さかいほういちのオオサンショウウオ生活

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1970年フォークジャンボリー青春画報 「だからそこに行く!その5」

2006年02月05日 12時34分17秒 | 小説

伝説の野外コンサート
1970年フォークジャンボリー青春画報
「だからそこに行く!その5」


「オハイヨー!オハイヨー!」
唐突に感に触る日本語英語で、誰かがステージの上で叫んでいる。
しっとりとわずかに湿った朝の大気に包まれ、俺は目を覚ました。
「オハイヨー!オハイヨー!」とステージ上では、しつこく叫んでいる。
周りの人々も、その甲高い声に起こされ目を覚ましていった。
何時なのか分からないが、もう日差しは明るく会場を照らしている。
野鳥の鳴き声もチュンチュンと、遠くから聞こえてくる。
俺は、昨日の興奮は夢ではなかったと、改めて自分の心に刻み付けている。
眠りこけていたので、一晩中コンサートが行われていたのかどうか、俺は知らない。
殆んどの人が、そうだろうと思う。
「オハイヨー!オハイヨー!」と叫ぶ、外人モドキのグループが演奏を始めた。
”Let It Be Let It Be Let It Be・・・・”ビートルズのコピーバンドであるのか、聞きなれた曲を何曲も演奏している。
ビートルズの歌を眠い頭で聞き流しながら、俺は水の出ている炊事場まで足を運び、顔を洗った。
「おはよう!」と、俺の後ろで声がした。
昨日、傘を差してくれた女が後ろから言ったのだった。
「あ・・おはよう・・」眠い口調で答えた。
「昨日の夜となんか感じが違うね」女が言う。
「そうですか?眠いから・・」そう俺が答える。
何か気のきく言葉でも話せばいいのだろうが、何も話す事が見つからないまま、俺はそのまま炊事場を立ち去って言った。
自分は、つくづく無粋な奴であると思った。

ステージでは先ほどのバンドが演奏の真っ最中であったが、眠気を覚ますために俺はぶらぶら散策を始めることにした。
出店は、朝からやっている。
珈琲を頼んでいる客や、熱い饂飩をすすっている奴もいる。
トイレは長蛇の列で、待つのも大変だ。
木陰で野宿したカップルもいれば、まだテントの中で嚊をかいて寝てる奴もいる。
人々は、それぞれ自由なことをしながら、朝の時間を楽しんでいるようだった。

何組かのバンドやシンガーが出演し、2日目のフォークジャンボリーも昨日に引き続き盛り上がっていた。
山平和彦、加藤ヒロシ、高橋キヨシ、六文銭、ソルティーシュガー、モンタ頼命、杉田二郎・・・・・
1人でもライブが出来るメンバー達である。
思えば、気持ちが高揚しているせいもあるのだろうが、昨日からコーラばかり飲んで食事もたいした物を食べていない。
よく空腹を我慢できたのもだと思う。
自由な雰囲気と開放された気持ちで圧倒された非日常的な時間がそこにはあったのだ。
それは、平凡な時間を過ごしていた高校生には途轍もないものに思えた。
しかし、このエネルギッシュで高揚した気持ちは、永遠に忘れはしないだろう。
そんなことを考えながら、おれは最後のライブの時間を待っている。

最後は、やはり岡林信康が華を飾るしかないだろう。
スピーカーから大音響で流される、はっぴいえんどのギターの音が山や森を震わすようだ。
”今ある不幸せにとどまってはならない~~~!”
岡林の声は、昨日からの熱唱で痛々しいほど擦れている。
”まだ見ぬ幸せに、今飛び立つのだ~~~!”
しかし、そのパワフルさは、我々の心の奥底まで強烈に伝わってくる。
長い長い”私達の望むものは”の演奏が終わり、同時に1970年全日本フォークジャンボリーは終わりを告げた。
フォークの聖地から去る若者たちの後ろでは、風に吹かれて舞う”答え”がクルクルと空の彼方へ飛んでいったのかもしれない。




俺と平井君は、元来た巡礼の道を坂下駅へと戻っていく。
来たときと同じように、多くの若者がゾロゾロと祭りの後の気だるい表情をしながら歩いてゆく。
その日も夏の日差しはきついままだった。
坂下駅に到着すると、24時間も経過したのが嘘のように、同じような人々が汽車の到着を待っている。
岐阜へ向かう汽車が到着し、俺はまた重い荷物を担ぎながら汽車に乗り込んだ。
ピッーと汽笛を鳴らし、蒸気機関車は、ゆっくりゆっくりと進んでゆく。
そのスピードは、昨日までの日常へと戻ってゆく自分の心のようでもあった。
甲高い汽笛の音がするたびに、夢から覚めて自分の世界に帰りなさい・・・とでも言っているかのように切なく響いている。
岐阜駅に着いた時は、夕焼けが青空に取って代わろうする、そんな緩やかな時間だった。
フォークジャンボリーの興奮は徐々に冷めようとしていた。
しかし、フォークジャンボリーという広い世界を垣間見た自分が今までの自分とは違うように思えて、町の風景も少し違って見えた。
ちょっとだけ力強くなったような感覚が全身に行き渡っている、そんな不思議な力で満たされていた。
夏休みもまだ始まったばかりだというのに、夕暮れの風が少し涼しくなったように感じる夏の夕暮れ時だった。