男性と女性の本質,神経症と分裂病に深く関わっている.----「運命分析,強迫と分裂」の項を参照----).それゆえこの遺伝圏は,「ハーベン(所有)とザイン(存在)の遺伝圏」というのである.
C:接触衝動遺伝圏
対人関係や対物関係つまり「外部との接触」の面における精神力動性を支配する遺伝圏である.人はやはり誰でもこの遺伝子をもっているから,対人関係接触面でバランスを失いやすい傾向の人はこの遺伝圏に属していることが分かる.これを循環性精神病の遺伝圏とも言う.つまり「そう」と「うつ」の遺伝圏である.この圏のうち鬱型(d)に属する人は,常に新しい価値対象や愛の対象を獲得しようとして探し求め,追求する性向をもった人格として現れる.たとえば代表的なのは,子どもでも成人でも同じように,切手を集める人,コレクターである.集めたものは自分の領域に溜めて貯蔵し,たやすく流出しないように出口を締めあげる.探して獲得したものは人であれ物質であれ,知識であれ金であれ,学問であれ快楽であれ,他者の権利であれ自由であれ,自分の縄張りの中に取り込んだものは完全にコントロール下におき,出入り口をしっかり閉じて留置監禁し,流出の自由を奪おうとするのである.たとえその対象の価値の重要性が薄くなっても,めったなことではだれにも渡そうとしない.だからこのd遺伝圏の人は,探求すべき対象が獲得できず,溜めこむものが発見できないと「うつ」状態になる.しかしこの肛門性格は,その驚くべき吝嗇性(りんしょくせい=けち)の遺伝素質を,しばしば最高に人間社会に役立てる方向で昇華するのである.
お金に関する企業すなわち,貯金したりさせたりする大蔵省や銀行関係,金融関係の事業に従事して成功する人がこの遺伝圏に属してい.また,その最も巧みなやり方で社会化した機構が官庁である.特定の名前が無いアノニムな官僚族の一部の人たちの,d遺伝子が主導する精神構造が,完璧な権力維持装置として「規制」と「資格」という「制度」を作ったのである.司馬遼太郎の遺言によれば,日本では,昭和になってからそれが急激に発達し,戦争に突入する遠因をなしたと嘆いている.その無名の官僚や参謀の心が,恐らく無意識的に作りあげたものは次のようなものである.すなわち「民間の自由競争を,法や暗黙の了解で規制し,縄張りをつくり,よそ者を排除し,知らせずに依らしめて××の資格を作りイエスマンだけに許可を与え,言う事を聞きそうにない人をあらかじめ村八分にしておくという,極めて暴力的な規制装置」を,社会の安全性維持という錦の御旗(みはた)をかかげて創造し,誰にもその正体を見破られないようなやり方で既成事実を作ってしまう.d遺伝子の機能はこのようにして,まるで芸術的というほかない程見事で美しい作品を創造するのである.原始時代から人類が創造し,現代も同じように創造され続ける「美という暴力」の起源は,恐らくこの辺から発生したに違いない.だから権力者,暴力的支配者は高価な美術品を,自らの権力や暴力の象徴として好むのである.最近の市町村役場が,高価であるが醜悪なデザインの「美術作品的庁舎やホール」を建設するのも,権力的な先輩官僚たちの精神構造をお手本にして無意識的に真似しているわけである.同じd遺伝圏に属しているから当然なことではある.
また,代表的な美の職業である画家は,いろいろな色の,材料の段階では,べたべた粘り着いて,普通の人ならすぐ洗い落としたくなる「きたない」絵の具やペンキを,平気で集めて塗ることができる.しかも次から次へとあくなき美の探求を続けるのである.「画家や彫刻家」の深層心理的本質は,粘着材料を,絵画や彫刻作品という「美」に変えてしまうところにある.彼らは結果として「美」を探求し,汚物を美術に変換して留置するd遺伝子の魔術師である.魔術であるからには,画家として成功するためには,何らかの「種と仕掛け」があるのでないかと思われる.それは見えない美の創造者=官僚の精神構造が作り出す仕掛けとよく似たものに違いない.画商も質店も価値あるものを集めて売って成功する.集まらないと憂鬱になりメランコリーになる.だがそうなる人は,積極的に自分から活動しようとしない,無気力なマゾヒスト遺伝圏にも同時に所属しているからである.
躁型遺伝圏(m)に属する人は,肛門性格とは全く対照的な口唇性格だから,自国語や外国語の語学教師,言葉で魅惑して要らないものまで買わせてしまう販売セールス業,有価証券販売業,飲食レストラン産業などでm遺伝子の欲求を社会に役立てて成功するのである.「口唇愛」というのは,誕生してすぐに作動するところの,「母乳を唇で探し求めて吸いつき,口で乳首にしがみついて依存する」という体験から出発する.この体験が充分でないと,乳幼児期精神外傷(トラウマ)がつくられ,精神分析が担当すべき心の病気の原因になる.それは,ベトナム後遺症のアメリカでは,「戻ってきたフロイトの心的外傷論」,つまり「PTSD(ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダー)」と名前を変えて,多重人格にまでおよぶ症候群をつくるといわれたのであった.だが,どんなにラベルを張り替えても,本質は変化していないのである.勿論,幼児は成長するに従って,「自分の生命を維持することを認め,受け容れてくれる母親という依存対象を確保する」段階から,「物理的に母親から離反することよって「母親という根源的依存対象(ウルオプイェクト)を確保する」という,成熟した接触段階に移行する.
この,生命への執着を原発的な目標とする「うつ遺伝子m」の遺伝負因者は,小説家のような言葉で構成される芸術の成功者などによくみられるが,彼らは躁と鬱の状態を繰り返しながら,つまりd遺伝圏とm遺伝圏の間を循環しながら,文学史に残るような仕事を成し遂げる人も存在する.だからdとmが拮抗するC遺伝圏を循環性遺伝圏ともいうのである.アルコールや薬物中毒に溺れやすい人もこの遺伝圏に属する.だから,C遺伝圏は「探求と粘着留置のアナル遺伝圏と,執着-離反のオーラルの遺伝圏」,あるいは「欝と躁,口唇愛と肛門愛の遺伝圏」ともいうのである.(文責:富樫橋)